第43話
第43話
先頭を行くレベッカさんが手を挙げ、停止の合図を送る。
何かが現れたのかと思い、レベッカさんの肩越しに前方を見つめる。
「あれは…」
アリではない。
そもそも二足歩行するアリなど、この世に存在しないのだから。
頭、胸、腹に分かれた昆虫ではなく、頭、上半身、下半身に分かれた動物だ。
そもそも、あのように人間のように直立歩行が可能な動物が、この世に存在するのだろうかと疑問に思う。
鋭い歯、黄色い丸い目に縦長の瞳孔。
ごつごつした分厚い革のような皮膚に、体には鎧を、腰には剣を差し、手には松明を持っている。
「(ワニじゃないのか?)」
見た目は、一見してワニに似ている。
ただ、ワニが二本足で立ち、鎧と剣を手に持てば、あのような姿になるだろうと思えるほどだ。
「ウォーゲーターだな…」
カイルが小さな声でつぶやく。
ウォーゲーターは、一匹だけではなかった。
松明を持ったウォーゲーターの周りに、武器を手にした他の奴らまで見える。
モンスターの数は、全部で。
「四匹か…」
レベッカさんが剣を手に握った。
「カイル、あなたは左にいるウォーゲーターを、ターニャは右、私が剣を持った最後の一匹を攻撃しますので、優司様には松明を持った奴をお願いします。」
「はい!」
「ウォーゲーターくらい、朝飯前だぜ。」
三人が懐中電灯を消し、ウォーゲーターに向かって素早く駆け出す。
瞬く間に駆け寄ったレベッカさんがウォーゲーターに向かって剣を振り、他の二人もそれぞれ担当のウォーゲーターに向かって武器を振るう。
キン、キン!
「ハァッ!」
気合と共に、武器と武器がぶつかる音が四方に響き渡る。
相手にするのが難しいのか、レベッカさんを除いた二人は、かなり苦戦しているように見える。
ピシュッ!
速い速度で飛んでいく石弓のボルト。
キンッ。
「…?」
瞬間、当惑した。
石弓がいくら銃弾より遅いとはいえ、いつ、どこから撃たれるか分からない状況で、剣で弾き返せるような武器ではない。
しかし、ウォーゲーターの奴はそれをやってのけた。
訓練か?
本能か?
こいつだけができるのか、それとも他の奴らもできるのかは分からないが、これだけは分かる。
俺の石弓では、奴には勝てないということ。
ピシュッ、ピシュッ。
二本のボルトを再び撃ったが、やはり今回も奴の剣に防がれる。
「(困ったな…)」
石弓が効かないなら、俺はどんな武器で攻撃すればいいのだろうか。
山刀か?
それとも拳銃か?
いや、俺には何よりも強力な武器が一つある。
奴の視線が、俺に向かう。
ガラス玉のような黄色い虹彩に、縦長の瞳孔と目が合った瞬間、得体の知れない恐怖感が俺を飲み込み始める。
頭から流れる冷や汗をごくりと飲み込み、後ろにいたハルの毛を掴んだ。
「ハル。」
ハルが一歩、前に踏み出す。
グルルルン…
眉間にしわを寄せ、鋭い歯を剥き出しにしたハルは、俺とアニエスさんの前に立ち、尻尾をぴんと立てる。
かなり大きな体格に当惑したのか、近づいてきた奴の足が止まった。
その後、戦闘態勢をとった奴がハルに向かって駆け寄ってくる。
キャン、キャン!
ハルの声が洞窟の中に響き渡り、ハルは手綱の外れた子馬のように、ウォーゲーターに向かって駆け出す。
ヒュッ。
ウォーゲーターの剣がハルの頭を狙うが、それはハルの歯に阻まれ、剣を噛んでいたハルが力を込めるや否や、硬い鉄でできた剣が砕け、剣の破片が飛び散る。
ウォーゲーターは武器を失うと同時に口を開け、ハルの足に噛みついた。ハルは苦痛を堪えながら何とか引き離そうとしているようだが、いくら揺さぶり、噛みついても、ウォーゲーターは絶対に放さない。
このまま引き離そうとすれば、むしろ傷が広がるだろう。
「ハル、待て。」
俺の命令に、ハルはその場に座って動かない。
しかし、表情は苦痛に歪み、眉間に深くしわを寄せている。
ハルに向かって石弓を手に駆け寄った。
奴に剣がないなら、奴はもう俺の石弓を避けることはできないはずだ。
ウォーゲーターの頭に石弓を構えた。
そして、引き金を引いた。
ピシュッ。
ウォーゲーターの頭に、石弓が突き刺さる。
それと同時に、ウォーゲーターの体がぐったりと崩れ落ちる。
ウォーゲーターの頭に刺さったボルトを抜き取った。
頭を貫通した穴からは血が滴り落ち、地面を濡らす。
「優司様、大丈夫ですか?」
レベッカさんが俺に向かって歩いてくる。
彼女が手にした剣には血が付着し、ぽたぽたと滴り落ちている。
「はい、大丈夫です。」
俺はウォーゲーターの頭頂部に刺さったボルトを抜いた。
「ふぅ~、疲れた。」
「次は気をつけなさいよ。あなた、本当に死ぬところだったんだから!」
ターニャとカイルが口喧嘩しながら、レベッカさんの後について歩いてくる。
「皆さん、どこか怪我はありませんか?」
「大丈夫だ。」
「俺も。」
「私も大丈夫です。」
「良かった…」
アニエスさんが胸をなでおろす。
それなら、怪我をした者…いや、動物はハルだけか。
「アニエスさん、ハルを少し治療してもらえますか?」
俺の言葉に、アニエスさんが体をびくっと震わせる。
「あ、はい…」
まるで壇上に上がる内気な子供のような表情で、アニエスさんはゆっくりとハルに向かって歩いていく。
「噛まないよな…噛まないよな…」
小さくつぶやき、覚悟を決めたようにハルの足を見つめた。
ウォーゲーターの歯がかなり深く食い込み、ハルの足から血が流れ出ている。
アニエスさんがその上に手を伸ばすと、緑色の光が放たれ、速い速度で傷が治り、ほどなくして傷跡一つなく完全に治る。
もちろん治るのは皮膚と肉だけなので、足の部分に部分脱毛でもしたかのように、毛がまばらに抜けている。
毛はまた生えてくるだろうから、心配する必要はないだろう。
インベントリからハルのおやつ用のビーフジャーキーを取り出して口に入れ、撫でてやった。
「ありがとうな、ハル。」
ワンッ!
おとなしい表情に戻ったハルが、嬉しそうにおやつを素早く噛み砕き、俺の手に頭を擦り付けた。
「このまま奥へ進みましょう。」
「よし!」
レベッカさんの言葉に、カイルがずんずんと奥へ入っていき、ターニャとアニエスさんが後を追う。
「…」
静まり返った周り。
闇の中で、ハルの目しか見えない。
二つの茶色い瞳が、俺に向かう。
可愛い、うちのハル。
出会ってまだ一年も経っていないが、小屋で一人で暮らす俺のそばにいつもいてくれ、危険な時にいつも俺を救ってくれたのが、まさにハルだ。
俺がこの世界で寂しくなく暮らせていたのは、全てハルのおかげだ。
先ほどの戦闘で、ハルが怪我をした。
もちろん大きな傷ではなかったし、アニエスさんがすぐに傷を治してはくれたが、いずれにせよ怪我をした事実は変わらない。
ハルの体も相当大きいし、俺をいつも守ってくれたので、今回の戦闘にも連れてきた。
しかし、忘れていた。
ハルも死にかけたことがあったという事実を。
以前、一度ハルが死にかけたことがあったのに、そんなハルを危険な場所に連れてきたのだ。
もし今回もハルが死の危険に瀕したら…
クゥン…
俺の感情を読み取ったのだろうか。
ハルがうめき声を上げ、俺の顔に自分の顔を擦り付ける。
「すまない、ハル。」
このままハルだけを信じて、この危険な世界で生きていって大丈夫なのだろうか。
もし俺が事を企てている間に、モルモスの奴らが訪ねてきて俺を攻撃でもしたら、ハルを再び死地に送り出さなければならない。
「(そんなことはできない…)」
拳銃やライフルは殺傷能力が高いとはいえ、かなり大きな騒音を出すので、こんな場所ではむやみに使えない。
消音器や他の部品はVIP 2で解放されるし、消音器をつけたとしても、周りに大きく聞こえるのは変わらない。
少なくとも自分の身一つ守れるくらいの武器、あるいは武術を身につけなければならない。
「兄さん、何してるの?!」
遠くからカイルが、俺に向かって懐中電灯を振って呼んでいる。
「すぐ行く!ハル、行こう。」
帰る方法を知らない今、この世界で生きなければならない俺にとって、一生の伴侶になるかもしれないハルを、俺のミスのせいで死なせることは、絶対にあってはならない。
今回のモルモスの件が終わったら、必ず自分の身を守れる方法を一つは身につけよう。
それが元の世界の技術であれ、この世界の魔法であれ。
***
チャッ。
白い目を持つ巨大なモグラが、レベッカさんの剣に斬られてそのまま前に倒れる。
この洞窟の中に住む、もう一種類のモンスター、アースモールだ。
モグラの見た目をしており、長くて鋭い爪で地面を掘って隠れたり、地面から突き破って出てきて奇襲を仕掛けたりするので、厄介な奴だという。
「少なくともCランク…いや、Bランクか…?」
カイルが小さな声でつぶやく。
「何が?」
「レベッカ姉さんのことだよ。少なくともBランクはありそうじゃない?」
「Bランク?」
「そんな感じがする。アースモールもそうだし、ウォーゲーターもそうだし。簡単に倒せるモンスターじゃないだろ。」
「そうだな。」
三人がレベッカさんを見つめて頷く。
Cランクもそうだし、Bランクもそうだ。
冒険者のランクについて知らない俺にとっては、聞き取りにくい。
しかし一つ分かることは、レベッカさんは俺が思っていたよりも、はるかに強い人だということ。
それに比べて、俺は武器がなければ何もできない人間だ。
特に、ここではさらに役立たずだ。
インベントリに入っている拳銃が目の前にちらつくが、拳銃を使えば周りにいるモンスターの視線を全て引いてしまうことを知っているので、ただ指をくわえているだけで、使うことはできない。
ターニャがアースモールを解体し、再び前に進んでいる時。
サクサク。
得体の知れない音が、耳をくすぐる。




