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第16話

第16話


風が吹き、木の葉が擦れる音が心地よく聞こえる。

何の心配もなく、湖のほとりの椅子にただ座っていると、幸せな気持ちがこみ上げてくる。


「はぁ…」


旅から戻ってきて、もう一週間が経った。

旅先だったムルバスもそれなりに良い場所だったが、そこではこんな幸せな感情は感じられない。


「この湖じゃなきゃ、心の平穏は得られないな~」


ワン!


ハルが尻尾を激しく振りながら、俺の隣にやって来て座る。

ハルの頭を撫でながら、手に持ったインスタントコーヒーをゆっくりと飲んだ。

四方に広がる、香ばしいコーヒーの香り。


ガサッ。


どこからか聞こえる茂みの音に、俺はインベントリから石弓を取り出した。

こんな香ばしい匂いを嗅ぎつけてやって来る奴らは決まっている。


イノシシの他にもう一種類。

まさに狼だ。

理由は分からないが、旅から帰ってきてから、家の近くで狼が見つかった。

血走った目で口からよだれを垂らしながら俺を見つめていた奴らの姿は、ぞっとするほどだった。

幸いなことに、飢えているからか、まともに力を使えないようだった。


「ハル、準備…」


狼だと思ってハルに命令しようとしたが、ハルの反応が何かおかしい。

いや、最初からおかしかったのかもしれない。

本来のハルなら、周りにイノシシや狼のような獣がいれば、俺よりも先に歯を剥き出しにして飛びかかる準備をする。

しかし、今の反応は飛びかかる気配がない。

むしろ舌を出して、音のする方向を眺めている。

つまり、あのガサガサという音の正体は、ハルが知っている「人」だということ。

そして、俺の家の場所を知っている人間は、たった三人しかいない。


「ここで合ってる?」

「うん、たぶん?」

「たぶんって何よ!?」


聞き慣れた声が森に響き渡る。

俺は苦笑いを浮かべてインベントリに石弓をしまい、音のする方へ歩いて行った。


「私たち、道に迷ったんじゃない?」

「違うってば!私を信じられないの?」

「でも、もう何十分も優司さんの家が見えないじゃない!」

「ここからもう少し行けば着くから!たぶん…」


茂みをかき分けて音のする方へ歩いて行くと、二人が怯えた表情で森を突き進んでいる。

レザーベストにショートパンツ、茶色のベレー帽をかぶった少女と、跳ねた髪が印象的な、まだ成人したばかりで幼さが残る青年。


「そっちに行くと危ないぞ?」

「ひぃっ!」


俺の声に驚いた二人が、振り返って俺を見た。

そして、目に涙を浮かべて駆け寄ってくる。


「優司さん!」


ルエリが俺のズボンを掴んでしがみつき、ハルのように顔を擦り付け、ルーコンが駆け寄ってきて堪えていた涙をこぼした。


‘ルアナさんも、本当に…’


せめて頼りになる護衛を一人、二人くらいつけて送ればいいものを、どうしてこんな子供二人だけを送ったのだろうか。

もちろん、ルーコンが剣を差しているのは見えるが、どう見ても頼りになりそうにない。



家の中で鼻歌を歌いながら、食卓に座った二人の子供の前に、俺はカップを二つ置いた。

湯気を立てながら、チョコレートの甘い香りが四方に広がる。


「ありがとうございます~!」


そう挨拶して、二人がカップを手に取って飲む。


「う~ん!」


もし目に星があったなら、今この瞬間、強烈に輝いていただろう。

甘さに夢中になったルエリは、熱いにもかかわらず、ズズッと上手に飲み干し、ルーコンは顎を撫でながらココアの香りと味を吟味し、分析している。


「もう一杯!」

「だめだ。」

「え~!?どうしてですか!?」

「甘いものをたくさん飲むと、歯が虫歯になるし、健康にも良くないんだ。」


こんなに甘いものを何杯も飲んだら、子供の健康に良くない。


「ひどい…」

「俺の、もっと飲むか?」

「ほんと!?」


ルーコンがルエリのカップにココアを半分ほど注いであげると、ルエリは鼻歌を歌いながら足を揺らす。


「やっぱりルーコンお兄ちゃんしかいないわ!」


その言葉に、ルーコンが微笑む。


「明日か。納品期限。」

「はい。もうそんな時期になりましたね。」

「準備は全部してある。」


既に彼らに渡す品物は購入してある状態だ。


「では、一度見てもよろしいでしょうか?」

「分かった。じゃあ、こっちへ来て。」


俺は後からついてくるルーコンとルエリを連れて、家の裏手へ向かった。


「品物はどこに…?」


俺はインベントリから大きな箱を10個取り出して置いた。


「これくらいでいいか?」

「え…どうやって!?」


ルーコンが驚いて俺を見る。

ルーコンも元々知っていたんじゃないのか?


「俺が亜空間バッグを持ってるって話、聞いてないのか?」

「はい!優司さんが亜空間バッグの持ち主だとは聞いていませんでした!それに!」


ルーコンは家の裏手を埋め尽くすほど大きな箱10個を見て、当惑した表情で俺と箱を交互に見た。


「こんなに大きな亜空間バッグがあるなんて、一度も聞いたことがありません…マスターでさえ、ここまで大きくはないはずですが…!」

「そうか?みんなこれくらいは入れてるのかと思ったけど…」

「それくらい入れられたら、誰が品物を売るために馬車を引いて回るんですか…みんな亜空間バッグに入れて運ぶでしょう!」

「うーん…確かに…」


聞いてみると、ルーコンの言うことにも一理ある。

亜空間バッグが俺のインベントリのように大きな空間だったら、馬車は必要なかっただろう。


「はぁ…」


ルーコンは虚脱したように笑うと、箱を一つ持ち上げて地面に置き、開けてみてから不思議そうな表情を浮かべた。


「これは…何ですか?」


今、俺が売ろうとしている品物は、ルーコンやルエリ、さらにはトゥスカード商人ギルドのルアナさんでさえも知らないだろう。

何しろ、この世界には絶対に存在しない品物だからだ。

その中でも、この世界では間違いなくたくさん売れる実用的な品物でもある。

夜に山に行く時も、森にいる時も、キャンプをする時も、常に持ち歩いて視界を確保できる品物。

俺は箱の中に入っていた品物を手に取り、ボタンを押した。


カチッ。


「うわぁ…」

「ひ…光が…!」

「これは懐中電灯だ。」

「懐中電灯ですか?」


まさに懐中電灯。

この世界で光を放つものと言えば、せいぜい松明か、蝋燭を入れて周りを照らすランタンくらいしか存在しない。

特に、この二つを使うためには必ずしなければならないことが一つある。

それは、火を起こすことだ。

この世界にマッチがあるかは分からないが、万が一この世界にマッチがなければ、火を起こすのはかなり難しいだろう。

そんな場所で、懐中電灯は文字通り、夜に自分の命を守れる魔法のような品物であるはずだ。

不思議に思うのも無理はない。


「ああ。ボタン一つ押すだけで、明るい光が放たれる品物だ。」

「少し詳しく見てもよろしいでしょうか?」

「ああ、いいぞ。」


ルーコンが懐中電灯を受け取り、あちこちを観察する。

ボタンを押して光が出るのを確認し、あちこち照らしてみていたルーコンは、目を閉じて考えにふけった後、俺に再び懐中電灯を渡した。


「この品物を判断するには、時間が合わないようです…優司さんさえよろしければ、ここで夜まで待ってもよろしいでしょうか?」

「確かに、今は明るすぎるな。」


頭を上げて空を見た。

今は太陽が燦々と照りつける正午。

この品物の効率を判断するには、夜に見るのが確実だろう。


「じゃあ、暗くなるまで中で休んでろ。俺は仕事をしてから入るから。」

「仕事ですか?」

「今、畑仕事をしているんだ。」

「あ、では私もお手伝いします。」

「そこまでしなくてもいいんだが…」


俺が断ろうとすると、ルーコンは微笑んで言った。


「いえ、マスターからも優司さんのお仕事を手伝うように言われていますし、夕方まで退屈に過ごすよりは、何かしている方が時間も早く過ぎて良いですから。」

「それなら、こっちはありがたいけど…じゃあ、頼むかな?」

「私も、私も!私も手伝います!」


ハルと一緒に先に入っていたルエリまで畑へ駆け戻ると、ハルもルエリを追って畑へと駆けていく。


「ルエリ!ハルを連れて畑には入るなよ!」

「はーい。」


この世界に来て、他の人と一緒に小屋にいるのは初めてだ。

自然の音以外、何の騒音も聞こえない小屋も良いが、こうして騒音で満たされる小屋も悪くないようだ。



日が沈む頃になって、ようやく畑仕事が終わった。

ルーコンもルエリも、かなり疲れているのか表情が良くない。


「大丈夫か?」

「はい…大丈夫で…」


ルーコンが魂が抜けたように、前に倒れ込む。


「俺の仕事を手伝ってくれたし、俺もお返しをしないとな。」

「お返し、ですか…?」


畑仕事を手伝ってくれた人へのお返しと言えるものは、一つしかない。

まさに食事だ。


「小屋に入って体を洗ってこい。飯を作ってやるから。」

「ご飯だ~!」


ご飯という言葉に元気が出たルエリが、鼻歌を歌いながら小屋の中に飛び込んでいき、ルーコンが後頭部を掻きながら気まずそうに笑ってついて入っていく。


「さて、と…」


畑仕事を終えて食べられる飯と言えば、やはり一つしかない。


「うどんにしよう!」


***


「ごちそうさまでした。」


俺がお茶を差し出すと、ルーコンが頭を下げて感謝の意を表す。


「いや、こっちこそありがとう。おかげで早く終わったし。」

「いえ、私が何をしたというわけでも…」


本当に助かった。

この冬に漬物を作るために、今日、白菜の種を植えたんだ。

おそらく漬物を作る季節になれば、全部育っているだろう。


「さて、じゃあ試してみるか?」

「試す、ですか?」

「まさか忘れたのか?お前たちがここに残っている理由を。」

「あ!」


今になって思い出したかのように、ルーコンが気まずそうに笑って席から立ち上がった。


「ルエリ!」

「私を呼んだ?」

「懐中電灯を試さないと。」

「あ、そうだ!」


部屋でハルと遊んでいたルエリが飛び出してきて、俺とルーコンの後を追ってきた。

夜も更け、コオロギの鳴き声が聞こえる森の中で、俺は二人に懐中電灯を渡した。


「ここで一度試してみよう。」

「はい。」


すっかり緊張した顔で、二人が互いを見つめ、頷く。

そして、懐中電灯のボタンを押した。


カチッー


「うわぁ…!」


ルエリが驚いた目で懐中電灯を見つめる。

まるで花火を見る子供のように、懐中電灯が明るく照らした地面を見つめ、あちこち振り回しては顔に当てて目を細める。


「う、眩しい!」


ルーコンの反応も変わらない。

ルーコンも森をあちこち照らしてみては、腕を組んで考え込む。


「これならダンジョンに行く冒険者だけでなく、軍部隊に納品することもできるだろうな…それだけでなく、馬車などに取り付けて使っても…」


様々な販売先を考えているようだ。

こういうところを見ると、見た目は頼りなさそうでも、やはり商人は商人だ。


「どうだ?良さそうか?」

「はい!これなら十分に売れると思います!」

「だろ?」


俺が作った品物でもないのに、なぜか肩が上がっていく。


「もちろん、値段が重要ではありますが。」

「値段か…」


一応、考えている値段はある。


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