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第19話

第19話


その反応からして、何かがおかしい。

俺が住んでいた地球でも、この世界に来てからもう1年近く経つ今までも、俺は魔法というものを一度も見たことがない。

しかし、今のルーコンの反応を見ると、まるで魔法が実際に存在するかのように、俺を不思議そうに見つめている。


「魔法なんてもの…ないだろう?」

「魔法は、あります…けど?」


懸念していた言葉が、ルーコンの口から飛び出した。


「魔法があるだと?」


俺の言葉に、言葉の代わりに実物で見せようとするかのように、ルーコンが手を伸ばす。

そして、呪文を唱える。


「(Fire)」


周りに風が吹く。

理解できない状況だ。

先ほどルーコンが何を言ったのかは理解できなかったが、それが呪文であることは直感的に分かった。

ルーコンの足元に、赤い光を放つ円が描かれ、続いて得体の知れない紋様がその上に重なる。

そして、空に向けたルーコンの手のひらの上に現れたのは。


「なんだ…これは?」


燃え盛る小さな炎。

それは手のひらよりもずっと小さいが、まるで中心に重力でも働いているかのように吸い込まれ、円形の球体を作る。


「『ファイア』という魔法です。」

「ファ…ファイア?」


信じられなくて目を擦り、もう一度見つめた。

もしやと思い、ルーコンに木に投げてみるように言った。

すると、小さな爆発と共に木が一本倒れた。

近くに寄って見てみると、幻ではないらしく、黒く焦げた跡がはっきりと残っている。


「本当に…魔法なんてものがあったのか?」

「はい。優司さんはご存じなかったようですね?」

「そりゃ知らないさ。俺が住んでいた場所には、魔法なんてものは存在しなかったからな。」

「魔法が存在しなかった、ですか?」

「ああ。」


当惑するのも束の間、俺は椅子へと歩いて行って座った。


「俺が住んでいた場所は、魔法という概念が存在せず、この世界にはない機械というものが発達した場所なんだ。」

「機械?」


この世界に住む誰にも、理解できないだろう。

遠い距離も素早く行ける自動車や、高い所を飛び回る飛行機、空を突き抜けて宇宙を泳ぐ人工衛星のようなもの。

この世界では、どれだけの時間が経っても想像さえできない品物ばかりだからな。


‘あの魔法なら、ルアナさんがどうしてルーコンをつけて寄越したのか理解できる。’


もちろん、魔法というものは実在しないだけで、創作物の中では生き生きと適用される概念なので、大まかには知っている。

魔法はルーコンが言ったファイアだけでなく、他のものも存在するだろうし、ルーコンも他の魔法を覚えていただろうから、馬車一台くらい守ることは可能だっただろう。


「機械って、何ですか?」

「俺が話したとしても、理解はできないだろうな。」

「はい…」

「まあ、話はここまでにして。ルーコンもルエリを探すのに苦労しただろうから、入って休んでろ。」

「そ…まだ先ほどの話が…」

「ああ、そうだな。何を話していたか?」

「その、赤い月…のことです。」


これをどう説明すればいいだろうか。

フレアガンをルーコンに見せれば、ルアナさんにフレアガンについて報告するだろう。

もちろん、ルアナさんが望まない可能性もあるが、俺が持っている不思議な品物を納品してくれと条件をつけたルアナさんが、フレアガンを納品してくれと言う可能性は高い。


‘こういう武器類は、納品したくないんだが…’


フレアガンは殺傷兵器ではないが、れっきとした火器類だ。

旅人が使うことはほとんどないだろうし、このフレアガンの用途自体は、戦場で使われるだろう。

人々が殺し合う、そんな戦場で俺が販売した品物が使われるのは、かなり気が引ける。


「悪いが、それは言えないな。」

「え?」

「それは、俺だけが持っている能力…みたいなものだからな。お前が持っている、あの魔法のようにな。」

「では、やはりあの赤い月は魔法なのですか?」

「見方によっては、そうとも言えるだろうな。」


全く違う概念ではあるが、ルーコンが赤い月だと思うほど明るい光に見えたのなら、それは魔法ではないだろうか。


‘いや、違うだろうな…’


「分かりました。優司様がそうおっしゃるのであれば、これ以上は問いません。」

「ありがとう。聞かずにいてくれて。」

「では、優司さん。先に入ります。」

「ルエリ、今日は良くない記憶がかなり溜まっただろうから、お前がベッドで一緒に寝てやれ。」

「はい。」


ルーコンが小屋の中に入っていき、俺は空に輝く数多の星を見つめ、目を閉じた。


‘エレシア・デ・アウルア…’


狼のリーダーを、たった一太刀で殺した女性。

街で見た時は、あんなにおとなしくてか弱そうに見えたのに、彼女が狼のリーダーを処理する時に見たあの眼差しは、忘れられない。


‘かなり、恐ろしい目だったな…’


人の眼差しというものが、そこまで変われるものなのかと思うほど、彼女の目は獣のもののようだった。

しかし、振り返って俺を見た時のその表情は、おとなしい羊。


「はぁ…」


厄介なことになった。


「明日、街の広場でお会いしましょう。来なければ…分かりますよね?」


笑いながら言ったその一言が、俺の背筋をぞっとさせた。

広場で会わなければ、おそらく俺を捕まえるために、街とこの森全体を捜すだろう。

彼女も間違いなく、フレアガンについて尋ねてくるだろう。


‘狼の死体を持って行ったし、近くにいた彼女はルーコンとは違って拳銃の音も聞いたはずだから、拳銃と弾についても尋ねてくるだろうが…’


彼女は貴族だから、おそらくルーコンのようにごまかすことはできないだろう。


「このままじゃ、幸せな俺のスローライフが…」


ただ森の中の小屋で、美しい湖を眺めながら幸せなスローライフを送りたい俺に、突然訪れた試練。


‘うまく乗り越えられるだろうか…’


何事もなく、またこの森に戻って来られればいいのだが…


***


「ありがとうございました~!」


懐中電灯が入った箱をたくさん積んだまま、ムルバスへと旅立つ二人に、手を振って見送った。


「また、俺たち二人だけになったな。」


たった一日だったのに、見送るのがどうしてこんなに名残惜しいのだろうか。


ワン!


「よし、よし。」


ハルが俺には自分がいるというように、飛び乗ってきて顔を舐める。


「さて、と…」


今日残された仕事は、一つだけ。

まさに、エレシアさんとの対面。


‘まずは、お礼の挨拶からしないとだな…’


エレシアさんの服装を見ると、おそらく巡回中の警備兵か、それ以上の地位を持つ人だろう。

そんな人が、空高く照明弾を撃ち、大きな銃声を上げて夜中に騒ぎを起こした人間を見逃してくれたのだ。

理由は分からないが、とにかく見逃してくれたことについては、感謝すべきことだ。


「手土産…持っていくべきだよな?」


手土産は何がいいだろうか。

シャンプー?

それとも、化粧品セット?


「いや。それよりも、やっぱり。」


手土産と言えば、飲み物。

そして、飲み物と言えば、インスタントコーヒー。


「インスタントコーヒーでも持っていくか~」


どうせ家にあるインスタントコーヒーも切れたことだし、俺はコンビ∞でインスタントコーヒーを購入し、小屋へと戻った。


街は、いつも活気に満ちている。

入り口で入ろうとする商団の馬車と人々。

そして、その人々の口から上り下りする、昨夜の出来事。


「本当ですか?!」

「そうなんだってば!」


彼らがひそひそ話す声が耳に入ってきて、なんとも後味が悪い。

ヴァンパイア・ロードだの、魔族の軍隊が攻めてきただの。

これがファンタジーでもあるまいし、そんなものが…


「まあ、いるんだろうな…」


昨日ルーコンが見せてくれた魔法というものがあるのを見ると、今あの人々の口に上っているヴァンパイア・ロードや魔族も、実際に存在するのだろう。


‘魔法…’


一見して頼りにならなかったルーコンだが、昨日使った、木を破壊するほどの威力を持つ「ファイア」という魔法を見ると、俺よりもずっと強い人間だった。

おそらく、俺ではなくルーコンがルエリを発見していれば、もっと簡単に勝てたかもしれない。

魔法は、ルーコンだけが使えるものではないだろう。

ファイアという魔法より強い魔法がないとも思えない。

もしそんな人間が俺を攻撃したら、俺が持っているこの拳銃で自分の身を守れるだろうか。

おそらく、不可能だろう。

そんな状況になる前に、俺が魔法を学んで自分の身一つは守れるくらいに魔法を覚えておけばいいのだが、果たして俺が魔法を学べるだろうか。


「はぁ…考えることが多くなったな。」


石弓と銃があれば、自分の身一つは十分に守れると思っていたのに、突然魔法が現れて、頭が複雑だ。


「優司さん。」

「うわっ!」


耳元で囁く声に驚いて前に倒れ込むと、後ろからエレシアさんの笑い声が聞こえた。

頭を擦りながら後ろを見ると、白いブラウスに青いスカートを履いたエレシアさんが、膝に手をついて俺を見下ろしている。


「大丈夫ですか?」


俺はよろめきながら立ち上がり、服をパンパンと叩いた。


「大丈夫です。」

「ごめんなさい。そこまで驚くとは思ってもいませんでした。」

「次からは、気配を出してください。びっくりしたじゃないですか。」

「分かりました。」


そうしてエレアさんを見ようと視線を向けると、彼女の背後にまた別の人がいる。

頭にはメイドのカチューシャ、体には黒を基調としたゆったりとしたワンピースに、腰に白いエプロンを巻いた、首までのボブヘアに、かけている眼鏡の奥から冷たい視線を送っている女性。


忘れられるはずがない。

この世界でシャンプーを初めて売り始めた時、エレシアさんと一緒に来て、俺と俺の品物にケチをつけた女。


「ネル、挨拶して。」

「ごきげんよう、ネルと申します。」

「あ…どうも。」


その時とは何となく雰囲気が少し違うが、まだこの女は俺をあまり良い視線で見ていないようだ。


「優司さん、お食事は済みましたか?」

「まだです。」

「では、私たち、まず食事からにしましょうか?」

「はい。」

「では、行きましょう。」


言葉を終えたエレシアさんが先頭に立ち、俺はエレシアさんの後を追った。

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