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第35話

第35話


鳥のさえずりが聞こえる小屋。

中に入って扉を開け、ベッドに子供を寝かせた。


少し前に出かけたのは、ただハルの散歩のためだった。

ところが、思いがけず奇妙な子供を拾ってしまった。


ワン、ワン!


ハルが子供と遊びたいのか、あちこちと駆け回り、窓の中を見つめている。


「貴族…だろうな?」


今はゴブリンに追われていたので、服があちこち破れた状態ではあるが、デザインから見ても、服の感触から見ても、かなり高級な服を着ているところを見ると、どうやら貴族の子供のようだ。


「やはり貴族は…」


俺は貴族については門外漢だ。

この辺りでモンスターに襲われたところを見ると、おそらくジェルノータへ向かう途中か、ジェルノータからどこかへ向かう途中だったのだろう。

どちらにせよ、ジェルノータの中にいる人々と関係のある貴族である可能性があった。


だとしたら、聞くべき人は決まっている。

レベッカさんか、エレシアさんか。

まだ俺と近くに住んでいるのはレベッカさんなので、レベッカさんに先に聞いてみるのがいいだろう。


家の外に出て、飛びかかってくるハルを避け、かろうじてレベッカさんの小屋に着いた。


ドン、ドンー


「レベッカさん~!」


今日も何か用事があるのか、家の中にレベッカさんの気配が感じられない。


「来るまで待つべきか…」


そうして体を回し、小屋に戻ると…


「おや。」


居間に出てきた子供の目と目が合う。

金髪の下に見える、真っ青な瞳。


‘あれ…?’


どこかで、たくさん見たような気がする。

じっくりと考えてみると。


「あ、そうだ!」


エレシアさんと、かなり似ている。

弟…ではないようだし、いとこだと言っても、ここまで似ることはないはず。


‘まさか、息子…?’


いやいや、まさか。息子ではないだろう。


「こんにちは。」


子供が俺を見て、ぺこりと頭を下げる。


「助けてくださって、ありがとうございます。」

「感謝だなんて…」


かなり礼儀正しい子供だ。


「ひとまず、ここに座るかい?」


食卓の椅子を引きながら言うと、子供が頷き、食卓へと歩いていく。

食卓の隣にある窓から差し込んだ太陽の光に、子供の髪の毛が輝く。

顔も、かなりのハンサムボーイ。

将来が楽しみな奴だ。


「ええっと…」


子供が好きそうなものは、甘いもの。

インスタントコーヒーも甘いが、子供がコーヒーを飲むのは良くない。


「ココア飲むかい?」


ココアという言葉に、子供が首をかしげる。


「ココア…が何かは分かりませんが、いただけるなら、ありがたくいただきます。」

「ちょっと待ってろ。」


こんな目に遭ったからだろうか。

本当に静かな子供だった。

ルエリも、ルーコンもそうだ。

さらにレベッカまで、俺が電気ケトルに水を入れて沸かすのを見て、気になるように尋ねてきたが、この子供は気にもしないのか、窓の外を眺めているだけだ。


「はい、どうぞ。」


湯気が立ち上るココアを渡すと、子供がカップを持つ。


「熱いから、ゆっくり飲んで。」


俺の言葉に頷き、一口飲む。

甘い味が口いっぱいに広がるのが良かったのか、子供の表情が明るくなる。


「これも食べな。」


コンビ∞でクッキーを一つ買って取り出し、袋を破って置くと、子供がごくりと唾を飲み込んで見つめ、一つ手に取って目をぎゅっと閉じて食べる。


甘いチョコにチョコチップクッキー。

この幻想的な組み合わせを嫌いな子供がいるだろうか。

俺は、いないと確信できる。


「俺は坂本優司だ。」


ひとまず、名前を知るために、俺から自己紹介した。

子供は俺の名前を聞いて警戒するようだったが、やがて口の中に入っていたクッキーを噛んで飲み込み、口を開く。


「エトロス・ジェイク・デ・コエーク…です。」


こんなに、無駄に長い名前。

中間に入る接頭語。

名前を聞くだけで分かる。


この子供は、貴族だ。


「じゃあ、俺はなんて呼べばいい?エトロス?ジェイク?」

「エトロスと呼んでください。」

「あ、そうか。エトロス。」


ひとまず、自己紹介も終わったことだし。

今度は、尋ねる番だ。


「どうして森で道に迷ったんだ?一緒に来た人たちは?」


エトロスの表情が、急に暗くなる。

モンスターに追われていたというのは、良くない記憶でもあるだろうから、思い出したくないだろう。

だからといって、聞かなければ子供を探している人がいるのか、家について知ることができない。


「ジェルノータへ向かう途中、道に現れたゴブリンに追われました。」


数ヶ月前、ライフルでかなり多くのゴブリンを殺した。

それ以来、今までゴブリンが現れる気配は感じられなかったが、数が再び増えたのか、どうやらまた現れたようだ。

それに、道端なら通りかかる人々も危険になるだろうに。


‘レベッカさんに言っておかないと。’


こんなことはレベッカさんに言っておけば、レベッカさんが領主様に報告して、自分で処理してくれるだろう。

俺が命をかけてまで解決する必要はない。


「一緒にいた人たちは?」

「一緒に来た人は、御者一人だけです。」

「御者?その人はどうなったんだ?」

「来る途中で、馬車の事故で離れ離れになってしまったので、私も分かりません…」

「そうか?」


エトロスを発見した時、他の人はマップで見えなかった。

だとしたら、二つのうちの一つ。

エトロスを捨てて、一人でジェルノータに楽しく逃げたか。

そうでなければ、ゴブリンに捕まって食べられたか。


事故だと言っていたし、後ろからゴブリンが追いかけてきたので、後者である可能性の方が高い。


「後で、俺が一度探してみるよ。」

「ありがとうございます…」


あんなに多かったクッキーを一つずつ手に取って食べていた子供は、結局、最後の一切れまで食べてから、ココアのカップを置いた。


「美味しかったか?」

「はい。今まで食べた、どんなクッキーよりも美味しかったです。」


当然、美味しいさ。

美味しくなかったら、とっくに生産中止になっているだろうから。


「ジェルノータまで行くと言ったよな?」

「はい。」

「ジェルノータに住んでるのか?」

「住んではいません。」

「じゃあ、どうしてジェルノータに…?」

「ジェルノータに、親戚がいます。」

「親戚?」

「用事があって、しばらく親戚の方の屋敷に住むことになっていました…」


親戚という言葉を聞くと、エレシアさんの姿が再び、じわじわと浮かび上がってくる。


「もしかして、親戚の名前が…エレシア・デ・アウルアじゃないよな?」

「エレシア姉様をご存知ですか?!」


ああ、やはり。

何か似ていると思ったら、やはりエレシアの親戚だ。


「知り合いではあるけど…」

「お願いします!」


エトロスが席からぱっと立ち上がり、俺に向かって直角に頭を下げる。


「私をアウルア家の屋敷に連れて行ってください!」

「それは心配するな。」


俺の言葉に、エトロスが頭を上げて俺を見つめる。


「ジェルノータだったら、誰であろうと、連れて行ってあげようと思っていたから。」


この世界は、子供一人で歩くには、かなり危険だ。

もちろん、人も危険だが、この世界にはモンスターが歩き回っている。

俺とハルが、周りをほとんどいなくしたとしても、俺が気づかなかった生き残った個体が残っているかもしれない。

いくら短い距離だとしても、子供を一人で送るのは、大人としてしてはいけない行動だ。


「ありがとうございます!」

「感謝は、エレシアさんの屋敷に到着してからでいい。」

「はい!」


窓の外を見ると、空がオレンジ色に染まっている。

どうやら、一日はここで泊まらせて、明日送らなければならないようだ。


「今日は、ここで寝て行け。」

「それでもいいですか?」

「もちろん。さっきのベッド、あるだろ?そこで今日一日、寝て行け。」


エトロスが扉を見つめた。


「じゃあ、兄さんが寝る場所が…」

「俺は。」


インベントリから、食卓の隣の居間に布団を敷いた。


「ここで寝ればいい。」

「客である私が、ここで寝るのは…」

「家に客が来たら、家主である俺が客を楽にさせてあげないと。それに、今日はお前にとって、かなり良くないことがあったじゃないか?寝る時くらいは、楽に寝ないと忘れないだろう?」


エトロスの顔に、笑みが浮かぶ。


「そうおっしゃってくださるなら…分かりました。」

「じゃあ、少し休んでいるかい?夕食の準備ができたら呼ぶから。」

「はい。」


エトロスが部屋に入っていく。


‘そうは言ったものの…’


布団がいくらふかふかだとしても、床で寝ると腰が痛い。

客室をもう一つ増やすべきか…

そうなると、家を建て直さなければならないだろう。


後々のためにも、コンビ∞で、もう少し広い家を探してみよう。


***


湖のある森の早朝の空気は、とても爽やかだ。

一生、こんな空気だけを吸っていたいと思うほどだ。

しかし、今は冬。


「ううう…口が曲がるところだった…!」


昨夜、うっかり窓を開けて寝て、口が曲がるところだった。

素早くドアを閉め、電気ケトルに水を沸かした。

レベッカさんが来たかと思い、ドアの外を開けてみると、レベッカさんの姿が見えない。


「いつもなら、この時間帯にレベッカさんが剣術の訓練をしている時間なのに…」


寝坊しているか、それとも昨日帰ってこなかったか。

どちらかだろう。


「監視役が、こんなにゆるく監視してもいいのか?」


領主様の言葉を聞いた時は、一日中レベッカさんが俺に付きっきりになるように言っていたのに、日が昇るまで仕事を与えるとは。

なんだか、会社にいた時の俺を見ているようで、不憫だ。


「う~、寒い。」


素早く再びドアを閉めた。

電気ケトルの水が沸き、コーヒーを淹れ、椅子に座って一口飲んだ。

凍った体が解けるような感じが…


「うう~…」


ああ、大変だ。

どうやら、風邪をひいたようだ。


***


冬。

恋人たちには、くっついている理由になる季節。

ソロには、家にだけいられるきっかけを作ってくれる季節。


俺もソロなので、家にだけいたい気持ちは山々だが。


「辛そうでしたら、明日行ってもいいんですが…」

「あ…いや、大丈夫…」


エトロスが、分厚いロングダウンを着たまま、ぶるぶると震えている俺を、気の毒そうに見つめている。

おそらく、自分のせいだと思っているようだが、これはあくまで俺が昨夜、窓を開けっ放しで寝たからだ。

一体、精神をどこに置いてきたのか。


「エレシアさんの家がどこかは知ってるか?」

「それが…」


エトロスが首を振る。


「それは大変だな。俺も知らないのに。」


俺も、エレシアさんの屋敷に一度も行ったことがないので、家を知らない。

ハンスさんなら知っているのではないかと思うが、ハンスさんがこの街の地元の人だとしても、貴族との親交はあまりないだろう。

だとしたら、メガンさんか?


「うん。可能性はある。」


ビューティーショップを運営している人なら、貴族と何度も話したことがあるだろうし、アウルア家の屋敷がどこにあるのかも知っているかもしれない。


「ひとまず、街に入ろう。」

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