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第38話

第38話


「申し訳ありません!当主様をどのようにお呼びすればよいか分からず、つい…」


こういう時は、すぐに頭を下げて謝るのが、この状況を最も早く解決する方法だ。


「フンッ」と鼻を鳴らした彼は、腕を組んだまま俺を見下ろす。


「私はアウルア家の当主であり、コエーク家の婿でもある、デューラン・デ・アウルアだ」


その威厳に満ちた姿に、思わず肩がすくむ。

しかし、それも束の間。


「お父様!」


隣にいたエレシアさんが彼に向かって怒鳴りつけた。

その瞬間、威風堂々としていた彼の威厳はどこへやら、尻尾を巻いた大型犬のようにしょんぼりとしてしまう。


「私、お父様に言いましたよね!やめてくださいって!」

「す…すまない、エリー…」

「私だけでなく、お母様までいる前で、私を助けてくださった上にエトロスまで救ってくださった恩人に対して、そんな高圧的な態度を取られたら、私の面目が丸潰れじゃないですか」


娘の叱責に、巨体に似合わず涙をぽろりとこぼすデューランさん。

しばらくして、エレシアさんが微笑みながら言った。


「こちらへお越しになって、お座りください」

「あ、はい…」


エレシアさんは、顔に似合わず相当気の強い女性だな。

話す時は気をつけないと。


ふかッ――


ソファに座るや否や、俺の尻がそのまま沈み込む。

まるで雲の上に座っているかのようなふかふかさに、思わず安らかな表情で身を預けた。


「(このまま寝たい…)」


そう思うが、寝てしまったらまたどんなお叱りを受けるか分からないので、ひとまずは気を引き締めて背筋を伸ばした。


ソファに座った三人。

ネルさんがティーカップを持ってきて、一人ひとりの前に置いていく。

しかし不思議なことに、ネルさんは誰もいない場所にカップをもう一つ置いた。

自分が座る席かと思って見ていると、彼女はただじっと立ったまま目を閉じているだけで、座る気配はない。

誰かが来るのかと不思議な顔で空席を見つめていると、扉が開き、一人の人が中に入ってくる。


コツ、コツ――


部屋に敷かれたカーペットのせいで音は吸収されているが、これは間違いなく女性のハイヒールの音だ。

視線をゆっくりと後ろに向け、近づいてくる人を見た。


太く編んで丸く結い上げた髪、髪の色より少し薄い黄色の瞳が輝く。

目は鋭いが、何の表情も浮かべていない彼女の口元が、微笑んでいるかのように端が少し上がっているのを見ると、彼女はよく笑う人なのだろう。


派手なものが好きなのか、彼女が着ているドレスは薄い赤色で、手には黒い羽のついた扇子を握ってこちらに近づいてきた。


顔がかなり若いことから、姉のようだが、母親はいないのだろうか。


「こんにちは、坂本優司様」


鋭い目が少し細くなり、彼女の目に笑みが浮かぶ。


「あ…こんにちは」

「エレシアから、たくさん聞いていますわ」


席に着きながら話すと、エレシアさんは顔を赤らめて当惑した。


「お…お母様…!」


「(え…お母様だと…?)」


母親というには、歳は多くても30代前半に見える顔だ。

化粧をしているから若く見えるというのもあるだろうが、皺さえほとんど見えないので、彼女がエレシアさんを産んだとは信じられない。


「あら~?あなたが優司さんのことをたくさん話していたのは、事実じゃないの?」

「それを本人の前で言われたら…」

「恥ずかしいの?」


声を聞くと、かなり活気のある人だ。

デューランさんのように見下したり、高圧的な言葉遣いをしたりする気はないようだ。


エレシアさんが俺の顔をちらりと見て、深く頭を下げた。


「こんにちは、坂本優司さん。私はエレシアの母、ベロニカ・デ・アウルアです」

「初めまして、ベロニカさん」


さて、二人の自己紹介も終わった。

今度は俺の番だ。


「私は坂本優司と申します。ジェルノータで小さな露店を開いております」

「伺っていますわ。珍しい品物を扱っていると」

「ええ、私はよく見ている品物なので、特に珍しいとは感じないのですが…」


俺は気まずそうに笑いながら頬を掻いた。


「ジェルノータでは見たことのない品物なので、多くの人が珍しく感じるようでして」

「そうですの?私も他の貴族の方々と親交がありますが、他の地域の貴族の方々も見たことがない品物だと…」

「あ、それは…私が東の方にいた者なので、そのせいかと思います」

「あら!それなら、そうかもしれませんわね~」


ベロニカさんが手をポンと叩いて笑う。

突然の大きな音に、まだ風邪気味の頭が瞬間的にくらっとした。


「大丈夫ですか?」


俺の表情を読み取ったのか、隣に座っていたエレシアさんが心配そうな顔で俺を見つめる。


「大丈夫です。少しめまいがしただけですから」

「それでしたら、もう少しお休みになられた方が…」

「お話しするくらいは大丈夫ですから、あまりご心配なさらないでください」


俺の言葉にエレシアさんは頷いているが、どうやら心配は消えないようだ。


「私たちのせいで、あまりご無理をされているのでは…」

「本当に大丈夫です」


ベロニカさんまで心配が移ったように、俺を見つめる視線が心配に染まっている。


「それでしたら…」

「坂本優司と言ったか」


俺の正面のソファに腕を組んで座っていたデューランさんが口を開いた。


「はい」

「聞くところによると、君がサーベルタイガーを仕留めたそうだが…」


顎を撫でながら俺を見つめていたデューランさんは、疑念に満ちた顔で俺を見た。


「本当に君が仕留めたので間違いないのか?」

「はい、間違いありませんが…あくまで偶然です」

「偶然だと?あの巨大なサーベルタイガーを偶然で仕留めたというのが、今話になる…」

「お父様!」


再び問い詰めようとする父親に向かって、やめてほしいと娘が呼ぶ。


「くっ…」


今回も娘には何も言えず、目でだけ見つめる父親。

なぜか申し訳ない気持ちになる。


「本当に偶然です。暗い夜に突然現れたサーベルタイガーを仕留めたのですから」

「そ…そうか…」


実際に偶然ではある。

俺の拳銃がサーベルタイガーの肩に命中していなければ、俺はそのまま即死していたはずだ。


「ひとまず礼を言おう。おかげで、あの詐欺師のようなヘルブライアン家に娘を嫁がせずに済んだのだから」

「本当にそうですよ」


ヘルブライアンという名前を聞いた瞬間、思い出した処刑場の光景。

思い出したくなかった記憶が蘇り、体がぶるりと震える。


「だからといって、私が君に娘をやるとは思わない方がいいだろう」

「え?私は一度もそんな考えは…」

「何?」


瞬間的に感じられる殺気に、口を閉ざした。

それに加えて、隣にいたエレシアさんの目からも、かすかな殺気が感じられる。


「それじゃあ、他に好きな人でもいるってことですか?」

「え…いえ…?」

「よかった~、それじゃあ、うちの娘はどうです?」

「お…お前…!さっき私がダメだと言ったのに…」

「何がいけないんです?私は良いと思いますけど」


ベロニカさんが扇子をさっと広げ、口元を隠す。


「私が見るに、坂本優司様は世を驚かす人物のようですわ。もちろん、まだ地位は確立されていませんが、うちの家門が手助けすれば、ジェルノータではすぐに地位を確立できるでしょう」


その言葉にエレシアさんが先に反論すると思ったが、ただ指をいじっているだけで口を開かない。

おそらく、俺が断ればこの人たちの好感度が少し下がるだろうが、仕方がない、ここでは俺が断るしかない。


「良く見てくださるのはありがたいのですが、どうやら私にはまだ結婚する気はないようでして」

「そうですか?残念だわ~」


断るのは申し訳ないが、仕方がない。

そもそも年齢差もあるだろうし、俺だけのスローライフのためには、避けるべき第一順位が、まさに俺がどうすることもできない人々だ。

例えば、領主とか、身分差がかなりある貴族とか。


もちろん、親しくなれば良い点も確かにあるだろう。

例えば、俺が会えない人々と縁を結んでくれるとか…な…?


「(あ、そうだ!)」


ルアナさんの時間を奪うのが申し訳なくて頼まなかった、フクラ商団のマスターとの面会の手配。

この人たちがしてくれるのではないか。


可能かもしれない。


いくらジェルノータを四分割するギルドの一つだとしても、貴族を無視することはできないはず。

アウルア家とフクラ商団のマスターが親しい仲なら、なお良いが、親交がないとしても、貴族が会おうと言うのに断る人物はいないだろう。


「(でも…今の雰囲気で切り出す話じゃないよな…)」


営業をしていると、仕方なく空気を読む時がある。

特に、和気あいあいとした雰囲気で、俺から先に仕事の話を切り出すのは、かなり難しい。

俺が甲の立場なら切り出すのは難しくないが、俺が甲ではなく乙の立場で切り出すのは、なおさらだ。

さらに、目の前にいる人々とは身分差まで存在する。

こんな状況で俺から先に仕事の話を切り出せば、あまり良い気分はしないだろうし、一定以上気分が落ち込めば、契約にも問題が発生する。


「(ひとまずは、雰囲気を伺いながら、機会があれば話を切り出してみよう)」


「ははは!」


エレシアさんがゴブリンとの戦闘で俺が助けてくれた話を、まるで英雄譚のように語ると、二人が笑う。

彼らにつられて笑いながら手を振ったり、頷いたりするなど、反応しながら時間を過ごしていると、ついに機会が訪れた。


「倒れたのを助けてくださったことで一度は返しましたが、まだ一度は返しきれていませんわね」

「そうだな。何か望むものでもあるか?」


待てば海路の日和あり。

やはり待ってよかった。


「それが…一つ、お願いしたいことがあるのですが」

「言ってみろ」


デューランさんが腕を組んだまま俺を見つめる。

ごくりと唾を飲み込み、ゆっくりと口を開いた。


「お二方、もしかしてフクラ商団のギルドマスターと親交はございますか?」

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