053、剣を持ってみました
お城探検の次の日。今日も私はアル様の所に来ている。
「はい。あーん」
「あ、あーん……」
そうして、いつものように、アル様のお膝の上でケーキを食べさせて貰っています。
「おいしい?」
「お、おいしい、です……」
うん。ケーキは美味しいのです。チョコレートはとっても甘くておいしい。そこに問題は無いのです。でもね、問題があるとすれば……
「いちゃいちゃすんなよ……」
私達がケーキを食べている中で必死に書類仕事をしているトーリお兄様がいるという事です。21歳になったトーリお兄様は騎士団副団長にまで登り詰めていました。騎士団長の息子という事もあるかもしれないけれど、本人の努力と周りから慕われていたのも幸いして、あっさりと騎士団副団長になってしまった。私が読んだ小説ではトーリお兄様が副団長だったなんて書いてなかった気がする。騎士団長のシュヴァン様の引退と同時に騎士団長になっていた気がしたけれど、私の気のせいだったのかな?それとも私が15歳になるまでに騎士団長になるのかな?
「いちゃいちゃなんかしていないよ?ね、シルフィー?」
わ、私に振らないで下さい。でも、確かにいちゃいちゃしている訳では無いです。だって
「いつも通りですよ?」
あ、そうそう。何でトーリお兄様がいるのかと言えば、騎士団からの書類で不備があったらしく、数か所なのでここでささっと直してから行くみたい。わざわざ騎士団に戻ってから直して、また持ってくるのも面倒だもんね。
「……そうか。これがいつも通りなのか。お前らのイチャイチャを見るのが怖いよ……」
とうとうトーリお兄様ばうなだれてしまったけれど、書類を修正している手を止めることが無いので凄い。
でも、トーリお兄様が必死に書類仕事をしているのにケーキを食べているなんて申し訳がない。
「トーリお兄様もケーキ食べますか?」
「あー、もらおう……、いや。殿下に殺されそうだからやめとく」
「ころ…?」
アル様はそんな物騒な事はしないと思いますよ?罪を犯さない限りは。そっとアル様の表情を伺ってみるけれど、私と目が合うとにこって笑ってくれるから、そんな怖いことを考えているようには見えない。
「トーリお兄様、アル様怒ってないから大丈夫ですよ?」
「……そうか、シルフィーにはこれが優しい笑顔に映っているのか」
「…?」
え、優しい笑顔ですよね?だって怒った時のアル様の笑顔って本当に怖いもん。私はアル様に本気で怒られたことが無いから本気の怒った顔はもっと怖いはず。でも、この笑顔は怒ってない、優しい笑顔だよね?え、違うの?そうしたら、今までのアル様の笑顔すべてが疑わしくってしまう。
「大丈夫だよ、本当に怒っていないから」
ってアル様が私の頭を撫でながらそう言ってくれる。
だ、だよね?!良かったぁ!これは正真正銘のアル様の優しい笑顔です!
そうしてトーリお兄様はため息をつきながらようやく書類仕事を終えました。そして、その頃には私とアル様もケーキを食べ終えていました。
「そういえば、そろそろ稽古の時間じゃないのか?」
「……あぁ、もうそんな時間か」
どうやら今日はアル様の剣のお稽古があるそうです。
「ごめんね、シルフィー。折角来てもらったのに、あんまり時間が取れなくて…」
「いいえ、お稽古頑張って下さい!」
剣のお稽古かぁ。本当はもっと一緒に居たかったけれど、邪魔できない。
「シルフィー、稽古見に来るか?」
「!」
まさかのトーリお兄様からのお誘い!
いいんですか?!
正直すっごく興味があった。稽古自体は何度か見たことがあったけれど、最近は余り見た事がなかった。この間の学園祭の劇でアル様が剣を振っていたのを見ていると、幼い頃よりすっごくレベルアップしているのが分かった。だから、今はどんな稽古をしているのか興味があった。
「アル様、見てもいいですか?」
「シルフィーさえ良ければ。頑張って格好いいところを見せるね。」
「はい!でも、アル様は頑張らなくても格好いいですよ?」
アル様と目を合わせて二人でニコニコ笑っていると、
「だからいちゃいちゃすんな!」
というトーリお兄様に鋭い突っ込みを頂きました。
これもいちゃいちゃに入るんですか?これこそいつも通りなのに。
「トーリお兄様もお姉様と仲良ししてもいいですよ?」
妹の私が許可します!最初はお姉様がとられた気がするので少し悔しい気持ちがあったけれど、今は二人が仲良くしているのは本当に嬉しい。でも、トーリお兄様からは
「……稽古が忙しくてそんな時間ないんだよ」
という嘆きを頂きました。確かに騎士団の副団長になったのだから忙しいよね。お姉様もきっと頑張っているトーリお兄様が大好きだと思いますよ?頑張って下さい!
キンッ!
剣と剣がぶつかり合う音が響き合う。アル様は騎士団長のシュヴァン様や副団長のトーリお兄様にはまだ敵わないみたいだけれど、騎士団員の人達とは互角にわたり合うくらい強い。
「やっぱり殿下の剣は凄いな」
アル様との模擬戦を終えたトーリお兄様が私の横に来る。そして、今模擬戦をしているアル様とシュヴァン様を見てつぶやく。
「父上…、騎士団長はあの殿下の剣を完全に避けて受け流している。俺にはまだあそこまでできない」
「アル様の剣ってそんなに読みにくいのですか?」
トーリお兄様もさっと避けてたように見えたけれど。
「あぁ。本当にどこで身に付けたんだろうな。最初っから変な剣筋で直しても直らないし。本人も良く分かっていないみたいだし。それで弱かったならあれだけど、強いから文句のつけようがない。団員なんか躱すので精一杯だ。本当に参る」
私もアル様の剣ってなんだか不思議って思っていたけれど、そんなにすごいんだ。
「にしても、シルフィーは剣に興味があるんだな。普通、令嬢って剣の話されてもよく分からないものだろ?少なくとも殿下の剣が俺らと違うって事の気が付いたんだからすごいよ。」
「えへへ」
褒められた!
でも、アル様が剣を振るう所とか、お兄様が剣を振るう所を何度も見てきたけれど、二人の剣が何となく違うなぁって思ってただけだから、そんなに大げさに褒めないでください……。
キンッ!キンッ!
剣を打ち合う音はやまない。アル様は本当に強くなっている。例えば、飛んできた矢を切り捨てる事が出来る様な……。ううん、流石にそれはないよね?そんなの人間技では無いもん。
それよりも、アル様を見ていると、つい手が動きそうになってしまう。動いた手は、まるで剣を握っているような形で……。
と同時に、私の中で先程から湧き上がってくる『ある感覚』を無視できなくなってきた。
(私にも、できる気がする。)
変なことを思っている事は分かっている。そんな事できる訳が無いって分かっている。剣を握った事も無い、守ってもらう事が当たり前の貴族の令嬢。剣を振るうなんてできる訳が無い。
今までそんな事全く感じなかったのに。どうして『今』?
でも、私はアル様の剣を『知っている』。アル様のあの動き方、タイミング、力の入れ方。全部全部、『知っている』。
「ふぅー、やっぱり騎士団長にはまだまだかなわないな。勝てる気がしない。」
シュヴァン様との模擬戦が終わったのか、アル様がタオルで顔を拭きながらこちらに戻って来た。
「俺には勝てるみたいな言い方するなよ?」
そんなトーリお兄様の言葉にアル様はにやって笑って挑発するように言う。
「いつか勝ってやる。」
「そんな簡単に負けるかよ」
二人とも仲良し。嬉しい。トーリお兄様はこれからもっともっと強くなるけれど、アル様ももっと強くなりそう。国の戦力が強くなるのは望ましい事。特にアル様はこの先、もし戦争が起これば騎士団を率いて戦争に向かう可能性もある。本当は戦争なんて起きて欲しくないけれど。強くなっておいて損はないし、強くなって生き延びて貰わないと困る。
「シルフィー、どうしたの?元気がない?」
アル様が私の顔を覗き込みながらそう言ってきた。
「?……元気ですよ?」
「そう?何だか…、言いたいことがあるのかな?」
「…!」
やっぱり、アル様は凄いなぁ。私が困っていると、いつも気付いてくれる。
「私も、やってみたいです」
「何を?」
まさか私が剣を扱いたいと思っていたとは想像していないらしく、何をやりたいと思っていたのか分からなかったみたいだ。
「剣を……」
本当は令嬢が剣を持つ必要なんてないと思う。けれど、私は剣を扱えるようになりたい。ううん、剣でなくてもいい。自分の身を守るための手段が何か欲しい。
「シルフィー、君はそんな事しなくてもいいんだよ?」
っ!
何だろう、アル様は間違ったことを言ってはいない。トーリお兄様も横でアル様に同意するように頷いている。でも、心が苦しい。剣を持つ事を反対された事もそうだけれど、それ以上に、
剣を『そんな事』扱いされたのが凄く苦しい。
自分でも、何故そう感じているのかは分からないけれど、どうして剣にそこまでの思いを抱いているのか自分でも分からないけれど…、苦しい。
「でも、出来ると思うんです。」
「出来るって…」
そうだよね、変だよね。でも、本当にそう感じたんだもん。
「おねがい…?」
「「うぐっ」」
アル様とトーリお兄様の手をぎゅっと握っておねだりをする。このお願いはいつもと違って怪我をする可能性もあるから聞いてくれるか分からない。
「まぁ、剣を振るうだけならいいんじゃないか?素振りとか」
「……まぁ、それくらいなら。」
「!!」
と、通った!!
「ありがとうございます!」
「でも、怪我をしたら公爵に怒られると思うから、気をつけてね?……本当に気をつけてね?」
何で2回言ったんですか?私、ちゃんと気を付けますよ?…多分。
「ドレスだと動きにくいだろう?着替えてくれば?」
「……いえ、このままで大丈夫です。」
トーリお兄様の言葉に従って着替えてこようと思ったけれど、着替えなんて持って来ていないし、素振りだけならこのままで大丈夫だと思う。それに私のドレスは基本、いつも動きやすい。だから大丈夫。
「ほら、模擬剣だけど持ってみろ」
トーリお兄様から受け取った、木で出来た剣を手に持ってみる。どちらかというと、これは日本の木刀みたい。
剣の握り手をぎゅっとつかんでみる。
あぁ、この感覚。手にしっかりと馴染む。手が小さいから少し剣が大きく感じるけれど、懐かしい……、?
(懐かしい?)
私は何を思っているの?剣なんて初めて握ったのに。
「じゃあ、素振りやってみるか?」
「はい!」
でも、当然素振りのやり方なんて知らない。だから、身体の動くままに従って剣を振るう。
まずは棒立ちになったまま、縦にえいっ、えいって剣を振る。アル様とトーリお兄様が微笑ましいものを見る目でこっちを見てきているけれど、気にしない。
(た、楽しい!!)
令嬢らしくないって思われても仕方がないくらい楽しい。剣が手にしっくりくる!
私このまま騎士になったらダメかなぁ?……剣振るのが楽しいってだけで何を言っているんだろうね、私は。訓練とか絶対ついていけないから後悔するに決まっているのに。
そのまま縦に剣を振るうだけじゃ面白く無くて、左右に振ってみたり持ち方を変えてみたり。自分でも無意識の内に右手で持っていた剣を投げてそのまま左手に持ち替えていた気がする。
なんだかあれも出来そう!前世のチアリーディング部の人たちがバトンを上に投げて、回転しているそれをキャッチするやつ!思い立ったが吉日!
えいっ!っと剣を上に向かってぽーんて投げる。
「「シルフィー!」」
アル様とトーリお兄様が叫んでいるんだけど、どうしたんだろう?
何だっけ、確かバトンを投げた後に回るんだっけ?くるくるっ~、ってその場でくるくると回転する。剣が落ちてきたのを確認して、それをちゃんと右手でキャッチする。出来た!ちゃんと剣の握り手をキャッチしたよ!そのまま、もう一度素振りに戻る。
ふふ、突っ立って剣を振るうよりも動きながらの方が上手に振るえる気がする。
そう、アル様みたいに……、
トン、トン、と足を動かす。その場で軽く飛び跳ねる。その後はリズムに乗って。最初はそろーり、段々と大胆に。
トン、トンッ。シャッ、シャッ。
その場には私がステップを踏み、剣を振るう音だけが響きわたる。
(楽しい!)
アル様とトーリお兄様が息をのむ音が聞こえてくるけれど、そんなの全く気にならないくらい集中しているのが自分でもわかる。と同時に、体に従って何も考えずに体を動かしているの分かる。。
でも、まだ違う。体がこうしろって動きを全然出来ていない。多分、私の身体能力が追い付いていない事と、目の前に敵がいないから緊張感が無い。
アル様はもっと……、
その瞬間、自分でも動きが変わったのが分かった。
身体の動かし方が分かる。
どうして……?
(私は身体の動かし方を『知っている』)
(私は剣の受け流し方を『知っている』)
(私は剣のよけ方を『知っている』)
でも、この『知っている』は、ただ知識として知っているだけではない。体が『知っている』。体が勝手に動く。こんな不思議なことがあるのだろうか…?
「!!シルフィー、その剣の振るい方……、父上!!」
トーリお兄様がシュヴァン様を呼んだ声で私はようやく我に返った。夢から目が覚めたような感覚。
「あ、あれ?」
何だか、不思議な気分だった。自分が自分じゃないみたいに体が勝手に動く。
「なんだ?」
「シルフィーの剣の相手をしてみて欲しい。父上なら上手に手加減が出来ると思うから」
遠くで団員の稽古を見ていたシュヴァン様が。トーリお兄様の声に気付き、こちらに来てくれた。
そして、トーリお兄様がシュヴァン様に私の剣の相手を頼んだ……?!
「ふぇ?!」
ど、どういう事?!私、模擬戦なんてしたことが無いよ?!
「えっと、あの…?」
シュヴァン様は私とアル様とトーリお兄様を交互に見る。
「ふむ。殿下とトーリがこんなに真剣な顔をしているのだから、ただの遊びではないようだな。」
「はい」
「私からも頼みたい、騎士団長」
3人の中でどんどん話が進んでいく。アル様、最初に危険な事しないようにって言っていませんでした?それと、私動きやすいとは言ってもドレスですよ?
「では、シルフィー嬢、私が相手をしましょう」
「は、はい……」
どんどん話は進んでいき、どうやら本当に対戦する事になったみたいです。
「お願いします…」
私達は少し広い場所に案内され、そこで模擬戦を行う事になった。とは言っても、私は試合の仕方なんて知らない。どうすればいいんだろう。
とりあえず、さっき一人で剣を振っていたみたいな動きをシュヴァン様相手にすればいいのかな?
トン、トン。
再びリズムを刻むようにステップを刻む。その瞬間先程のような集中力が自分に備わるのが分かった。
シュヴァン様は今、右手で剣を持っている。重心も傾いている。だから、狙うならこっち。
走ってシュヴァン様の元へ近づき、剣を振るう。でも、それは当然のように受け止められる。うーん、やっぱり単純な力ではかなわない。
そう思っていると、シュヴァン様の剣が私に振り下ろされる。でも、この剣はとっても手加減されているから、躱せる。
シュヴァン様が驚いているのが分かる。でも、そんなことに構っていられない。素早く剣を左手で持ち直し、切りかかる。でも、これもやっぱり受け止められてしまった。
それからはお互い、どんどんと剣を振っていく。勿論シュヴァン様が手加減してくれているのは剣から伝わってくる。シュヴァン様が私を傷つけないと分かっているからこそ、私は遠慮なくシュヴァン様の懐に飛び込める。これが本当の闘いだったら私は死んでいた。
右左、前に後ろにステップを踏みながらどんどん切りかかっていくけれど、やっぱり全部受け止められる。
「むぅ」
こうなったら!
剣をさっきみたいにぽーんて上に投げる。そのまま私はシュヴァン様の後ろに回りこみ、そこで剣をキャッチしてシュヴァン様に振り下ろす。でも、やっぱり受け止められる。シュヴァン様は流石騎士団長。私みたいな素人とは力も反射とかその他もろもろが全然違う!
「むぅ~~」
もう一度シュヴァン様から距離をとり、一呼吸おいてからシュヴァン様の元へ飛び込む。
……飛び込もうとした。
しまったと思った時には遅かった。
「ふにゃあ!」
私はドレスの裾につまずいてその場で転んでしまった。その拍子に剣が手から離れていってしまった。
ふぇ、痛い…。思わず目に涙が滲むけれど、気合で我慢する。……がまん、がまん。
「ふぇ……」
いたい。ドレスがクッションになってくれたみたいだから、膝とかに怪我はしていないと思うけれど…。
我慢できない。涙が…。
「あるさま…、いたい…」
いつものようにアル様に泣きつくと、アル様は慌てて私の所までかけてきて私を抱きしめてくれる。
「大丈夫?」
痛いから首をふるふると横に振る。で、そのままアル様の首元に顔を埋める。
そうなってくると、当然試合はもう終わりで、シュヴァン様とトーリお兄様もこちらへ来る。
「正直驚いた。ここまで剣を扱えるとは…。殿下と稽古をしていなければ、慣れない剣に私は負けていたかもしれんな。しかし、殿下と同じような剣筋……、に何か他の剣筋も加わっているな。シルフィー嬢、どこでこの剣を?」
シュヴァン様が私に問いかける。
でも、正直どこで覚えたって言われても、身体が勝手に動いたのと、前世のチアリーディングをやってみたかったって言うのと、後は…
「アル様の剣を真似しました」
という事くらいかな?
3人はまた何か議論しているみたいだけれど、私は知りません。疲れたので私はアル様にぎゅっと抱き着いて拗ねておきます。……転んだ事が段々と恥ずかしくなってきたとかじゃないからね?
結局、当然ながらシュヴァン様には勝てませんでした。惨敗です。




