第46話
第46話
彼の手に握られているのは、長い棒。
いや、棒かどうかも定かではなかった。
どんな物よりも奇妙な形をしており、どんな武器よりも不気味に見えた。
坂本優司はその不気味なものを胸に抱き、肩に当てたまま、手に持った四角い長方形の物体に、ひたすら楕円形の何かを入れていた。
カチャ、カチャ。
入れるたびに聞こえる軽快な音が耳を打ち、レベッカはごくりと唾を飲み込みながら、彼を見つめた。
「(あれが、拳銃なのか…?)」
今まで見たことのない武器だったので、彼女の頭の中には、それが拳銃だろうという考えが浮かんだ。
しかし、一つ気になる点があった。
【片手に収まるほどの小さな武器だ。】
ジェルノータの領主から聞いた話では、拳銃というものは片手に収まるほどの小さな武器。
しかし、今彼の胸にあるものは、片手に収まるような武器ではなかった。
大剣とまではいかなくても、中剣、あるいはそれ以上の剣の大きさだった。
拳銃の力を知りたがっている領主様が、嘘をつくはずがない。
だから、今あれは拳銃ではない。
それなら、何だというのか。
あんな奇怪な武器の正体は。
「レベッカさん…!」
レベッカが坂本優司に気を取られている間に、アニエスが彼女に近づき、クイーンアントの方を指差した。
ターニャとカイルは緊張した表情で、クイーンアントの両側から、レベッカが合図を送るのを待っている状態。
レベッカは最後に坂本優司を一度振り返り、正面にいるクイーンアントを見つめた。
「よし…」
これから、息つく暇もないかもしれない。
レベッカは深く息を吸い込み、覚悟を決めた表情でクイーンアントに向かって駆け出した。
「ハァァァッ!」
自分の行く手を遮るアントを斬り、また斬りながら、雄叫びを上げてクイーンアントに近づいていった。
その瞬間、クイーンアントの視線がレベッカに固定された。
巨大な六角形が集まり、その上にガラスのようなものが覆われたような姿のクイーンアントの瞳は、レベッカの精神を飲み込むようだったが、レベッカは自分に襲いかかる恐怖を振り払い、クイーンアントの目を睨みつけた。
クイーンアントの顎が、気味悪く動く。
そして。
キィェェェェッ!
錆びた鉄と鉄が摩擦して広がる音のような、鳥肌の立つ音がクイーンアントの口から流れ出る。
「くっ…」
クイーンアントと最も近かったカイルとターニャが、耳を塞いだ。
しかし、塞いだにもかかわらず鼓膜に傷がついたのか、彼らの耳から血が流れ落ちた。
「ハァッ!」
レベッカは止まることができなかったので、耳を塞がなかった。
耳が遠くなり、よく聞こえないうえに、他の人に比べてより多くの血が耳から流れ出てきたが、気にしなかった。
アントたちを斬り倒しながら、素早く駆け抜けていくレベッカ。
「今です!」
クイーンアントの近くまで近づいた頃、レベッカが大きな声で叫んだ。
すると、二人がクイーンアントの体に剣と槍を突き刺し、岩壁を登るように上へと登っていった。
かなり硬い甲殻だったので、一度、一度突き刺すのに相当な力がかかったが、二人は生きるために、依頼をクリアして金を受け取るために、力いっぱい登っていった。
自分の体に苦痛を感じるのか、クイーンアントがもがき始めた。
そのもがきがどれほど強力か、洞窟の中が地震でも起きたかのように激しく揺れた。
周りにいたアントたちは、クイーンアントに踏み潰されて死ぬのが常。
ターニャとカイルは、もがくクイーンアントの体から落ちないように、突き刺した剣と槍を力いっぱい握った。
そうして、かろうじて体の上に登った二人は、クイーンアントの頭へと向かい、頭の上で二人は息を切らしながら武器を持ち上げた。
「死ね…!」
短い言葉と共に、カイルが槍を持ち上げ、クイーンアントの頭と胸の間にある細い首を狙った。
速い速度で下りていく槍。
しかし、その槍はクイーンアントの首に届かなかった。
ブスッ。
チャッ。
最初、カイルは自分の体に何が起きたのか分からなかった。
しかし、ゆっくりと首を下げ、自分の胸に突き出た、腕よりも大きな針を見て、自分の体に異変が起きたことを悟った。
短い悲鳴さえ上げられず、カイルの体がそのまま落ちた。
「カイル…カイル!」
ターニャの驚愕に染まった声が、洞窟全体に響き渡った。
しかし、悲しみに浸る時間もなく、ターニャは立ち上がって後ろを向き、盾を構えた。
フッ、フッ。
大きくて鋭い棘が彼女に向かって飛んできて、盾にぶつかる。
盾で防げなかった腕と足にかすり、痛みに後ずさりしたターニャが、そのまま地面に落ちる。
「カイル、ターニャ!」
アニエスは、今すぐにでも二人の元へ駆け寄りたかった。
しかし、彼女は治癒師。
ひたすら後ろで治癒だけをする職業だったので、ただ足をばたつかせるだけだった。
いや、正確に言えば、彼女は治癒師という職業が後ろにだけいるべきだということを口実にして、行かずにいた。
戦闘職の二人さえも危険に陥った姿を見てから生じた恐怖。
それが、彼女の足取りを掴んでいた。
「アニエス!」
レベッカが大きな声で呼ぶが、アニエスはパニックに陥ったように二人だけをひたすら見ているだけだったので、レベッカは歯を食いしばり、素早く駆け寄って二人を助けようとした。
しかし、彼女の足元に突き刺さる、大きくて鋭い棘に歩みを止めた。
レベッカは首を上げて、棘を撃った者の正体を見つめた。
「アントラッカー…」
クイーンアントを守る護衛アントの一群であるアントラッカーが、闇の中で赤い眼光を放っていた。
フッ、フッ。
数本の棘が飛んでくると、レベッカが剣を振るって弾き返し、後ろに下がった。
「ちくしょう…!」
レベッカが二人を見つめた。
ターニャが苦痛に顔をしかめ、カイルを肩に担いで、やっとの思いで歩いてきているが、このままここまで来たら、カイルは間違いなく死んでしまうだろう。
「(どうすれば…?)」
一人で駆け寄れば、むしろアントラッカーの標的が彼らに向かう可能性があり、彼らに駆け寄ることもできなかった。
だからと言って、そのままにしておけば、胸を貫かれたカイルは必ず死ぬことになるだろうし。
タタッ、タタッ。
どうするのが良いか、頭を素早く回転させていたレベッカの上を、何かが飛び越えた。
それは、他ならぬ坂本優司が飼っているペットのハル。
ハルは二人に向かって素早く駆け寄り、ほどなくしてカイルとターニャに到着した。
「ハル…!」
ターニャはハルを見つめ、必死に涙を堪えながらカイルを上に乗せ、自分もハルの上に乗った。
ハルは素早く駆け出し、アニエスに向かって走る。
そんな二人を止めようと、アントたちが近づいてくるが。
ドォン!
大きな轟音が、洞窟の中に響き渡る。
雷の音だろうか。
いや、雷ではないだろう。
そもそも雨が降る天気ではなかったし、こんな深い洞窟の中にまで雷の音が聞こえるはずがない。
魔法使いもいないので、魔法でもないはず。
タァン!
レベッカの前にいたアントの一匹の頭に穴が開き、そのまま倒れる。
彼女は素早く音が聞こえた方を見つめた。
そこに立っているのは、他ならぬ坂本優司。
坂本優司は、レベッカが駆け出す前に見た奇怪な武器を肩に担いだまま、アントを見ていた。
「レベッカさん!ひとまず二人も怪我をしていますから、ここから後ろに下がりましょう!」
「は…?」
「早く!」
「あ…分かりました!」
レベッカはすぐに後ろを向き、坂本優司に向かって駆け出し、坂本優司と二人を乗せたハル、そしてアニエスは、クイーンアントがいる洞窟を素早く抜け出した。
***
誰もいない空間で焚いた焚き火の音から、パチパチと火の粉が散る音が響き渡る。
「ふっ…」
息を堪えて泣くターニャの嗚咽が聞こえ、アニエスは唇を固く噛みしめたまま、カイルの治療に専念している。
「はぁ…」
なんだか、罪悪感がこみ上げてくる。
ひとまずは見守るだけにしようと思っていた。
レベッカさんの作戦がうまくいくように見えたので、俺が出る幕はないだろうと思った。
弾倉に弾を一生懸命詰めたのが惜しいとは思ったが、仕方ない。
俺がジェルノータで追われる身になっても、誰も怪我をせずにクイーンアントを退治して出られれば、それで十分だと思った。
ヨーデンさんや他の農民たちが可哀想だとは思うが、どうせ都市を離れて村の近くに再び腰を据えれば、確かな農夫たちから色々と学ぶことができるだろうから、ある意味、もっと良い選択だろうと思った。
しかし、カイルの胸に棘が刺さり、落ちる瞬間、それを見て後悔した。
いっそ俺が先に銃を持って出ていたら、あんなに怪我をすることはなかっただろうにと。
「それが、拳銃というものですか?」
レベッカさんが近づいてきて、俺の隣に座って尋ねる。
彼女が見ているのは、ライフル。
「これですか?違います。拳銃はこれです。」
インベントリから拳銃を取り出して彼女に渡すと、レベッカさんは不思議そうに拳銃をあちこちと見回した。
「どうやって使うのですか?」
「これはですね…」
レベッカさんから再び拳銃を受け取り、壁面を狙ったまま片目を閉じた。
焦点が拳銃の照準を通り過ぎ、壁面に到達する。
「こうやって狙って、引き金を引けばいいんですよ。」
「威力はどの程度ですか?」
「いくら頑丈な人間でも、当たりどころが悪ければ一発で死にます。」
「一発で…」
「ええ、死ななくても致命傷ですね。もちろん、それはモンスターも同じです。」
ライフルであろうと、拳銃であろうと、今まで銃弾を受けて致命傷を負わなかった人間は見たことがない。
もちろん銃器がない国に住んでいたので見たことはないが、かすりもしない限り、正面から受けてきちんと歩ける人が、果たして何人いるだろうか。
いないと思う。
レベッカさんは頷き、焚き火を見つめる。
俺も黙って焚き火を見つめた。
そうしてしばらく、治療するアニエスさんの音だけが聞こえる時、レベッカさんが先に口を開いた。
「優司様。先ほど申し上げたことについては、謝罪いたします。」
「大丈夫です。全部忘れました。」
まともな武器でもない(もちろん俺はまともな武器だと思っているが)、狩猟用の石弓を持って、モンスターさえまともに倒せなかったのだから。
あんなことを言われても仕方ない。
「どうして、この武器を隠すのですか?」
「隠す?俺がですか?」
レベッカさんが頷く。
「今まで言及もせず、使用もされなかったのを見ると、隠しているようでしたが…違うのですか?」
「いいえ、隠しているわけではありません。」
俺が武器を隠していたなら、そもそも領主様にもどんな方法を使っても隠そうとしただろうし、ゴブリンを退治する時も銃器ではなく石弓を使っただろう。
「でしたら、どうして使用されなかったのですか?」
「それは…音のためです。」
「音?」
「先ほどお聞きになったでしょう?洞窟全体に広がる、あのとてつもない音。」
「はい、聞きました。」
レベッカさんが顎に手を当てたまま、再び焚き火を見つめる。
「その音が他のモンスターを呼び寄せるのではないかと思いまして。もしそうなれば、全員が危険になるので、むやみに使えないと判断しました。」
「それは、間違った考えです。」
俺の言葉に、レベッカさんが即答する。




