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第11話

青々としていた木の葉は、いつの間にか茶色に染まって地面に落ちている。

虫の鳴き声よりも、鳥のさえずりが多く聞こえるようになった季節。


サクッ、サクッ。


俺は畑に植えておいたジャガイモを掘っている。


「おお、でかい、でかい」


この土地の状態がどれほど良いのか、俺が植えたジャガイモの倍はある大きさのものが、土を掘るたびにくっついて出てくる。


「王様ジャガイモ~、ジャガイモ最高~」


鼻歌を歌いながら掘ること数分。

横からハルがやって来て、ジャガイモを一つくわえて逃げ出した。


「ハル、止まれ!」


俺の言葉にハルが立ち止まる。

そのままハルの元へ歩み寄り、口にくわえていたジャガイモを取り上げて、じっと睨みつけた。


クゥン……。


ハルが可哀想な目で俺を見上げる。

しかし、ジャガイモをやるつもりはない。


「後で蒸かしてやるから、生のジャガイモは食べるな」


俺の言葉を理解したのか、ハルはしょんぼりとした様子で家の中に入っていく。


「悪いな、ハル」


俺もハルにやりたい気持ちは山々だ。

だが、生のジャガイモは人間だけでなく、犬にとっても良くない成分を含んでいるため、与えられないのだ。


「さて、と」


二日間かけて掘り出したジャガイモは、全部で10カゴ。

その中で一番大きなカゴを一つ持って、湖の前に作った焚き火場へと歩いて行った。


トーチで火をつけると、勢いよく燃え上がる焚き火。

その上に、ジャガイモの入ったカゴを丸ごと乗せた。


ジャガイモのカゴが焚き火で勢いよく燃え上がる。


神が本当にいるのかは分からないが、少なくとも一人、いると推測できる神がいる。

俺に能力を与えてくれた創造の神だ。

このジャガイモが、その創造の神の元へ届くことを願いながら、空へと立ち上る煙をじっと見つめた。


「さて、と」


俺はインベントリから自転車を取り出した。

この世界に到着した初日に使った自転車だ。

久しぶりに取り出すと、初日の記憶がまざまざと蘇る。


カゴはついていないが、後ろに荷物を載せられる荷台がついているので、俺はコンビ∞で箱を二つ買い、その中にジャガイモを三カゴ分ほど詰めた。


「ハル、散歩に行くぞ!」


散歩という言葉に、ドアを蹴破るようにして飛び出し、舌をなびかせながら走ってくるハル。

そのまま自転車に乗って、街へと向かった。


***


賑わう宿屋。

人が多いからか、宿屋の従業員だけでなく、料理を担当するハンスさんまで出てきて料理を運んでいる。


「今日、宿屋は満席ですね」

「優司さん、よく来たな。ちょっと手伝ってくれ」

「俺がですか?」

「今日の昼飯時だけでいいから!頼む!」


俺はため息をつき、持ってきたジャガイモをカウンターの上に置くと、両腕をまくった。


「仕方ないですね」


昼食が終わり、三時間ほど経ってから、ようやく宿屋にいた人々のほとんどが食事を終えて外に出て行った。


「はぁ……」


ハンスさんがカウンター前のバーに座り、安堵のため息を漏らす。


「今日に限って、どうしてこんなに人が多いんですか?」

「優司さんも知ってるだろ?以前、サーベルタイガーを捕まえてきたテルブライアン騎士様のこと」


あの時、俺が仕留めたサーベルタイガーの死体を持ってきて得意げにしていた、あのイケメンの騎士か。


「ええ、知ってますよ」

「その功績で、領主様がテルブライアン騎士様のためにお祭りを催されるらしいんだ」

「領主様がですか?」

「ああ、領主様だ。領主様がいるのを知らなかったのか?」


領主といえば、この街にある土地を全て所有する人物。

ある意味、市長と似たような感じではあるが、市長は人々によって選出されてこの街を管理する立場であるのに対し、領主はこの街そのものを所有し、意のままにできる立場にある。


「俺が住んでいた場所には領主がいなかったので、知りませんでした」

「領主がいないだと?じゃあ、優司さんが住んでいた場所は誰が街を治めていたんだ?」

「街に住む人々が数年ごとに投票で選出した人に、街を任せていました」


その言葉に、ハンスさんが驚いて目を見開く。


「それを国王陛下がお許しになるとでも?」

「国王もいません。国王の立場…とでも言うべきか、国家の大事を決める人も国民が選ぶところなので、ここ とはだいぶ違いますよ」


今度はさらに大きく目を見開いて俺を見るハンスさん。

驚きもするだろう。

今のこの世界、この時代では到底想像もできないことだろうから。

だからだろうか。


「やれやれ。優司さん、若い人がこのおじさんをからかっちゃいけないよ」


どうやら俺がした話を信じていないようだ。

だが、俺だってこの世界で生まれていたら信じなかっただろう。


「冗談もいいが、そんな話はどこででもするんじゃないぞ。万が一、警備兵にでも聞かれたら、そのまま捕まるからな」

「はい、肝に銘じておきます」


見方によっては反乱と見なされかねない話だ。

ハンスさんだから良かったものの、他の誰かが聞いたら、反乱の口実にするにはもってこいの話だろう。


「とにかく、それで他の村からも人々が遊びに来たみたいでね。おかげでうちの店も今、満員だよ」


気分が良いのか、鼻歌を歌っている。


「良かったですね」

「祭りは明日の夜から三日間開かれるんだが、優司さんも時間があったら遊びに来いよ。面白いから」

「うーん……」


日本で開かれる祭りに行った記憶はない。

まあ、3年間会社で休む間もなく徹夜をしていた俺がどこに行けたという話だが、日本の祭りは各地方で開かれるため、休暇を取ったとしても翌日に徹夜しなければならない俺の身の上では、行くのも簡単ではなかった。


「ええ、時間ができたら遊びに行きます」

「そうしろ。エイナ、お前も来て休め!」

「はい」


ウェーブのかかった灰色のショートヘア、大人には見られない少しふっくらした頬。

従業員の印である頭の頭巾をつけた少女は、食卓を拭いていた布巾を水桶に入れ、ゆっくりと洗い場へと歩いて行った。


「あの子は……」

「エイナっていうんだ。近所に住んでる子で、ここ数日人手が足りなくて俺が頼んだんだ」


顔の表情に感情は出ていないが、ぐったりとした肩を見ると、どうやら相当疲れているようだ。


俺はインベントリからカゴを一つ取り出し、外にあったジャガイモの箱からいくつか詰めて、再び中に持ってきた。


「エイナ、だったかな?」


近くに寄って声をかけると、エイナが俺を見上げた。


「はい」

「これ、家に持って帰って火を通して食べな」


俺がジャガイモの入ったカゴを差し出すと、エイナは首をかしげた。


「これは何ですか?」

「ジャガイモだよ。火を通して食べると、すごく美味しいんだ」

「ジャガイモ……」


ジャガイモを知らないのか、テーブルにカゴを置くと、一つ手に取ってあちこち眺めてから、俺に向かって頭を下げてお辞儀をした。


「ありがとうございます」

「絶対に生で食べちゃダメだぞ?」

「はい」


それを渡してから再びハンスさんの元へ行くと、ハンスさんもカウンターの上に置かれたジャガイモを見ながら尋ねてきた。


「これは初めて見るな。果物か?」

「野菜です」

「野菜?こんなものが?」


どうやらこの世界にジャガイモというものは存在しないらしい。

じゃあ、今まで俺が食事の時に食べていた、ジャガイモに似た味と食感を持っていたものは何だったのだろうか。


「ジャガイモと言って、水で蒸してもいいし、火で焼いて食べてもいいですよ」

「ふむ……美味いのか?」

「ええ。好みで砂糖や塩をつけて食べることもありますが、何もつけなくても香ばしくて美味しいですよ」


ハンスさんが頷く。


「ありがとうよ、優司さん」

「とんでもないです。俺もハンスさんやメガンさんに色々助けてもらいましたから。では」


ドアを開けて外に出た。


「また後で来ます」

「おう、今日は手伝ってくれて助かったよ!このジャガイ-モってのも、ありがたくいただくぜ!」


俺は再び自転車のペダルを漕いで、次の目的地である商人ギルドへと向かった。


***


商人ギルドも忙しいのは同じだった。

今回は手伝う間もなく、ただジャガイモを渡して外に出た。

アウルア家の屋敷には入ることもできず、入り口で断られた。

入り口の警備兵にジャガイモを渡し、小屋へと戻ってきた。


「やっと終わったな」


ワン!


神に捧げた供え物は、いつの間にか全て灰になって消えていた。

固まった跡を足で蹴って散らした。


「どうやって食べようかな~?」


俺が知る人々には皆に配ったので、今度は俺が食べてみる番だ。

ジャガイモを薄く切って食用油で揚げてチップスのように食べるか。

それとも細長く切ってフライドポテトにして食べるか。


「その前に、まず」


俺は周りにある乾いた木の枝と、以前のバーベキューで使って残った炭を取り出し、グリルに入れてトーチで火をつけた。

赤く染まった炭と、勢いよく燃え上がる木の枝。

コンビ∞でアルミホイルを買い、ジャガイモをいくつかホイルに包んで火のついたグリルの中に入れた。


「焼き芋が最高だよな」


蒸かして食べるのも美味しいが、焚き火で焼いたジャガイモならではの、あの独特の自然が混じった香りには敵わない。

ジャガイモを包んだホイルが、だんだん黒く染まっていく。


ハァ、ハァ、ハァ。


香ばしい匂いが隣からするからだろうか。

ハルが俺の隣に来て、舌を出したままよだれを垂らしている。


「すぐやるから待ってろ」


ワン!


待てという言葉に、地面に座ってじっとしているハル。

かなりの時間が経ち、俺はトングでグリルの中のジャガイモを取り出し、皿の上に乗せた。


慎重にホイルを剥がして中を見る。


「うおっ!」


まるで竜の息吹のように空高く立ち上る湯気、そしてその後ろからジャガイモの美しい姿が現れる。

トングでジャガイモの皮を剥くと、真っ白な中身が姿を見せた。


「あっ、あつっ!」


ジャガイモを手に取り、両手で放り投げるようにして冷まし、ようやく一口かじった。

香ばしくも淡白な味。

まるでクリームを口いっぱいに頬張ったかのように、柔らかく崩れる食感。

今まで俺が食べてきたジャガイモは偽物だったのかと思うほど、とてつもなく美味しいジャガイモだ。


ワンワンワン!


ハルが俺にくれとまとわりついてくる。


「お座り!」


お座りという命令に、すぐさまおとなしく座るハル。

俺は少しちぎってハルに投げてやった。

舌で口に放り込むや否や、ゴクリと飲み込んだハルは、再び俺を上目遣いで見つめる。


クゥ~ン……。


「お、おい?今度は甘え声まで出すのか?」


肉でもないのに、あんなに速く飲み込んでまた俺を見るということは、ハルにとっても相当美味しいということだろう。

とりあえず食べていたものをフーフーと吹いて冷まし、ハルの足元に置いた。

ハルが食べろという命令だけを待ちながら、よだれをダラダラと垂らしてジャガイモを見つめている。


「よし」


俺が言うや否や、尻尾を振りながら鼻を突っ込んで夢中で食べる。

残っているジャガイモは三つ。

ハルもあれ一つ食べただけでは腹いっぱいにはならないだろうから、俺はハルの分を冷ますために先に開けておき、自分の分を取り出してホイルを開け、家の中に入ってビールを持ってきた。


プシュッ。


冷たいビールのお供は、焚き火で焼いたジャガイモ。


「最高だな」


塩と砂糖まで買ってきて振りかけて食べると、肉のつまみが恋しくならないほどビールとの相性が抜群だった。

日本人なら当然思い浮かぶであろう漬物がコンビ∞にないのが、少し残念だ。

他のものは何でも売っているのに、なぜ漬物だけは売っていないのか。


「後で白菜でも育てて、漬物でも作ってみるか……」


悪くない考えだと思う。


「はぁ……」


頭上の空には、無数の星が浮かんでいる。


「乾杯!」


その風景を相手に、ビール缶を合わせる真似をしながら、俺は残りのビールをそのまま一気に飲み干した。

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― 新着の感想 ―
じゃがいもを知らない人にあげるのなら、芽のところは毒だとしっかり言ってから渡さないとダメじゃん。
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