第32話
第32話
小屋の窓から、人夫たちが箱を運ぶのをじっと眺めた。
みんな、一生懸命働いているようだ。
「どうしたの?あなたが私を呼ぶなんて。」
これまで数ヶ月間取引をしてきたが、ルアナさんが取引を約束してから小屋を訪れたのは、これが二度目だ。
そもそも取引はルエリとルーコンに任せている状態だったし、ルアナさんは俺以外にも多くの店やギルドなど、取引先を管理しているので、来る時間もなかったはずだ。
ギルドマスターという人間が、一介の商人一人と取引するために毎週来るのは無駄なことだということも、俺はよく分かっていたので、特にそれについては何も言わなかった。
しかし、先週、俺は初めてルアナさんにも来てほしいと頼んだ。
理由は一つ。
俺一人では解決できないことだったからだ。
俺が決心した日から三週間。
三人のギルドマスターと話すどころか、顔さえ見ることができなかったからだ。
「来て早々、本題に入るんですか?」
「あなたも商人なら分かるでしょう?商人にとって、時間は金よりも高いということを。」
「俺は商人じゃないので、よく分かりませんね。」
「あなたは少し、特殊なケースではあるけどね。」
ルアナさんや他の商人たちは、コンビ∞というものを持っていない。
他の商人たちは、品物一つを購入するために、様々なルートを利用しなければならない。
俺はただ楽に座って、ポチッと押して買えば済む。
ある意味、あの創造の神という人が、俺に本当に良い能力をくれたのだ。
スローライフを送るための、最適な能力を。
「それで?要件は?」
「それが…」
後頭部を掻きながら、ゆっくりと口を開いた。
「ルアナさんに、少し手伝ってほしいことがあるんです。」
「何よ?」
「フクラ商人ギルド、ジュセフ商人ギルド、マルノフ商人ギルド…この三つのギルドのギルドマスターに、少し会わせてほしいんです。」
その言葉に衝撃を受けたのか、ルアナさんがぽかんとした表情で俺を見つめる。
その瞬間、紙コップがぽとりと落ち、食卓の上をマキシムで濡らした。
近くにあった箱ティッシュからティッシュを抜き、拭いた。
「それ、何?」
「これですか?ティッシュ…」
「来週は、それで準備して。」
「あ、はい…」
ルアナさんは腕を組んだまま顎を撫で、考え込んだ。
そして、ほどなくして口を開いた。
「つまり…フクラ商人ギルドとジュセフ商人ギルド、マルノフ商人ギルド…この三つのギルドマスターに会わせてほしいってこと?」
俺の言葉を正しく理解したか再確認するためか、俺が言ったことをそのまま繰り返して尋ねる。
「はい。」
「理由は?」
「相談することが、少しありまして。」
「相談すること?一体、その相談することが何だから、あの三つのギルドマスターと話すっていうの?」
「それは…」
言うか言うまいか考えていると、ルアナさんが手を伸ばして制止する。
「いや、言わないで。聞いたら頭が痛くなりそうだから。」
そして、ふうっとため息をつく。
「ひとまず、あの三つのギルドがジェルノータでどんな位置にいるかは知ってるでしょう?」
「ええ。ジェルノータの商圏を掌握しているギルドじゃないですか。」
「よく知ってるわね…」
気になるのか、心の中で何か聞こうか悩んでいるような表情を浮かべては、首を振る。
「ひとまず結論から言うわね。あなたが言った、あの三つのギルドマスターたちに会わせてくれと頼むことはできるわ。」
「頼むことはできるというのは…」
「文字通りよ。どこまでも私は『頼む』ことしかできないの。会うか会わないかは、全面的にそのギルドマスターたちにかかってるから。」
「それくらいで十分です。」
あの人たちも商人である以上、俺がやろうとしていることを聞けば、気になってでも会うだろう。
「だけど、頼むことも確実にできるとは言いがたいわ。」
「はい?」
ルアナさんが頬杖をつき、虚空を見つめる。
「私がムルバスを掌握する商人ギルドではあるけど、ムルバスはジェルノータに比べたら、小さな村一つくらいにしかならないの。人口から始まって、人々の財産や領主様の爵位など、全部負けてるから…」
俺も行ってみて知っている。
すでに都市であるジェルノータとは違い、ムルバスは今まさに都市化が進もうとしている村だ。
そんなムルバスをジェルノータと比較するのは、岩と卵の硬さを比べるような、意味のないことだ。
しばらくして、ルアナさんが眉をひそめて言葉を続ける。
「それに、こんな大きな都市の商人たちは、格付けするのがすごく好きだからね…」
「ああ…」
格付け。
日本にもそんな人々はいる。
大企業の人間だと、他の小さな会社に勤めている人々を見下す人々が。
「私も仕事があってフクラやジュセフ商人ギルドに行ったことがあるけど、行くたびに代理人と話しただけで、ギルドマスターと話したことはないのよ。」
「だとしたら…」
「そう、さっき言った通り、会おうと『頼む』ことはできても、その頼みを『聞いてくれるか』は、そのギルドマスターの気分次第ってことよ。」
ルアナさんでさえ、対面して話したことのないギルドマスターたち。
こう聞くと、なんだか自信がなくなってくる。
「それでも、大丈夫です。」
しかし、それだけでも大きな助けになる。
少なくとも、俺が何をしようとしているか伝えることはできるのだから。
三週間が経つ間、俺はあの三つのギルドで門前払いを食らった。
関係者以外は立ち入り禁止だとか、何とか。
ある意味、当然のことだ。
会社が大きくなるほど、セキュリティはさらに徹底されるから。
ルアナさんは俺を見て、ふうっとため息をついた。
「それなら…」
そして、意味深な笑みを浮かべる。
「でも、私がやってあげたら、何をくれるの?」
「はい?」
「まさか、ただで頼もうとしたの?」
「それが…」
「あ、そうみたいね?」
取引もしている仲だから、ただ頼めば聞いてくれるだろうと思っていた。
どうやら、それはあまりにも甘い考えだったようだ。
「何か欲しいものでもあるんですか?」
「欲しいものか…」
ルアナさんは頬杖をついた手の指で、自分の頬をトントンと叩きながら考え込み、やがて口を開く。
「じゃあ、この箱に入ってる紙。来週、馬車一台分、満載にして無償でちょうだい。」
「これを、無償でですか?」
「そうよ。うちのギルドのプライドを捨てて、他のギルドのマスターに会ってくれと膝をついて頼むんだから、これくらいは聞いてくれないと。そうでしょう?」
なんだか、採算が合わないような気がする。
いや、ある意味、俺にとっては得なのか?
箱ティッシュが特に高いわけでもないし。
「分かりました。」
「よし!じゃあ、約束したからね?」
「はい。」
「じゃあ、行こうか。」
「今すぐですか?」
「なら、今すぐ行かないと。」
ルアナさんはにっこりと笑い、ドアの方へ歩いて行ってドアを開け、振り返る。
「私が言ったじゃない。商人にとって、時間は金よりも高いって。」
時間が金よりも高い、か…
確かに、その通りではある。
金は働けば稼げるが、時間は取り戻せないから。
***
ごくりと唾を飲み込んだ。
以前にも見たが、再び見ても信じがたい。
トゥスカード商人ギルドのギルドハウスも巨大だったが、トゥスカードギルドのギルドハウスがここに比べられるようなものではなかった。
7階建て近くに見える高さに、木で建てられたわけでもなく、レンガで一つ一つ積み上げて作られた建物。
ここが、まさにマルノフ商人ギルドだ。
ジェルノータを四分割する巨大商人ギルドの一つ。
日本で言えば企業、それもサソンやLCのような大企業と言える。
初めて来た時は、10分間口を開けたまま見物するだけだった。
「ふう~…やっぱりここは、また来ても息が詰まるわね。」
ルアナさんが虚脱したように笑い、建物を眺めた。
「私たちはいつ、あんな建物で過ごせるのかしら。」
「トゥスカードギルドも、順調じゃないですか?」
「順調ではあるけど…こんな大手の商人ギルドとは、儲けが次元が違うから。」
「努力すれば、できるでしょう。」
努力でどうにもならないこともあるが、企業のような場合は、社長の努力次第で企業の成長速度が変わる。
俺が勤めていた会社のように、社長からして遊んで暮らそうと従業員に丸投げすれば、従業員も同じように自分の下にいる従業員に丸投げする。
そうし続ければ、噂が広まって新入社員は入ってこず、入ってきても数ヶ月どころか数日も経たずに辞めてしまう。
俺の後任のように。
「そのためには、あなたがもっと頑張ってくれないとね?」
ルアナさんが俺に肩を組み、笑う。
「さあ、じゃあ中に入ろうか?」
ルアナさんが入り口の方へ歩いていく。
「待て、待て。」
腰に剣を差し、体に鎧をまとった傭兵が、俺たちの前を遮る。
「何よ?」
「外部の者は、ここには入れない。」
「何?どういうこと?」
「何って、何よ。文字通りだ。外部の者は中には絶対に入れないから、帰れ。」
前回と同じ状況だ。
前回も中に入ろうと、この男に膝をついて頼みまでして感情に訴えたが、この男は脳と心臓が鋼鉄でできているのか、俺の言葉は聞く耳持たず、俺を追い出した。
「あ、私の精神ときたら。ちょっと待って…」
ルアナさんがポケットをがさごそと探り、紙を一枚取り出して彼に渡す。
「私はトゥスカードギルドのギルドマスター、ルアナ・ベリルだ。マルノフ商人ギルドのギルド長と取引のことで、少し話をしようと思って来た。」
「トゥスカードギルドのギルドマスター?」
男が紙を読んで、首をかしげた。
「今日、ギルドマスターの客がいるとは聞いていないが…」
「そんなはずないでしょう~?私はすでにマルノフギルドマスターに手紙まで送っておいたわよ?行って一度聞いてみてよ。」
「ふむ…ちょっと待ってろ。」
悩んでいた男が中に入っていく。
本当にルアナさんが手紙まで送っておいたのかと思い、ルアナさんの顔を見ていると、ルアナさんがにやりと笑い、俺に手招きする。
「さあ、もう入ろう。」
「ちょ…ちょっと…」
ルアナさんが俺の腕を掴んでドアを開け、そのまま中に入っていった。
ばたんと開かれたドアの向こうに見えるギルドハウスの内部は、外部よりもさらに華やかだった。
レンガで建てられて少し無骨に見えた外観とは違い、内部は数多くのシャンデリアと各種の装飾品、床に敷かれた赤い絨毯など。
これが貴族の邸宅なのか、それともギルドハウスなのか分からないほど、華やかだった。
「わあ…」
「さあ、見物は後で。早く上がろう。」
「はい?あ、はい…」
ルアナさんについて、しばらく上がっていった。
周りにいる人々の頭に赤いベレー帽があるところを見ると、彼らは皆商人たち。
彼らは目も回るほど忙しいのか、俺とルアナさんを振り返りもせず、素早く駆け回っていた。
「どこへ行くの?」
階段に向かっている俺に、ルアナさんが腕を掴んで尋ねる。
「階段で行かなければならないんじゃないですか?」
「楽に行く方法があるから、心配しないで。」
7階を階段なしで楽に行く方法は、何だろうか。
エレベーター?それともエスカレーター?
こんな世界に、そんなものがあるはずもない。
「さあ、こっちへ。」
ルアナさんが慣れた場所に入ってきたように、俺を案内する。
彼女が俺を案内した場所は、建物の一角に設けられた円形の場所。
「さあ、早く中に入って。」
ルアナさんの言う通り、円形の場所に入った。
そして、ルアナさんも中に入って上がった瞬間。
ウィーンー
何かが作動する音と共に、床から光が放たれる!




