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第27話

第27話


俺の言葉の意味を理解できなかったエレシアさんは、首をかしげる。

当然、理解できないだろう。

常識的に考えて、会って数日しか経っていない男女が同居する?

しかも、二人きりで?

儒教思想が染みついた俺の観点からすれば、絶対にあり得ないことだ。

しかし、エレシアさんの口から出たのは、俺の考えとは違う言葉だった。


「特に、問題はないのでは?」

「はい…?」


瞬間的に、脳が停止する。

問題ないだと?

なぜ?


「その…つまり…」


エレシアさんは、俺のぽかんとした表情を見て当惑したのか、手を振る。


「貴族の場合、会って一日で結婚することもありますから…あまり問題にはならないと思いますが…」

「そ…それは結婚する相手と暮らすからであって、全く知らない人と会った初日からずっと同居するのは、少し違うじゃないですか?」

「平民の中には、結婚せずに同居するケースもございます。」


後ろから、ネルさんが言葉を付け加える。


「いや、ちょっと待ってください…」


今、俺が知っている全てが否定されたような気分だ。

結婚せずに同居すること?

認める。日本でもそういうケースはあるから。

貴族が会って一日で結婚する?

それも認める。この世界はまだ中世時代と似ているから、政略結婚だと考えれば、そういうこともあるだろう。

しかし、そのどちらも、最も重要な一つの前提を抜きにして話している。


「男女が同居するということは、他の人々の目に…」

「コホン!」


話している途中、ネルさんが咳払いをして、目を大きく見開いて俺を睨みつける。


「お嬢様の前で、それ以上おっしゃるなら、容赦いたしません。」


その目が、あまりにも殺伐としている。

背筋にぞっとするような悪寒が走る。


「その…つまり、もしエレシアさんが一つ屋根の下で暮らすと言った時、他の人々がどう見るかということです。」

「わ…私が坂本様と一つ屋根の下に…?」

「はい。特に、貴族であるエレシアさんなら、爵位もない平民である私と一緒に過ごせば、妙な噂が…」


スッ…


話している間に、いつの間にかネルさんの手に小さな短剣が握られている。

額に青筋が浮き出ているところを見ると、相当怒っているようだ。


「よ…よくも…お嬢様を、侮辱…するとは…!」

「いや…ネルさん、そうではなくて…」


‘そうだ…もう話すのはやめよう…’


ここで話し続けても、事態が大きくなるだけで、何の助けにもなりそうにない。


カチッー


電熱線が切れる音が、家中に響き渡る。

紙コップにマキシムを破り入れ、熱いお湯を注ぐと、四方に甘いコーヒーの香りが広がる。


「ありがとうございます。」


三人の前にコーヒーを一杯ずつ置き、俺は頬杖をついてレベッカさんを見つめた。

猫舌なのか、口にコーヒーをつけた途端に驚き、舌を出して手で扇いでいる。

そして、俺と目が合うと、首をかしげる。


「レベッカさん。」

「はい。」

「本当に、ここでずっと暮らすつもりですか?」


レベッカさんが頷く。


「はい、出て行くつもりはありません。」

「すぐ隣の家なのに?」

「構いません。」


はぁ…

そうだ、好きにしろ。

もう俺も知らない…


***


人々が活発に動き回る昼休み。


「坂本さーん!」


エレシアさんが先に前に駆け出し、俺に向かって振り返って手を振る。

もし日本だったら、芸能事務所のあちこちから連絡が来るだろうというほど可愛い顔。

そんな人が俺に向かって笑いながら手を振ってくれるのだから、それほど癒されることはない。

しかし、俺の後ろにいる人の表情は、あまり良くない。


‘中指で眼鏡を直すの、やめてくれないかな…’


すっかり怒った表情のネルさんが、中指で悪態をつくように、しきりに眼鏡を直し続ける。

いくら腹が立っても、あんなに分かりやすく悪態をつかれたら、どんなに性格の良い俺でも気になる。

そして、もう一人。


「ふむ…」


兵士の鎧を着たレベッカさんが、周りを見回しながらついてくる。

確かに、俺はエレシアさんが助けてくれたことへのお礼をするために来たのだが、どうして後ろに二人も連れてくることになったのだろうか。


ワンッ!


隣についてきたハルだけが、俺の安息の地だ。


「坂本様…」

「はい?」

「その犬は…家に置いてくるのが良いのではないでしょうか?」

「ああ、この子ですか?」


レベッカさんが見つめて尋ねる奴は、当然俺の息子、ハルだ。

今では頭が俺の胸まで届くほど、着実に成長した奴。

おそらく、近いうちに乗って歩くのではないかと思うほど大きくなった。

ゴブリンとの戦闘後、3日ほどでこうなったのだが、それ以降はこれ以上大きくならないところを見ると、おそらくこれが成体のサイズなのだろう。


‘やっぱり…’


普通の犬だったらこのサイズの半分にもならないはずなのに、ここまで成長したところを見ると、やはり領主様が言っていたようにモンスターではないだろうか。


「人を噛まない奴だから、大丈夫ですよ。そうだろ、ハル?」


ワンッ!


まあ、モンスターだとしても、俺の言うことさえよく聞けば問題ない。


「いくらなんでも…」


レベッカさんが周りを見回しながら言葉を濁したので、周りを見ると、人々が俺たちから遠く離れて道を歩いている。

中には、俺を見てひそひそ話している人もいる。


‘確かに…少し大きいよな。’


怖がるのも理解できないわけではない。

人々はハルがどんな犬なのか知らないのだから。

しかし、後で噂が広まれば、怖がる人もかなり減るのではないだろうか。


ドンドン、ドンドン。


エレシアさんの後をついて歩きながら中央広場に到着する頃、大きな太鼓の音が聞こえてきた。

周りを見回しながら前に歩くと、目の前に巨大な壇上が一つ見える。

その上に立っているのは、他ならぬ一族のように見える人々。

そして、彼らの隣に置かれているのは。


「な…何をするつもりだ…?」


人を処刑する時に使う器具、ギロチン。


巨大なそれが、高い壇上にそびえ立っている。


「始まりか…」

「始まり…ですか?」

「はい。ヘルブライアン家の処刑式です。」


‘ヘルブライアン家といえば…’


確かに、俺の手柄を横取りして領主様が祭りまで開いた人間だ。


「定められた筋書きでした。サーベルタイガーを自分が仕留めたと領主様に嘘を言ったのですから…」

「そのせいで、各地方の他の領主や貴族まで呼んで祭りまで開いたのに、いざとなってみれば嘘だったのですから…」

「ジェルノータ領主様の顔だけでなく、家門にまで泥を塗ったも同然のことです。」


家門の名誉が重要だとは言うが、たかがそんなことで一族全員を処刑するというのが、あり得る話なのだろうか。


他の人々の雰囲気を見ると、特に気にしていないようだ。

むしろ、よくやったとばかりに前で口笛を吹いている人も何人か見える。


「坂本さんがゴブリンの時に現れなかったら、私もあの人と結婚していたでしょう。」

「結婚ですか?」

「はい。父が有望な騎士だと言って、結婚を斡旋してくれたのです。もしあの人と結婚した後にこの事実が明らかになっていたら、うちの家門もかなり困ったことになっていたでしょう。」


そう言って、エレシアさんが俺の腕に腕を絡ませて言葉を続ける。


「その前に坂本さんが現れてくれて、良かったです。」


そして、わずかに微笑む。


その微笑みを見た俺は、瞬間的に鳥肌が立った。

今、こんな状況で、どうして笑えるのだろうか。

人が目の前で死ぬ寸前のこんな状況で、自分の家門に害がなくなったと笑う、こんな状況。


ザクッー


瞬間的に、ぞっとするような音が右から聞こえる。

ゆっくりと壇上へ顔を向けた。

目の前に広がる光景は、まさに地獄絵図。

頭が転がり、血が四方八方に飛び散る。


「早く行きましょう。」

「坂本さん?」


イノシシも、ゴブリンもそうだ。

今までは人間ではないと思っていたから、殺すことに躊躇はなかった。

しかし、今目の前で繰り広げられる光景は、文字通り人を殺す殺人。

今になって、ようやく感じられる。


この世界は、俺が暮らしていた世界とは根本的に違うということが。


***


静寂が流れる建物の中。

終わりが見えないほどの本棚に、数多くの本が収められている。

机に座る人々は、それぞれ本を一冊、あるいは数冊を置いて、熱心に読んでいるか、勉強するように羊皮紙に何かを筆記している。


ここは図書館。

この世界に来てから初めて訪れる図書館の光景は、まさに迷路そのものだった。

しばらく歩いて中に入って、ようやく終わりが見えるのだが、これが1階だけでなく、なんと3階まである。


「インターネットを視覚化すると、こんな感じかな…」


建物が数軒…いや、数十軒はもっと必要だろうが、これだけでも相当な数ではある。


「坂本様。」


後ろからレベッカさんの声が聞こえる。

本来なら毎日ついて回って少し困っていたが、今日は領主様が呼んだので来られないと言っていたのを、俺がかろうじて引き止めて連れてきた。


その理由は一つだ。

まさに、この世界についての知識を得るためだ。

俺は、ほぼ1年近く経った今になって、この世界についての知識を得ようとしている。


人々が集まる中央広場での一族の処刑の様子。

その光景が、まだ忘れられない。

今は領主様を助けて北に住んでも良いと許可されたから、まだ生きているのだろう。

もしゴブリン討伐を助ける前に領主様に見つかってここに連れてこられていたら、俺は間違いなく牢屋生活をするか、あの人々のように首をはねられてこの世を去っていただろう。


たかが北の森にこっそり住んでいただけで処刑されるのは、あまりにも行き過ぎた傾向があるとは思うが、この世界の文化についてきちんと知らないので、違うと断定するのは難しい。


「この本が良いでしょう。あ、この本も。この本も歴史についてよく書かれていますから。」


レベッカさんが、あちこちから本を取り出して俺の腕の上に一冊、一冊と置いていく。

そして、かなり高く積み上げてから、俺を机へと案内する。


「このくらいが、周辺の国々と民族の文化、情勢が書かれた本です。」

「さ…相当、勉強することが多いですね…」


多いだろうとは思っていた。

しかし、本がこんなに分厚いとは思ってもみなかった。

どれもこれも、本の厚さが俺の腕くらいある。


「では、私は先に戻ります。」

「ありがとうございます、レベ-ッカさん。」


レベッカさんは会釈をして挨拶すると、図書館の外へとさっさと歩いていく。

今、ここにいるのは俺一人。


「さて、と…」


このまま閉館まで、ずっと読んでみよう。

この本全部を読むのは難しいだろうが、4冊くらいは全部読めるだろう。


***

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