第34話
第34話
一体どれくらいぶりだろうか。
会議室に座って、人を説得するのは。
会社を辞めてこの世界に来てから1年が経ったので、1年と少し経ったことになる。
本当に久しぶりだ。
人々と、こうして深く対話したのは。
「はぁ…」
なんだか、すっきりした気持ちになり、深く息を吐き出した。
本来なら会議が終われば、マキシムを一杯、ごくごくと飲むべきだが、こんな場所にマキシムどころか浄水器もないので、それができないのが本当に残念だ。
(他の場所に行く時は、魔法瓶に一杯入れていくか…)
口の中に甘い味が感じられず、地面に落ちた石ころを蹴っていると、ルアナさんがマルノフギルドハウスの外に出てきた。
ルアナさんの顔は、かなり不満げな表情だ。
おそらく、俺が言ったことに相当な反感を持っているようだ。
「本当にやるつもり?」
ルアナさんの立場からすれば、かなり嫌なのだろう。
俺と取引する立場の彼女にとって、ことがうまくいかなかった瞬間に取引先が消えるのだから、嫌なのも無理はない。
特に、俺がルアナさんに渡す品物は、この世界では手に入らない品物。
金の塊が自ら崖の下に落ちようとしているのに、残念に思わない商人がどこにいるだろうか。
俺だって、残念で舌なめずりをしただろう。
「マルノフが手伝ってくれなくても、やりますよ。」
借金をしたことはないので、借金取りの気持ちは分からない。
しかし、企業に搾取される気持ちは、誰よりもよく知っている。
上層部に反抗の一つもできず、一日中業務に追われる日常とは。
法の枠に閉じ込められ、まともな労働の対価を受け取れないその気持ちは、俺がこの世界でなぜ生きなければならないのかという考えまでさせる。
「はぁ…」
おそらく、同情心か、それに似た感情のためだろう。
この世界で、作物を育てる方法も学ばなければならないし。
「さあ、じゃあ!残りの二つのギルドのギルドマスターとも会わせてあげたいけど…どうやら時間がないから、それは無理そうね。」
「はい?もう行くんですか?」
「こんな事件に巻き込まれるとは思ってもいなかったのよ。他のギルドマスターたちにこんなことを紹介するのは申し訳ないし、まだ用事も残ってるからね。何より、あなたと一緒にいたら、私の頭がかなり痛くなりそうだから。」
ルアナさんが笑いながら話しているが、かなり困っているだろう。
何があったのか分からず、マルノフ商人ギルドに反論したいが、今回のことを考えると、ただ笑うしかない。
「じゃあ、また今度ね。」
「はい。今度、遊びに行きます。」
「そうして~、あ、それと、ルーコンのところに行って、仕事が終わったらハンスさんの宿屋に来て休んでろって、ちょっと伝えて。」
最後の言葉を最後に、ルアナさんが手を振り、広場の方へ歩いていく。
「それでも、最初のボタンは掛けたな…」
ルアナさんの助けで、かろうじてマルノフ商人ギルドの長たちと会うことができた。
さて、残っているのはフクラ商人ギルドとジュセフ商人ギルドだ。
「フクラ商人ギルドに先に会うのがいいだろうな…」
ルアナさんが残りの商人ギルドマスターたちに会うのを手伝ってくれればいいが、時間が金だと言う人を、ずっと引き留めるわけにはいかない。
今回は、何とか俺一人でやるしかない。
「そのためには…」
フクラ商人ギルドの人々の目に留まらなければならない。
そうすれば、少しでもギルドマスターに会える可能性が高くなるだろうから。
「じゃあ、どうしようか…」
もうすぐ、ハルにご飯をあげる時間でもあるし。
ひとまず、家に帰って考えよう。
***
大企業の社長に会うのは、簡単ではない。
それは、元の世界もここも、全く変わらない。
元の世界では、まだ建物の中に入ることができたりもするが、この世界は全く違う。
マルノフ商人ギルドのように、門からして傭兵や、彼らに雇われた警備員が守っているので、入るにはまず彼らの許可が下りなければならない。
もちろん、入りさえすれば、何とかギルドマスターの執務室に駆け込んで話をする隙はできるだろうが、ただそれだけ。
俺が入ったとしても、ギルドマスターが本気で俺を追い出そうとすれば、俺は瞬く間にギルドの外に送り出されるだろう。
特に、魔法があるこの世界で下手にやったら、命まで危険になる可能性があるので、これはむやみに試してはいけないこと。
「微妙だな…」
結局、俺がフクラ商人ギルドのギルドマスターの目に留まるほど、彼らの前で有能さを見せるか、それが無理なら、彼らに大きな被害を与えなければならない。
もちろん、被害というのは物理的な被害ではなく、経済的な被害だ。
彼らが販売している品物を安く売って取引先を奪うとか、そういうやり方で。
しかし、もし俺がそうしたら、彼らは果たして俺を助けてくれるだろうか。
むしろ、モルモスと親しくなるための口実にするのではないか。
おそらく、前者よりは後者を選ぶ可能性が高い。
「だとしたら、残っているのは有能さを見せることだけということだが…」
人も、企業もそうだ。
肯定的なイメージを築くのは、否定的なイメージを築くことの何倍も難しい。
行動と言葉一つ一つを、最大限に親切にしなければならず、失敗の一つもしてはならない。
何とか肯定的なイメージを築いたとしても、否定的な行動や言葉一言をすれば、今まで築き上げてきた肯定的なイメージは消え、否定的なイメージがその座を奪う。
時間を多く消費しても、確実に見返りがあるならやってもいい。
まだ、モルモス国家商業ギルドは俺の存在について知らないから。
しかし、確実に見返りがあるわけではないなら、時間を浪費してまでやりたくない。
ひたすら確実なこと。
確実ではなくても、最も可能性が高いこと。
それからするのが良いだろう。
ワン!
ハルが窓の外から俺を見て吠え、前足を前に振る。
あれは、一緒に狩りに行こうという意味。
狩りと言っても、ただの散歩だ。
小さな犬だったら、リードをつけてジェルノータを歩き回れば終わりだが、体が大きくなってからは、ジェルノータに入るのも気が引ける。
だから、散歩する時は森。
それも、マップに野生動物が多い場所に行く。
そうすれば、ハルが野生動物を狩りながらストレスを解消できるから。
ワン、ワン!
「よし、行こう、ハル。」
ハルと散歩に行こう。
散歩に行って、少し考えを整理しよう。
***
がたがたという馬車の音が響き渡る。
ヒヒーン!
普通の状況なら、がたがたという馬車の車輪の音が聞こえただろうが、不思議なことに、その馬車の音には、がたがたという馬車の車輪の音ではなく、馬の鳴き声が聞こえた。
「くっ…!」
御者が首を伸ばし、しきりに後ろを見た。
彼らの後ろを追ってきているのは、他ならぬゴブリン。
それも、一、二匹ではなく、10匹近くに見える奴らだった。
彼らの中には、ワイルドボアに乗っているゴブリンも数匹混じっていた。
「若様、もうすぐジェルノータです!もう少しだけ、お待ちください!」
御者が馬車の中を見つめ、大声で叫んだ。
窓から見える馬車の内側には、他ならぬ幼い子供。
数本の長い後ろ髪をきれいに結んで下に下ろした、黄色いケナリのような短髪、目尻が下に下がって優しい印象を見せる少年。
貴族の子息らしく、きれいなワイシャツにサスペンダー付きの半ズボン、茶色のベストを着た少年は、恐怖に震え、馬車にぴったりとくっついて息を殺した。
「若様!ご心配なく、私が…!」
彼を安心させるために後ろを振り返って話していた御者の前で、馬の不安げな鳴き声が聞こえた。
すぐに首を回して前を見たが、前方注視を怠った御者の安易な行動により、馬車はそのまま木にぶつかった。
バキッー
馬車が壊れ、四方八方に破片が飛び散り、少年が乗っていた馬車の後部は、速い速度で森へと転がっていった。
ドンッ。
「うわっ!」
木にぶつかった少年が、馬車の外に転がり落ちた。
そして、少年を置いて前に進んだ馬車は、崖の下へと墜落した。
ほどなくして聞こえた大きな音に、少年がよろめきながら立ち上がった。
崖まで歩いて行って下を見ると、馬車は完全に壊れていた。
「はぁ…」
天運だった。
もし馬車が揺れずに、ずっと馬車に乗っていたら、自分はあの馬車が壊れている場所に、変死体で横たわっていたはずだから。
しかし、今は安心してはいられなかった。
キエエー!
ワイルドボアに乗って走り回るゴブリンの叫び声が聞こえ、ワイルドボアの蹄の音は、どんどん彼に近づいてきた。
周りを見回した少年。
しかし、残念ながら、少年はジェルノータへ向かう道を知らなかった。
結局、悩んでいた少年は、体を右に回して走り出した。
「はぁ…はぁ…」
荒い息を吐き出した。
ワイルドボアの蹄の音は、どんどん大きくなっていくのに、少年の力はどんどん抜けていった。
そもそも、まともに走れる状態ではなかった。
膝からは血が流れ出ており、落ちた時に足首を捻ったのか、足首の方から痛みが絶えず押し寄せてきた。
それを我慢して走ってきた方向だが。
キエッ!
少年の後ろから、短いゴブリンの叫び声と共に狩猟用の投げ縄が飛んできて、少年の足首を縛った。
「うわっ!」
悲鳴と共に、そのまま前に倒れ込む少年。
鼻が地面にぶつかって鼻血が流れ出て、少年は後ろを向いてゴブリンの方向を見つめた。
素早く近づいてくるゴブリンを避けるために、投げ縄を何とか解こうとしたが、幼い少年の力で、短い時間内に固く縛られた投げ縄を解くのは不可能だった。
手にメイスを握ったゴブリンが走ってきた。
獲物を見つめる獣の目で、ゴブリンが少年を狙って走ってきた。
恐怖に震えた少年が、頭を下げ、目をぎゅっと閉じた。
その瞬間、ドンッという音が聞こえた。
自分の頭を殴ったゴブリンのメイスの音だろうか。
即死したため、痛みを感じなかったのだろうか。
目を開けた少年の前に見えたのは、巨大な獣だった。
柔らかい風に白い毛が舞い、鋭く突き出た口には鋭い歯を剥き出しにしたまま、ゴブリンとワイルドボアを睨みつけていた。
先ほどのドンッという音は、目の前にいる獣がワイルドボアとぶつかった時に出た音のようで、ワイルドボアは吹き飛ばされて足掻いており、ぶつかる瞬間にワイルドボアの背中の上から飛び降りたゴブリンは、歯を固く食いしばったまま、獣を睨みつけていた。
キギッ、キエッー!
しばらくして、少年を追いかけてきた他のゴブリンたちまで合流すると、勝てるとでも思ったのか、ゴブリンの口元に笑みが浮かんだ。
キゲエエエッー!
メイスを持ったゴブリンの雄叫びが森に響き渡る瞬間、ゴブリンたちが一斉に獣に向かって走り出した。
獣は前足で走ってくるゴブリンを殴りつけ、続いて高く飛び上がったゴブリンを口を開けて噛みちぎった。
倒れた少年の顔にまで血が飛び散り、獣は縦に長く裂けた瞳孔をさらに裂き、荒々しくゴブリンを攻撃した。
しかし、ほどなくして体を起こしたワイルドボアが前足を転がし、少年に走りかかり、獣は少年を救うために彼の前を遮ったが、ワイルドボアにぶつかり、そのまま木の方へと吹き飛ばされた。
バキッー
獣がぶつかった木が壊れ、獣はそれ以上動かなかった。
「起きろ!」
キゲゲゲッー
少年が応援すると、その様子を見つめていたゴブリンが、気味の悪い笑い声を上げた。
しかし、少年の応援に力でも得たのだろうか。
獣がよろめきながら再び立ち上がると、ゴブリンの表情が固まった。
キエエッー!
再びゴブリンが叫ぶが、獣はもうやられなかった。
素早い動きで走ってくるワイルドボアを避け、獣がゴブリンに向かって走り出した。
一匹、二匹と噛みちぎっていた獣は、ワイルドボアがまた自分に走りかかると、後ろに飛んで距離を取った。
まるでワイルドボアは徹底的に無視するというように、あちこちと飛び回りながらゴブリンだけを噛みちぎった獣。
ほどなくして、メイスを持ったゴブリンとワイルドボアだけが残った。
今からでも逃げようとするのか、ゴブリンはワイルドボアの上に乗り、手綱を握った。
しかし、すっかり興奮したワイルドボアは、あちこちと暴れながらゴブリンを上から落とし、すぐに獣に向かって走り出した。
タンー
森の中を響かせる雷鳴。
木の上で見物をしていた数十羽の鳥たちが、驚いて空へ向かって飛び立った。
チイイイイッー
獣に向かって走っていたワイルドボアの足が止まるや否や、前に倒れ込み、木にぶつかった。
どういう状況なのか、呆然としていた少年は、首を回して雷鳴がした方向を見つめた。
そこには、一人の男が立っていた。
手には、今まで一度も見たことのない小さな武器を手に握り、ゴブリンを狙っており、逃げようとするゴブリンに向かって武器の引き金を引いた。
タンー!
再び聞こえる雷鳴。
それと同時に、逃げようとしたゴブリンが前に倒れ込んだ。
「よくやった、ハル。」
ワン!
男が近づき、獣の頭を撫でた。
先ほどまでの荒々しい表情はどこへやら、獣はまるで主人に褒められようとする犬のように、腹をひっくり返して横になり、男の手つきを楽しんだ。
しばらくして、視線を回した男の目と、少年の目が合った。
男はゆっくりと少年に近づき、投げ縄に縛られた少年に近づいて尋ねた。
「大丈夫か、坊や?」




