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シルフィーは悪役令嬢ですが、何故か溺愛されてます  作者: ちぇしゃ
第3章

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057、悩む事は悪い事じゃないです



 アル様と話してから2週間。アル様はそれから一切顔を見せに来てくれなくなった。


 アル様は私が心配で、だからこそ怒った。これからも危険があると思うけれど、それでも私に生きていて欲しいから怒ったのだと分かっている。特にアル様の婚約者として社交界に出るようになったら危険は十分にあり得る。


 それに私だって、アル様が絶対にかなわない相手から逃げるんじゃなくて、戦って大けがをしたなら怒る。訓練とかなら勇敢だが、実戦ではただの無謀だ。


 私がしたのはそういう事。本来なら絶対かなわない敵に立ち向かって、戦って。死んでもおかしくなかった。勝てた。捕らえた。そんなのはただの結果論。

 実際に私はアル様が来てから安心して倒れてしまった。つまり、無理をしていた。死ななければいいというものではない。

アル様が怒るのは分かる。

 ただ、私が怒られ慣れていなかっただけ。私の家族は基本的に私に対して怒らない。私が怖がるって分かっているから。お兄様とお姉様だって私の前で喧嘩はほとんどしない。私はたぶん甘やかされ過ぎたんだ。甘やかされることに慣れ過ぎて、それを当然だと思うようになっていた。そして、我儘を言い過ぎたんだ。


 私がこの世界の貴族のルールをよく知らないという事を無意識のうちに利用していた。




 おまけに、優しいアル様を小説のアルフォンスと間違えてしまうなんて。


 


 それが一番許せなかった。自分が嫌になりそうだった。今までアル様と過ごした7年間は何だったのかと自分に問いかけたい。今までのアル様と過ごしていた事を思い出したら、アルフォンスのようになる事は無いと分かっているのに。たった一度、アル様が私に対して怒りの感情を向けるだけであんな考えに陥ってしまうなんて。


 アル様の怒りが『本心』ではない事なんて私が一番分かっているのに。





 この先、もし同じような事があったら、もしかしたら婚約破棄もあり得るかもしれない。アル様は優しい人だから私に危険が及ばないように私をアル様から遠ざけることもあり得る。

 それに、今回の事が無くても、アル様は15歳の学園生。同年代の女性と恋に落ちないとも限らない。

 そうなったら、


「さびしいなぁ」


 胸元にかかっているペンダントをぎゅっと握りしめる。

 

 なんだかんだで7年間婚約者として一緒に居た。それが解消となれば、私達が傍にいる理由はなくなる。

 私のアル様へ向ける思いはとっくに小説のアルフォンスへの恐怖を越えている。恐怖を越えた愛情。私がアル様へ向ける愛情が恋人へ向けるものかはまだ分からないけれど、でも、一緒に居たいというこの思いは愛である事は確かだと思いたい。

 

 







 私はずっと髪紐を作っていた。

 どうしてもアル様の事を考えていると集中力が切れてしまうからなかなか完成しない。

 でも、それも今、完成してしまった。初めてにしては上手に出来たと思う。私なりにアル様の事を考えながら作ってみた。根気強く教えてくれたアンナのお陰。でも、「後は殿下に渡すだけですね」というアンナの言葉で一気に意気消沈してしまった。

 そうだ、作ったら渡す。当然の事なのにその勇気が今の自分にはない。というより、怖い。受け取ってもらえなかったら、突き返されたら。私に呆れていたら、愛想をつかされていたら、


 無関心になっていたら。


 それが怖くてずっとアル様に会いに行けていない。体調はもう万全なのに。


 だって、アル様が私の事を何とも思わなくなっていると考えたら、苦しい。アル様を怒らせた。あんなに優しい人を悲しませた。その事実が私の心に深くのしかかる。



 今はアル様は忙しいかもしれないから。

 まだ髪紐が出来上がっていないから。



 そんな言い訳を言い続けて今日まで来た。


 でも、髪紐が出来上がった今、2つ目の言い訳はもう使えなくなってしまった。



 アル様に会いたい。でも会いたくない。複雑な感情が渦巻く。


 いっその事アル様から手紙の一つでも届けば安心して会いに行くのに。アル様の方から会いに来てくれればいいのに。


 そんな他人頼りの感情が渦巻く。





 会いたい

 会いたくない





 会いに行けばいいと分かっているのに会いたくない。

 私はたぶん、今度アル様に拒絶されたら、否定されたら、自分を保てる自信が無い。大げさかな。でも、本当にそうなると思う。それだけアル様は私にとって大きな存在だから。私を助けてくれる存在だから。


 あぁ、でも。もしかしたらもう助けてくれなくなるのかな。……また、私は助けてもらえるという事を当たり前に思っている。アル様に甘えすぎ。


 このままアル様と離れた方がいいのかもしれない。だって、そうしないと私はどんどんダメになってしまう。









 コンコンとノック音が聞こえた。でもそのノック音にさえも敏感になってしまう。


「誰ですか?」


 今まで通り、「どうぞー」ってすぐに言えない。アル様がダメって言ってたから。絶対入れる前に誰かを確認しなさいって言っていたから。これ以上呆れられる要素を増やしたくない。


「私だよ」


 聞こえてきたのはお父様の声だった。ふぅーっと息を吐きだして「どうぞ」と伝える。やっぱり、無意識のうちに肩に力が入っていた。

 でも、おかしいな。お父様は今日、お仕事のはず。つまり、お城にいるはずだから、家にいる訳が無い。


 私の部屋に入って来たお父様はいつもの仕事用のお洋服を着ていた。


「お父様、お仕事は?」

「あぁ、大丈夫だよ。陛下に休みをもらったからね。」


 お休み?っていう事は私と遊んでくれる?!


「お父様、あのね!私お父様とお話したいこといっぱいあるの!」


 お父様の手を引張って私の部屋に招き入れる。


「あのねあのね!」


 何から話そう。取り合えず、今日の朝ディーと遊んでいる時に綺麗な勿忘草を見つけた事かな。


 でも、お父様が私の事をぎゅっと抱きしめてくれたから話せなかった。


「お父様?」


 お父様が私を抱きしめてくれるなんて珍しい。お父様は私が大きくなるにつれ抱きしめてくれなくなっていったから。多分、お父様は私をただの子どもではなく、一人の小さなレディとして扱ってくれている。私が早く大人になりたいと知っているからそう扱ってくれている。

 私を甘やかす所は昔と全く変わっていないけれど。


 でも、そんなお父様が私を今抱きしめている。その手は、腕は懐かしくて。そしてとても暖かくて。


 誰かの腕の中を思い出す。



 


 会いたい。ふと、私の中にある抑えられない気持ちが湧き上がってきたのを感じた。

 会いたい。簡単なようで簡単な事。お互いの意思さえあれば会える。今会えないのはお互いの…、いや、私の意思が無かったから。


「あのね、お父様。会いたい人が居るの。でも、私に会いたくないかも知れなくて」


 どういう心境で会えばいいのか分からない。





「シルフィー、殿下が来てくれているよ。」

「っ!」


 お父様が発した言葉は、私を大いに動揺させた。私を抱きしめているお父様にはそれがよく伝わっただろう。

 そして悟った。お父様は今日のお仕事がたまたま休みになった訳では無い。休みになったのは本当かもしれないけれど、恐らく無理に休みを貰って来たんだと思う。


 すべては私の為。


 アル様と私を会わせる為。


 会わなければいけない。このまま逃げていても何にもならない。分かっているのに、会うのが怖い。逃げたい。


「入ってもらってもいいか?」


 ここで拒否しても、多分誰も怒らない。私の周りにいる人達はそういう人だから。でも、今逃げていいのかな。ここで逃げたら、この先アル様と今まで通り会う事が出来なくなるかもしれない。


 でも、私は馬鹿だから、きっとまたアル様を傷つけてしまう。それなら今離れてしまった方がいい。そうすれば、私が処刑される可能性もぐっと減る。


 でも、それでも……、





 私が迷っているのが分かったのか私の頭を撫でながら「ゆっくり話しておいで」って言ってくれた。お父様は分かってたんだ。私がずっと悩んでてアル様と会わなかったって。


 お父様は私とアル様を部屋に残して仕事に戻っていってしまった。





 久しぶり(とはいっても2週間ほどしかたっていない)のアル様は何だか元気が無いように見えた。痩せた…、というよりやつれた感じだ。


「あ、えっと」


 正直、二人になっても困る。だって、何を話せばいいか分からない。今までどうやってお話をしていたのか分からなくなった。取り合えず、謝らないと。でも…、


「シルフィー、ごめんね」

「え?」


 先を越されてしまった。というか、どうしてアル様が謝るの?


「自分の考えをシルフィーに押し付けた。おまけに、シルフィーをあんなに怖がらせて…。でも、私の考えは変わらない。私にとってはシルフィーの安全の方が大切なんだ。」


 確かにあの時のアル様は怖かった。でも、アル様は間違ったことは何も言っていない。私の事がそれだけ大切だったって事。アンナを犠牲にしろって言われた時は少し悲しかったけれど、でも、貴族としてはやっぱり正しい。


「アル様が、私の事を本当に心配してくれていた事は分かってます。でも、多分私は同じ状況になったら同じ事をする、と思います」


 私だって、そこは譲れない。護衛の人達には私のために犠牲になって欲しくない。いくらそれが仕事だと言っても。アンナもそう。私の大切なもう一人の姉の様な存在。


「分かってる。だから私は、もっとシルフィーを守れるように守りを固めることにするよ。」


 アル様は、やっぱり優しい。こういう時に自分の考えだけを押し付けて終わらない。私の意見だって、ちゃんと受け入れてくれる。


「あの、守りって?」


 護衛の事だろうか。でも、アル様にうちの護衛を動かす権限はない。いくらアル様の婚約者だとしても、お城の騎士に私の護衛を押し付けるなんて申し訳ないし。


「あぁ、それは……」

「そ、それは?」

「……聞かない方がいいと思うな」

「!!」


 な、なんですか、それ!何だか余計に怖くなってきましたよ?!

 アル様が危険な人を私につける訳が無いと思うから大丈夫だとは思うけれど。…大丈夫だよね?





「ところで、それは?」

「それ?」


 アル様が指さしたのは、私の部屋の机に乗っている髪紐。作りあげたばかりのもの。しかも包装も何もされていない。


「あ、その…」


 やっぱり、見られるのは恥ずかしい。初心者が作った髪紐なんてアル様にとったらお目汚しでしかない。自分では上手に出来たと思うなんて言っていた自分が恥ずかしい。


「あれはす…」


 捨てるものですから、お気になさらず。


 そう言おうと思ったけれど、留まる。だって、わざわざアンナが買い物についてきてくれて、覚えが悪い私に根気強く教えてくれた。

 これを捨てるって事は、アンナの気持ちも捨てるって事。


「シルフィー?」

「……」


 渡した方がいいよね。


「あの、これは…、アル様への贈り物、です。」

「私に?」

「はい。へたくそですけど、いつもいっぱい助けてくれるから……」


 アル様が息をのむ音が聞こえる。アル様今、どういう心境なのだろうか。


「シルフィーが作ってくれたの?」

「でも、へたくそだから使わなくてもいいです!ただ、持っててくれたら…」


 そう。持っていてさえくれれば、大丈夫だから。


「つけてくれる?」


 でも、アル様は私の手から髪紐を受け取って、そう言ってくれた。つけてくれる。その事が凄く嬉しかった。アル様は私が送った髪紐を私に預けると、もともと髪を縛っていた髪紐をとった。

 そっとアル様の後ろに回って髪をまとめる。アル様の髪の毛は女の私が羨むほど綺麗。日本人は髪ゴムで髪を結んでいるから紐でくくるのはまだ慣れない。それでもアル様の髪を傷つけたくないから出来るだけ、丁寧に。でもほどけないように結ぶ。

 アル様の銀色の髪に金色と青色が映えていてとても綺麗。似合っている。何だか、アル様を独占しているみたい。


「どうですか…?」


 アル様の前に鏡を持っていく。


「うん。シルフィーといつも一緒に居られるみたいでとても嬉しい。シルフィーの温かい気持ちが伝わってくる。作るの大変だったよね?本当に嬉しい。ありがとう。」


『ありがとう』


 その一言がとても嬉しい。


「どう、いたしまして」


 どうしてだろう。とても嬉しいのに。頬に伝う温かい感覚が消えない。瞼が熱い。視界がぼやける。


 あぁ、良かった。いつものアル様だ。多分、ずっと緊張していた。


 どんな形であれ、拒絶されるのは悲しいし辛くて苦しい。


 でも、もう大丈夫。彼はいつもの優しいアル様だから。私を好きだと言ってくれたアル様だから。


「アル様、大好きです。」


 だから、これは嬉し涙。大丈夫だよ、悲し涙なんかではないから。





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