第31話
第31話
昨年の晩夏。
一団の商人が農民村にやってきた。
馬車に乗った彼らは、誰もが指に高価な金の指輪や宝石のついたネックレスなど、貴重品を身につけていた。
農民村の人々は、彼らを羨望の眼差しで見ていた。
一度も手にしたことのない宝石のためでもあった。
彼らが着ている、高価そうな絹で作られた服のためでもあった。
しかし、彼らが最も羨ましそうに見つめる理由は別にあった。
まさに、馬車に積まれた食べ物のためだった。
借金のせいで、来る日も来る日も農民村の管理を任された商人がくれるパンと、森で採った薬草や草で作った草粥を沸かして食べていたので、しばらく肉を口にしていなかった。
そんな彼らの前に現れた商人の馬車には、肉と酒が満載だった。
それに、初めて見る料理が盛られた鍋まで。
農作業をしていたある男が、ごくりと唾を飲み込み、ふらつきながら商人たちに歩み寄った。
彼らの元へ行けば、何かくれるのではないかと思って歩いて行った男。
彼らの近くには護衛の傭兵もいたため、他の人々は彼が死ぬだろうと思って無視した。
しかし、しばらくして戻ってきた男は、腹がはちきれんばかりに膨れ、すっかり酔っ払っていた。
男は戻ってきて言った。
「あそこにある食べ物は全て、俺たちのための寄付だそうだ!」
その言葉を聞いた瞬間、人々の目の色が変わった。
それが嘘か真実か、判断する考えさえしなかった。
彼らの中に眠っていた欲望が、火山が噴火するように噴出し、彼らは渇いた砂漠でオアシスでも見つけたかのように馬車に向かって走り出した。
ヨーデンは食べに行く彼らを止めようとした。
農民村に寄付をするというのも初めて聞いた話だったし、どんな人間が借金のせいで農作業をしている自分たちのために寄付をしてくれるのかと人々に叫んでみたが、誰一人として聞く者はいなかった。
結局、多くの人々が食べ物を食べて腹を膨らませて戻ってきて、ほどなくして商人の馬車は再びジェルノータの中へと入っていった。
数日間は、何も起こらなかった。
いつも通り、人々は農作業をし、管理する商人も彼らに何も言わなかった。
一つ変わった点があるとすれば、その時食べ物を食べた人々が、食べなかった人々を見て馬鹿だと侮辱することが頻繁になったことくらいだった。
もちろん、それも個人間の問題であり、問題がなかったのは事実だったので、食べなかった人々の中には後悔する者も現れた。
特に、ヨーデンの言うことを聞いて食べられなかった人々は、ヨーデンを侮辱するだけでなく、攻撃までするようになった。
しかし、ほどなくして、それは完全に正反対になった。
冬の頃、農民村に管理する商人がやってきた。
そして、食べ物を食べた人々を全員馬車に乗せ、どこかへ連れて行った。
彼が調べたところによると、モルモス国家商業ギルドが、元金をほとんど返し終えた人々からさらに金を搾り取るために、食べ物を口実にして奴隷として売ったのだという。
***
「ここで働くことと、奴隷になることは違うのですか?」
「奴隷のように働くことと、奴隷として生きることの違いですよ。奴隷のように働くのは、私のように家庭を築き、わずかですが個人の財産を持って暮らすことができますが、奴隷になれば財産どころか家庭さえ持てず、一生金一銭ももらえないまま主人の下で労働だけをすることになります。」
「ああ…」
「もちろん、良い主人に出会えればいいでしょう。しかし、ほとんどの奴隷は貴族が購入しますが、貴族の中に良い人はあまりいない上に、貴族の中でも良い主人は奴隷を購入するより平民を雇うので、出会うこと自体が難しいのです。」
‘二度目か…’
この世界の暗い面を見たのは。
奴隷というものが公然と語られるところを見ると、おそらくこの世界には奴隷制が残っているようだ。
だからこそ、人を大量に売買できるのだ。
元の世界もこの世界も、暗い面があるのは変わらないらしい。
「では、私が品物を渡したのも、そのせいで…」
「ええ。何しろ、以前にこんなことがあったので、突然訪ねてきて品物を配る人を信じるのは難しいんですよ。」
「そんなことがあったとは知りませんでした。申し訳ありません。」
「謝る必要はありません。優司さんも知らなかったことですから。」
そして、微笑みながら言葉を続ける。
「農作業を学びたいとおっしゃっていましたよね?」
「あ、はい。」
「品物を受け取るのは少し難しいですが、農作業くらいならお教えできますよ。」
「ありがとうございます。」
「私が他の場所へは行けないので、直接優司さんの畑まで行くことはできませんが、何か気になることがあれば聞いてください。知っていることならお答えしますから。」
「分かりました。」
残念ながら、俺の作物は、この世界に存在しない作物だ。
ヨーデンさんがいくら腕の良い農夫だとしても、直接見なければ解決法を見つけるのは難しいだろう。
彼にきちんと学ぶためには、彼が直接俺の畑まで来なければならない。
「もうお帰りですか?」
「はい。ヨーデンさんもお忙しいでしょうし、私がずっと時間を奪うわけにはいきませんから。」
ヨーデンが席から立ち上がり、出て行く俺を見送る。
「では、私は先に戻ります。」
「どうせまた畑にも行かなければならないので、外までお送りします。」
***
夕焼けが沈む夕方。
家に座り、隣で横になっているハルの頭をそっと撫でていると、茂みをかき分けて後ろからレベッカさんが歩いてくる。
「ただいま戻りました。」
「お帰りなさい。」
今ではすっかり慣れた挨拶を交わした後、レベッカさんが家に入り、ほどなくして服を着替えたレベッカさんがドアの外へと歩いて出てくる。
分厚いギャンベゾンから、この世界では見られない現代の服を着たレベッカさんは、まだ慣れないのか、あちこちをいじっている。
やはり美人だ。
俺が渡したのは体のラインが目立たない、ゆったりとした服ではあるが、かなり大きな服を着てもスタイルの良さは隠せない。
「服は大丈夫ですか?」
「あ、はい…坂本様がおっしゃった通り、かなり動きやすいです。」
普段着が窮屈な革のチュニックだったので不便そうに見えて、数日前に服を一つ買ってあげた。
最初はあんなに受け取りたがらなかったが、それでも気に入ったのか、俺がプレゼントして以来、ずっとその服を着てくれている。
「よかったです。」
「こんな良い服をプレゼントしてくださって、ありがとうございます。」
「今度、ご飯でも一度ご馳走してください。」
「はい、給料をいただいたら必ず…!」
必ず守るという固い表情で言うので、少し負担に感じる。
「その話はこれくらいにして。一つ気になることがあるのですが、聞いてもいいですか?」
「おっしゃってください。口外してはならない内容や、知らない内容でなければお答えします。」
「その…もしかして、モルモス国家商業ギルドについてご存知ですか?」
「モルモス国家商業ギルドと申しますと…」
レベッカさんが腕を組み、考え込む。
そして、俺を見つめて尋ねる。
「ご存知ではありますが…それはどうして聞かれるのですか?」
「先ほど、モルモス国家商業ギルドについて聞いたのですが、かなり悪い噂が聞こえてくるようで。」
その言葉に、レベッカさんが俺を見つめ、真剣に言う。
「坂本様。モルモス国家商業ギルドに手を出すおつもりなら、おやめになるのが良いでしょう。」
「はい?」
「モルモス国家商業ギルドは国王陛下の支援を受けるギルドなので、領主様でさえ、触れたがらない団体です。そんな団体を個人である坂本様が手を出したら、坂本様の身に問題が生じます。」
領主様でさえ、触れるのをためらう団体。
そんな団体に手を出して良いことは、間違いなくない。
‘やはり、スズメバチの巣か…’
手を出して刺されたら、死ぬ可能性も高いスズメバチの巣。
しかし、このスズメバチの巣をそのままにしておけば、後日、スズメバチの巣を駆除する時に、かなり苦労することになるだろう。
おそらく、今手を出しても、かなり大きな犠牲を払うことになるだろうが。
‘俺が心配することではないが…’
俺は椅子に座ったまま、家庭菜園で育っている白菜を眺めた。
拳よりも少し大きく育った白菜が、地面からぽっこりと顔を出している。
「何か問題でもおありですか?」
「ただ…農夫たちと少し親しくなってみようと思って、南にある農民村に行ってみたんですが、農夫たちが私をすごく警戒していて。」
「彼らは農夫ではありません。」
「ええ、知っています。モルモス国家商業ギルドに借金をした人々だと。」
俺の言葉に、レベッカさんが目をじっと閉じる。
「おっしゃる通り、彼らはモルモスに借金をした普通の民です。彼らの中に農夫もいるでしょうが、ほとんどは農業をきちんと知らない者たちなので、坂本様が得たいと思っている情報は、得にくいでしょう。」
俺が家庭菜園を見て何を考えているのか推測したのだろうか。
レベッカさんが俺の心を読んだかのように言う。
「ひとまず、農夫がいることはいるということですよね?」
「はい。しかし、その農夫たちもまともに働かないので、おそらく知っていることはあまり…」
「大丈夫です。」
無知な俺に教えてくれる知識があるというだけで幸いだ。
これからトゥスカード商人ギルドと取引して金は増えるだろうし、いくら周りをよく見るとはいえ、トゥスカード商人ギルドがずっとここを出入りしていれば、いつかは俺という存在を奴らも知ることになるだろう。
もしそうなれば、俺は手も足も出せずに、荒れ狂うスズメバチを避けて他の場所へ引っ越さなければならないかもしれない。
情が湧いたこの場所を離れなければならないのだ。
そうならないためには、奴らを根こそぎ抜くか、少なくとも俺に手出しできないように打撃を与えなければならない。
「一つだけ、もっと聞きます。」
「おっしゃってください。」
「領主様も、モルモス国家商業ギルドについて良く思っていないのですか?」
最も重要な質問だ。
領主様が良く思っているか、悪く思っているか。
もし良く思っているなら、俺が引っ越すことになっても、絶対に手を出してはならないが、もしも万が一、悪く思っているなら、奴らに大きく一発食らわせることができるだろう。
俺の言葉に悩んでいたレベッカは、小さな声でつぶやく。
「…なくせはしなくても、勢力を減らしたいとは思っておられます。」
許可は下りた。
乱暴を働くというハンスさんの言葉を聞けば、周りの評判も大体予想はつく。
おそらく、奴らを苦しめることに反対する人はいないだろう。
‘このコンビ∞のスキルなら、ギルド一つを潰すくらいは十分にできるだろうな。’
最近は作物を育てるのに、湖を見ながら休むのに、街で商売をしていなかったが、どうやら当分の間は商売を少ししなければならないようだ。
働かずに休み、のんびりと作物でも育てるのが一番良いが、未来の俺のスローライフを妨害するかもしれない奴らを、このまま放っておくことはできない。
もちろん、こんな危険なことを俺一人でやるつもりは毛頭ない。
いくら良い能力を持っていても、俺を守ってくれる人も、支援してくれる資金もなければ限界がある。
ジェルノータの商圏を掌握した4つのギルド。
モルモスを除いて、残りの三つ、フクラ商人ギルドとマルノフ商人ギルド、ジュセフ商人ギルド。
俺がモルモスを追い出せば、おそらくこの三つのギルドが最も利益を得るだろうから、彼らも引き入れて苦痛を分担しなければならない。
三つのギルドを運営する長たち。
果たしてどんな人々だろうか。
それほど大きな期待はしないが、少なくともモルモスよりはマシだろう。
****
空から白い宝石がゆっくりと落ちてくる。
街の子供たちはそれを見て明るく笑い、大人たちはこれからあることにため息しか出ないのか、苦虫を噛み潰したような顔で空を見ている。
「もうすぐ冬か…」
俺が初めてここに来たのが冬。
この世界での1年が過ぎ去ろうとしている。
初めて来た時のことを考えると、かなり多くのことをした。
家を建てる場所を探しながら街の周りを歩き回り、俺が住む湖を発見。
そして、そこに家を建て、ハルと出会った。
ワン!
「あの頃は俺の腕よりも小さかったのに…」
今は頭が俺の胸まで届く。
昔は膝に乗せていたが、乗せた瞬間に俺の足が砕け散ってしまうので、ハルの奴もそれを知って、俺が配置した湖畔の近くの椅子に座るたびに、椅子の隣の床に伏せて座る。
最初に石鹸とシャンプーを売り、メガンさんとのシャンプー契約を通じて資金を稼ぎ。
そして今では、トゥスカードギルドと専属で契約して、毎週一度、馬車で俺の小屋まで訪問する。
ガサガサ…
そして今日が、まさにトゥスカード商人ギルドが来る日。
「優司様!」
ルエリが茂みから飛び出してきて、俺に駆け寄ってくる。
「ようこそ。」
ルエリが来る時の、いつものルーティンがある。
ルエリが俺の前に駆け寄ってきてにっこりと笑っていると、ルエリの頭を撫でる。
すると、後ろから聞こえる声。
「優司様。」
ルーコンが人夫を連れて中に入ってくる。
「へへ…」
何かを期待するように笑いながら入ってくる人夫たち。
ルーコンの話を聞くと、取引を始めて数ヶ月しか経っていないのに、俺はトゥスカードギルドでかなり有名らしい。
来るたびに人夫たちに飲ませてあげたマキシムのせいだろう、と。
コーヒーはこの世界ではなかなか飲めないのに、そのコーヒーを来るたびに一杯ずつくれるので良いのだとか、何とか。
小屋の外のテーブルに置いていたマキシムコーヒーのポットと紙コップを渡すと、人夫たちが互いに寄越せと大騒ぎになる。
その様子に、ルーコンが当惑して止めようとするのが、まさにそのルーティン。
しかし、今日はそのルーティンから外れたことが一つ起こる予定だ。
人夫たちの後ろから、ガサガサと音を立てて入ってくる一人の人物。
「ここは来るたびに不便だな。」
なんと、ルアナさんが来たのだ。
***




