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第29話

第29話


強い風が吹き荒れる。

一歩、また一歩と歩くたびに、服を突き抜けて冷気が染み込んでくる。


黄金色に染まっているだろうと思われた畑には、すでに収穫されて跡だけが残る麦の株しか残っておらず、それすらも、ある程度整理されていて、よく見えなかった。


「ものすごく広いな…」


ここも、れっきとした都市。

様々な作物が商人を通して入ってくるので、この辺りでは農業はしないだろうと思っていた。

東京一つ見ても、趣味で小さく農業をする人はいても、大規模に農業をする人はいないから、ここも同じだろうと思っていたが、どうやら間違った考えだったようだ。

目の前に広がる、果てしなく続く畑。

他の農作物は見当たらず、麦と似た形の作物だけが風に揺れている。

それすらも、ほとんど収穫されて、残っているものはわずかだった。

地面に残っているのは、麦の糠のように見える乾いた茎だけ。


近くに寄って麦の株を拾い、調べてみた。

俺がよく知る麦と、ここの麦は少し違う点がある。

俺が知る麦は、米と似た大きさの小さな穀物。

しかし、ここの麦は、土壌に栄養がかなり多いのか、俺が知る麦の3倍は大きかった。

麦を噛んだ時も同様だ。

ここの麦は、ガムのようにくちゃくちゃと噛むのが同じだが、地球の麦とは違い、口の中にかなりの甘みが滲み出てくる。


「パンにしたら、砂糖は要らないな…」


製パン技術さえあれば、実に喜ばしい麦だが、その知識がこの麦にも通用するかは未知数。

いくら知識があるとしても、研究はかなりしなければならないだろう。


‘面白いな…’


元の世界と違う点があるというのは、やはり興味深いことだ。


「それにしても…人があまり見えないな。」


真昼間のはずなのに、人々があまり見えない。

おそらく、一年の最後の農作業が終わったからではないだろうか。

完全に休耕に入った時に来ていたら、農夫どころか、蟻一匹見るのも難しかっただろう。

かろうじて幸いなのは、まだ畑を管理している農夫たちがいることだ。


「こんにちは。」

「どなたですか?」


畑を整理する人々に恐る恐る近づいて挨拶すると、彼らは俺を見て眉をひそめる。

かなり警戒しているようだ。


「農作業を少し、学びたくて来ました。」

「農作業を?」


何か奇妙な人を見るかのように、俺をあちこちと見回す。

顎の髭を撫でながら近づいてきて俺をじろじろと見たりもする一方、何人かの若い男たちは俺を取り囲んで、首をかしげる。


「農作業なんて、何を学ぶことがあると、ここに来たんだ?」

「それが…私も少し農業をしているのですが、私が育てている作物がなかなか育たなくて。もしや、私が知らない部分があるのかと思い、調べてみようと。」


その言葉に、農夫は手をひらひらと振る。


「ええい、ちっ。あっちへ行け。俺たちも食っていくのがやっとだってのに、誰かを教えながら農業をする余裕なんてないんだよ。」


予想はしていた。

いくら親切な人だとしても、数年、数十年と積み上げてきたノウハウを、簡単に教えてくれるはずがないということを。


「これは、つまらないものですが、お受け取りください。」


俺がインベントリから取り出したのは、いくつかの箱。

その中に入っているのは、他ならぬ鍬や鋤など、農具だ。

食べ物や服も良いが、その二つは農夫たちにとって金儲けの手段にはならない。

彼らにとって大きな助けになるであろうものは、当然、自分の仕事に直接的に役立つであろう道具だと考えた。


「これは…」

「かなり、よくできた道具だな。」


人々が興味を持って道具を調べる。

特に、鍬。

彼らにはない道具なので、どうやって使うのかと俺に尋ねたりもする。

当然、見本を見せてあげた。

すると、農夫たちはそれを見て、小さなシャベルだと、くすくすと笑った。


良い雰囲気の中で、簡単にノウハウを得られるかと思ったが、全ての人の考えが同じであるはずがない。

中には、見るふりだけして無視して行ったり、中には、前に出てきて人々に怒鳴りつける者もいる。


「みんな、何をしているんですか?!」

「なんだ、ヨデン?」

「この者が誰かも分からないのに、そんな品物をむやみに受け取って、今よりもっと大きな問題でも起きたら、どうするんですか?!」

「それは…」


きちんと洗えず、べたべたになった茶色のぼさぼさ頭、寒い冬がもう来ているのに、破れた服を着ている。

目つきはかなり険しいが、顔の形からすると、この目つきは先天的なものというよりは、しかめ面をすることが多くてできた後天的な目つきのように見えた。

ヨデンの怒鳴り声に、周りにいた人々が一人、二人と持っていこうとした道具を再び下に置く。


「そうだ、そうだな。」

「悪いが、これは受け取れないな。」


人々が一人、二人と去っていき、ヨデンという青年は俺を睨みつけながら近づいてきて、人差し指で胸を何度も突きながら押す。


「あなたのような人に、教えてやることも、受け取ることもないから、そのまま帰りなさい!」


そう言うと、後ろを向いて、再び自分がするべき仕事を黙々と始めた。


最初から感じてはいた。

彼らが外部の人間に敵対的であることは。

しかし、いくら外部の人間に敵対的だとしても、自分たちに利益があれば、ここまで敵対的にはしないはずだ。

今、彼らに何か問題があるのだろうという直感がした。


もう一度、できるだけ人の良さそうな笑顔を浮かべて彼らに近づき、道具を一つずつ渡そうとしたが、ヨデンという若い青年が言った後からは、俺の品物を受け取る人はいなかった。


「はぁ…」


どうやら、今日はそのまま帰るしかないようだ。

せめて明日か明後日くらいには受け取ってほしいのだが…


***


「くっ…」


宿屋の中の他の人々が見ているにもかかわらず、俺の目からは涙がこぼれ落ちる。

時間が、もう一週間も経った。

一週間、農夫たちが働く畑に行って農具が入った箱を置き、笑いながら農夫たちに勧めているのだが、農夫たちの視線は冷たいばかり。

俺が差し出した農具を無視するのは当然のこと、中には突き飛ばしていく人さえいる。


ただ、農業のノウハウを学びたいだけなのに…

どうして、俺の純粋な気持ちを分かってくれる人はいないのだろうか。


暖かい服を着て体は暖かいが、心が冷たくて悲しくて、涙が自然と流れ出る。


「どう…どうして泣いているんだ、坂本さん?」

「ハンスさん…!」


ハンスさんが涙を流す俺を見つめ、当惑した表情を浮かべる。

この街にずっと住んでいたハンスさんなら、農夫たちがなぜあんなに外部の人間に敵対的なのか、知っているかもしれない。

ハンスさんに一度、話してみようか。


そう思いながら、ハンスさんに畑であったことを話した。


ゆっくりと聞いていたハンスさんは、タオルでグラスを拭きながら深いため息をつく。


「大体、どういうことなのかは分かるな。」

「でしょう?胸が張り裂けそうですよ…」


ハンスさんが後ろにある木のグラスを取り出し、ビールを差し出す。

ぬるいビールを受け取ってごくごくと飲み、インベントリから銅貨を一枚取り出して差し出した。


「いいよ。今回は俺が奢ることにしよう。」

「そんな商売をしてたら、潰れますよ。」

「商売もしてない坂本さんに言われる筋合いはないと思うがな…」


口ではそう言うが、ハンスさんは俺が差し出した銅貨を受け取ってカウンターの下に投げ入れる。


「一つ、忠告してやるが、農夫たちにあんな風に近づいたら、一生親しくなれないぞ。」

「はい?」

「これを、どう説明すればいいかな…」


ハンスさんが後頭部を掻き、周りを見回して俺に小さく囁く。


「街の南にいる農民たちは、街の人間じゃないんだ。」


それはまた、どういうことなのだろうか。

街に住んでいるのに、街の人間ではないとは。

それなら、奴隷でもあるというのだろうか。


「どういうことですか?」

「その、なんというか…農民たちは、街の中に住んでいるんじゃなくて、街の外に作られた農民村に住んでいる人々…なんだ。」

「農民村…?」

「そうだ。それも、かなり厳しい監視の中で暮らしている。」


話だけ聞けば、本当に奴隷のようだ。

中世時代に農奴という階級が存在し、搾取されて生きていたとはよく聞いて知っていたが、ここにも農奴がいるというのか。


「監視というのは…領主様がつけた監視ですか?」

「領主様?いや、いや。領主様がつけたのではなくて…」


ハンスさんは、もう一度不安そうに周りを見回し、小さな声で俺に囁く。


「領主様が任せた商人がつけた監視だ。」

「領主様が任せた商人…?」

「そうだ。」


ハンスさんが手に持ったグラスを置き、言葉を続ける。


「今、ジェルノータ内部には4つの商人ギルドがあるのは知っているだろう?」

「いえ。」


俺の目標は商人でもないし。

知っている商人ギルドといえば、ルアナさんのトゥスカード商人ギルドしか知らない。


「今、街の中がどうなっているのか、何も知らないんだな…」


図書館で本を読みながら、この世界についての様々な内容を学んではいるが、図書館には、この街で起きていることについての本のようなものはない。


「今、ジェルノータには4つのギルドが商圏を掌握しているんだ。一つ目に、フクラ商人ギルド、二つ目に、マナロフ商人ギルド、三つ目に、ジュセフ商人ギルド。そして最後に…」


ハンスさんは、さらに一層注意しながら俺に言う。


「モルモス国家商業ギルド。」

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