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第62話「黄金錦の刺客」

 晤京(ごけい)は数人の護衛を連れ、埠頭の西側の船着場に来ていた。

 彼らの目的は、凱藍(カイラン)産合法医療薬の密輸。

 現在この鎧銭と海を(へだ)てた隣国凱藍は長らく対立関係にあり、互いが互いへの嫌がらせに輸入品へ150パーセントという馬鹿馬鹿し過ぎる関税をかけている。

 凱藍産の医療薬や漢方、鎧銭産の鉄鋼品や武器などは原価の倍近い値段でも、そもそもの評判が良いために互いの国ではよく売れる。

 故にこの取引はこの頃のシノギの不調を脱するため、重要な場面なのだ。

 本来取引の現場に極道の頭が顔を出すことはない。

 だが永河晤京(ナガワ ゴケイ)の性分として、初回取引には必ず自らの足で(おもむ)くことが道理。

 律儀で礼儀を重んじるが故の果てしなく彼らしい道理であるが、同時にこれは取引相手に対し絶対的な安心をおかせる重要なテクニックでもある。

 だがしかし、今日ばかりはその選択がハズレであったと言えるだろう。

 物品の受け渡しが完了し、相手方を送り届けようとした最中に現れた、2人の青年。

 晤京や舎弟らと相対する彼らの顔つきは冷静であるものの、明らかな敵意を持っている。



「気安く近づいてんじゃねェよ」



 最前線に立ち、黄色い瞳で奴らを睨みつけるのは、万套会武闘派の筆頭東条瑞騎(トウジョウ ミズキ)

 その斜め後ろには、前のはだけた青い法被(はっぴ)の下でキツくサラシを巻いた、黒いロングヘアの女。



「兄ちゃんら若ェんだからよ、ンなところでバカに犬死にしちゃァもったいねぇぜ」



 夜月に黒光る瞳で鉄釘を突きつけるように見つめ、男勝りかつ乱暴な口調で威嚇するのは、こちらも武闘派の小館明日架(コダチ アスカ)



「えらい血気盛んでんなァ。話し聞きに来ただけっちゅうンに、そない威嚇されたら、コッチも燃えてまいまんがな」


「何が話を聞きに来ただ。アポもとらねぇと相手様との取引現場にカチコむ(やから)と話すことなんざ、なンもねェんだよボケ共が!! 」


「瑞騎ッ!! 」



 啖呵を切って前に踏み出そうとする東条を、晤京が怒声で制止する。



「黄金錦組の獅子神雷皇(シシガミ ライオウ)さんと輝原星二(キハラ セイジ)さんか。それで、聞きたいこととは」


「親父! 」


「いいから、今は黙っていろ」


「俺らの名前知っとりますの。なら話が早うて助かるわ」



 獅子神と呼ばれた金髪にアロハシャツの男は腕を組み、同じく金色の瞳から笑みを消す。



「先日、おたくの若者(わかもん)がウチのシマでヤク捌いてましてね。まー当然シメましたけど、あんさんとこの教育どないなっとりますの」


「万套会の者が……何故にそう断定したのか」

 

「ボカスカ殴ったらおどれから吐きよったんですわ。確か、岩田と谷沢言うたか」


 

 小館が耳打ちで「ここ1週間ちょい2人と連絡がついてません。奴らいろんなとこに借金持ってたみたいですし、代紋も家に置きっぱなしだったのでもしかすると」と告げる。

 晤京は眉を顰め、小さくため息を吐いた。



「……確かに。その節に関しては、うちの者がご迷惑をおかけし、大変申し訳ない」



 そう言い頭を下げる晤京に、東条は(いきどお)りを覚え獅子神を鋭く睨んだ。



「ずいぶんと素直に謝ってくれるんやな。会長さんの命令とちゃいますの? 」


「ったりめェだ。俺らの親父がンな外道に見えんのかよ」


「無論です」



 晤京は獅子神を真っ直ぐに見つめ、獅子神もその眼の奥を覗く。

 互いが互いを一直線に凝視し、周りが気押されるほどの圧を発して膠着すること実に十数秒。

 


「フッ、まあええわ。信じたりますよ、嘘はついてへんようやしな」



 意外にもあっさりとした答え。

 そして獅子神は続ける。



「うちの親父が気にしぃでね、えらい心配しよるもんで。直接永河さんの言葉が聞けて良かったですわ。ほな、今後とも舐めたマネはせんようお願いしますよ」



 そう言ってその場から去ろうと、獅子神たちが振り向いたその時。



「待て」



 暗がりの不当に、地鳴りのような低い声が響いた。

 それを横目に笑う獅子神と、怪訝な顔で振り返る輝原。



「主らはどうなのだ」


「どう……とは? 」


「東部では昨今、淏露(こうろ)の密売が特出して横行している。捕まえた売人の多くは未成年の不良か極道崩れの愚連隊であるが、主ら黄金錦組所属の若手極道も見受けられた。これに関して、どう説明してくれる」



 晤京の問いに、獅子神は笑みを崩さぬままゆらり振り返る。



「全くもって身に覚えががあらへんなァ。そんクズが西部訛りやからって、ウチのもんと決めつけてるんでっしゃろ。あかんで永河さん、俺かてホトケさんやないんや」


「こちとらウラ取れてンだよ。お抱えの情報屋に探らせて得た事実だ」



 東条が下駄を鳴らして獅子神に詰め寄る。



「手前ェんとこの糞餓鬼がウチのシマ荒らしてんだよ。そっちこそ教育はどうなってんだって話しだ」


「兄貴が知らん言うとるがな、つまらんちょっかいかけとんとちゃうぞオッサン」


「手前ェには話しかけてねぇんだよ。さっさと引っ込めや木っ端ァ」

 


 東条と輝原が互いにガンを飛ばし、火花を散らす。

 尋常でないほどの重力がのしかかる空気のせいで、後方の舎弟たちには視界が歪んで見えた。

 すると、獅子神が突然豪快に笑い出す。

 その光景の異様さに、舎弟たちは気味悪がり後ずさった。



「心外やなァ。(やっこ)さん相手に暴れんな言われとったけど、そない好き勝手言われたらなァ。俺らかてヤクザ(モン)や、こんままみすみす引き下がるわけにゃいかへん」



 獅子神の口角が、ニィと無邪気に上がる。



「買ったろうやないけェその喧嘩。俺ァお前さんのように血気盛んな奴は大好きやさかい」



 そう言い構えをとった獅子神の顔は、屈強な武闘派の極道とは思えないほどに屈託も(よど)みもない真っ直ぐな笑顔だった。

 それに呼応するように、東条も構えをとる。



「瑞騎、殺すな」


「承知してます」



 瞬間、獅子神が地面を蹴る。

 瞬きも間に合わないほどに素早い動きで東条との距離を積め、獅子神はそのまま彼の腹部に硬い拳を叩き込んだ。

 しかし東条はその拳をすんでのところで右手で受け止める。

 そしてそのまま獅子神の拳をギュッと掴んで握り締め、ぐんと上へ引き上げた。

 身長と筋力差に負けた獅子神の体は宙ぶらりんとなり、東条は勢いのまま全力の蹴りを彼の横っ腹に叩き込む。

 下駄と骨のぶつかる鈍い音と同時に吹き飛ぶ獅子神の体。

 だが漆黒の海に落ちる手前で、輝原が走り込んで彼の体をしかと受け止めた。



「ナイスキャッチや星二! お前のそういうとこ大大大好きやで! 」


「お怪我は」


「ないっ!! 」



 威勢よくガッツポーズして見せる獅子神は、元気ピンピンの至って無傷。

 かえって東条は何故か右手を負傷していた。

 目立った外傷は無いが、肘から指先にかけてまでまるで落雷に撃たれたかのように痺れている。

 手のひらに上手く力が入らず、指先が冷え、小刻みに震えた。

 だが彼は怯むことなく拳を握りしめ、獅子神を睨みつける。



「少しは理解(わか)ったやろ。もう降参してもええんやでェ東条サン」


「ぬかせ。何やったか知らねェがな、ンな甘っちょろい小細工、俺ァ屁でもねぇんだよ」


「ハハっ、ええなァ!! 」



 獅子神が地面を思い切り踏みしめると、草履とは思えないような力強い打音が響く。

 拳を握り構えると、無邪気に上がった口角の内から、白く鋭い犬歯が完全に顔を見せた。



「俺ァなァ、ハートの強えェやつっちゅーんが、いっちゃん大好きやねん!! 」






 一方、東側の埠頭では、寂寥の月夜に膠着が続いていた。

 俺の向かいで悠々タバコを咥えるのは、銀髪に丸サングラスの明らかに一般人ではない男。

 月の明かりを反射するまっすぐな銀髪と、シミひとつない透き通った肌。

 首から下を見なければ女性かと見紛うほどに、その容姿は淡麗であった。

 ジュリアーノとはまた別方向の美青年。

 だがいかんせん、喋りがキツい。



「抵抗せんと大人しくしとったら痛かぁせん。ヒカリモン納めんと無謀に足掻くっちゅうんやったら、無理やりおねんねしてもらうで」


「そんなもん了承すると思ってんのかよ。しかもその代紋(だいもん)、万套会のヤクザじゃねぇな。良いのかよ、他人様のシマでンな好き勝手して」



 そう言って経津主が指差すのは、男の胸元につけられた小さなピンバッチ。

 代紋ってのは確か、極道の象徴で家紋みたいなものだ。

 万套会の代紋は正円を基調としているが、彼が付けている代紋はここからでもハッキリ判る菱形。

 模様が見えないのでどこの組織かはわからないが、万套会の者ではないのは確実だ。



「そんなんはお前の気にせんとええことや。で、どないすんじゃ。気持ちようおねんねするか、痛い思いするか」



 相手はヤクザだ。

 素直に従ったところで、なにをされるかわかったもんじゃない。

 それにこちらの戦力は4人、相手はたったの1人だ。

 多勢に無勢、それに経津主やジュリアーノだっている。

 こちらが負けるなんてことはまずあり得ない。

 俺たちは無言でそれぞれの武器を構える。



「……ハァ、諾き分けの悪いやっちゃなァ……」



 男はヤニに焼けたため息を吐き、サングラスを親指で持ち上げて位置を直した。



「ほな、言った通り痛い目見てもらうど」



 直後、経津主が長ドスを抜いて走り出した。

 目で追えないほどに素早い走り込み、しかし男が構える様子はない。

 経津主はそのまま刃を袈裟に振り下ろす。

 だがしかし、耳に突き刺さるような金属音とともにその攻撃は、奴が持ち上げた足によって防がれた。

 なにが起こったのかと注視してみれば、奴の靴が金色に輝いている。

 革靴に(ほどこ)された黄金の蛇腹が、経津主の刃を受け止めたのだ。



「おどれカタギとちゃうなァ」



 男はそのまま刃を蹴り上げて弾くと、経津主の腹目掛けて右ストレートを入れる。

 しかし、経津主は間一髪のところで後ろへ飛び避けた。



「今の完ッッ全に対人の斬り方じゃろ。ただの冒険者がンなもん心得とるはずがあらへん」


「浅いねぇ。王族の護衛依頼だって請け負うんだぜ。それぐらいできて当たり前ェだろ」



 男が踏み込むと同時に、経津主も走り出す。

 彼の振り下ろした長ドスを、今度は手で受け止めた。

 いや違う、何かを持っている。

 あれは……クナイか?

 男の白い手にいつの間にか握られていた、月明かりに黒光るクナイ。

 いつどこから出した、全く見えなかった。

 だが経津主は全く怯むことなく、弾かれた長ドスの方向を変え、今度は逆袈裟に振るった。

 男はそれをクナイで受け流すと同時に、経津主の腹に突き立てようと斜めの角度で突き上げる。

 経津主はその手を蹴り上げてヤイバの軌道を変えると、長ドスを逆に持ち替えて柄で奴のこめかみを打った。

 だがこれも男はゆらり避ける。

 しかし、避けて後ろへ動いた彼の胴に待ち受けていたのは、銃弾の如く素早い3つの氷塊。

 男は宙返りしつつ華麗に氷塊を交わした。

 だが、その先にも待ち受けるものがある。

 突如吹き荒れた突風の刃が奴の頬を掠め、髪の毛の一束を切り落とした。

 しかし、これも奴へ傷を付けるには至らない。



「3対1たァ、雷皇の野郎が燃えそうなシチュだのう」


 

 男は斬られ肩に乗った髪の毛を払い落とし、気だるげに煙を吐く。

 キツめの銘柄なのか、タバコ慣れしてる俺でも鼻につく臭いだ。

 男は懐からもう一本のクナイを取り出し、俺めがけて投げた。

 暗闇の中を閃光が如く空を裂き進む黒。

 冷静に槍を回し、柄で弾き返す。

 だがしかし、目線の先で光を反射する物体があった。

 もう一本、いつの間に!?

 咄嗟に地面を蹴ってかわす。

 しかし



「ぐっ」



 左脚に走った痛みで見てみれば、太ももに深く突き刺さる黒いクナイ。

 3本目、こんなのいつ投げたんだ!?

 しかも俺の避ける方向を完璧に理解している。

 スピードが尋常じゃない。

 


「ケンゴ!! 」


「平気だ! 暗器に気をつけろ!! 」



 同時に男が懐からクナイを4本抜く。



「気ィ付けたところでのォ」



 そして両手に2本ずつ持つと、放射状に角度をつけて投げた。

 4本全てにおいて狙いは正確、速度も圧倒的。

 その一本一本がこちらの戦力を確実に捉える。

 だがそれぞれに向く数はたったの一本。

 皆己が武器でそれらを容易に弾き返す。

 無論俺も槍で弾いた。

 が、しかし



「!? 」



 刃と刃の高音が響くと同時、俺の眼前に突如鋭い視線が突き刺さる。

 男が目にも止まらぬ速さで突進してきたのだ。

 反応することもできないまま、直後腹部に灼熱が広がる。

 見れば、俺の脇腹にはクナイが深く突き立てられていた。



「力量が足らんかったら、意味あらへんのよ」



 避けようと地面を踏むが、腹部と太ももの激痛で上手く力が入らない。

 男はそのままからの拳を握ると、俺の顎目掛けて強烈なアッパーを叩き込んだ。

 対策もできずなされるがまま、吹き飛ぶ体は積み上げられた木箱に激突し、倒壊したそれらの下敷きになった。

 ジュリアーノが俺の名を叫び、すかさず駆け寄る。

 ガイアも駆け寄ろうとしたが、彼女を背に守っているベルに抱き抑えられ、叶わなかった。



「ケンゴ!! クソッ手前ェ!! 」


「うるさいねん。それくらいで死なへんやろソイツァ」



 男は煙を吐き出し、こちらを一人一人指さす。



「お前とさっきの奴ァ亜人。お前は人間。そこの嬢ちゃん2人は判らへんが、まあ戦えんのは金髪の方だけじゃろ」



 経津主は表情こそ崩さずとも、内心驚いていた。

 たった数分の交戦の中で、男はこちらの人種を大まかに見切っていた。

 主に人間と呼ばれる人種(ひとしゅ)や獣人種などの人族と、亜人と呼ばれる魔人種などの魔族やその他神などとでは、そもそもの生命力に格段の差がある。

 遺伝的に戦闘に向くのは亜人種、故に殺さない程度というのであれば、加減の仕方は変えねばならない。



「ワシかて任侠(モン)や。殺しゃァせんよ」


「手前ェ……」



 俺はジュリアーノとガイアの手を借りて、瓦礫の中からなんとか這い出た。

 立ち上がると腹から湧き出た血液が洋服を染み、太ももを伝って地面に小さく水溜りを作った。

 隣でジュリアーノが止血しようと、俺へヒーリングをかけてくれている。

 目の前では経津主が男と応戦している。

 八方から飛ぶ長ドスの連撃を、奴はヒールブーツにも関わらず迷いのないステップで避け、時々クナイで受け止め弾き返す。

 タバコのを咥えながらも、その表情は絵画のように一切崩れない。


 

「ケンゴ、大丈夫? 」

 

「ああ。けど不覚だ」


「経津主の剣は避けるだけだって難しいのに、それを見切った上で受け流しや反撃を打つあのスピード。一体何者なんだ……」


「それは違うよジュリアーノ」

 


 俺の言葉に、彼は怪訝と不思議の混じった顔でこちらを見た。


 

「アイツが早いんじゃない。俺たちが遅いんだ」


「!? 」



 砂漠でスコーピオに惨敗を喫して以来、毎日経津主に稽古をつけてもらっている俺だからわかる。

 あれは経津主のトップスピードじゃない。

 アイツは仲間が危険に陥っている現場を前に、手加減なんて絶対にしない。

 だが啖呵を切っていようとも、彼の形相に余裕さは1ミリたりとも見受けられない。

 こんな状況は、前にも目にしたことがある。



「何かある。どんな魔術かわからないが、何かしらの方法で弱体化を受けている。俺の見立てが正しければな……」



 困った。

 これほどの手練れでありながら用意も周到、頭がキレるのだろう。

 このまま武力行使を続けても、奴をねじ伏せるまで体力が持つかどうか。

 


「確かにその可能性は大いにある。けど、ケンゴ。これはきっと、魔術じゃないよ」


「魔術じゃない? 」



 どういうことだ?

 まさかまた毒の類だとでもいうのか?

 ジュリアーノは夕焼け色の瞳で、男を真っ直ぐ見つめる。

 


「これは、妖術だ」


「妖……術? 」



 その名前は、ルジカと紅嬋姫の舞を見ていた際にも聞いた。



「凱藍と鎧銭の文化は、他国に比べて特色がすごく強いんだ。特に顕著なのは、その民族特有の秘術。『妖術』と呼ばれるもので、仕組み自体は魔術と同じなんだけど、魔力の練り方が全くもって違う。そして何より大きな特徴がある」

 

「大きな特徴……? 」

 


 男がクナイを経津主の右眼目掛けて投げる。

 経津主はしゃがんで避けると同時に突進し、奴の腹部を横一門に斬り裂く。

 だがしかし、奴は間一髪で後ろへ下がりそれを避けた。



「妖術は魔力の練り方が感覚だよりであるがために、個人個人で特殊性が生まれるんだ」


「特殊性って……魔術も十分特殊だろ、なにが違うんだよ」

 

「『術式』って言うんだけれどね、魔力を練っていくうちに当人の中で自然的に発生するものだから、それ自体は遺伝しないし他人に教えて享受させることもできない。だからどんな属性でどんな効果があって、どれくらいの射程でどれくらいの威力なのか、食らってみるまで予想もつけられない。僕らの元素魔術とは違ってね」


「そんなものが……!? 」



 つまりは、アイツの使っている術がどのようなものなのか、その全貌が明らかになるまで万全な対応はできないということ。

 何故ならば、奴の使う妖術というものは、個々人の持つ極めて特殊な異能であり、前例もクソもないオリジナリティの塊。

 その時、ジュリアーノがヒーリングをやめた。


 

「ずっと魔力を注いでいるのに、血が全然止まらない」



 彼の面持ちは険しい。

 ジュリアーノのヒーリングと俺の生命力を持ってしても傷を塞げないなんて。

 大幅な弱体化といい、この妖術は底が知れない。

 俺はジュリアーノから布を受け取り、傷口付近に巻き付けて縛った。

 少し苦しいが、これである程度の止血はできるはず。

 


「兄ちゃんすっトロいわ、そンなんでよォワシに勝てる思たな」


「ア゙ァ゙? 手前ェの仕業だろうがァ!! 」



 長ドスの(きっさき)が男の首元を捉え、とてつもない摩擦音を鳴らす。

 しかし奴は腰を逸らしてそれを交わし、勢いのまま経津主の頬に踵を叩き込んだ。



「あら、バレてへん思とったんやけど」


「調子こいてんじゃねぇぞ餓鬼ィ……」



 男は煙を吐き短くなったタバコを靴で踏み消すと、懐から新たなタバコを出して火をつけた。

 その時生まれた一瞬の隙を、俺は見逃さない。

 復帰と同時に魔力を少量に抑えた風刃を、奴の横から音を消して放った。

 がしかし、奴はそれをノールックでいとも簡単に弾く。



「ここァ鉄火場だ。卑怯たァ言わねぇが、舐めてもらっちゃ困るで兄ちゃん」



 橙のレンズ越しに刺す眼光が一直線に射抜く。

 気だるげな振る舞い、脱力した立ち姿。

 悠々閑々タバコを咥え、側から見れば油断し切っているようなその様子に、隙は全くない。

 主戦力をもってしても歯が立たないこの厄介さ。

 この戦いは、少々長くなりそうだ。

東条瑞騎

挿絵(By みてみん)

縦書きPDFではイラストをご覧になれませんので、お手数ですがサイトの方までお越しください。

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異世界転移
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