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第20話

第20話


広い大通り。

高級な木材とリネンで作られたカーテン、金を貼り付けた紋様が描かれた豪華な馬車が、あちこちを行き交っている。

そして、あちこちにそびえ立つ数多くの邸宅。


ここが本当に、俺の知っているジェルノータなのかと疑うほど、別世界の街の風景が目の前に広がっている。


「ここが…どこなんだ…?」

「初めていらっしゃいましたの?」

「はい…街にこんな場所があるとは思いませんでした…」

「まあ、貴族でもない限り、ここに来ることはあまりありませんからね。」


エレシアさんの言葉が終わるや否や、後ろにいたネルさんが言葉を継ぐ。


「ここはノーブレス・エリアですわ。ジェルノータに住む全ての貴族が集まって暮らす場所です。」

「ああ…」


どうりで家がどれも立派なわけだ。

行き交う人々も皆、良い服やドレスを身にまとい、指や耳、首には様々な宝石が埋め込まれた装身具をじゃらじゃらとつけている。


「あ、着きましたわ!」


エレシアさんが立ち止まり、横を向いた。

顔を向けると、そこに見えるのはかなり高価そうなレストラン。

透明なガラス越しに中を覗くと、貴族と思われる多くの人々が、白いテーブルクロスのかかった円卓に座って食事をしている。


「ここ…高すぎんじゃ…」

「さあ、早く入りましょう!」


エレシアさんが俺を引っ張って中に入っていく。


カラン、と俺たちを迎えるベルの音。


「いらっしゃいませ。」


従業員たちが俺たちを見て、腰を90度に折ってお辞儀をする。

そうして席に案内され、椅子に座ったものの…


‘針のむしろだな…’


俺たちが入るや否や、人々の反応が尋常ではない。

その視線はただ一人。

ひたすら俺に向けられている。

かなり鋭い目で。

俺が入る時に何か作法を間違えたのだろうか。

いや、それはないだろう。

もしそんなものがあったなら、エレシアさんかネルさんが教えてくれたはずだ。

ただ普通に中に入ってきただけなのに、人々はなぜあんな視線を送ってくるのか。


‘あっ!’


一つ、思い当たる節がある。

まさに服装だ。

周りの人々が着ているのは、当然タキシードやドレス。

エレシアさんもかなり気品のある服装だし、ネルさんは誰が見てもエレシアさんの侍女だと分かるようにメイド服を着ている。

しかし、今俺が着ているのは黒のウィンドブレーカー。

文字通り、平民の服装だ。

ここにいる人々がそんな視線を送るのは、おそらく、平民がなぜ貴族の来るレストランに入ってきたのかという反感だろう。


「何になさいます?」

「ええっと…」


必死に視線を無視し、ひとまずメニューに目を通した。


‘なんだこの値段は…?’


どれもこれも1000ブロン以上の価格だ。

パン一つでさえ、ハンスさんの店では絶対に見られない、なんと500ブロンという価格帯だ。


「じゃあ俺は…パンとスープを…」

「ええ!?ここまで来て、パンとスープだけですの?」

「ええ、まあ…」


金はあるし、美味しいものも食べたい。

だが、高くて美味しいものを食べたとしても、こんな雰囲気で食べたら、美味しいものを食べても食べた気がしないだろうし…何より、胃がもたれそうだ。


「お金のことならご心配なく!私がお支払いしますから!」

「いや、そうじゃなくて…」

「それじゃなければ…ああ!どんな料理かご存じないのですね!では、私が適当に注文しますわ!」


そう言って手を挙げてウェイターを呼ぶと、何かを大量に注文し始めた。


「いえ、そこまでしていただかなくても…」

「大丈夫ですわ。うちの家門は、こう見えてもものすごい財力家ですから。」


この人、話す隙を与えてくれないな。


「では、料理が出てくるまでお話ししましょうか?」


エレシアさんは両手を組んで顎を乗せ、俺を見つめて微笑む。


「優司さん。以前買ったあのシャンプー、もしかしてまだ残っていますか?」

「シャンプーですか?まあ、残ってはいますけど。」

「どれくらい?」

「ご希望の量を言っていただければ、お持ちしますよ。」

「では、20本ほどお願いできますか?この前買ったシャンプーが底をついてから結構経つのですが、シャンプーを売っているビューティーショップは人が多すぎて手に入れられなくて。それに最近は売ってもいないようですし。」


メガンさんとの契約はもう完全に終わって、これ以上納品はしていないからな…


「はい。20本、準備しておきます。」

「ありがとうございます。これでシャンプーの心配はなくなりましたわ!」


エレシアさんがパチンと手を叩いて笑う。


‘俺に会おうと言ったのは、シャンプーのため…だけではないだろうな…’


ルーコンが赤い月と言っていた、あの照明弾。

エレシアさんも間違いなく見ているはずだ。

おそらく本来の目的は、それについて聞くことだろう。


「今日会おうとおっしゃったのは、それが理由ですか?」

「あ、それは…」


何か言いにくそうに後頭部を掻いていたが、やがて俺をまっすぐに見つめて言った。


「昨日のことについて、いくつかお聞きしてもよろしいでしょうか?」


やはり来たか。

フレアガンについて、どうごまかせばいいだろうか。

銃に至っては音も大きいので間違いなくバレているだろうし、隠しようがない。


「優司さん?」

「え?あ…はい、どうぞ。」

「では…」


エレシアさんがコホンと咳払いをして、真剣な表情で俺を見る。


「昨日現れた赤い月…あれは優司さんがお作りになったのですか?」


今、エレシアさんは俺がやったと確信しているわけではない。

それもそうだろう、俺がフレアガンを撃つのを見たわけではないのだから。

ただ、森に俺がいたから俺がやったのだろうという、心証だけを持っているのだ。

ここで嘘をつくべきか。

それとも正直に言うべきか。

おそらく正直に言えば、エレシアさんは俺にそれについて根掘り葉掘り聞いてくる可能性がある。


‘ひとまず嘘で状況をうかがってみるか…’


「俺がやったんじゃありません。」

「優司様がなさったのではないと?」

「ご覧の通り、俺は狼と戦っていました。そうしていたら、突然あの赤い月が空に現れたんです。」

「まあ…」

「どうしてあの赤い月が現れたのかは、俺にも正確には分かりません。」


俺の言葉に、エレシアさんの表情が暗くなる。


「でも、別に構わないんじゃないですか?赤い月と言われているようですが、別に赤い色の月には見えませんでしたし…ただ、近くにいた誰かが魔法でも…」

「いいえ。あの赤い月の原因が優司さんでないのなら…かなり深刻なことですわ。」

「し…深刻なこと、ですか?」


俺は照明弾だと知っているから別に怖くも何ともないが、知らない人が見ても、ただ宙に浮かぶ光る火の玉だ。

ルーコンが見せてくれたファイアと大差ないはず。

もちろん、少し明るくて持続時間が長いとはいえ、それがそこまで気にすることだとは思えない。


「もしよろしければ、理由を少し聞いてもいいですか?」

「昨日現れたあの赤い月…優司さんでないのなら、おそらくヴァンパイア・ロードの仕業でしょう。」

「ヴァンパイア・ロード?」


エレシアさんは頷く。


「ヴァンパイア・ロード…赤い満月が昇る夜に現れ、人間の生命を吸収するためにモンスターを率いて攻めてくるという…魔族です。」


話を聞いて、何だか嫌な予感がする。


「最近、北の森の辺りでずっと異常現象が起きていると思ったら…ヴァンパイア・ロードの前兆だったのですね…」


異常現象…?

まさか、な。


「その…北の森の辺りでずっとおかしな現象が起きていたというのは…?」

「最近、北の森のワイルドボアがずっと消えているという噂があったんです…」

「ワイルドボアが消えているという噂…ですか?」

「はい。」

「その噂はいつ頃から?」

「おそらく…半年ほど前だったと思いますけど…」


半年。

ちょうど俺が森に定住してからのことだ。


「たぶん、そうでしょう。昨日もそうですし、少し前にも北の森で狼を見たという人が結構いましたから。どうやら噂は本当のようです。ワイルドボアがいなくなったので、その縄張りをフォレストウルフが奪いに下りてきているのでしょう…」

「あ…」


ワイルドボアがいないから狼が下りてくる。

その言葉の意味は結局、俺のせいで狼が下りてきているということだ。

いや、正確に言えばハルのせいだ。

ハルがこの森にいるほとんどのワイルドボアを捕まえて小屋に持ってくるから…


「うわあああ!」


俺が悲鳴を上げると、驚いたエレシアさんが体をびくっと震わせ、目を丸くして俺を見つめる。


「どうなさいました?!」

「い…いえ、何でもありません…」


今まではワイルドボアがいたから狼がいなかった。

しかし、この森のワイルドボアがほとんど消えた以上、狼が続けて下りてくるはず。

ワイルドボアより厄介なのが狼なのに、この状況はノミを捕まえようとして家を全焼させたようなものだ。本末転倒もいいところだ。


エレシアさんは気まずそうに笑うと、ゆっくりと口を開いた。


「ワイルドボアが消えたのも、ヴァンパイア・ロードの仕業でしょうね。ヴァンパイア・ロードは近くにいるゴブリンの群れを連れて攻めてきますから…そのゴブリンたちが乗って移動するためのワイルドボアを捕獲しているのでしょう。」


‘ひとまず正直に話した方がよさそうだな…’


このままでは、街全体がとんでもない勘違いに陥りそうだ。

面倒なことになっても、エレシアさんに正直に話して警戒を解くのが良さそうだ。


「エレシア…」

「あ、お料理が来ましたわ!」


俺が話そうとした瞬間、ウェイターがやって来て俺たちの前に料理を並べる。


「ごゆっくりどうぞ。」

「ありがとうございます~」


パチンと手を叩き、満面の笑みを浮かべるエレシアさんは、フォークとナイフを手に取る。


「さあ、優司さん!ご遠慮なさらず、たくさん召し上がってください!」

「はあ…」


どうやら、話を切り出すタイミングを逃したようだ。

ひとまずは食事を終え、外に出てからきちんと話すのがいいだろう。


***


「わあ~、ごちそうさまでした!」


エレシアさんが気分良さそうにお腹をぽんぽんと叩きながら歩いて出てくると、後ろにいたネルさんが手刀でエレシアさんの頭を軽く叩く。


「痛っ!」

「お嬢様、貴族の品位をお守りください。」

「貴族だってお腹がいっぱいになったらこうするのよ、もう!」


ぷうっと頬を膨らませるエレシアさん。

見ているだけで癒されるほど、可愛らしい姿だ。

俺の理想のタイプに近い姿ではあるが、会った回数も少ないし、若ければ十代後半、年を取っていても二十代前半に見える人に、三十路の俺がアプローチするのは少し気が引ける。

何より、この世界で平民と言える俺が貴族に言い寄ったら、首が飛んでいきそうな気がする。


「では、優司様。私は用事がありますので、先に…」

「待ってください。」


まだ言えていない。

あの赤い月が俺の仕業だということを。

どんな反応を見せるか大体予想はつくが、面倒なことが起きても、俺のせいで他の人が被害を受けるようなことはあってはならない。


「はい?」


エレシアさんが、きらきらとした目で俺を見つめる。


「その…先ほどお話しされていた赤い月…ですけどね?あれ、実は…」

「エレシア様!」

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