第60話「恋情ゆえに苦悩」
翌日の朝は、思っていたよりも清々しい。
いつも通り共用洗面所で顔を洗って、いつも通り朝食を作って食べて、着替えてロビーで依頼を受ける。
なんら変わりない、むしろ最近の諸々に比べればずっと落ち着いた日だ。
なのに、なのにどうして
こんなに冷や汗が止まらないのか。
前夜まではなんともなかった。
けれどいざその当日になってみると、目が覚めた瞬間から頭の中で様々な考えが巡って、ああじゃないこうじゃない色々想定して、脳みそがどうにかなりそうだ。
正直に言おう、俺は女心というものを全く理解していない。
というより、理解する機会がなかった。
己を悪人だと信じてやまなかったばかりに、幸せになってはいけない人間だと思っていたばかりに、自分に向けられている好意に全く気が付けていなかった。
少なくとも2年以上、ルジカの想いを真っ向からガン無視してきたかと思うと、申し訳なさすぎて胃袋がひっくり返りそうだ。
「ハァ……」
依頼を終えて戻ったギルドのロビーで、ベンチに腰をかけて深くため息を吐いた。
トトに言われたことじゃないか。
自分の不幸は仲間の不幸であり、自分の幸せは仲間の幸せ。
逆も然り。
人のためになりたいと思いながら自分に向けられた特別な好意を無碍にするだなんて、どんな矛盾だ。
お返ししなければ。
今までの無礼を全部、今日この一夜で挽回する。
……しかし
「どう接すればいいんだぁ〜??」
自分を好きな女子との接し方?
そんなのわかるわけないだろ!!
こちとらこの世界でも前の世界でも経験なんざ微塵もないんだよ!!
フィクションを手本にしてはいけないということだけはわかる。
そもそも俺の好きなジャンルの主人公は総じて超絶鈍感野郎だから、ハナから参考にすらならないんだけど。
てか今の俺じゃん。
読み手の時はあんなにモヤモヤしたのに、いざ当事者になったら案外わからないものだな……。
いや、いやいやいや!
今それどころじゃねぇし!!
あーもう、真剣に考えようとすればするほど余計なことが浮かんでくる。
こんな調子じゃただ時間を無駄にするだけじゃんか……。
「ジュリアーノ……だずげで……」
藁にもすがる思いで、隣に座るジュリアーノへ助けを求めた。
「ラブフォーエバーのアウローラ人だろぉ?なんかないぃ?」
「アウローラ人だからってみんながみんな愛に生きてるわけじゃないよ……。好きな子との接し方なんて僕だって教えて欲しいのに」
「好きな子っていうか、俺のこと好きな子なんだけど……」
「……ケンゴはルジカのこと好きじゃないの?」
「そりゃもちろん好きだよ」
「そうじゃなくてさ、女の子としてどうなのかってこと」
好き……なのかな。
なんと言えばいいのだろう。
言語化が難しい。
「……わからない。大事な仲間だし、すごくいい友達だとも思ってる」
「風貌とか言動とか、可愛いと思う?」
「……思う」
「神も魔族も人族も、この世の全てを敵に回してもあの子を守りたいと思う?」
「そ、そんな大袈裟な!」
「ごめんごめん、冗談だよ」
ハハハと笑ってみせるジュリアーノをムッと睨む。
「そんなに固くなることないよ。ただ、いつもより少しだけ表情をよく見るようにして、他は普段通り自然体でいれば大丈夫さ」
「そんなことでいいのか……?本当に……?」
「うん。大丈夫さ、ケンゴなら」
そう言ってジュリアーノは俺の方に右手を乗せ、力強く頷いた。
彼のアドバイスは信用できる。
けどやっぱり心配だ。
俺は一度、失言でルジカを怒らせたことがあるし。
少しだけ表情をよく見るようにする……か。
午後6時前、俺は京天街の広場近くでルジカを待っていた。
待ち合わせ場所と時間は何度も確認した、抜かりはないはず。
辺りは提灯に照らされた人々で賑わい、会場の華やかな様子がここからでも伝わってくる。
目線を少し上にずらせば、白い壁肌を赤く照らされた巨大な城が堂々佇む。
ジュリアーノ曰く、あそこにはこの鎧銭を納める神の紅嬋姫が、従者たちと住んでいるらしい。
祭りが大好きな神で、こと鎧銭でしょっちゅう開催される祭りのほとんどは彼女の主催なんだとか。
世界有数の美神と聞いたけれど、いったいどんな姿なのだろう。
「ケンゴ……」
背後から聞こえた、群衆にかき消されそうなほど小さな声。
ハッとして振り返ると、そこには着物姿のルジカがいた。
流れるような模様と牡丹色の差し色が施された鮮やかな青の着物。
髪の毛の片側を耳にかけ、すぐ上に金色の花のような髪飾りをつけて、熱った肌のような柔らかい紅を薄い唇に刺している。
思わず息を呑んだ。
あまりにも破壊力が強すぎて、情けないことに言葉が出なかったのだ。
だが、何よりも驚いたのが
「髪……!?の、毛……が……!!」
背中の中ほどまで伸びていた群青色の髪の毛が、肩の上まで短く切られていたのだ。
「こっちの方がいいかなって。でも、ちょっと切りすぎちゃった。……変……かな……」
目を逸らし、色付いた頬にかかる毛先を摘んで自信なさげにルジカが問う。
「……かわいい」
「……え?」
「あ、え、えっと、似合ってるよ。三つ編みも良かったけど、ショートカットもすごく」
俺の言葉にルジカは顔を真っ赤にして、下を向いた。
まずい、またやってしまった。
今の髪型についての問いの答えに前の髪型への感想を入れ込んだのが良くなかったかな。
前にも同じようなことして怒らせちゃったんだよな、全っっ然学習できてねぇ……。
「……いこっか」
「う……うん」
俺とルジカは並んで歩き、人々の流れに沿って広場の入り口へ向かった。
初っ端からよくない空気にしてしまった。
なんとか挽回しないと……。
広場へ足を踏み入れると、目の前に広がるのは華やかな屋台立ち並ぶ大きな一本道。
人混みに隠れる奥の方を背伸びして覗き込むと、心地よい春の夜風と共に香ばしい醤油と生姜の匂いが漂ってきた。
これは焼きそばだな。
あっちは果物飴、こっちは唐揚げ。
あれは……わた飴か。
どれもお祭りの定番ばかり。
始めて来たはずなのに、すごく懐かしく感じる。
小さい頃は夏になると、よく田舎に住んでる親戚の家に泊まりに行った。
従兄弟の兄ちゃんに手を引っ張られて行った、山の神社の小さなお祭り。
林での虫取りとそれが、当時の俺の毎年の楽しみだった。
いかんいかん、余計なことは考えちゃいけない、今は現実に集中しないと。
あ、そうだ忘れてた。
『いつもよりも相手の表情を良くみるようにする』……。
表情に注視してルジカを見てみると、彼女は色とりどりの屋台に目を輝かせていた。
一応楽しんでくれてはいるようだ、よかった。
「ケンゴ、なにか食べたい?」
「あ、ああ。そうだな。晩御飯食べてないし……」
食べたいもの、食べたいものか。
絶対になにか答えた方がいい。
「そうだな……唐揚げとか」
「唐揚げ……うん、私も食べたい」
早速4個入りを1つ買い、屋台裏のベンチで座って食べた。
揚げたてなだけあって、一口かぶりつくだけで肉汁と蒸気が一気に飛び出してくる。
屋台にしてはなかなかの美味さだ、ぜひ本店にも足を運びたい。
隣を見ると、ルジカが大きな唐揚げを顔の高さまで持ってきて、フーフーと息を吹きかけている。
そして、湯気の漂うそれに慎重な様子でかぶりついた。
何度か咀嚼して飲み込むと、よっぽど美味しかったのか、少し興奮したように口元を押さえて、瞳を輝かせた。
こんな顔、するんだ。
不安げにモジモジしてる印象だったけれど、今日はいつもより表情が豊かだ。
……いや、違う。
俺が彼女の顔をちゃんと見ていなかっただけか。
こんなに可愛らしい様子を見せるのに、随分ともったいないことをしたな。
その後も道なりに屋台を回って、俺はイカ焼きを、ルジカは綿飴をそれぞれ食べながら歩いていた。
正直言って、ちょっとだけ気まずい。
いつもなら普通に話せるのに、こう意識するとどうしても会話がぎこちなくなってしまう。
ルジカは普段とあまり変わらないし、九分九厘俺のせいだよな。
なんでぶっつけ本番で来ちゃったんだろう、せめてシミュレーションの1つでもやってくればこんなことには……。
……いや、タラレバを考えたって仕方がない。
今の俺にできるのは、この現状を良い方向に持っていくアイデアを足りない脳みそで必死に考えることのみ。
何かないか……何かないか……。
歩きながら眉を顰めて考え込む俺を横目に、ルジカは少々不安げな表情を浮かべていた。
だが情けないことに、すっかり自分の世界に入り込んでいた俺はそれに全く気が付かない。
そのまま石畳の上を歩き続けていると、ついに屋台の道を出て大広場に出た。
舗装された土の地面に何本もの柱が広場を囲むように聳え立ち、淡い橙に夜空を灯す提灯が電線のようにに三重に吊るされている。
こっちにも屋台は沢山あるが、ここは金魚すくいやヨーヨー釣りなどのエンタメ系が多い印象。
そしてそれらに囲まれた中心に立つのが、紅白の外装と銀色の装飾で彩られた、立派な櫓。
上では太鼓や笛を携えたハッピ姿の男たちが、八木節のようなリズムで音楽を奏でている。
なんて豪華な。
紅嬋姫の舞踊はきっとこの上で行われるのだろう。
今は午後7時。
ってことは、あと1時間あるのか。
この時間を楽しく潰せるものは……おっ!
辺りを見回し、目のついたもの。
それは、的型の看板を大きく掲げた射的の屋台だった。
射的なら景品が取れた時の喜びや取れなかった時な悔しさを共有し、なおかつお互いにアドバイスしたりなんなり、いい感じのコミュニケーションが取れるはず!
「ルジカ、射的やってかない?俺、結構得意なんだ」
「……そうなの、見てみたいな」
嫌そうにはしていないな、よし。
ルジカを手招き張り切って射的屋の前に立った瞬間、俺は唖然とした。
机の上に並んでいるのは直径15センチほどのボウガンだったのだ。
鉄砲じゃないの!?!?
まずい、まずいまずい非常にまずい。
ボウガンjなんて持ったことすらないのに……でも「得意」と宣言した分、このままだと赤っ恥をかくことになる。
……だがしかし、ここでみすみす引き下がるは漢にあらず。
意地を通すのは不便なもの、だがそれがいい!!
そうだよね、慶次くん。
俺は財布から小銭を取り出し、顔を上げた。
「あの……、!?!?」
その時。
目の前の光景に、一瞬心臓が止まった。
木組みの机と布で仕切られた屋台の中に、とても見覚えのある刈り上げの赤髪。
客に気がついて彼がこちらを振り返った瞬間、疑惑は確信に変わった。
龍兵だ。なぜだかわからないが、そこには確かに龍兵がいた。
いつもの派手な紫のスーツではなく、着流しにエプロンを巻いたその姿。
見慣れぬ装いの可笑しさと、不意に出会ってしまった焦りで、俺の顔面はドブのような色で血の気が引いていく。
なんで?なんでなんでなんで??
なんでヤクザがこんなとこにいんの??
龍兵も俺の存在に気がつくなり、火傷痕の張り付いた額に、滝かと錯覚するような大量の冷や汗を滲ませた。
「よう……お客さん、やってくのかい」
さすがは鎧銭一の極道組織の中堅。
あくまでも平静を装って、声色を安定させて俺をイチ客としてあつかう。
少し様子のおかしい俺にルジカは困惑の眼差しを向けるが、俺は何事もないかのように堂々とした姿勢で深呼吸し、「2人分、お願いします」と、握りしめていた小銭を龍兵に差し出した。
龍兵は小銭を受け取ると机に置いていたボウガンを2つを手のとり、俺とルジカへ手渡す。
使い方を指南するフリをしながら、龍兵が肩を寄せて話しかけてきた。
「テメェ、ンでこんなとこにいんだよ」
機嫌の悪い様子でドスを効かせているが、どこか不安定でもある。
「ご、が、ごごごごごごめんなさい、ぃいるって、知らなくて……」
「チッ……来ちまったもんは仕方ねぇ。このまま帰るっつうのもお前の面子が立たんだろ」
龍兵は横へ視線を流す。
もう1人の構成員と思しき短髪の従業員にボウガンの使い方を教わっているルジカを見ると、眉間に寄った皺をさらに狭めて小さくため息をついた。
「あ、あの……龍兵さんはなんでここに……」
「町長に祭りの警備と屋台の運営をいくつかウチが任されてンだよ」
前の世界で田舎の祭りに行くと、たまに小指の無いおじさんがイカを焼いていたりする。
もしかしてこういうことなんだろうか。
「警備で兄貴たちも巡回してる」
「な!?」
「騒ぐな!……バレねぇとは思うが仕草には気をつけろ。なるべく気は張らず自然体にしとけ」
「そ、そんなこと言われたって……」
「なら早めに帰れ……!」
万套会の者に俺の素性がバレるのは、俺にとっても彼にとっても都合の悪いこと。
けど、今は引けない理由がある。
今のところ何ともないし、せめて姫様の舞が終わるまでは、なんとかやり過ごそう。
「あれ、兄貴ィ、その方お知り合いですか?」
俺と龍兵があまり長く話しているものだから、ルジカにボウガンの使い方を教えていた舎弟と思しき男が話しかけてきた。
俺は驚き、肺の空気が刺々しく脈打つような感覚に襲われる。
「い、いいや。どうですお客さん、使い方分かりましたか?」
「あ、は、はい!すみませんわざわざ。この型初めて使ったもんで、慣れなくって」
「そうですか?いっちゃん手に入りやすいヤツなんで、結構みんなコレ使ってると思うんすけど」
「余計なこと言うんじゃねぇっ」
龍兵が舎弟の頭を強めに殴る。
「いってぇ〜」と自分の短髪の頭にできた小さな山をさする舎弟。
2人のやりとりを見てドン引きするルジカ。
俺は苦笑いを挟みつつ、先端に布玉のついた矢をボウガンに刺して弦をセットした。
「見ててね」
俺はボウガンの標準をぬいぐるみに合わせ、構える。
大丈夫、モノが違ったってやることは同じだ。
むしろ前よりも筋肉がついたのと鉄砲よりも軽いのとで、標準がブレにくいまである。
的をしっかり狙って引き金を引く、ただそれだけだ。
深呼吸を挟んで目を見開き、弾いた。
「あ」
だが無惨にも、矢は目標を逸れてしまった。
もう一回!
矢をセットしてもう一度標準を合わせ、弾く。
また外した。
やっぱり矢と弾丸とじゃ感覚が違う。矢の先っぽが不安定に重いせいで軌道がブレる。
だが引けない、もう一度!!
また外す。もう一度!!
また外した。
「残り一本……」
正直この時点で既に面子は丸潰れだ。
だがしかし!最後の最後にキメれば、それはそれで格好良いじゃないか!!
俺は願掛けのように矢を額に当て、ボウガンに込めた。
「ケンゴ、ちょっと見てて」
不意にルジカが言う。
見ると彼女は右手にボウガンを構え、まっすぐな瞳で的を見つめていた。
直後、引き金を引く。
するとどうだろう。
先端から放たれた矢は素早く緩やかな弧を描き、正面の棚から茶筒を見事撃ち落とした。
予想外の展開に、俺は口が塞がらない。
龍兵と舎弟も「驚いたな」と関心の眼差しを向けていた。
「これ、弦が緩いし矢の先も重いから狙いにくいよね。でもさっきみたいに重心を探して補正をかければ、不安定でも当たるよ」
「へ……う、上手いね、ルジカ……なにかやってたの……??」
「あっ……いや、その、ま、魔術を撃つのと少し似てるから……だからその……と、とにかく、矢の重心を見つけて、矢道にかかる弧をよくイメージするの。そうすればきっと当たるから……」
ルジカはボウガンを机におき、胸の前で両手をぎゅっと握る。
「が、頑張って……!」
!!!!!!
なんて……こった……。
未だかつて、こんなに可愛らしい応援があっただろうか。
これはもう負けられない。負けることなど許されない!!
俺はボウガンを構え、再びぬいぐるみを狙う。
手から適度の力を抜いて、矢の重心を探る。
射的用のちゃっちめなボウガンということと、布玉の中に糸屑がギチギチに詰められているおかげで、より重い方が少しだけわかりやすい。
ぬいぐるみへ鋭い眼光を向けた瞬間、気合一線、引き金を引いた。
矢は少々歪んだ弧を描きつつ、ぬいぐるみのドタマめがけて飛ぶ。
そして、当たった!!…………が、しかし。
矢はぬいぐるみの右目の端を弾きはしたものの、ヤツは向きが斜めにズレただけだった。
終わった……終わってしまった……。
これで俺は、できもしない啖呵を切った挙句、惨敗を喫した情けない、お……と……こ…………。
その後抜け殻のようになった俺は、射的屋を去った。
なんて無様で、阿呆で、滑稽な……。
あの後、ルジカが放った残りの4発は景品を1つたりとも落とすことはなかった。
「悔しい」と笑っていたけれど、きっと俺を立たせるためにワザと外してくれたのだろう。
つくづく情けない。
……けど、これで終わりじゃない。
輪投げ、金魚すくい、ヨーヨー釣り、型抜き、千本くじetc……舞台はたくさんある。
姫の舞が始まるまであと45分。
時間が許す限り、俺はいくらだって舞えるんだッッッ!!!
しかし、運命とは極めて残酷なもの。
頭で思い描くように事が進むはずなんてなく、いずれも残念な結果に終わった。
特に、千本くじなどは年甲斐もなく2000ルベルも溶かしてしまった。
情けない。まーじーでー情けない。
こんな事ならハナから見栄なんて張るんじゃなかった。
ガッカリしただろうな、ルジカ。
せっかく勇気を出して誘ってくれたのに、当の俺がこんなんじゃ楽しくないよな……。
「……ケンゴ」
人混みの中を歩きながら隣で項垂れる俺に、ルジカが声をかけた。
すっかりテンションダダ下がりの俺は掠れた声で応答する。
「手、出して」
「て?」
言われるがまま手を差し出す。
すると彼女は力無い俺の手のひらに、ひと粒の青い金平糖を置いた。
「あ、ありがとう」と口に含むと、途端に口の中へ優しい甘味が広がった。
「……美味しい」
「よかった」
微笑む彼女の手元を見ると、先程射的で得た茶筒が握られていた。
あれ金平糖だったんだ。
金平糖を口の中で転がしながら少々驚いた表情を浮かべていると、ルジカがポツリと呟く。
「楽しく……ない……?」
一瞬、言葉が出なかった。
「私、ディファ以外とこういうところに来るの初めてで、……ごめんね、私から誘ったのに」
「そ、そんな!楽しいよ、すごく楽しい!」
俺は咄嗟に笑顔を作ってそう言う。
ルジカは微笑み返すも、また下を向いてしまった。
「……俺の方こそ、ごめん……」
突然の言葉に、ルジカはおもむろにこちらを向いた。
「服とか今日の祭りとか、俺のこと思って今まで色々してきてくれたのに、俺、全然気がつけなくて……」
いや、本当は少し、ほんの少しだけ、気付いていた。
けれど、つっぱねていた。
「俺なんかを好きになる女の子はいない」なんて、勝手な思い込みで。
「でも、ガイアのおかげでやっとわかったんだ。ルジカが俺のこと、大切に思ってくれてるって。……それで、今まで押し殺してきた気持ちにも、気が付けた」
俺は拳を硬く握りしめる。
「今まで本っっっ当にごめん。だから……だから!……!!」
顔を上げた瞬間、俺の瞳に映るルジカの顔。
唖然とした表情の彼女の白い頬は、全身の血液が全て頭部へ流れ込んだかのように、真っ赤に染まっていた。
いけない。またやってしまった。
そりゃそうだよな。
大勢の人がいる中で大きな声でこんな話しされちゃ、たまったもんじゃない。
「あ、ご、ごめん。なんでもな……、!?」
その時、俺の視界にとんでもないものが映った。
俺の前、ルジカの後方から歩いてくる法被姿の2人の男。
片方は角の丸い眼鏡をかけ、もう1人は長身の天パ。
天パは知らないが、眼鏡の方には見覚えがある。
情報屋からもらった万套会の構成員の顔写真、奴の姿は確かにその中にあった。
成部実春。
万套会きっての武闘派であり、屈指の狂人。
天狗一族の血を引く奴は、術に対して非常に敏感だと聞く。
まずい!!
俺は咄嗟にルジカを抱き寄せ、目を逸らした。
爆発しそうな心臓の音、様々な草履が土を蹴る音、人々の話す音、野獣の慟哭のような太鼓の音。
その場のすべての音が混ざり合って、俺の脳内にガンガン響く。
息を殺して心を落ち着かせ、2人が去るのをじっと待った。
だが幸いにも成部はこちらを一瞥することもなく、静かに横を通り過ぎていった。
よかった、気が付かれなかった。
「オイ」
突然背後から背中を突き刺す、周りの音をかき消すほどに低い声。
早くなる呼吸を抑えてゆっくりと振り返る。
成部は俺のすぐ後ろでこちらに背を向け、止まっていた。
緊張が走る。
血管がはち切れんばかりに脈打ち、脳が揺れるほど早まる鼓動。
そこからの俺は、生きた心地がしなかった。




