078、ぎゅっとしてくれたら許します
「本当にごめんね」
楽しかったお出かけも終わり、後は帰るだけです。なのに、アル様はまだ申し訳なさそうに謝っている。
「まさか寝てしまうなんて………」
「おまけにシルフィーの膝が……」
私のお膝は確かにしびれていて動くのが厳しかったけれど、数分置いたら元に戻った。アル様の真っ青になった時の顔は見ものだったなぁ。まるで私が大病にでもかかったかのようだった。
「アル様、私は本当に大丈夫ですよ?」
「でも……」
「アル様、謝らないで下さい!私も嬉しかったですから!」
それでも、アル様の表情は治らない。こうなったら!
「じゃあ、私をぎゅっとしてくれたら許してあげます!」
ドヤっとした表情で言ってみる。
「ふふ、そんなんじゃ、罰にもならないよ」
当たり前です!だって怒ってないんですもん!
アル様はそっと私を包み込むように抱きしめる。いつも言うけど安心するなぁ。
「ふにゅぅ」
胸のあたりがほわってあったかくなる感じ。
「かわいいなぁ」
アル様だって可愛いもん。特に私のお膝で眠ってしまった時なんか可愛かった。
「アル様、また膝枕してくださいね!」
「うーん、今度は私がしてあげようかな。そうしたらシルフィーの足がしびれる心配はないし」
「はーい」
ちぇ…、私がしたかったのにぃ…。おねだりして今度も私がアル様にしてあげるんだ!おねだりの方法は心得ているもん。
「そういえば、アル様、今回は怒らなかったんですね?」
「なんのこと?」
「だって、5年くらい前、私が膝枕しようとしたら怒ったじゃないですか!」
思わず頬を「ぷぅ」って膨らませてアル様を見る。
思い出すのは10歳の時のあの作戦。『アル様を癒そう大作戦!』でも、あの時に膝枕をしようとしたら怒られたんだよね。あの時はだめで今はいいってなんの違いなんだろう。
「あの時は場所がまずかったって言うか……」
「?」
前回はアル様のお部屋だった。でもこんかいはお外。誰かに見られる危険性で言うなら今回の方がアウトだと思う。でも、正直見られても何の問題もない。だって婚約者だもん。
それよりも場所と言えば……
「そういえば、今回地面の上だったから身体痛くなってないですか?」
シートは敷いてあるとはいえ、お布団のようにふわふわしていない。私は下にクッションを敷いていたから足がしびれた以外の被害はなかったけれど、アル様はそうじゃない。シートはそこまで分厚くないから、長時間寝転んでいたアル様は身体が痛くなっているかもしれない。
「うん、それは全然大丈夫」
「良かったです!今度はお布団の上でしてくださいね!」
「それはだめ」
「えー……」
だから、違いが分かりませんよぅ…。でも、今回怒られなかったからいいのかな?
私達が帰ろうというタイミングでロットが戻って来た。ロットは私達がここについた時から自由行動だ。アル様曰く、「賢いから必要なときに戻ってくるよ」だそうです。
初めは何を言っているんだろう?って半信半疑だったけど、私はそれを身をもって実感しました。
「ロット、さっきはありがとうね」
ロットの毛をそっと撫でながらお礼を言うと、ロットは「ブルル」と鳴いた。まるでどういたしましてと言っているみたいだ
「さっきって?」
「アル様が寝ている時、私達を守る様にずっと傍にいてくれたんですよ」
必要な時に戻ってくるってこういう事なんだなと思いました。だって、アル様が寝始めたタイミングで戻ってくるんだよ?もし何かあっても、ロットが代わりに気付いてくれるし、すぐにアル様を起こしてロットに乗って逃げれるようにだろうね。もうロット、イケメン過ぎません?好き。
「そうだったのか。ありがとう、ロット」
ロットは再び「ブルル」って鳴く。……本当に人間の言葉が分かっているんじゃないのだろうか。
「じゃあ、帰ろうか」
「…はい」
でも何だか寂しいな。アル様と一緒に居られる時間は少なくなってきているから、こうやって一日中一緒に居られる事なんてあんまりないもん。そう思うと、学園に通いながら、執務をして私に会う時間を作ってくれていたアル様には本当に頭が上がらない。
ロットにまたがったアル様が私に手を差し出してきている。でも、出発時と比べて喜べない。だって、この手を取ったら今日はもうおしまい。帰るだけになってしまう。
「シルフィー…?」
「あ…」
手を取らないといけない。
今日が終わってしまう。
まだ今日の分の執務が残っているかもしれない。
まだ一緒に居たい。
色んな思いがぐるぐるする。いつもならここであっさり帰ろうって思えるのに、今日に限ってどうしたんだろう、私。
「シルフィー」
気が付くとアル様がロットから降りて私の前に立っていた。
「あるさま…」
「どうしたの?」
アル様の笑顔はとてもやさしくて、温かくて。この笑顔に甘えていたくなる。でも、甘えていいのか分からない。私のお願いを邪険にはしないだろう。例え無理でも、「大丈夫だよ」って言って受け入れてくれる人だから。
「なんでもないの」
でも、それは言ってはいけない我儘な気がする。だって言ったら受け入れてくれると思うから。アル様に通じるかは分からないけれど、へにゃって笑ってなんでもないように装うのが一番な気がする。
「アル様、かえろ?」
「……」
アル様は私の言葉に眉を寄せた後、ふわっと私を抱き上げた。お姫様抱っこじゃない。子ども抱っこだ。15歳の私を片腕に座らせているなんてどんな筋力をしているんだろう?
顔がとっても近くて恥ずかしい。その上、私が顔をそらさないように、アル様の反対の手は私の頬に添えられている。
「教えて欲しいな。シルフィーはどうして悲しそうなの?」
「……」
思わず、眉がへにゃりと下がってしまう。
「大したことじゃないですよ…?」
「それでも聞かせて欲しいな。私はシルフィーのお願いを聞くのが好きなんだ。それをかなえるのが難しかったとしても、一人でため込んで我慢しないで?」
何でこんなに優しいんだろう。それでも、本当にこんな事を言ってもいいのか戸惑ってしまう。15歳の女性なのに、こんな子どもみたいな事。でも、やっぱりアル様の笑顔は優しくて。
「あのね、もうちょっとだけ、一緒にいたいなって…」
つい、口から出てしまった。ハッと口を覆うけれど、出た言葉は取り消せない。
「あ、あの、アル様…」
そーっとアル様を見ると、アル様は満面の笑顔を向けていた。
「嬉しいな」
「ふぇ?」
私を抱き上げているアル様は、そっと空いている方の手で私の頭を撫でる。
「実は、夕食を一緒に食べて帰ろうと思ってたんだ」
「夕食?」
私とアル様はいつも夕方ごろにさよならをするから、基本夕食を一緒に食べる事はない。だからアル様の口から夕食を一緒にと出て驚いた。それに私の頭にも、一緒に夕食をとるという考えはなかった。
「でも、シルフィーが疲れているようならやめた方がいいかなって迷ってたんだ」
「えっ?」
も、もしかして、今までも何回か夕食に誘おうとしてくれていた?でも、私が夕方にはばいばいするものだと思っていたから、誘いづらかったとか…?それだったら本当にショック。無意識で自分からアル様と一緒に居る時間を捨てたことになる。もっと夕食に誘って欲しいオーラを出しておくんだった。
いや、ちょっと待って。もしかしたら原因は私じゃなくてお父様にあるのかもしれない。だってお父様は過保護でしょ?お父様の事だから、アル様に「夕食までにはシルフィーを家に送り届ける事」なんてルールが出来ていたのかもしれない!うん、そう思っておこう。
「でも、シルフィーがもう少し一緒に居たいと思っていてくれて嬉しいよ。一緒に食事に行ってくれる?」
「はい!」
勿論、ご一緒しますとも!
「嬉しいです!」
「私も凄く嬉しい。シルフィーともう少し一緒にいられるからね」
お互い目を合わせてふふっと笑い合う。
私を抱き上げたままだったアル様はその後、私をロットの上に乗せ、アル様も私の後ろにまたがった。後ろから伝わるアル様の体温にほっとする。
それからお話をしながら森を出た。夕食はレストランでするみたい。何が出てくるのか楽しみだな。
ロットの走りは行きよりゆっくりだったから、その分、沢山お話出来た。ちゃんと「また来ようね」って何度も約束を交わした。私の心は今はもうぽかぽか幸せ。だってね、アル様は「私だってシルフィーとのお出かけを毎回楽しみにしているんだよ?」って言ってくれたんだ。私とのお出かけを、「妹のお世話は大変」「婚約者だから仕方なく」というように思っていなかった事に今更ながら安心した。
そして詳細は割愛しますが、夕食は何だか凄すぎてほっぺが落ちました。(訳:めちゃくちゃ美味しかったです)
もし、少しでもこの小説をいいなぁって感じたら、☆☆☆☆☆を★★★★★にしてもらてると、すっごく嬉しいです!




