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第30話

第30話


「モルモス国家商業ギルド?」


ハンスさんが言ったギルドは、全て初めて聞く名前だ。

特に、最後の奴の名前には「国家」という単語が入っている。

日本で言えば、公企業という意味だ。


「そうだ、その四つのギルドの中で一番問題なのが、まさにモルモス国家商業ギルドだ。」

「問題になるって?」

「国家の命令を受けて動く奴らだから、誰も手を出せる人間がいないんだ。」

「ああ…」


つまり、後ろ盾が国家、いや、正確に言えば国王だから、手を出せる人間がいないということだ。

日本では、公企業の場合、支援金をもらうために色々とごまかすケースが少なくないが、大抵はバレないようにかなり巧妙にやる。

しかし、万が一、裏金とか、条件に合わないのに資料をごまかして金を受け取るといった内容が、国民や政府にバレれば、容赦なく鉄槌が下されることもある。


しかし、この世界はかなり違う。

国家の主体となるのは国王。

国王から命令を受けて働く人間たちだから、手を出せる人間は誰もいないし、手を出したとしても、彼らがきちんと罰を受けられるかどうかも未知数だ。

特に、この商人ギルドを運営する人間が、婿だとか、息子だとか、国王と関係のある人間だったら?

日本でさえ、政治家や大企業のトップクラスの人間の場合、家族が犯罪を犯しても有耶無耶にされるケースが後を絶たないのに、王権に染まったここでは、もっとひどいことはあっても、マシなことはないだろう。


「だから、ここでかなり暴れ回っている。周りの良い商圏を力で奪ったり、力が足りなければ、些細なことを口実にして国王の勅書を持ってきて追い出したりするんだ。」

「かなり、たちの悪いギルドですね…」

「仕方ないだろう。国家商業ギルドなんだから。」


ハンスさんがからからと笑う。


「でも、その商業ギルドがどうして農夫たちを監視するんですか?」

「そこにいる人々は、ある意味、奴隷と何ら変わらない人々だからだ。」

「奴隷と何ら変わらないというのは…」

「金を借りて、返せなかった人々だ。」

「金を借りて返せなかったら、体で返せ…まあ、そんな感じですか?」

「そんなところだ。」


ある意味、現代よりはマイルドではある。

少なくとも、人の身体には手を出さないから。

これも、おそらく技術の違いだろう。

地球では、身体の内部の部位さえあれば繋ぎ合わせて再利用が可能だが、この世界では部位を取り出したとしても、それだけの精巧な技術がないので、繋ぎ合わせることは不可能だろうから。


「それでも、農夫になっただけでも幸運だ。もし奴隷にでもなっていたら、今頃、まともに飯も食えず、まともな扱いも受けられずに、一生無給で労働させられていただろう。」


結局、彼らが収穫した品物を、借金を返せという脅迫で全て奪われるのではないか。

それを見ると、特に奴隷と変わらないと思うのだが…


「これくらい話せば十分だろう?」

「はい?」


ハンスさんが深く息を吐き出した。


「私がこう話したのは、関わるなということだ。農夫たちと親しくしようとしてモルモスの目にでもついたら、坂本さんだけが厄介なことになる。」

「はい…」


ハンスさんの顔に心配の色が見える。

他人である俺を心配してくれるハンスさん。

なんてありがたい人なのだろうか。

しかし、ここで諦めるわけにはいかない。


「では、私は先に戻ります。」

「ああ、そうか。」


ひとまず、農夫たちがどんな状況に置かれているか分かったので、これからはきちんと調べてみる番だ。

これについてよく知っていそうな人を一人知っているので、その人に聞けば、大体これが手を出してはいけないスズメバチの巣なのか、それとも、痛くても蜜を収穫できる蜂蜜の壺なのか、分かるだろう。


***


農夫の一日は、本当に早い。

まだ日が完全に昇ってもいないのに、城の外にある農場には、すでに多くの人が外に出て働いている。


「ふむ…」


俺は大工でも、農夫でもない。

農具の品質は、目でいくら見ても、どの程度なのか分からない。

しかし、道具の古さは外見から分かるので、どのくらい古いのかは分かる。


彼らが手に握る道具たち。

その道具の鉄の部分は、全て錆びていた。

鋤を耕したり、鍬を使ったりしている間に、小石や岩にぶつかって壊れるのは日常茶飯事。


そんな人々は、農民村へ歩いて行って、倉庫から再び道具を持ってくる。

もちろん、再び持ってきた道具も、状況が似たようなものであることは同じだ。


「ただ道具を受け取ってくれればよかったのに…」


近くに座り、頬杖をついて、足元に置いた道具をじっと見つめた。

この道具なら、大して力を入れなくても、彼らが望むだけ十分に使えるだろうに。


間違いなく、警戒もあるだろう。

最初に来た時、何人かの人々は俺を警戒して近づきもしなかったのだから。

しかし、警戒一つで、ここまで俺を排斥することはないだろう。


彼らには、他人に対する深い不信感が根付いていた。

まるで、俺がしたような行動に、何度も騙されたかのように。


「それは、何だろうか…」


誰かが近づいてくるまで、俺は黙って農作業をする人々を見つめていた。


コロコロ…


どこかから小石が一つ転がってくる。

顔を向けて、小石が転がってきた場所を見ると、そこには一人の子供がいた。

長い間洗っていないので、黒い垢がついた顔。

寒いので鼻水まで垂らしているが、子供は平気な様子で、つぶらな瞳で俺を見つめている。


「へへ。」


乳歯が抜けて、歯が何本か抜けている子供は、だらしなく笑いながら俺を見つめる。


「こんにちは。」


コンビ∞でキャンディーを買って取り出し、ビニールを剥がして子供に渡すと、子供が駆け寄ってきてキャンディーを受け取る。

これが何かとばかりに、あちこちと見回していた子供は、やがて口に入れた。

甘い味のおかげだろうか。

目が大きくなり、明るく笑った。


「おいしい!」

「そうだろ?」


子供は俺の隣に座り、小石を足でいじりながら、キャンディーを熱心に舐めた。


‘もう一度、行ってみるか…’


農具が壊れ続けている人々を見ると、気になる。

ただそこに箱を置いてきたら、持っていって使うのではないかと思い、箱をインベントリに入れようとしたが、一人の男がかなり恐ろしい目で、ずんずんと俺に向かって近づいてくる。


「ジェニー!」


ジェニーという名前を呼びながら近づいてくると、俺の隣に座ってキャンディーを舐めていた子供が、彼に向かって駆けていく。


「お父さん!」


お父さんと呼ばれた人物。

彼は、初日に俺が道具を配るのを止めた男、ヨーデンだ。


ヨーデンは、ジェニーの口の中に何か入っているのを見ると、口に舐めていた棒を抜き取り、地面に投げ捨てる。

キャンディーが砕け、四方八方に破片が飛び散る。


「俺の娘に、何を食わせたんだ?」

「子供が可愛いので、キャンディーをあげただけですよ。」

「キャンディー?それは本当か?」


ジェニーが俺を見て、頷く。

ヨーデンは深いため息をついた。


確実だ。

この男は、他人を信じない。

それも、かなり強く。


「キャンディーをくれたのはありがたいが、次からはここに来ないでほしい。ただでさえ仕事で気になるのに、子供まで気にかけたくないからな。」


ヨーデンがジェニーをひょいと持ち上げ、再び畑に戻ろうとする。


「ヨーデンさん、ちょっと待ってください。」


ヨーデンがその場に立ち止まり、顔を向けて俺を見つめる。


「どうして、私をそんなに信じないのですか?」


この者が他人を信じない理由を知らなければならない。

そうでなければ、俺も一歩も前に進めないから。


一瞬の静寂が流れる。

そして、ヨーデンがゆっくりと口を開く。


「少し、こちらに来ていただけますか?」


***


農民村の中に入るのは、初めてだ。

これまではずっと、遠くから畑を見ているだけだったから。


バラック街と言えるだろう。

丸太や板で作られたジェルノータの他の家々とは違い、農民村の家は、木の皮で作られていた。

少しでも風が強く吹けば飛んでいきそうに、危なげに見えたが、人々は気にせず、家事をしていた。


「ここに住んでいる人、全員が農作業をしているわけではないんですね。」

「農作業をしているのは、男たちだけですよ。女たちは、農作業に行った男たちの代わりに、家事をしますから。」


借金をするのは、男だけではないだろう。

女たちも借金をするだろうし、農作業を男がする代わりに、女たちは家事を手伝うのだろう。


「もちろん、作物を収穫する時には、女たちも来て手伝いますけどね。」


気まずそうに笑いながら移動すること数分。

そうして到着したのは、テントだった。

入り口を覆った布を捲って中に入ると、一人の女性が驚いた目で俺たちを見つめる。


「ヨーデン…!」


茶色の長い髪を後ろで三つ編みにした女性。

しゃがんでいた彼女は、手に持っていた雑巾を下ろし、立ち上がってヨーデンが抱いていたジェニーを受け取った。


「ジェニーが畑にいたんだ。」

「ジェニーが?」


女性がジェニーの鼻に指をちょんと突いて尋ねた。


「ジェニー、お母さんがお父さんの仕事の邪魔をしちゃいけないって言ったでしょ!」

「ごめんなさい…」


しょんぼりとした子供を下ろした女性が、腰に手を当てて怒った表情を浮かべたが、やがて微笑んで言った。


「次からは、しないよね?」

「はい!」


女性はそう答えて笑うジェニーを見て、頭を撫でる。

そして、俺の方に視線を向ける。


「ところで、隣にいらっしゃる方は…」

「お客さんだ。」

「お客さん?こんなところに?」


女性の目に、疑いの色が見える。


「ああ。前に言っただろう。俺たちに道具をくれると言って、ずっと訪ねてくる人がいるって。」

「ああ…」


頷いた女性が、横にずれる。


「ひとまず、入って座ってください。」

「ありがとうございます。」


何か歓迎されている感じはしないので、座るのがかなり気まずいが、ひとまずは話を聞かなければならないので、ひとまずは中に入って座った。


テントなので、部屋はなかった。

ただワンルームのような空間で、片隅にきちんと畳まれた布団があるだけだ。


ヨーデンが食事用の、と思われる小さなテーブルを広げると、俺は彼の反対側に座った。


「ここで暮らしているんですか?」

「はい。借金でお金がないので…」


ヨーデンが気まずそうに笑う。


「私は坂本優司と申します。」

「ヨーデン・ハワードです。隣は妻の、エリー・ハワード。そして、あの子は娘の、ジェニー・ハワードです。」


ジェニーが笑いながら、俺の膝の上に座る。


「ジェニー!お客さんに、なんてことを…」

「大丈夫ですよ。」


ジェニーの頭を撫でると、ジェニーが顔を上げて俺を見つめ、気分が良いのか笑う。

俺はインベントリからキャンディーをもう一つ買って…


「先ほど、私に尋ねましたよね?どうしてあなたを信じないのかと?」

「はい。」


少し前まで和やかだった雰囲気が冷え込み、ヨーデンが俺を睨みつける。


「まず、尋ねます。あなた、モルモスの奴らと、どんな関係ですか?」

「何の関係もありません。最初に来た時にも申し上げた通り、私はただ農作業を学びに来ただけで、皆さんに危害を加えに来たわけではありません。」


俺の言葉に込められた真意を理解したのだろうか。

ヨーデンが目を閉じ、深く息を吐き出した。


「前にもいました。あなたのように訪ねてきた人が。」

「私のような人が…いたんですか?」


ヨーデンが頷く。

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