第26話
第26話
椅子に座って、じっと畑を眺めた。
元々は湖の前の椅子に座って、じっと湖を眺めるのが一日の楽しみだったが、いつの間にか青い空の下に広がる小さな家庭菜園を眺めることに変わっていた。
それが確か、ちょうど白菜を植えた頃だったと思う。
「はぁ…」
家庭菜園の椅子に座り、ビールを一杯開けて畑を眺めていると、改めて平和だということが全身で感じられる。
「このまま、激しく何もしないでいたい…」
他の人が見たら、怠け者だと舌打ちするだろうが、構わない。
これが、まさに俺が夢見ていたスローライフの生き方なのだから。
しかし、そんな俺の人生にやってきた一つの厄介者。
「ハッ、ハッ!」
早朝から気合を入れながら木剣を振り回す。
その声があまりにも勇ましく、自然の鳥のさえずりを聞きながら静かにしていたい俺の耳に、声が突き刺さる。
「ふぅ…」
気分が良いのか、近くに置いた革の水筒をごくごくと飲み干す人は、他ならぬレベッカ。
フルネームは「レベッカ・デ・クレッシェンド」。
クレッシェンド家の三女であり、領主様の近衛隊の十長を務める女性だという。
外見は、かなりの美人だ。
大きな目に、すっと通った鼻筋、柔らかな唇。
出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。
まさに、西洋美女の標本と言える。
そんな人が、家に一緒にいる。
文字通り、死ぬほど辛い。
俺は同性が好きなわけでもない。
あくまで俺も男だ。
男の前でタンクトップにパンティー姿で、家の中だけでなく外まで歩き回るので、目のやり場がない。
いくら軍人だとしても、羞恥心は存在するはずなのに。
「一体どうして、男の前で服を脱いで歩き回ることを躊躇なくするんだ?!」
今も訓練中の彼女が着ている服は、薄いタンクトップ一枚にパンティー姿。
貴族なら、もう少し貴族らしく隠して歩いてほしいものだが。
いや、そもそも隠して歩くことが貴族と関係あるのか?
かろうじて今、俺が理性を保てているのは、彼女のヘアスタイルのおかげだ。
頭にどんぶりを被せて、はみ出た部分を全部切り落としたようなマッシュルームヘア。
そんな髪型をしているせいで、顔と体で得たプラス点を全て相殺している。
どうしてあんな髪型をしているのかと尋ねた時、彼女がした答えは一つ。
「髪が長いと、訓練の邪魔になります。」
頭の中にあるのが訓練だけという、完璧な軍人そのものだ。
「くぅぅ…」
伸びをしながら立ち上がり、準備運動をした。
ずっと椅子に座って休んでいたいが、今、俺にはしなければならないことがある。
「…」
目を細めて、小屋からさほど離れていない場所を眺めた。
そこに見えるのは、小屋の骨組み。
「はぁ…」
いくら髪型が理性を抑えているとはいえ、結婚どころか付き合ってもいない女性を、ずっとこの家に一緒に住まわせるつもりはない。
骨の髄まで儒教思想が染みついた男として、このままではいけないと思ったので、数日前から少しずつ小屋を建設している。
もちろん、コンテナボックスを買って家具をいくつか置いて、ここで過ごせと言えなくもないが、それでもいつまでかは分からないが、当分の間は一緒に暮らさなければならないのに、トイレもないような不便な場所で寝かせたくはない。
もちろん、そういう理由もあるが、あくまでそれは二の次だ。
俺が小屋を購入した一番大きな理由は一つだ。
「なかなか上がらないんだよな…」
コンビ∞の片隅にあるVIP等級を見た。
小屋を購入した理由が、まさにこれだ。
最初はVIP 0等級から始まり、VIP 1等級まではすぐに上げることができた。
しかし、2等級に上げようとすると、商品をいくら購入しても上がる気配がない。
一体どれくらい購入すればいいのか、少しでもヒントがあればその分購入するのだが、それもないので、むやみに高いものばかり購入することになる。
かろうじて幸いなのは、トゥスカード商人ギルドと取引を始めて、ずっと金が入ってくること。
それもなければ、今頃俺は再び無一文になって、また商売をしていたかもしれない。
「坂本様。」
小屋を建てに行こうとする俺を呼び止め、レベッカさんが近づいてくる。
「はい?」
「これまで、何をなさっているのか分からなかったので、ひとまずは見守っておりましたが…もしや、建物を建てていらっしゃるのですか?」
堅苦しい軍隊式の口調。
これも理性が残っている理由の一つだ。
「はい、そうです。レベッカさんが過ごすための宿舎を建てています。」
その言葉に、レベッカさんが首を横に振る。
「申し訳ありませんが、私は坂本様の小屋で引き続き過ごすつもりですので、あの建物は再び撤去してください。」
彼女の言葉に、一瞬当惑した。
まず最初に浮かんだ考えは、なぜ?だった。
見た目がどうであれ、今、彼女は貴族だ。
他の男と同居までする貴族を快く思う人は、この世界には誰もいないだろう。
それに、同じ貴族でもなく、外で暮らす平民と一緒の同居だなんて。
いくら考えても、彼女にとって俺と暮らすことはデメリットしかない。
「理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「領主様が坂本様にお世話になるようにとおっしゃってはいましたが、その真意は、坂本様が何をなさるか監視せよという意図でした。同じ家ではなく、別の家で暮らすことになれば、きちんと監視することができなくなりますので、この点はご理解ください。」
「監視を、必ず同じ家でする必要がありますか?」
「はい。特に、坂本様のように奇妙なものが家にたくさんある方なら、なおさらそれが必要です。」
「奇妙な…ものですか?」
俺の家に、奇妙なものが何があるだろうか。
じっくり考えても思い浮かばない。
「はい。」
レベッカさんが深刻な表情を浮かべて、言葉を続ける。
「その…尻尾のついた…水が自動で沸く薬缶とか…」
ああ、電気ケトルのことか。
「熱が出る鉄板とか…」
今度はIHクッキングヒーター。
「何よりも、浴室にある、あの水を噴き出す蛇とか!」
水を噴き出す蛇…水を噴き出す蛇…?
それって、もしかしてシャワーのことか?
「今だから申し上げますが、最初に坂本様のお宅に到着した時、私は魔女の家だと思って火をつけようとしました。」
レベッカさんが最初に来た時、ボイラーがある裏庭でうろうろしているのは見た。
それがそんな理由だったとは。
「いや、それがですね…おっしゃるものは全て怪しいものではなく、生活に役立つ…」
「それだけではありません!髪を洗う時に使うようにとおっしゃった、あのシャンプーというものも!体を柔らかくするボディウォッシュというものも!そんなものを作る人たちが、魔女でなければ何だというのですか?!」
話を聞いてみると、奇妙なことに説得力がある。
「いや、それが…つまり…」
「坂本さーん。」
後ろから声が聞こえるや否や、振り返って見つめた。
「え…エレシアさん!」
ナイスタイミングでエレシアさんがやってきた。
以前見た騎士の服ではなく、普通の白いブラウスに青いスカートを履き、後ろにはネルさんを連れてきた。
‘この状態じゃ、俺がいくら説得しても出て行ってもらえないな…’
今は助けを借りるしかない。
おそらく、同じ女性であるエレシアさんなら、今の状況がどれほど非常識な状況か分かるだろう。
「レベッカさん、こんにちは~」
「エレシア様…?エレシア様が、どうしてここに…?」
「それは、坂本様にお礼を申し上げに来たからです!」
「お礼、ですか?」
「はい!私たちがゴブリンにやられそうになったのを、坂本さんが助けてくださったので、坂本さんにお礼を申し上げなければなりません!」
「こんな男にお礼を申し上げる必要はございません、お嬢様。」
「ネル?」
お礼を申し上げると言うや否や、ネルさんが中指で眼鏡を直し、鋭い目で俺を睨みつける。
「ゴブリンと言っても、Eランクの冒険者たちも簡単に倒せる者たちです。おそらく、この男が来なかったとしても、お嬢様が十分に討伐されたことでしょう。」
「ネル。」
「はい、お嬢様。」
「今、私がEランクの冒険者たちより実力がないって言ったの?」
「そ…そうではなく…」
「もういいです!」
「申し訳ありません、お嬢様!」
エレシアさんが頬を膨らませてネルさんを睨むと、ネルさんが当惑してしきりに頭を下げる。
このままでは、雑談ばかりで時間を過ごしてしまいそうだ。
家主として、彼らを家の中に招き入れ、俺の目的について話すしかない。
「さて、エレシアさん。落ち着いて。ひとまず中にお入りください。」
「はい?あ…中へですか?」
「はい…」
俺が何かおかしなことでも言ったのだろうか。
エレシアさんが当惑したのか、頬をわずかに赤らめる。
「私が何かおかしなことでも…?」
「あ…いいえ!お招きいただけるなら、お邪魔します!はい!」
そう言って、元気よく中に入っていく。
俺が勘違いしていたのだろうか。
おそらく、そうだろう。
「皆さん、コーヒーでよろしいですか?」
「コ…コーヒーですか?!」
「コーヒーでございますか?!」
三人を食卓に座らせ、尋ねるや否や、再び立ち上がって驚いた目で俺を見つめる。
「はい…コーヒー…」
「そ…そんな貴重なものをお持ちなのですか?!」
「そんな貴重なものが、こんな小屋にあるのですか?!」
二人。
同じ意味のようではあるが、レベッカさんが言う方が、何だか気分が悪い。
「はい。持っています。」
もちろん、普通のコーヒーではない。
なんと、マキシム。
その中でも、プレミアムがついたマキシムゴールドプレミアムだ。
俺は普通のマキシムを飲んでも構わないが、来客があるのに普通のマキシムを出すわけにはいかない。
「い…いただけるなら、ありがたく頂戴します!」
「私も…!」
コーヒーが何だというのか、あんなに顔を赤らめて緊張するのだろうか。
「では、水は私が汲んでまいります。」
「その必要はありません。」
立ち上がろうとするネルさんを止め、俺は電気ケトルを持ってシンクへと歩いて行った。
「汲み置きの水がございますか?」
「汲み置きの水ではなく…」
蛇口をひねるや否や、勢いよく流れ出る水。
それを見た人々の反応は。
「お…おお…!」
エレシアさんが目を丸くして水道を見つめる。
「不思議ではありませんか?」
「はい!どうして家の中から、あんなに水が出るのですか?」
「私もここに来た時、本当に驚きました。」
電気ケトルに水を入れ、台座に置いた。
すると、電気ケトルが作動する音が家中に響き渡る。
「これは何をしているのですか?」
「お湯を沸かしているところです。」
「お湯を…沸かすのですか?これで?」
ネルさんとエレシアさんが不思議そうに見つめる。
それは不思議に思うしかないだろう。
これもまた、この世界では見られない科学の産物なのだから。
「さて、と。」
本格的に話を切り出すか…
「エレシアさん。」
「はい?」
「一つ、お聞きしたいのですが。」
「はい、おっしゃってください。」
「会って数日しか経っていない男女が、一つ屋根の下で暮らすことをどう思いますか?」




