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第55話

第55話


彼の姿は、ギリアムの予想とはかなり異なっていた。

クイーンアントを討伐した男ならば、当然、屈強な筋肉に巨躯を誇る騎士か、それ以上の者だろうと考えていた。

しかし、彼の姿は屈強さとは程遠かった。

もちろん、背は高いし、筋肉もついている。

だが、クイーンアントを討伐できるほどの風格かと言われれば、それは違う。


何より、その虚ろな両目。

ギリアムは、その目がひどく気に障った。


「ひとまず、こっちへ来て座れ。」


ギリアムの言葉に、男はゆっくりと椅子へ歩いて行き、腰を下ろした。


「念のため、一つ確認しておく。お前が知っている、俺が望むもの。それは何だ?」

「クイーンアントの産卵管。」

「…」


すっかり力の抜けた声に、ギリアムはしばし考え込んだ後、やがて尋ねた。


「お前、名前は?」

「**坂本優司**です。」

「さかもと…ゆうじ…」


「(この辺りじゃ、よくある…いや、一度も聞いたことのない名前だな…)」


クイーンアントを討伐できるほどの実力者で、名前まで珍しいとなれば、自分も様々なルートで耳にしているはずだが、彼の名前は都市内で一度も聞いたことがなかった。


「冒険者か?いや…クイーンアントを倒したのなら、当然冒険者だろうな。クラスは何だ?戦士か?魔法…」

「商人でした。」

「商人?」


さらに理解できない言葉に、ついにギリアムは顔をしかめた。


「商人が、クイーンアントを倒しただと?」

「はい。商人がクイーンアントを倒してはいけないという法でもあるんですか?」


一言、一言に棘があるようだった。


「そういうわけではないが、商人がCランクの冒険者たちでも徒党を組まなければ討伐できないクイーンアントを倒したというのは、どうにも奇妙でな。もしかして、代理販売か?」


交渉とは、言葉で行う戦いとも言えた。

モンスターを討伐することに長けた冒険者であっても、駆け引きや交渉となれば、当然、言葉を生業とする商人には到底及ばない。


おそらく、クイーンアントを討伐したのは名を明かせない別の冒険者。

こいつがここに来たのは、代理販売のためだろう。


「…」


優司が目を閉じて何も言わないのを見て、ギリアムは肩をすくめた。


「まあ、代理販売だろうが何だろうが、構わん。」


そして、両手で顎を支えながら優司に尋ねた。


「いくらで売るつもりだ?」

「売るつもりはありません。」

「売るつもりがない、だと?」


ギリアムの眉がぴくりと動いた。


「だとしたら、ここへは何しに来た?自慢しに来たのか?」

「取引をしに来ました。」

「取引?」

「はい。金銭的な取引ではなく…」


優司が目を鋭くし、彼を見つめた。


「お願いに対する、贈り物として差し上げようかと。」

「お願い?どんなお願いだ?」

「ジェルノータ内にある、モルモス国家商業ギルドの追放。それを手伝っていただきたい。」

「…!」


優司の言葉に、ギリアムは目を大きく見開いて彼を見つめた。


---


静かなダンジョンの中に、五人の足音が響く。


「ダンジョンなんて、本当に久しぶりね。」


ルアナが懐かしむように辺りを見回しながら言うと、後ろから一人の少女の声が聞こえた。


「何?恋しいの?だったら、また冒険者にでもなれば?」


まるで定規で測ったかのように切り揃えられた黄色い前髪、長く伸ばした後ろ髪をリボンで結び、丸みを帯びた顔とは対照的に、角張って鋭い目つき、顔には気品が感じられる、十代になったばかりのような幼い少女。

ふわりとしたワンピースの上に、体よりも大きな白いローブを羽織り、裾が折り返された短いベージュの半ズボンを履いた少女は、手に赤、青、茶、紫の宝石が埋め込まれた杖を握り、彼女の後をついて歩いていた。


少女には、人間には見られない特徴が一つあった。彼女の耳は、丸みを帯びた他の人間の耳とは違い、先端が長く尖っていたのだ。


「腕もだいぶ鈍ったし、今さら冒険者に戻ったって、ギルドは誰が見てくれるのよ。」

「ほら、いるじゃない。眼鏡かけてて、すごく堅物そうで、胸だけはやたらと大きい女。」

「トルナ?まあ、トルナなら確かにうまくやりそうだけど…それでも、ギルドマスターになっておいて、ギルドの仕事を放り出してダンジョンばっかり回るわけにはいかないでしょ。モルガナ、あんただって店があるから、ダンジョンに来なくなって久しいじゃない。」


モルガナと呼ばれた少女が、ふっと笑った。


「それはあんたの考えでしょ。私は、いつでも店を閉めてダンジョンに来られるわよ。今まで来なかったのは、面倒だったから来なかっただけ。」

「へぇ~、だから私が訪ねた時、店の帳簿とにらめっこしてたのね~?」

「そ、それは…仕方ないじゃない!帳簿が合わなかったんだから!」

「それは、あんたの管理不足でしょ。」

「今、私が店一つまともに管理できない、頭の悪いエルフだって、種族差別してるわけ?」

「私がいつそんなこと言ったのよ。」

「今、言ったじゃない!」


ルアナは深いため息をついた。


「モルガナ、あんたは本当に5年経っても変わらないわね…」

「5年なんて、エルフにとっては刹那の時間よ。変わるには、少なくとも300年は経たないと。」

「さ…300年?」

「まあね。寿命の短い下等な種族の人間には、分からないでしょうけど。」


モルガナは鼻を鳴らし、顔をそむけた。


「(300年経っても、変わらなさそうだけど…)」

「何か言った?!」

「なーんにも~。」


そう話しながらダンジョンの奥へと進んでいくと、モルガナはちらりと後ろを見て、ルアナに尋ねた。


「ルアナ。後ろにいる奴らは何?」

「さっき言わなかったかしら?」

「聞いてないわよ。」

「あいつらが、案内役よ。私たちが目指す場所を教えてくれる、ね。」

「案内役ですって?」


何かが出てくるのではないかと、絶えずきょろきょろと辺りを警戒する三人。


「見たところ、低ランクの冒険者みたいだけど、どうしてあんな奴らが案内役なわけ?」

「私と取引してる男が、あいつらを連れてこのダンジョンに入ったのよ。」

「その男、頭でもおかしいんじゃないの?」


このテペストダンジョンは、Cランク冒険者の中でも上位に属する者たちが、七人組で挑むようなダンジョンだった。

そんなダンジョンに、あんな低ランクの冒険者たちを連れて入るのは、死にに行くようなものだ。


「私も、そう思うわ。」

「あんたも馬鹿ね。そんな頭のおかしい人間と取引するなんて。」

「あいつが売る品物が、どれも私の食指を動かすものばかりなのよ。」

「へぇ?」

「性格も悪くない方だし。ただ一つ問題があるとすれば、世間知らずってことくらい?」

「ふぅん…」


モルガナが目を細めてルアナを見つめた。


「まあ、確かに低ランクの冒険者を連れてテペストダンジョンに入るなんて聞けば、世間知らずみたいね。」

「仕方ないじゃない。そういうところは、私が正してあげないと。」

「どうして?」

「そりゃ、利益のためよ。」


モルガナはふっと笑った。


「変わらないのは、私だけじゃなくて、あんたもみたいね。」

「人ってのは、そう簡単には変わらないものよ。」


そう言って、ルアナがその場で足を止める。

それと同時に、モルガナの耳がぴくりと動いた。


「来たわね。」

「どいて。私が処理するから。」


そう言って、モルガナが前に出る。


トン。


杖の先端を地面に打ちつけると、彼女の周りに強烈な赤い光を放つ魔法陣が描かれる。


「【ファイアバレット】」


刹那の時間で呪文を唱えたモルガナ。

彼女の周りに、丸い小さな火の玉が数十個現れると、速い速度でダンジョンの奥へと散っていく。

そして。


ドドドドドン!


四方から爆発音が響き渡る。

そして、その爆発音の間から聞こえる悲鳴。


あちこちで花火のように爆発する様子に、ルアナが口笛を吹いて笑った。


「やっぱり、魔法はいいわね。こうやって隠れてる奴らを自動で探してくれるんだから。」

「魔法が、匂いを嗅ぎつけて探す犬かなんかだと思ってるの?全部、私が操ってるのよ。」

「へぇ~、お上手なことで?」

「宝箱の鍵を開けるくらいしか能のないあんたには分からないでしょうけど。魔法ってのは、使い手の実力次第で…」

「はいはい、分かったから。説明は後にして、さっさと行きましょ。おい、あんたたち!後ろにいないで、早く前に来なさい!」

「は、はい!」


ターニャとカイル、アニエスが、すっかり緊張した様子で前に駆け出した。


「(あの人、間違いない…)」

「(たぶん、そうだと思う…)」


ターニャがごくりと唾を飲んだ。

小さな体に可愛らしい顔、それとは裏腹な口調。

着ている服や、手にしている杖からしても。

何より、先ほど使った精巧な魔法。


「(Sランク魔法使い、モルガナ・レプレスよ…!)」


一人一人が、国家の大都市を瞬く間に滅ぼせるという実力を持つ等級、Sランク冒険者。

その中でも、火力において最も強力だとされる魔法使い、モルガナ・レプレス。

彼女が今、自分たちの後ろにいた。


「どうして、モルガナ・レプレスがここにいるの…?!」

「そんなの、俺が知るかよ…!」


二年前、レッドドラゴン、ルグナルクを討伐して姿を消した彼女を、ルアナという女性は、どうやって知っているのだろうか。

三人は疑問に思ったが、とても聞ける雰囲気ではなかった。


「ひ…ひとまず、落ち着こう…」

「そうね、むしろ幸運よ…モンスターが出たら、モルガナ様が全部なんとかしてくれるだろうから…」

「私たちは、ただ案内して、ハルが本当に死んだのかどうか、確認すればいいだけよ…」


三人はごくりと唾を飲んだ。


「あんたたち、ちゃんと進んでるんでしょうね?」

「は、はい!もうすぐ到着します!」

「そう。着いたら教えて。」

「は…はい!」


唾を飲み込んだ三人は、目に付かないように、速足でひたすら前へと歩いて行った。

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