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第39話

第39話


食事を共にしようという誘いを断り、俺はすぐに外に出た。

メガンさんは俺を屋敷の中まで支え、先に帰ったようだ。

忙しいにもかかわらず俺に付き合ってくれたのだから、お返しに後でシャンプーでもいくつか買って、小分けにして渡してあげよう。


「フクラ商団は、貴族でさえ容易に会える商人ではない」


最後の俺の質問に対する、デューランさんの答えだ。

理由を尋ねてみたが、彼自身も詳しくは知らないという。


ギルドハウスのギルドマスターはいつもどこかへ出かけていて不在だとも言うし、誰かは地下の秘密実験室で実験に忙しくて出てこないという噂も流れているそうだ。

もちろん、その実験対象は当然、人間。


「(そんな噂は、信じるに値しないな…)」


人を対象にした実験だなんて。

モルモス国家商業ギルドは国家という後ろ盾があるとは言え、残りの三つのギルドは国家の後ろ盾がない、純粋な商人ギルドだ。


実際にそんなことが起きていたら、領主様が黙って見過ごすはずがない。


「それでも、一つ収穫はあったな」


黙って話を聞いていたエレシアさんが口にした一つのヒント。


「最近、フクラ商団でクイーンアントの産卵管を買い付けているそうですよ」


クイーンアントの産卵管。

おそらく、女王アリの産卵管のことだろう。


「(もちろん、普通の奴じゃないだろうな…)」


元の世界でアリがどんなに大きくても、人の爪よりずっと小さい。

しかし、この世界は元の世界の常識では到底起こり得ないことが起こる場所。


「(モンスターだろうな…)」


魔法が存在し、ゴブリンが現れるこんな世界で、女王アリだとしても、俺が知っている女王アリとは違う姿である可能性が非常に高い。


拳銃とライフル一丁でハルと一緒に行っても構わないが、そもそもクイーンアントという奴らがどこにいるのかも分からず、未知のモンスターに会いに行くというのは、少し怖い気もする。

こういう時はやはり、専門家を連れて行くべきだ。


こういうモンスターについて詳しい専門家がたくさんいる場所。

そこは当然、冒険者ギルド。


「冒険者ギルドは初めてだな…」


この世界に来てから、冒険者になるつもりは一度もなかった。

そもそも平和に暮らしたい俺にとって、冒険者は合わないので、考えたことさえなかった。


「冒険者か…」


やはり、普通の人間ではないだろうか?

ごつごつした筋肉を持っていたり。

あるいは、素早い身のこなしでモンスターを圧倒したり。

魔法使いもいて、とてつもない魔法を使うとか。


「見てみたい気はするな」


そう思うと、興味が湧いてくる。


「それじゃあ、今すぐ行…」


ヒューーーッ


冷たい風が俺の体を通り過ぎるやいなや、全身にひどい痛みが押し寄せる。


「うぅぅ…今日はひとまず帰って休もう…」


体調が少し良くなったとはいえ、まだ完全に治ったわけではない。

無理をして体調がさらに悪くなったりしたら困るから、ひとまずは家に帰って、暖かいベッドに横になって休むことにしよう。


「すごく寒いな!」


***


薬を飲んでベッドで一日寝ただけで、体が軽い。

風邪って、こんなに簡単に治るものだったかとも思うし、昨日アウルア家で何か処置をしてくれたのではないかとも思う。


「ひとまずは治ったんだから、それで良し!」


昨日考えていた通り、今日は冒険者ギルドへ行くつもりだ。

準備していくものはなさそうだし。

どうか、乱暴な人たちだけはいなければいいのだが。


「行ってみないと分からないからな…」


街でも特に、冒険者同士で喧嘩が始まった!という話は聞いたことがないので、大丈夫ではないだろうか?


そう思いながら扉を開けて外に出ようとした、その時。


ハルが俺に向かって駆けてくる。


ワンッ!


「うおっ!」


奇妙な声と共に後ろに倒れた俺を、ハルがむやみに舐めまわす。


「ハル、ハル!やめろ!」


かろうじて俺の命令に止まったハルが、尻尾を振って俺を見つめ、吠える。


顔は完全に唾だらけ。

結局、仕方なく湖まで歩いて行って顔を洗っていると、後ろから足音が聞こえる。


「坂本様、どこかへお出かけのご予定ですか?」


振り返ると、私服を着たレベッカさんが俺を見下ろしている。


「あ、レベッカさん。今日はいたんですね?」

「最近、領主様から命じられた仕事がありまして、それをこなしておりました。ご心配をおかけしたのであれば、謝罪いたします」

「謝罪なんて。ただ、仕事があるならあると言ってください」

「承知いたしました」


インベントリからタオルを取り出して顔を拭いた。


「どこへ行かれるのですか?」

「今日は用事があるので、冒険者ギルドに行ってみようかと」

「冒険者ギルド、ですか?」

「はい」

「それでしたら、私もお供いたします」

「レベッカさんが?」

「これまで、坂本様のそばでちゃんとお守りすることができませんでしたので、これからはご一緒に行動し、お守りしたいと思います。」


保護ではなく、監視だろうな。

と口に出したら、おそらく仲が悪くなるだろう。


「私がお供してはならない、重要な用事でもおありですか?」

「いえ、むしろついてきてくださるなら、私としてはありがたいです」


一人で行くのは少し怖かったので、むしろ好都合だ。

レベッカさんがいれば、少なくとも絡まれることはないだろうから。


「では、準備してまいります」

「はい」


レベッカさんが中に入っていく。


「ハル、お前は俺が言うまで、ずっとここにいるんだぞ」


クゥーン…


俺の言葉を理解したのか、ハルが尻尾と耳をしょんぼりと垂らす。


「せめて、体だけでも小さくできればいいのに…」


魔法が存在する世界なのだから、何か体を小さくできるものもあるのではないだろうか。

後で一度、調べてみよう。


***


人々によってスタイルは様々だ。

誰かは武器を腰に差していたり、誰かは手に持っていたり、誰かは背中に背負っている。

着ている服も、数多くの種類がある。

鋼鉄の鎧で全身を固めた男とか。

赤黒いケープを羽織った赤い服のショートヘアの女魔法使いとか。

十字架が描かれた白いローブを着ている聖職者のような感じの男もいる。


その他にも、それぞれのスタイルで服を着た人々が目に映る。


着ている装備などを見るだけでも分かるだろうが、ここがまさに冒険者ギルド。


巨大な建物が、俺の視界に入ってくる。

基本的な土台は木造の建物。

しかし、外側はどこから拾ってきたのか分からない石で全て覆われており、石造りの建物のように見える。

3階建ての建物の看板には、剣と杖が交差した形の紋様が描かれている。


扉を開けて中に入った。


「うっ…」


真っ先に俺の鼻を突いたのは、濃い汗の匂いだった。

ここにいる人々は、外部でモンスターを狩っていた人々。

そんな人々を集めた場所なのだから、汗の匂いがするのも当然だった。

しかし、そんな汗の匂いをさらに不快にさせるものがもう一つあった。

まさに、冒険者ギルドの中にある食堂。

食堂で冒険者たちが笑いながら騒いでいる姿が見えるが、そこから流れてくる食べ物の匂いと汗の匂いが混ざり、さらに苦しくさせる。


「大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫です」


俺の表情を読んで尋ねてくるレベッカさんを後にして、俺はカウンターへ歩いて行った。

カウンターの横には掲示板があり、掲示板には数多くの依頼書が貼られていた。

ほとんどの依頼は、全てジェルノータでできる雑多な用事であり、時々ゴブリンやスライムなどのモンスターの絵が描かれた討伐依頼のようなものが見える。


「どういったご用件で?」


聞くだけで力が抜けるほど、だるそうな声が右から聞こえる。

首を向けて見ると、カウンターにいる男が俺を見つめている。

耳には金色に赤い宝石が埋め込まれたピアス、黒い肌、頭にはターバンのようなものを巻いた金髪の男性が、頬杖をついたまま俺とレベッカさんを見つめている。


「初めてお見かけする冒険者の方々のようですが、冒険者でしたら登録証の提示をお願いします」

「冒険者ではなく、依頼しに来ました」

「依頼、ですか?」


彼はカウンターの下から紙を一枚取り出し、俺に渡す。


「こちらに依頼内容をご記入ください」


インベントリからボールペンを取り出して紙を眺めた。


「(単純な契約書だな)」


どんな依頼をするのかについての内容と条件、報酬など。

単純なことだけを記入すればよく、何か考えなければならないとか、そういうことはなかった。


「どのような依頼をなさるおつもりですか?」


冒険者たちにクイーンアントの産卵管だけを持ってこさせること。

どこにいるのか場所だけを探すことなど。

色々と考えてみたが、やはり一つの方法にかなり惹かれた。


「クイーンアントがいる場所までの護衛と、狩猟を依頼しようと思いまして」

「ク…クイーンアント…ですか?」


クイーンアントという言葉に、隣の掲示板で話をしていた人々が俺を見つめ、ざわめき始める。


「ええ…クイーンアントの産卵管が必要で、依頼しようと思うのですが…」


え?

どうしたんだ?

後ずさりするなら、せめてその理由だけでも教えてくれよ!


「クイーンアントの依頼は、なかなか受ける人がいないと思いますが?」


カウンターにいる男が俺を見つめて言う。


「いないんですか?」

「ええ。今、この時期がまさにクイーンアントの交尾時期でして。繁殖が終わって産卵するまでは、かなり凶暴になるので、並大抵のCランク冒ě者たちも嫌がるので、おそらく行く人はいないでしょう」


「(よりによって、この時期に…!)」


フクラ商団のギルドマスターと会うには、これが絶対に必要だ。

なのに、よりによってこの時期にそんなことが…


「(いや、この時期だから買い付けているのか?)」


商団が突然、産卵管を買い付けるということ。

その言葉はつまり、彼らはこの交尾時期のクイーンアントの産卵管を欲しがっているということかもしれない。


それなら、なおさら手に入れなければならない。


「クイーンアントの狩猟報酬は、平均でどれくらいですか?」

「この時期でなければ、Cランク冒険者の平均金額である1万ブロンですが…この時期には二倍を払っても行かない…」

「三倍!」


俺の叫びに、冒険者ギルドの中にいる人々の視線が引かれる。


「3倍差し上げます、3倍!前金で1万、残りの2万は依頼が終わって産卵管まで採取したら、冒険者ギルドに戻ってきて、その時にお支払いします!」


3倍という言葉に人々は関心を持つが、ただそれだけ。


「たかが3倍で命を懸けるわけにはいかない」

「俺も同じだ」


俺の周りにいた人々が一人、二人と遠ざかり始める。

4倍…いや、5倍は払わないといけないのか?


そう思いながら5倍を叫ぼうとした、その時。


「私たちがやります!」


一人の少女の声が、人々の中から聞こえた。

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