063、ケーキに罪はないです
「私はこのクラスの担任のジェイドだ。この1年よろしく頼む」
入学式会場から教室まで案内してくれた先生は、教室に入ると自己紹介をしてくれた。席は自由だったので、勿論リシューとソフィアと隣。当然のように、真ん中には私が座る事になった。
「あー、皆の自己紹介はー、いいや。各自しておくように」
えー、適当な先生だ。第一印象は怖そうだなと思ったけれど、全然そんな事なかった。でも、何だか嫌いになれない。
正直な所、自己紹介が無いのは嬉しいです。皆のを聞くのはいいけれど、自分が言うのは嫌だもん。注目されるのは反対です。と思うけれど、慣れていかないといけないんだよね。アル様の婚約者になるには注目されることの方が多いだろうし。
「今日は後、校内見学になる。来たい奴だけ来い。来ない奴は自由に見て回ってもいいし、帰ってもいいぞー」
おぉ、本当に適当。でも、本当に嫌な感じはしない。だって、リシューが笑ってるもん。怖い笑顔じゃなくて、ちゃんと笑ってるもん。だからこの先生はきっと悪い人じゃない。
「リシュー、どうする?」
「うーん。僕達は校内見学する必要ないし、取り敢えず自由に見て回ろうかな」
「私も一緒に行ってもいい?」
「うん、勿論。シルフィーを一人にしたら僕が怒られるからね」
……私は本当に子どもかな?何度も言うけれど、皆と同じ15歳ですよ?
「ソフィアはどうする?僕たちと一緒に行く?」
「うーん。私は校内が全然分からないから、先生と一緒に見て回ろうかな」
「分かった。そういえば、この後空いてる?見学した後」
「シルフィーがケーキ食べるけど、一緒に行く?一緒の方がシルフィーが喜ぶと思うし」
リシュー!ナイス提案!
でもやっぱり私よりリシューの方がソフィアと仲良くなってる?ちょっとしゅん……。
「じゃあ、一緒に行ってもいい?」
「もちろん!一緒だとうれしい!」
「ふふ、ありがとう」
ソフィアと別れてから私達は庭園にやって来た。
「さっきはちゃんと見えなかったけど、綺麗だね」
「うん!ここに桜もあればもっと良かったけど……」
「確かに。ここに桜があれば一面もっと華やかになりそうだね」
「ね!」
学園の庭園には沢山の人がいた。特に女性が多いみたいだけれど、皆、机についてお茶会を始めているみたい。……いいなぁ。美味しそうな苺タルトがある。
学園に慣れている様子から、彼女たちは恐らく在校生。入学式が終わり教室に戻った後、自由時間になったからここに来たのかな?
すっごく優雅だ。……私も混ぜてほしいなぁ。綺麗なお姉様と美味しいお茶とお菓子。幸せな空間ここにあり。……なんだかリシューが訝しむ目で見てくるけれど、気にしないったら気にしない。
混ぜて欲しいけれど、話しかける勇気も、年上のお姉様方の中に入る勇気もない。それにこれからソフィアとリシューと食べに行くしね。
なーんて考えていたんですよ。
「あら、かわいらしい子達ね。一年生かしら?」
そうしたら、何故かお茶会をしていたお姉様の一人がわざわざ席を立って私とリシューに話しかけてくれた。
「は、はい!」
「そうです」
「ふふ、可愛らしい。こちらで一緒にお話しませんか?」
まさかの嬉しいお願い。しかもリシューの事も一緒に可愛いって言ってるよ。……見る目ありますね!!
「いいんですか?!」
リシューが、「シルフィーって人見知りじゃなかったっけ?」とか呟いてるけど気にしません。だって、優しそうなお姉様だし、ケーキがあるし。後、私は最近、甘いものはいくらでも受け付けてくれる体になったのです!つまり、ここでケーキを食べた後にリシュー達とケーキを食べるなんて余裕!寧ろどんとこい!
「ええ、もちろんよ。可愛い子達がきらきらした目線を向けてくるものだから気になってね」
き、気付かれてた!しかもリシューもケーキに目を向けてたんだ!リシューは私と一緒にケーキを食べることが多かったからすっかり甘いもの好きになってしまった。でも、いいんだ、そうすれば、一緒にケーキを食べ歩きしてくれるから。
ケーキ好き万歳。
それにしても、このお姉様は誰だろう?リシューが素直についていくし、私を止めないって事は、私が関わってもいい人だと思うし。
「あなたは、リシュハルト様よね?」
「はい」
と思ったらお姉様がリシューに話しかけた。知り合い?
「以前ディアナ様のお茶会で見かけたものだから」
あぁ、なるほどね。リシューはお茶会とかにちゃんと出てるもんね。え、私?私は出ないんじゃなくて、出させてもらえないんだよ?お陰でお友達はいません。
「ふふ、大きくなったわね」
「ありがとうございます」
何だか、ほっこりする会話だけど、親戚の人と久しぶりに再会した時みたいな会話だなぁ。
「あなたのお名前は?」
ほわぁ!びっくりした。ぼーッとしてた。
「シルフィー・ミル・フィオーネです!」
「あら、もしかしてシリア様の妹さん?」
「はい!お姉様の事知っているんですか?」
「ええ、よくお茶会を一緒にしていたのよ」
そっか、お姉様はディアナ様のお茶会に行ってたり、他のお家のお茶会によく言ってたもんね。………何で私だけ、お茶会出させてくれなかったんだろう?
もう一度、お姉様の姿をよく見る。黒い髪にエメラルドの瞳。顔立ちが日本人に少し似ていて少し馴染み深い。
ん?黒い髪にエメラルドの瞳?もしかして……
「……もしかして、リリー様ですか?」
「ええ……、私の事を知っているの?」
よかった!当たってた!
「はい!お姉様がお友達だって言ってました!とっても素敵な方だって!」
お姉様はお茶会から帰ってくると本当に楽しそうだった。リリー様という素敵なお友達ができたみたいで、いつもその人の話をしてくれる。……お姉様がリリー様のお話ばっかりするから少し寂しくなったのは内緒です。黒い髪にエメラルドの瞳って聞いてたからもしかしてと思ったけれど、当たってよかった!リリー様は確か、伯爵家の長女だったはず。私の記憶が確かならば。
席に案内してもらうと、その場にいたお姉様方の目線が私とリシューに集中した。お姉様方は私とリシューに好意的な目を向けてくれている。ひとまず安心。多分、お姉様方の心境としては「緊張してるようだけど、それでもケーキやお茶に目くぎづけなのが可愛いなぁ」って感じだと思う。今までの経験上何となくわかる。
でも、目の前のケーキ本当に美味しそうなんだもん。ほら、リシューを見てよ。いまや私と同じくらいのケーキ好きに育ったリシューの目を見てよ。きらきらしてる。
「こちらがクロード公爵家のリシュハルト様」
リリー様がリシューを皆に紹介すると、リシューはお辞儀をして挨拶をした。流石公爵家長男。ケーキに目をきらきらさせながらもちゃんと挨拶をしている。わ、私だってできるんだからね!
「そしてこちらがフィオーネ公爵家のシルフィー様」
きた!私もリシューと同じように挨拶をしようと思ったんだけど……
「「「あぁ、あの」」」
それより早く、お姉様方が、一気に悟ったような目線を私に向けてきた。
え、「あの」ってどのですか?私、皆さんにお会いした事ないですよ?……ないですよね?
「えっと、『あの』ってどの……?」
なんか聞くのが怖いけど、聞かないのも気になる。……悪い噂じゃないよね?リシューも悟ったような顔をしてるから大丈夫だよね?悪口なら真っ先にリシューが怒ってくれると思うから。
お姉様方は顔を見合わせて、口を開いた。
「頭が良くて」
「アルフォンス殿下に溺愛されていて」
「うさぎのぬいぐるみに名前を付けて、ずっと抱きしめていて」
「誘拐されそうなくらいかわいらしくて」
「知らない人にもついていってしまいそうなくらい無防備で」
「いつかお菓子に攫われると言われた」
「「「あのシルフィー様ですね」」」
ひ、ひぇ……。誰ですか、そんな情報流したの。一番上はまだいい。でもそれ以下!
犯人はもしかしてお兄様かな?私をからかって遊ぶのが最近好きなみたいだし。それともお姉様?前にも同じような事があったし。
後、いくら私でも、知らない人についていかないし、お菓子に攫われたりしません!
「全部……、じゃないけど、ほとんど嘘ですよ?」
「ううん。全部本当だと思う」
なけなしの抵抗をしてみたけれど、リシューにばっさり切り伏せられた。
「シルフィー、現状を見て」
「?」
「知らない人だったお姉様方に誘われて、ケーキにつられたよね?」
「………」
そうでした。
「でも、これに関してはリシューも一緒だもん」
「いや、僕をこんなにケーキ好きにしたシルフィーとアルにぃのせいかな」
あ、責任転換良くない!しかも、アル様のせいにもしてる!
「ケーキに罪はないからね」
……リシューの言う通り、ケーキに罪はないもんね。そこで自分のせいにしないリシュー好きよ。
「そうだね。アル様のせいにしておこう」
知らない所で理不尽な罪を背負わされるアル様でした。そしてそんな私達を見てお姉様方は「ふふ」とずっと笑っていました。笑いを提供できたのなら何よりです。




