私は私じゃないふりをする。でも。殿下は、そんな私のホットケーキがお好きらしい
ドンッ!
突き飛ばされ、尻餅をついた私の頭上に降ってきた声は、尊大だった。
「お前、女のクセに生意気だぞ」
その日は散々な一日。
侯爵家の息子と揉めたことが母様の耳に入り、擦り剥いた手の治療を終えてもお説教が続いた。
総括すると。とにもかくにも"男を立てろ"と。
なんでよ。格上の貴族ならまだしも、同格の、しかも年下相手になんで私が折れなきゃいけないの? そもそもウチのメイドを虐めた、あっちが悪いのに。
私はおかしなことを言ってない。
メイドに謝れと言っただけだ。
そしたら今度は、"相手にも体面がある。メイド如きに頭を下げるわけにはいかない"ですって。
なら最初から、悪さをしなきゃ良い。
でも私はいずれ嫁ぐ身だから。
聞こえ良く振舞い、家のためになる縁談を呼び込むことこそが、貴族の娘の務め。
言われ続けて早十年。
日々心を押し殺し、私は私じゃないふりをする。
お淑やかで控えめで、はにかむように微笑むアルゼ侯爵家のマーガレット。
殿方より常に一歩下がり、相手に合わせて、追従して。
私はこの偽りの自分を、マギーと呼んでいる。
口うるさい母様も、仕事一筋父様も、交流相手も。
皆一様に愛称で、マギーと呼ぶから。
彼らが望んだマギーの裏で、本当の私は息も絶え絶え。喘ぎながら生きている。
私が私を忘れてしまいそう。
「結局皆、綺麗なホットケーキが好きなのよね。焦げた裏面を隠して、完璧な焼き色だけを求めてる」
「……うん」
「口に入れたら、裏の焦げはバレるのに」
「まあ……、僕は焦げの苦みも個性だと受け止めるけどね」
向かい合わせで彼が笑う。
「焦げの重要性を聞くのも楽しいけど、手作りが嬉しいからもう気にしないで」
彼の前には、私が作ったホットケーキ。
滑らかなきつね色の表。でも裏は……。
「ね、マーガレット。うちに嫁いできなよ」
「はあ? 冗談。王子妃業なんて、さらに自分を偽る職業じゃない」
「でもこの国の人間は、誰も君に頭が上がらなくなるよ? 王になったら、僕がそうする」
「誰もは無理よ。夫が王なら、頭下げなきゃ」
「王でも尻に敷けばいいだろ。夫なんて、妻を引き立てる皿みたいなものなんだから」
フォークを置いた幼馴染が、真剣な表情で私を見る。
「僕の妃になって欲しい。王の妻は、"はい"というだけの女性じゃ困る」
「殿下……」
「僕は君のホットケーキが、大好きなんだ」
私は王子の隣に並び立ち、誰も私をマギーと呼べなくなった。
私は今、マーガレットとして生きている。
お読みいただき有り難うございました!
なろラジは…5作書いたらお休みするはずだったんですが…!
6作目をつい書いてしまいました(´艸`*)
この世界にホットケーキ(という名前)があるのか!
「ホッとするケーキだから、ホットケーキ」という、そんな概念を書き込もうとしたのですが、親父ギャグ過ぎて殿下に言わせるのは気が引け…。
でも言わせたかったかなぁ(∀`*ゞ) ←ヤメロ
殿下はマーガレットのことを一度も「マギー」と呼んでない部分にも注目いただけると嬉しいです♪
小さい頃からの幼馴染なので、彼には猫かぶりがバレてるマーガレットでした。仲良し。
お話をお気に召していただけたら、下の☆を★に塗って応援くださると励みになります!(∩´∀`*)∩ よろしくお願いします!!




