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第57話「脱出、そして再会」

 人目につかない路地裏、冒険者ギルドの裏口近くで膝から崩れ落ちる3人。

 各々の楽な姿勢で肩で息をし、涼しい気温に見合わない汗びっしょりの額を腕で拭う。



「ハァ……ハァ……お前ら、平気か……」


「ハァ……なんとか……」



 ろくに水分をとっていなくても走れば汗は出るもんで、路地に吹き付ける涼しい海風に首が冷やされて、体の中から寒く感じる。

 おぼつかない足取りで壁に手をついたジュリアーノが、地面に倒れ込んだ。

 急いで担ぎ上げたけれど、疲労が溜まっているのか顔色がすぐれない。

 ひとまず中に入ろう。


 宿舎に入り借りている部屋の戸を開けると、びっくり箱の人形のように飛び出してきたガイアに抱きつかれてバランスを崩し、危うく2階から落ちそうになった。

 泣きじゃくって離さないガイアを、部屋に入ってどうにかなだめる。

 やっと泣き止んでくれたところで、みんなを集めて昨夜起こったことと今に至るまでの経緯について、ガイアとベルに話した。



「なにそれ!危ないじゃん!話を聞くにすごく怖い人たちみたいだし、また捕まったら今度はスコーピオの時よりも酷い目に遭わされるかも知れないよ!」


「ああ。この件、思っていたものとはまた別の危険が伴う。今後ケンゴはこの事には関わらない方がいいな……」


「いや、俺の名前を知っている時点で、恐らく仲間の情報も共有されている。俺とガイアだけが身を隠したところで、お前たちの身に危険が及んだら元も子もない。それに、約束をしたなら守らなきゃ」


「それでもさ!鎧銭はミフターフと違って閉鎖されてないし、小さい島国だから国外に連れ去るのだってずっと簡単なんだよ!」



 ガイアの言い分ももっともだ。

 ミフターフは国土が広い上に、俺たちのいた時期は国全体が砂嵐に覆われる雨季だった。

 俺が誘拐された後に軟禁だけで済んだのも、恐らくその要因があるはず。



「ケンゴ。自分の身が大事なのは皆同じ、恥じるような事じゃねぇし、俺様も(とが)めるつもりはない。だから、お前が望むのならこの契約を切ったって構わないぜ」



 そう言い、俺の前に突き出された経津主の拳。

 俯き、自分の手を見る。

 目には見えないけれど、この甲には経津主との血の契約で生じた紋章が刻まれている。

 もしどちらか一方が破れば、紋章の刻まれた方の腕が吹き飛ぶというなんとも恐ろしい契約。

 しかし、両者の同意の下ならば解除することは容易だ。

 正直言ってまずい状況。

 経津主が俺と契約を結んだのは、ただ逃がさないように縛っておくためだけじゃない。

 一時的でも旅をする中で、目的を共有する仲間としての団結を持つためでもあると思う。

 鎧銭に着くまでにかかった時間は彼の予想をはるかに上回っているだろうけど、その時間が無駄だったかと問われれば、それは違う。

 出会い契約を結んだ当初とは、もう何もかもが違うんだ。



「……いや、やらせてくれ」


「!」


「ちょっと、本気!?」



 驚いたように目を見開く経津主と、身を乗り出し「ありえない!」と言わんばかりの表情で詰め寄るガイア。

 しかし、俺の考えは変わらない。


 

「そりゃ初めはただの契約のつもりだったけど、俺たちもう仲間だろ。経津主には助けてもらったことの方が多いし、今更断る理由はないよ」


「ケンゴ……」



 やれやれと言った調子でため息を吐いてみせる経津主。

 けれど、一方のガイアはまだ納得がいっていない様子だ。



「そりゃ経津主は大切な仲間だけどさ、今は状況が状況だし、引くのも一つの手段だって。ちょっとぉ、ベルもなんか言ってよ〜!!」



 そうベルへ助けを求めるガイアだが、彼女は「ケンゴがじぶんできめたの。ベルはなにもいえない」と言って首を横に振った。

 もっともなことを言われてむくれ帰るガイア。

 そんな俺たちの様子に反応したのか、風当たりの良い窓際で1人布団に寝ていたジュリアーノがゆっくりと体を起こした。



「ジュリアーノ、無理をしない方が」


「ありがとう、もう大丈夫だよ。それより経津主。君がケンゴと契約を結んだ理由ってさ、ガイアを鎧銭まで連れてくるためだよね。でもここに来てから今のところ、その、言い方が悪いけど、彼女が役立ったことってないと思うんだけど……」



 おもむろにそう問うジュリアーノ。

 確かに。

 経津主が元々同行を所望していたのはガイアのはず。

 彼の最大の目的は万套会から愛刀を取り戻すこと。

 もしガイアが解決の鍵となるのであれば、その万套会と相見えるという重要な時に、彼女を置いていくという選択に異論を示さなかった彼の行動は、側から見ればおかしなことだ。

 俺たちが経津主の顔を覗き込むと、彼は若干気まずそうな顔で腕を組み、小さくため息を吐いた。



「……俺様がまだ万套会にいた頃、アイツが、晤京(ごけい)が生命神の身体を探しているっつーのを小耳に挟んでな。それをたまたま覚えていて、生命神本人を連れてきゃ、もしかしたら平和的に解決ができるんじゃねぇかって思ってな……」



 経津主は目を横に逸らし、こめかみを人差し指でかく。



「けどよォ、まぁ、なんだ。長く付き合いすぎて愛着が湧いたっつーか、こうなっちまえばもう物々交換の道具にもできねェっつーか……」


「つまり、仲間を売るなんてできない、そう判断したんだね」


「……まぁ……そんなとこだ」



 背中を丸め、目を逸らしたまま次第に小さくなる声でそう言う経津主に、ガイアは鼻を真っ赤にして「経津主ぃ〜!!」と飛びつき、抱きついて無理やり頬を擦り付けた。

 当の経津主はうざったそうな顔で引き剥がそうとしてジュリアーノへ助けを求めるが、彼はほんわかした表情で微笑むだけだった。

 初対面がアレだったこともあり、俺にとっての経津主の第一印象は最悪も最悪だったけれど、今じゃもう頼れる仲間の1人。

 共に過ごした年月の中で俺がそう思うようになったのと同じで、彼の中でも変わっていったものがあるのだろう。

 まあ1番驚きなのは、経津主の中に「平和的に解決」なんて選択肢があることなんだが……。



「経津主の言う通りだったよね。あの永河晤京って人、結局僕らを殺そうとしなかった」


「ああ。アイツとは長い仲だからな。考えることぐらいならなんとなくわかる。……ギベオンと繋がっていたのは予想外だったが……」



 経津主は俯き、腰に下げた刀を撫でる。



「……訊いてもいいか、なにがあったのか」


「……ああ」



 経津主は小さなため息を挟んでから口を開く。



「軽く400年は昔の話だな。当時の俺様は万套会の若頭(わかがしら)だった」


「若頭って、組織のNo.2じゃんか」


「ああ。俺様は特段親父に気に入られてたからな。親父と一緒で寿命が長い分付き合いが長いってのもあって、信頼されてたんだよ」


「先代も長命種だったてこと?」


「ああ。まあ、長命種とというよりも”神“だがな」



 まあ経津主が長い間仕えたってんなら、まず上位の存在ではあるよな。



建御雷之男神タケミカヅチノオノカミ、鎧銭過去一の腕を持った剣豪であり、豪放磊落の雷神だ」



 雷神・建御雷之男神……。

 前の世界でもその名は聞いたことがある。



「今の万套会がどんなもんかは知らねぇが、当時は鎧銭じゃ名の効いた武闘派組織だった。昔っから碌でもねぇ法律の代わりにシマを取り仕切ってたから、それなりの人望も信頼もあった。まあ、住民とは比較的良好な関係だったってことだ」

 


 経津主は頬に手をつき、畳の虚空を見つめながら淡々と話す。



「晤京は舎弟、つまり下っ端の1人だった。当時からやたら忠誠心の厚い野郎だったな。力は無ェが行動力と負けん気だけは人一倍強くてな、他の組との抗争じゃドス握りしめて特攻するような捨て身にも躊躇がない」


「脳筋だな……」


「そういう奴なんだよ。だが思い切りの良さは時に毒になる。それこそ、人生最大に予想外の状況にブチ当たった時なんてのはな」



――


 当時の万套会は少しピリついてた。

 シマを拡大させている最中で、他組織との対立が激しい時期だったからな。

 舎弟が次々死んでいく上、親父自身も敵の鉄砲玉に警戒しながらの生活だったから、四六時中緊張が走りっぱなしだった。

 俺様もシマの治安統制と、とにかく敵のアジトを探ってはカチコんで、若頭なりに忙しかったから親父にも長く直接会えていなかった。

 今思えば、組織全体の心がバラけかけてたんだろうな。

 家族は一致団結してこそだってのに、みんな荒んでいたせいで、終いにゃ上司に弓引くやつまで出てきて、正直良い状況とは言えなかった。


 そんな時だ、親父が何者かに殺されたのは。

 胴を斜めに一太刀だったらしい。

 親父は亜空間にある本部の書斎にいた、つまりやったのは万套会の者だ。

 亜空間に入り、結界を抜け、家屋の周りにいた警護にも気付かれず書斎に侵入することのできる者。

 正直今になっても検討が付かない。

 だがな、そんな一部始終を目撃していた奴がいたんだよ。

 晤京だ。

 アイツは親父が斬り殺されるその瞬間を見たと言うんだ。

 そして同時に、それが俺様だと。

 当然身に覚えなんてのは無いし、そんなことをする動機も無い。

 だが晤京は俺様がやったと言って譲らなかった。

 話して落ち着かせられるような状態じゃなかった。

 なんてったってアイツぁ、親父の死を見届けてそのまま殺したヤツを追いかけて来たんだからな。

 ”親父を手にかけた俺様“を追いかけて、その先に本物の“俺様”がいたんだ。

 見つけた瞬間、刀を抜いて斬りかかってきやがった。

 憤怒で燃える晤京の刃は、俺様が怯むほどに重かった。

 油断した拍子に、刀を握っていた左腕を斬り落とされちまったほどだ。


――

 

 

「訳が分からないまま応戦しちまったのが良くなかったんだな。周りに誰もいない状況で、犯人の跡を追った晤京が俺様と斬り合いをしていれば、そりゃ疑われるのはこっちさ」

 

「そうか?それだけで経津主を犯人と決めつけるなんて、少し短慮が過ぎると思うが」


「普通ならな。餓鬼共も馬鹿じゃない。激昂した晤京と応戦する俺様だけを見て、親殺しの犯人を断定したりなんてしない。だがな、起こっちまったんだよ、普通じゃない出来事っつーのが」


「普通じゃないできごと?」

 


 ガイアの問いに経津主は一拍を置き、答える。


 

移空乱流(いくうらんりゅう)だよ」


「「移空乱流!?」」



 その言葉に、ガイアとジュリアーノが身を乗り出した。

 “移空乱流”、全く聞き覚えのない言葉だ。

 


「それに巻き込まれたの!?まさか、経津主がアウローラにいた理由って……」


「ああ。疑われてる最中にいきなり姿を消しちまったからな。それでアイツらも俺様が犯人と断定したんだろう」


「もしかして、そこで布都御魂も落としちゃったの?」


「腕が落とされていたし、状況も理解できていなかったからな。親父にもらった刀を落とすなんざ、情けない限りだぜ」


「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ!」



 慌てたような俺の声に3人が振り返る。



「その、移空乱流?ってのはなんなんだ?なんでそれが経津主がアウローラにいた理由になるんだ?」



 知らない言葉がヒョイと顔を見せたかと思ったら、訊く暇も無く話しがヒートアップしてしまった。

 移空乱流という語感からなんとなくの想像はつくが、きちんとした意味を訊いて損はないはず。



「移空乱流っていうのはね、ごく稀にワープホールに生じる乱れのことなの。何らかの拍子でワープホールに傷ができて、そこからホールの内部が(ねじ)れるせいで、予期せぬ場所に入り口が発生しちゃうんだ」


「どこでいつ発生するか全く予測のできないことだし、本当に珍しいことだから滅多に遭遇することなんてないんだけど、巻き込まれると厄介で、予想もできない場所に飛ばされてしまうんだ」


「鎧銭からアウローラまで飛ばされたってこと……?」

 


 そんな迷惑極まりない災害が存在するなんて、さすがは異世界。

 いや、感心している場合じゃないんだが、少し馴染みがなさすぎて……。



「とにかく、そのせいでより疑われちまって、終いにゃ完全に犯人扱いだ。刀で語ってみれば何か変わるかもと思ったが、応じてくれやしねェ」


「刀のくだりはよく分からないけど、状況を把握できただけでも一歩前進なんじゃないか?」


「そーそ。会長が十二公だってことも賢吾が狙われていることも分かったんだからさ、それを踏まえて、これから色々考えていけばいいじゃない」


「あのピンチの中でも脱出できたんだしね」



 3人に励まされ、顰めっ面が少し(ほだ)された経津主の頭を、ベルが無言でポンポと撫でてコクっと(うなず)く。


 

「そういえばさ、脱出したときのアレってジュリアーノの仕業だよな。あんな術が使えたのか?」


「まあね。まだ初級しか扱えないから数秒しか持たないけど、あの状況で目眩しも使えば、ヤクザ相手でも通用するかなって思って」


「砂漠でスコーピオから逃げた時と同じ方法だが、情報共有はされていなかったみてぇだな」



 砂漠でスコーピオから逃げた時って、ヴァリトラの件の時だよな。

 俺が毒で気を失っている間にそんなことが。

 ……なんだが、ちょっとだけ疎外感が……。



「あれ?でも俺たち拘束術かけられてたんだよな。なのにどうやったんだ?」


「術にも色々あって、効果を付与させるタイプのものはいくつか種類があってね。ほら、あの術は術者が遠く離れても問題なく発動したでしょう?術を構築する時間もそこまで長くはなかったし、ああいうのは大体ペナルティの発動条件が簡単なんだよ」


「簡単って言われたってなあ……」


「単純明瞭ってことさ。じゃないと構築に時間がかかるはずだもの。実際、アレは体内外の魔力の流れを感知して発動していた」



 なるほど。

 筋肉を使用するだけでも、体内には多少の魔力が流れるという。

 逃げようとしたり、武器を手に持った時に流れた電流はきっとそういうことなのだろう。

 腕を回しただけで電流を喰らったのも、基準が単純というのなら納得がいく。

 

 

「けど体を動かすことで生じる魔力はごく微量。そんなのに反応するなんてどんな強力な術なんだろうなんて思っていたけど、決定的な欠点があった」


「欠点?」


「ズバリ、反応速度の鈍ささ。魔力を感知することに構築を集中させすぎて、その速度自体が1秒ほど遅くなってしまっていた。よく考えれば当たり前なんだよね。良好な感度、対象の動きを確実に封じる拘束力、術者が離れても効果が変わらない持続力、術は通常、便利であればあるほど(おろそ)かなところ生じる。だからその弱点突いて、なるべく構築時間を短くして解除魔術を使ったんだよ」

 

「んな!?」



 タイムラグがあるとはいえ、拘束術に感知されないほどの速度で術を発動したというのなら、構築に普段の倍以上の魔力を消費したはず。

 それを杖無し無詠唱で、加えて透明化と足音のかき消し、しかも全て3人分。

 どおりでぶっ倒れるわけだ。



「いくらなんでも無茶しすぎだ!良い杖を持ったからって、前よりも魔力量がふえたからって、無限じゃないんだぞ!」


「だがそのおかげで助かったのは事実だ。そんな剣幕で言うこたァねぇよ」


「そうだけどけど、人間だって魔力を使いすぎると体に負担がかかるだろ。もしそれが原因で何かあったら……」


「ケンゴ、心配してくれてありがとう。僕は大丈夫だよ。過度な負担がかからない程度に使いすぎないようきちんと気をつけたし、本当になんともないから」

 

「そう……か……」



 ジュリアーノの顔色はすっかり元に戻っている。

 ……本当に大丈夫そうだ。

 俺は魔術が扱えないからその負担がどれだけのものなのか、想像はできない。

 だからこそ心配なんだ。

 ジュリアーノは基本的にマイナスな発言はしない。

 自分の魔力量が乏しいことも卑下しなかったし、危機に陥っても弱音を吐くことはない。

 よく言えば気丈、悪く言えば強がり。

 本当に危険なその時に彼の不調に気がつけなかったら、時折りそう考えてしまう。

 

 そんな俺をガイアは無い瞳で見つめ、少し心配そうに寄り添った。


 

「これからどうするの?」


「闇雲に近づくのは危険だ。少しづつ情報を集めて、作戦はながらで考えよう」


「貯金もそんなに無いし、生活のためにも冒険者依頼はこなしていかないとだよね。認識阻害魔術は使うけど、目立つような行動は極力避けた方がいいな」


「万套会って結構勢力あるんだろ?ギルドが俺たちを売る可能性は?」

 

「冒険者ギルドはアスガルドの大企業が運営しているから、さすがの万套会相手でも登録者の情報を漏らすことはないと思うけど……」


「アクエリアスのような卑劣な手は使わないと願いたいが、組織が教団の手の中にあると考えると……」



 ランクもCともなれば、依頼によって差異はあるが、日雇いの労働者と侮れないほど冒険者の賃金は高い。

 宿代や食費を鑑みれば、危険が伴うとはいえこんなに良い仕事はないだろう。

 育ち盛りにお腹いっぱい食べさせてあげられないのは、俺としても心苦しい。



「依頼は受けよう」


「ええ、大丈夫なのぉ?」


「断言はできないな。けど何もしなきゃ腕も鈍るし、なにより人間的な生活には金が必要だ」


「だな。もう野宿に後戻りは御免だ」



 


 そんな様子でみんなの納得を得て、当分は冒険者としてひっそり過ごす次第となった。

 依頼を受けながら少しづつ万套会の情報を集める。

 そう毎日をこなして4日ほどが経ったが、いまだに万套会やギベオン教団の手の者が俺たちに明確に接近してきたことはなかった。

 町で何度かそのスジらしい人とすれ違うことはあったが、ジュリアーノの認識阻害魔術が効いているようで、相手はこちらを気にも留めていない。

 情報集めも割と順調で、時には情報屋も使いながら内部情報を集めていった。


 今のところ万套会についてわかっていることとしては

・構成員約1500人の武闘派組織

・最近はシマに蔓延(はびこ)る麻薬密売組織の捜索に専念しており、他組織との明確な対立は西部の黄金錦(こがねにしき)組とのみ

・ギベオン教団の支援を受けている極道組織は現状万套会のみであり、俺たちを牢に閉じ込める際に使用した魔具はおそらく教団の支援の1つ

・本拠地は亜空間の中に存在するが、入り口は5日に一度移動し、パターンなどは無く完全にランダムかつ、次回の移動場所は会長と若頭のみが知る。


 構成員の情報については

・会長の永河晤京(ナガワ ゴケイ)

・若頭の巨海潮(オオミ ウシオ)

・武闘派として名前が知られている東条瑞騎(トウジョウ ミズキ)成部実春(ナルベ サネハル)夏空鶫(ナツゾラ ツグミ)小館明日架(コダチ アスカ)

・その他若手が複数


 名前がわかっているだけで32人、顔がわかっているのは16人、どちらもわかっているのは6人。

 ちなみに、巨海の連れていたうちの1人、緑のロングヘアの方が東条瑞騎らしい。

 赤い方はわかっていないけれど、見た目的に武闘派そうだし、名前が上がっていないということは実力立ち位置共におそらく中ほどか。

 永河晤京はここ400年の間万套会を取り仕切っている現状会長であり、その実力もさることながら、鎧銭でも有数の剣豪として名を()せている。

 いつ何時も冷静沈着で物怖じせず、構成員からもカタギからも人望が厚い。

 巨海潮は若手の時代から武闘派構成員として数々の戦場で活躍し、25年前に23歳という異例の若さで若頭を襲名した後も、その実力は(おとろ)えることを知らない。


 こんなところだが、4日間の成果にしてはだいぶ良い感じなんじゃないかと思う。

 やはり勢力の大きい組織ということで名前も知れ渡っているし、世間に流れている情報も多いから、集めるだけなら比較的簡単だ。

 問題はそこからどう作戦を練るか。

 真正面から行けばまず勝てる相手ではないし、ガードもガッチガチだから隙を突くのも現実的ではない。

 やっぱり話し合いが1番だよな。

 でも取り合ってくれるかどうか、こればかりは相手次第だし、なにより奴らは俺とガイアの身を狙っている。

 接近すること自体危険だし、どうしたものか……。


 そんなことを考えつつ、今日も今日とても依頼をこなす。

 荷物の運送路に現れる野槌(のづち)の群れを駆除して報酬を受け取った俺たちは、その足で飯処堂前(めしどころどうまえ)へ行った。



「生姜焼き定食4つにカツ定食と、野菜炒め大盛りで間違いねぇな」



 店主の一刻(ひととき)が伝票に注文の内容を書き込む。

 いつもなら咲子ちゃんが接客してくれるのだけれど、今はいないみたいで完全に一刻さんのワンオペ状態だ。

 混むことはあまりない店だけど、大変そうだな。


 

「咲子ちゃんはお使いですか?」


「いいや。今日は体調が優れないんでな、上で休んでるよ」


「ええ、風邪ですか?」


「あー、ちぃとばかし持病がな。でも心配いらねぇよ。薬も飲んだし、今は楽そうに寝てる」



 咲子ちゃんは病気持ちなのか。

 確か12歳って言っていたけど、まだ小さいのに可哀想な。

 内的要因による疾患はヒーリングや浄化では治療ができないらしいし、店を経営しながらでは大変だろう。

 この店の料理は美味しいし、願うことなら力になってあげたいけれど、生憎そんな余裕も財力も無い。


 運ばれてきた料理を食べながら、他愛もない雑談をする。

 ジュリアーノは「兄さんに送った手紙、そろそろ届く頃かな」なんて言いながら器用な箸使いでカツを頬張り、経津主は相変わらずの行儀の良さで美味そうに豚の生姜焼きを口に運ぶ。

 ガイアはお気に入りの味に舌鼓を打ちながら口についたタレを舐め取り、1番沢山食べているはずのベルは既に(ほとん)どをたいらげていた。

 日本風と言っても異世界なだけあってやはり料理の味付けが少し違うので、食べ慣れたはずの料理でも新鮮さを味わえて、懐かしくも新しいという不思議な感覚を体験できる。

 母さんの生姜焼きのような味付けもいいけど、こっちも全然悪くないな。

 親子丼やらからあげやら他の料理も食べてみたい。



 食べ終わると、また冒険者ギルドに戻る。

 歓楽街で調査をしたいのは山々なんだが、さすがに5日連続で行くのは危ないんじゃないかということで、情報もそこそこ集まっているし、また日を明けてからということになった。

 店とギルドは300メートルほどしか離れていないのに、周りの雰囲気はだいぶ変わる。

 大通りと横道の違いはあるだろうが、こうも変わるとびっくりだよな。

 まあもう慣れたんだけど。


 大通りに出ようと道を曲がったその時。

 ボーッとしていたせいで曲がり角で前方の人に衝突してしまった。

 勢いのまま行ったせいで相手の体幹に負け、俺は尻餅をつく。

 


「あ、ごめんなさ……!?」



 謝ろうと顔を上げたと同時に、俺は絶句した。

 何故ならば、そこに立っていた人物に見覚えがあったから。

 巨海に同行し、牢の外で一晩中俺たちを見張っていたあのヤクザ。

 白っぽい赤髪に特徴的な火傷跡があったので、見た瞬間にわかった。



「悪りぃな兄ちゃん。平気か」



 そう言ってこちらへ手を差し伸べるヤクザ。

 大丈夫、認識阻害魔術がかかっているんだ、気付かれていないはず。



「あ、ありがとうございます……」



 手を握り、支えてもらいながら立ち上がる。

 よかった、本当に気づかれていないみたいだ。

 ひとまずは安心か。

 ……あれ?



「あ、あの、もうだ大丈夫ですよ。手ぇ離してもらって……」



 何故か手を離してもらえない。

 相手は無言、嫌な予感。



「ケンゴ!」



 ジュリアーノの声に振り返る。

 そこには俺たちを後ろから囲うように突っ立つ、さらに2人のヤクザの姿。

 まずい、まずすぎる。

 


「認識阻害の術はよくある手段だが、見破ンのが少々面倒だ」



 俺の手を握るヤクザの力が、少し強まった。



「ちっとばかしツラァ貸してもらうぜ、お兄ちゃん」

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異世界転移
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