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第45話

第45話


「あれが、クイーンアント…」


レベッカさんが小さくつぶやく。

クイーンアント。

一般のアントの大きさも、俺が知っているアリの大きさより何倍、いや何十倍もあったので、クイーンアントも大きいだろうとは予想していた。

しかし、今目の前にいる巨大なアントを見ると、アパートの2、3階建てほどの高さだ。


足さえも人の大きさをはるかに超えたこの奴は、口から得体の知れない液体を流しながら、俺たちを見つめている。

その液体は、下にいるアントたちがしきりに舐めており、他の奴らはひたすら巣穴を掘っているのか、自分たちが作ったであろう穴に列をなして入っていく。

どれほど長い巣穴を掘ったのだろうか。

見当もつかない。


レベッカさんが俺に向かって、足音を殺しながら歩いてくる。

そして、耳元で小さく囁く。


「まだクイーンアントには、私たちの姿が見つかっていないようです。」


そんなはずがあるか。

あんなに派手に戦ったし、照明弾まで撃ったのに。

しかし、彼女の言う通り、なぜかクイーンアントは俺たちの方を見ていない。


「(まさか…)」


以前、聞いたことがある。

常に闇の中で生きる動物は、視覚が退化し、他の感覚が発達するということを。

クイーンアントも、視覚が退化してしまったのではないだろうか。

しかし、視覚がないなら聴覚や触覚がより発達しているはずなのに、俺たちが近づいてくるのを感じられなかったというのは、話にならない。


「どうやら、他のアントの奴らが俺たちを殺したと思っているようだな。」


カイルが慎重に近づいてきて、小さく囁く。

先ほどまではひたすら前に進み、アントの奴らを斬っていたレベッカさんも、今は小康状態。

周りにいるアントたちは俺たちを認識していないのか、死んだ仲間の死体を運んでいる。


「アントウォーカーは、あまり気にしないでください。あいつらは攻撃せずに、仕事だけする奴らですから。」


俺が周りにいるアントたちを見ていると、ターニャが小さくつぶやく。

どうやら、アントごとに名前が違うようだ。


「それは幸いだな。攻撃してこない奴らだと言うのなら。」

「はい。」

「だからと言って、気を抜いていいという意味ではありません。この者たちも、結局はアント。いつ豹変して私たちを攻撃してくるか分かりませんから。」

「アニエスの言う通りだ。」


その点は俺も分かっている。

いくら攻撃してこないと言っても、この奴らは中型犬と大型犬の間の大きさのアリだ。

科学が発達した元の世界でさえ、完全に解明されたと断言できる生物は存在しない。

ましてや、科学がまだきちんと発達していないこの世界の生物は、まだ隠されたことが多いはず。

安心していたら、命を落としかねない。


「では、これからどうしますか?」


レベッカさんがじっと考え込み、小さくつぶやく。


「今から、私の言う通りに動いていただきたい。」


俺を含めた全員の視線が、レベッカさんに集中した。


「クイーンアントは、聴覚、視覚がきちんと発達していないモンスターです。私たちは、それをうまく利用しなければなりません。」


視覚に聴覚まで、きちんと発達していないだと。

じゃあ、どうやって生き残ってきたんだ?


「まず、ターニャとカイルが左右に分かれ、見つからないように接近してください。お二人が近づいた時、私が正面から素早く走り寄り、周りにいるアントたちを攻撃してクイーンアントの視線を引きます。その時、お二人にクイーンアントの体に素早く乗り、頭を狙っていただきます。」

「俺たちが頭を…?」


二人の表情に、不安がよぎる。


「俺たちが視線を引くんだから、いっそレベッカ姉さんがクイーンアントの頭を攻撃する方がいいんじゃないか?」

「そうだよ。私たちより、レベッカ姉さんの方がずっと速く頭を落とせると思うけど…」

「その通りです。」


レベッカさんはきっぱりと答えるが、すぐに二人を真剣に見つめる。


「しかし、私が奴の頭を斬りに行けば、視線を引いたお二人は、かなり危険になります。」


レベッカさんの言葉に、二人は何も言わない。

二人も分かっているだろう。

自分たちの実力では、アントたちの間から抜け出すのは難しいということを。


「これ以上の異論は認めません。次に、アニエスさんは負傷者が出た時の救助と応急処置をお願いします。」

「分かりました。」

「作戦はここまで。では、準備してください。」

「はい。」

「分かった。」


え、ちょっと待て。

レベッカさん、何か忘れてないか?


「レベッカさん。」

「はい。」

「俺は?」


そうだ。

レベッカさんは、俺を忘れた。

いや、俺だけではない、ハルまで。

ハルは動物だから言葉が分からないので無視するとしても、俺は?

俺もハル並みなのか?

いや、ハルの方が俺より強いか…


「優司様は、ここで待機してください。」

「はい?」


レベッカさんが俺を見つめる目が、かなり怖い。


「今回の戦闘で感じました。あのサーベルタイガーは、あなたが倒したものではないということを。」

「はい?」


レベッカさんが俺に向かって、ずんずんと近づいてくる。


「戦いながら、優司様をずっと見守っていました。もしかして、私が見ていない時に、あなたが特別な力を見せるのではないかと。しかし、あなたには特別さも、力も、動きも、見られませんでした。」


言葉を失う。

ここで俺がしたことは、ただハルに守られ、仕留められた奴の頭に矢を突き刺しただけ。

サーベルタイガーを仕留めたと信じさせるようなことを、一度も見せられなかった。


「今回のことは、領主様に報告します。以前にもご覧になったでしょうが、領主様は嘘をつくことを何よりも嫌います。」


レベッカさんが、深く息を吸い込んで言う。


「今回のことが終わったら、他の都市へ行きなさい。生きたければ、そうしなければならないでしょう。」


そう言って、他の冒険者たちの方へ歩いていく。

俺の首輪を握るのは、モルモスだと思っていたのに、今度は領主まで。


「(最初から、俺は運だと言ったのに…)」


普段から、俺はサーベルタイガーを倒したのは、あくまで運だと言って回っていた。

なのに、あんなことを言うのを見ると、レベッカさんはどうやら俺にかなり失望したようだが、どうしてそこまで言うのだろうか。


ひとまず、レベッカさんが領主様に俺について何を報告しようと、俺があのヘルブライアンとかいう男のように、領主様に死刑を宣告されることはないだろう。

そもそも、彼に俺のフレアガンや拳銃などの武器を見せたのだから、レベッカさんの言葉を鵜呑みにすることはないはずだ。


もちろん、これはあくまで俺の考え。

むしろ、この点を利用して俺を捕らえ、その武器と品物を差し出すまで拷問する可能性も、排除はできない。


もちろん、今すぐ立ち上がって拳銃やライフルでレベッカさんに大きな印象を残せば、レベッカさんが俺を見直してくれるかもしれない。

しかし、ここで銃を撃てば、間違いなく四方からウォーゲーターや、この洞窟に住む他のモンスターが皆、集まってくるだろう。

それは、そのモンスターだけに限定されるものではない。

こんな洞窟で銃を撃ったら、想像以上の音が洞窟全体に響き渡るだろうし、いくら聴覚が良くないアントの奴らだとしても、銃声が聞こえた瞬間、俺たちに集まってくる可能性がある。


コンビ∞でいくら多くの弾を買ったとしても、俺一人でその多くのモンスターを全て倒すのは無理がある。

だから、使えない。


「(いや、ちょっと待てよ…)」


どうせ、もうすぐ戦いが始まる。

結局は、大きな音が洞窟全体に響き渡るのだから、俺も使ってもいいのではないだろうか。


「(どうせ大きな音が出るなら…)」


戦闘で小さな音で終わるなら、俺もどうしようもないが、もしも大きな音が出れば、周りから他のモンスターまで集まってくるかもしれない。

そうなれば、俺が使ってはいけない理由はなくなる。


「(よし、まあ…大きな音が出たら使おう、大きな音がな…)」


コンビ∞を開いた。

俺の手は、コンビ∞の武器、そして弾倉と弾薬へ向かった。


***


レベッカは振り返り、坂本優司を見つめた。


【戦いながら、優司様をずっと見守っていました。もしかして、私が見ていない時に、あなたが特別な力を見せるのではないかと。しかし、あなたには特別さも、力も、動きも、見られませんでした。】


彼にこんなことを言ったのは、本心が少し混じってはいたが、完全な本心ではなかった。

そもそもレベッカも、領主から話を聞いていたので知っていた。

彼に、特別な武器があるということを。


領主様は、フレアガンというものと、拳銃というものがあるということを話してくれた。

フレアガンという武器は、この洞窟に入ってから見ることができた。

闇の中でも、まるで真昼の太陽の下にいるかのように、周りを明るく照らす武器。

それは魔法とも似ており、もしその武器を研究して商用化できれば、冒険者だけでなく、戦争でもかなり有用に使えるだろうと思えた。


しかし、一つ。

領主様が必ず確認してくるように言ったことを、レベッカはまだ確認できていなかった。

まさに、拳銃。

坂本優司が持っているもう一つの武器である拳銃は、領主様もその武器がどのような仕組みで動くのか確認できず、それに伴い監視役であるレベッカに、拳銃の威力を調べてくるようにという任務を下したのだ。


しかし、これまでの戦闘で、坂本優司は石弓だけを使用した。

もちろん石弓も、既存の石弓とは様相が違った。

一発、一発装填して使う石弓とは違い、彼が使っていた石弓は、大量のボルトを装填して装填時間を短縮する石弓。

これまで、どこでも見たことのない石弓だった。


石弓についての情報を受け取っていなかったレベッカは、それが拳銃ではないかとも思ったが、石弓自体は領主様が興味を持つような武器ではなかったので、拳銃が石弓を意味するものではないだろうと考えた。


「…」


レベッカの正面に、二人が見えた。

左右に分かれたまま、アントの機嫌を損ねないようにしながら、クイーンアントに近づいていく二人。

もう少し近づけば、すぐにレベッカが考えた作戦通りに進めることができた。


そうして走り出す準備をしながら、最後に坂本優司を一度振り返ったレベッカ。

そんな彼女の目に、坂本優司が持っている品物一つが、目に留まった。

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