第36話
第36話
冬になると、この世界の人々の貧富の差が、はっきりと目に映る。
誰かは綿をたっぷり入れた動物の毛皮で作った上着を着ているのに対し、誰かはまだ夏や秋に着ていた、それほど厚くない服を身にまとっている。
また、他の人々の一部は、どれほど貧しいのか、ぼろぼろになった布切れのようなもの一つだけを身にまとったまま、荷物を運んだり、あちこちと走り回ったりして、忙しく日常を送っている。
「ふむ…」
それは、冒険家も同じだ。
街を歩き回る冒険家たちを見ると、誰かはただ装備だけを身につけているのに対し、また他の誰かは、鎧の上に分厚い上着を着ている。
カラン、カランー
ドアを開けるや否や、熱い熱気が外に噴き出してくる。
小屋でも感じたことのない暖かい、むしろ暑いと言えるこの暖かさに、俺は入るや否や上着を脱いだ。
「暑いですね。」
「おお、優司さん!来たのか?!」
ハンスさんが、俺を嬉しそうに迎える。
風邪気味の手を力なく振り、カウンターへと歩いて行って座った。
「タイミングがいいな、優司さん。今日、酒樽を一つ開けたんだけど、本当にいい…」
「あ、それが…今日は体調が良くなくて…」
ハンスさんの酒は、逸品だ。
ビール好きの俺にとって、冷たくて香ばしく、清涼感あふれるビールは、元の世界でさえ飲んだことのない、品質の非常に良い最高級の酒だ。
しかし、今日は体調が良くない。
「そうか…?残念だな…優司さんに味見させてあげたかったのに。」
ハンスさんが残念そうな表情で、舌なめずりをしながら言う。
「酒を飲みに来たんじゃないなら…今日も、あの話か?」
「あの話?」
「モルモス国家商業ギルドのことだよ。この前も言った通り、俺が言えることは…」
「それも違います。」
「そう…か?じゃあ、何のためだ?」
俺は首を回し、俺の隣に座るエトロスを見つめた。
エトロスが不安な表情で、周りをきょろきょろと見回す。
おそらく彼にとっては、初めて来る場所だろう。
酒を売る場所でもあるし、俺が思うに、宿屋は貴族が泊まる場所ではないようだ。
これまで何度もハンスさんの宿屋に来たが、貴族の姿は見たことがないから。
「エトロスが理由です。」
「エトロス?」
ハンスさんがエトロスを見つめる。
そして、俺の耳元でそっと囁く。
「息子か?」
「息子ですって?!」
何を馬鹿げたことを言うのだろうか。
そもそも、髪の色から目の色まで違うのに、息子であるはずがないではないか。
「違うのか?」
「そりゃ、当然ですよ。そもそも、俺と似ても似つかないじゃないですか。」
「まあ、優司さんからこんな子が出てくるには、母親の方がかなり美人でないと無理だろうからな。」
なんだか悔しいが、反論できない。
「じゃあ、この子は誰なんだ?」
「エトロスと言って、アウルア家の親戚だそうです。」
「アウルア家の親戚?」
ハンスさんが顎を撫で、エトロスを見つめ、やがて小さくつぶやいた。
「そういえば、エレシアお嬢様と少し似ているような気も…」
「ハンスさん、エレシアさんを知ってるんですか?」
「もちろん、当然だ。うちの妻が何度か訪ねたことがある家門だからな。」
「だとしたら、場所も知っていますね?」
「おそらく、知っているだろう。ちょっと待ってろ。」
ハンスさんが、後ろにあるドアを開けて中に入っていく。
「もうすぐ、アウルア家に行けそうだな。」
「はい。」
俺の言葉に笑ってはいるが、まだここにいるのが不安なようだ。
できるだけ早く出て…
「はぁ…はぁ…」
突然、息が切れ始める。
どうやら風邪の症状がひどくなったようで、薬を飲んで休まなかったからだろう。
‘もう少しだけ、耐えよう…’
エトロスを送り届けて、家に帰って休めばいい。
元の計画は、広場の市場でフクラ商人ギルドが何を売買しているか確認することまでだったが、体がこの状態なら、おそらくそこまでは無理だろう。
「あら、優司さん~」
閉まっていたドアが再び開くや否や、メガンさんの鼻声が混じった言葉が飛び出す。
「今日、シャンプーの契約に来たの?」
「契約って何だよ、お前。俺がさっき言っ…」
「静かにして!」
メガンさんが小さく囁くや否や、ハンスさんの表情が苦痛に歪む。
「残念ですが、シャンプーの契約ではありません。」
「本当に残念ね。もしも後で気が向いたら…分かるでしょう?」
気が向いたら、いつでもビューティーショップに来いということらしい。
「はい、行きます。気が向いたら…」
「必ずよ~?」
そう言って、子供を見つめた。
「あなたが、アウルア家の親戚の子ね?」
「はい…」
気の強いメガンさんの言葉に気圧されたのか、エトロスが首を下に向け、上目遣いで彼女を見つめる。
「うーん…確かに、顔に気品はあるわね。」
「メガンさん、アウルア家がどこに住んでいるか知っていますか?」
「知ってるわよ。ビューティーショップをやっていると、貴族のお嬢様や侍女が来たりもするから。重要な用事があれば、屋敷に呼ばれて化粧の依頼をされたりもするし。」
「よかった…では、アウルア家まで案内をお願いしてもいいですか?」
「アウルア家まで?」
「はい。」
「それは構わないけど…」
メガンさんが腕を組み、俺をじっと見つめて眉をひそめる。
「どうしてですか?」
「もしかして、優司さん…風邪ひいたんじゃない?」
メガンさんが、どうして気づいたのだろうか。
感じてはいなかったが、どうやら俺の顔に、かなり出てしまっているようだ。
「少し体調が悪いですが、大丈夫です。」
「大丈夫じゃないみたいだけど?顔も赤いし。」
「外は寒いし、ここは中が暑いじゃないですか。だからですよ。」
「まあ、外よりは暑いけど…」
メガンさんがカウンターの外に歩いて出てくる。
「本当に大丈夫なの?この子を送り届けるだけなら、私一人で行ってもいいんだけど…」
「本当に大丈夫です。俺までいなくなったら、エトロスも不安になると思うので。」
今も不安がっている子供だ。
唯一知っている人間が俺一人なのに、ここで俺までいなくなったら、もっと不安になるかもしれない。
「それなら仕方ないわね…もしも辛くなったら、すぐに帰らないとダメよ?」
「心配しないでください。」
俺の体は、俺が一番よく知っている。
アウルア家の屋敷に行って帰ってくるくらいの力は、残っているだろう。
おそらく。
「あなた、じゃあ行ってくるから、ビューティーショップもちゃんと見ておいてね。」
「ちょ…ちょっと待って、ビューティーショップ、閉めてきたんじゃないのか?」
「そりゃ当然でしょ!今日が寒い日だとは言え、商人なら一日も休まずに金を稼がないと。外にちょっと出かけてきたからって、商売をたたむわけにはいかないじゃない!」
「だからって、俺一人でどうやって宿屋とビューティーショップを一緒に見るんだ?」
「ビューティーショップはあなたが見て、宿屋はエイナに任せればいいじゃない?」
「エイナに?」
ハンスさんの視線が、後ろにいる少女へと向かう。
ウェーブのかかった灰色のショートヘア。
しかし、以前に見た時とは違い、ふっくらした頬が少し落ち、顔に美形を帯び始めている。
「はぁ…仕方ないな…」
ハンスさんは、頭を掻いた。
「よし、分かった。行ってこい。」
「じゃあ、よろしくね、あなた~」
メガンさんがほほ笑み、ドアの方へ歩いていく。
「さあ、じゃあ行きましょう。」
エトロスが先に席から立ち上がり、メガンさんの後を追い、俺も続いて従うために、力を入れて席から立ち上がった。
***
広場から北西へ。
以前、エレシアさんと食事したレストランを通り過ぎ、もう少し奥に入っていった。
ここは、これまで見てきたどの場所とも雰囲気が違った。
中央広場の周りは全て冒険家や一般市民でいっぱいだったのに対し、ここは他の国にでも来たかのように、全ての人が気品に満ち溢れていた。
広場で見た人々と違い、ここにいる全ての人は、基本的に毛皮で作られた上着を着ていた。
それは、貴族だけではなかった。
侍女や執事のような、雇い人に見える人々さえも、皆ロングコートや分厚い上着を着ており、通りかかる子供たちさえ、肌が見えないほどにしっかりと着込んでいた。
一つの都市の中に、どうしてこんなに違う人々がいるのだろうか。
まあ、建物でさえ比較にならないほど大きく、良い建物ばかりなのに、人だと大きくは違わないのだろう。
そうしてメガンさんについていきながら周りをきょろきょろと見回していると、一つの建物を見つけた。
デパートと言えるだろう。
白色の大理石で建てられた建物。
少なくとも10階はありそうな、かなりの大きさの建物。
入り口には貴族が出入りしており、その後ろには雇い人たちが買い物をした荷物を持ったままついて回っている。
看板に書かれた名前は。
[ モルモス商店 ]
ここが、まさにモルモス国家商業ギルドのギルドハウスなのだろうか。
いや、人々が品物を購入して出てくる様子や、看板に商店と書かれているところを見ると、ここはギルドハウスではないだろう。
‘じゃあ、ギルドハウスはどこにあるんだ?’
ギルドハウスは、間違いなく商店よりもさらに大きいだろう。
なら、目立たないはずがないのに、見えない。
「何してるの、優司さん?」
モルモス国家商業ギルドに気を取られていた俺を、メガンさんが呼ぶ。
「あ、すみません。」
「辛いなら、先に帰ったらどう?もうすぐ着くから。」
「もうすぐなら、すぐ着くでしょうから、最後まで送り届けて行きます。」
「本当に大丈夫なの、ねえ?」
「はい。」
無駄にメガンさんの心配だけをかけてしまった。
もうすぐ到着だと言うから、モルモス国家商業ギルドについては後で調べることにして、まずはエトロスを送り届けることだけを考えよう。
***
アウルア家の屋敷は、かなり巨大だった。
俺が住む小屋を左右に一つずつ、上に一つずつさらに乗せたような大きさの屋敷に、入り口にはアウルア家に雇われた警備員が、槍を持ったまま守っていた。
「こんにちは~」
メガンさんは特有の笑みを浮かべ、警備員に近づいて行った。
「メガンさんじゃないですか。」
「皆さん、お久しぶりです~」
何度か来たことがあると言っていたが、警備員と親交まで築いているところを見ると、確かにメガンさんは顔が広い。
「ここには、どういったご用件でいらっしゃいましたか?」
メガンさんが後ろを向き、俺を見つめる。
俺は彼らに近づいて言った。
「アウルア家の親戚という子供を連れてきました。」
その言葉に、警備員たちが当惑し、エトロスを見つめた。
エトロスは恐怖に震え、俺の足の後ろに隠れ、やがて警備員たちが頷いた。
「少々、お待ちください。」
警備員一人が、建物の中に入っていく。
「ふぅ…」
瞬間的に、疲労が押し寄せてくるのをぐっと堪えた。
目の前がくらくらとし、吐き気がする。
しかし、もうすぐ中に入れるだろうに、ここで倒れるわけにはいかない。
‘ハルでも連れてくればよかった…’
それなら、帰る時にハルの背中に寄りかかって帰れるのに。
しかし、ハルの体があまりにも大きいので、連れてくるのが怖い。
もしも広場にある屋台の食べ物に惹かれて走り出したりしたら、俺が止められないから。
少なくとも、俺が完全にコントロールできるようになるまでは、連れてこられない。
しばらくして、入っていった警備員が走って出てくる。
「御三方、ご主人様が%#%@!されます!##」
何を言っているのか、きちんと聞こえない。
「私$!%@#@#」
メガンさんも何か言うが、意味を理解できない。
「それ$!#@」
エトロスが、返事を待つように俺を見つめる。
‘何を答えればいいんだ?’
きちんと意味さえ聞こえないのに?
そう思って聞き返そうとした、その瞬間。
まるで引っ張られていたゴム紐が切れて跳ね上がるように、目の前に星が見え、俺の意識が途切れた。




