第51話「発狂と選択」
黄色い目玉がギョロギョロと気味悪く上下左右しながらオレを見る。
羽の付け根の傷口からは鮮血が絶え間なくポタポタと滴るが、彼がそれを気にかける様子は全くない。
おそらく痛みの感覚が麻痺しているのだろう。
さっき攻撃をくらって叫び声をあげて逃げようとしたのは、おそらく生物的な本能からか。
だがしかしそのくらった攻撃すらも今は忘れている様子。
いびつに捻じ曲がった首をかしげ、不安定に身体を揺らしながらジリジリと距離を詰めてくるその姿には、高潔なる書物の神の面影はもはや残ってはいない。
「ケンゴさん!!」
オレを呼ぶシェファの声とほぼ同時にトトの首が振り下ろされる。
彼の脳天はものすごい音を立てて地面に亀裂を残すが、その攻撃自体はそこらの砂漠をうろつく魔物よりもずっと遅くて、大して気を張らずとも軽々と避けられた。
「どうした!何の音だ!!」
騒ぎを聞きつけたシャジェイアたちが駆けつける。
その場の惨状と得体の知れない怪物の姿を目にした一同は絶句し、同時にそれぞれの武器へ手を伸ばし構えた。
「待てみんな!!」
飛びかかる寸前、オレの声に皆動きを止めてこちらを見た。
しかし理性を失っているトトはその声に応えることなく、捻れた脚をバタつかせて5人の中に突進していく。
突然のことであったが、そこはさすがの近衛兵団長。
咄嗟の判断で鎖を大きく振りかざしてトトを退け、向かい側の壁まで吹っ飛ばした。
トトは崩れた家の瓦礫の下敷きになり、再び鼓膜に突き刺さるような悲鳴をあげる。
「どういうことだカサイケンゴ!!」
「何があったの!?なんなんだよこの怪物は!!」
状況が理解しきれず困惑する一同。
経津主はトトの姿を視認した途端、突然襲い来る頭痛に眉をしかめた。
オレはどう説明すればいいかわからず、一瞬考え込み俯く。
苦虫を噛み潰したように眉をひそめてギリっと奥歯を鳴らし、一度ため息を挟んで心を落ち着かせてからその重い口を開いた。
「あれは……トトだ……」
「「「「「!?」」」」」
驚きのあまり声も出ない一同。
息をするのも忘れたまま、瓦礫の下でもがく巨鳥を困惑の眼差しで見つめる。
「な、何を言っているんだ君は……」
「あれが……そんな、そんなはず……」
「ハハ……な、何言ってるんだよケンゴ……あ、あの……トト神だよ……?」
無理もないことだ。
数分前まで何事もなかった人物が突如消えたかと思えば見たことのない怪物に変身して暴れ狂っているだなんて、そんなことすぐに信じられるはずもない。
だがしかし、そんな皆の中でも唯一経津主だけは悔しそうな顔で奥歯を悲痛に鳴らす。
「……この魔力、覚えがある。間違いねぇ」
神である経津主には魔力を察知し見分ける能力がある。
故にこの状況を理解するのも早かった。
信じたくないだろうが、経津主が「間違いない」と言っているのだ。
トトと同じ神たる彼の言葉、皆どんなに辛かろうと信じるほかないだろう。
大量の瓦礫に埋もれたトトはなんとか這い出そうと両の翼をバタつかせ、陸に打ち上げられた魚のようにもがき、甲高い鳴き声をあげる。
巻き起こる砂埃が微風に撒かれて彼の巨体の下半分を隠し、まるで陸の上で溺れているように見えた。
「シャジェイア様!!」
後方から聞こえる声に振り向いてみれば、そこには十数人の衛兵が急いだ様子でこちらに向かい駆けっていた。
彼らの顔には見覚えがある。
先ほどタウラスの件に合流して彼女を捕えていった衛兵たちだ。
よく目を凝らせば後方に縄で拘束されて彼女の姿が見える。
市民から騒ぎを聞きつけ受け急遽 駆けつけたとのことで、シャジェイアは彼らに状況を説明した。
反応は先ほどと同じ。
皆顔を青ざめ絶句して、目の前に見えるトトの異様な姿を信じられない様子であった。
「ま、まさか……ご冗談を……」
「私もそう思いたい。だが、目の前で起こってしまった以上それが事実であることには変わりない」
「……そ、そうですか……そんな……。……して、兵団長はこの状況をどうなさるおつもりで……?」
シャジェイアは両手に持った鎖をギュッと握り締め、目を閉じて考えた。
トトは必死に足や首を動かして、瓦礫の中から抜け出そうと必死に足掻き、悲痛な金切り声をあげる。
残骸の一つが地面へ落下し割れたその時、シャジェイアは目を開き
「……捕えよう」
そう、静かに言った。
「あのお方をこの現状から救う方法が何か、あるかもしれない」
「捕える……と言うのは、“拘束して動けなくする”ということですか、兵団長」
「ああ、これ以上この街に被害を出してはいけない。それに正気に戻った時、トト様がお辛かろう」
そう言うシャジェイアに後方のサイファルとアサドは覚悟を決め、それぞれの武器を持つ手に力を込めた。
シェファは“拘束”という言葉に一瞬驚いた顔をしたが、何かを自分に言い聞かせるように首を横に振って胸元で両手をギュッと握りしめた。
2人が重たい足でボロボロの石畳を踏みしめてシャジェイアの隣に並ぶと、今まで砂埃に隠されていたトトの全貌がよく見え、2人は息を呑んだ。
「無理だね」
唐突に発せられたその言葉に一同が振り返る。
声の主であるタウラスは若干下を向いているようだが、その表情は赤い牛づらの仮面に隠されてうかがえない。
「どういうことだ」
問われたタウラスは顔を上げ、トトの方を見る。
瓦礫が退けられずいぶんと翼の自由が効いてきた彼の体は、あとひと押しほどで抜け出しそうだ。
そんな彼の様子を憐れむかのように、タウラスは小さくため息を吐いた。
「トト神が発狂したのはアタシらが持ち込んだ呪いのせいだ。しかもそれはシャンバラを滅ぼしたものと同じ、これが何を意味するかくらいわかるだろう」
絶句であった。
シャンバラ龍王国の毒災は、この世の住人であれば誰もが知る惨たらしい大厄災。
中でも厄災の大きな原因の一つとなる呪いは、当時シャンバラを治めていた龍王や周辺諸国の神と神獣の多くを発狂させ、世界を混沌に陥れた恐ろしいしろもの。
根源が不明かつ浄化法の確立されていない、完全な不治の呪いなのである。
「貴様っ!!」
「よせサイファル!!」
怒りのままタウラスへ剣を向け、突進しようとするサイファルをアサドが制止する。
驚き怒りが込み上げる中、トトに呪いをかけた彼女らの行動の意図が分からず、立ち尽くすオレ。
不意に「なんでそんなこと……」と漏らしたその時、タウラスの赤い瞳が仮面越しにこちらを真っ直ぐに見つめた。
「アタシらがこのミフターフまではるばるやってきたのは、カサイケンゴ、アンタを捕まえるためじゃない」
てっきりオレを捕まえるために砂嵐を越えて来たのだと思っていた。
だが、よく考えてみればただの人間1人を捕えるために十二公が2人も必要なはずはない。
「なら、何が目的だって言うんだ」
オレの問いにタウラスは一度俯いてからためらうように一拍置き、再び顔を上げて答えた。
「書物の神の殺害さ」
「な!?」
「殺害だと!?」
衝撃の事実。
明かされた十二公の真の目的に場は騒然とし、タウラスを縛り上げる兵士は縄を引っ張って彼女を無理矢理に地面へ伏せさせた。
「どういうことだ!!何故!トト様が貴様らに何をしたと言うのだ!!」
「アタシらはただ聖帝様から下された命令を実行しただけ。他のことなんかは知らないし大して興味も無い。……まあ、スコーピオなら知っていたのかもしれないけどね」
ほのかな哀愁の漂う物言い。
仮面の奥のタウラスの瞳はもの寂しげな色をしていたが、緊迫した状況の中それに気付いた者はいなかった。
「解呪の方法は」
「無いって言ってんだろ」
「あ、そうだ!ドクロさんのところに行く時にもらった花びらは!」
「それだジュリアーノ!あれなら呪いを消し去ることはできなくても、進行の抑制ができるかもしれない!」
「無理だね。トト神にかけられた呪いは、ミフターフじゃ決して出会えないほど濃度の濃いものだ。本体が完全に呪いに侵された以上、いくら御國桜といえど花びらだけじゃどうにもならない」
「……ならどうしろってんだ!!」
とうとう怒鳴ってしまった。
けれど仕方がない。
この時のオレは切羽詰まっていて、物事を深く冷静に考えることができず、ゆえに感情の制御すらもままならなかった。
「……助けてやれる方法はあるよ」
おもむろにそう言い出したタウラス。
「助けてやれる方法」、本来なら希望の持てる言葉であるが、不治の呪いに侵されたという事実の中でその言葉が意味することはただ一つ。
「殺してやるんだ。一息でね」
再び怒鳴りそうになったオレ。
けど、本当にそれしか方法がないんだ。
瓦礫に埋もれるトトを見る。
オレたちが来るまでに相当暴れたのか、体の至る所から細かく出血しており、クチバシの端からは赤い泡が湧いていた。
鳴き声も耳を塞いでしまいたくなるほど悲痛で、もう見ていられない。
痛いだろう、苦しいだろう。
助けてやりたい。
けど、だけど………っ!
「……やろう」
「!!正気かケンゴ!」
オレの言葉にサイファルは血相を変えて突っかかる。
「自分が何を言っているのかわかっているのか!トト様を殺すだなんてそんなこと!!」
「できないってんだろ。オレだってやりたくない。そりゃ他の方法も探せば必ずあると思うよ。けど何年かかる?その間トトはずっと苦しみ続けることになるんだ」
「だが!!」
「オレは、呪いに侵された神獣をこの目で見た。傷だらけで血反吐を吐き続け、終わりの無い苦しみに苛まれても、理性のままならない状態じゃ自害すら叶わない。トトもそうなってしまうなんて、オレには耐えられない」
黙り俯く皆の頭には各々の思いがあった。
誰だってこんなことは望んでいない。
けれど、もうそれしか選択肢が無いほどに追い詰められてしまった。
「彼の、言う通りだろう」
シャジェイアが真っ先に顔を上げて言った。
「存在するかもわからない希望に縋って苦しめ続けるより、いっそのこと楽にしてしまった方がトト様のためになる」
右手に持った剣を強く握りしめるサイファルの体はワナワナと震え、歯を強く噛み締める表情は悔しさと悲しみと怒りが入り混じり、感情が収まらず涙さえ溢れていた。
アサドは彼を心配し肩を寄せてやると同時に、悔しそうに眉をひそめて拳を握りしめる。
ジュリアーノは自身の杖を握って抱き寄せ、気の毒そうに眉を下げ、経津主は無表情のまま刀を肩に担ぎ上げた。
未だ決心がつかない様子で肩を震わせるサイファルに声をかけようとした、その時。
「……おねがい、します……」
今にも消え入りそうなか細い声で、シェファが言った。
「トト様は……わ、私を……助けてくれました……。暗い渦の中から……抜け出す手助けをしてくれました……。たくさん感謝したけど、まだ足りない……。これから、もっとたくさんトト様の役に立って恩返ししようって、そう思ってたけど……でも……」
「……でも!……あのヒトに、いつまでも苦しい思いはしてほしくない……!!」
華奢な少女が涙と鼻水で詰まる喉から無理やり絞り出す声は、哀れで悲痛でまた精一杯の優しさに満ちていた。
上手く言えない、けれど自分の思いを精一杯の言葉で訴える彼女の様子に、サイファルは首を激しく横に振ってから、自身の右頬を思いき引っ叩いた。
そして彼女の目尻に溜まり溢れそうな涙を、そっと人差し指で拭う。
「……わかった。悔しい……だが、あの方のためだ」
そう言う彼の顔は強い決意の表情に満ちていた。
力を入れすぎた拳には淡い鮮血がじんわりと滲んでいる。
彼の様子は、まるでこの場の皆の心情を体現しているようだった。
と、その時。
「ギャアアア!!」
ガラガラと大きな音を立て、トトに覆い被さっていた瓦礫がついに崩れ落ちた。
トトは奇声を上げながらその場から這い出ると、血だらけの翼大きく広げ不安定に飛び立ち、崩れかけの民家の屋根に飛び乗った。
黄色い瞳でこちらを一瞥し威嚇するように絶叫すると、天を見上げて再び翼を広げる。
「飛び立つ気か!!」
「止めろ!時間がない!!」
シャジェイアの声に一同その場から一斉に駆け出す。
青空に舞い上がろうと羽ばたく浅緑の翼を、シャジェイアの太い鎖が巻いて縛り上げた。
目をひん剥いて奇声を上げたトトは、足や首をバタつかせて民家から落下する。
轟音を立てて崩れた民家の瓦礫が丁度真下のシャジェイアに降りかかり、彼はやむを得ず鎖を手放して横へ転げ避けた。
起き上がったトトは再び飛び立とうと翼を広げようとするが、絡まった鎖が邪魔をしてうまく広げることができず、一瞬浮いた後にまた地面へ落下した。
民家の壁へ激突しながら立ち上がると、捻れた首を左右へ振り回し、自分の尻尾を追う犬のように胴を回転させ鎖を振り払う。
残骸の鉄棒に引っかかり外れた鎖だが、無理矢理引っ張ったことで翼の根本に亀裂が入った。
だがそんな傷などものともせず、トトは捻れた首を振って民家を破壊する。
砕け散った民家の瓦礫はそこら中へ弾丸のように飛び散り、それらを避けようと駆けったジュリアーノは転がった瓦礫につまずきその雨を浴びそうになるが、間一髪のところで経津主が割って入り、瓦礫の弾丸を刀で弾いた。
しかし思ったよりも数が多かったようで、弾ききれなかった瓦礫の一つが彼の右肩に命中した。
「経津主!」
瓦礫の威力はそこまでのものではなかったが、いかんせん粒が大きかったため、経津主の右肩は骨が砕けてしまった。
そんな様子も気にかけることなく、トトはとれかけの傷口から鮮血が吹き出す翼を威嚇するように羽ばたかせ、地面を駆ける。
広場から出ようとするつもりのようだが、そうはさせまいとオレは彼の前に立った。
トトは突然現れた障害物を叩き潰そうと自身の首を振り下ろす。
オレは槍の柄を使い攻撃を受け止めると、弾き返す勢いのまま槍の魔力を操作し振るって風を起こし、彼の巨体を吹き飛ばした。
噴水に激突してもがくトトをオレと数名の兵士が尾羽を、ジュリアーノが右脚を凍らせ、アサドが左脚にしがみつき動きを抑える。
自身の何倍も小さな人間たちに抑え込まれたトトは、長い首を振り回してぶつけてアサドやオレたちを振り払おうとするが、そんな彼の前にサイファルが立ち塞がった。
「やれー!サイファルー!!」
シャジェイアの叫びにサイファルは剣を構え、瓦礫の上を駆ける。
そして前方に待機していた兵士2人を踏み台にし、跳び上がってトトの首元に剣を振り下ろした。
……が、しかし
「……っ!」
彼の刃がトト血濡れた羽毛に届くことはなく、寸前のところで止められていた。
「……無理だ……やっぱり……僕には……できないっ……!!」
震える手、赤い顔、頬を伝う涙。
どんなに力を込めようとも、まるで本能が拒絶するかのように彼の腕は動かなかった。
だが仕方がない。
今までずっと信仰信頼し、愛してやまなかった神を自らの手で殺めなければいけないとなれば、誰だって戸惑うもの。
たとえそれがその神を助ける手段であっても、一心乱さずやってのける者などはいないだろう。
斬首を回避し再び暴れ出したトトに、彼を押さえていた者たちは皆吹き飛ばされた。
受け身を取り素早く起き上がってみれば、目の前にはこちらを突き刺さんとする巨大なクチバシが。
間一髪横へ転げ避けるが、トトは勢いのまま前方の民家に突進し、再び瓦礫の下敷きになって悲痛な絶叫をあげた。
今回はすんなり抜け出すことができたようだが、やはり石材や鉄棒が胴に突き刺さって血がひ弱な水鉄砲のように吹き出している。
さすがに血を出しすぎてしまったのか、足取りもだいぶフラついて今にも転げてしまいそうだ。
「トト……」
オレを、見ているのか。
焦点が合っていないせいで彼の目線はわからなく、もはやものの判別がついているのかすらも定かではない。
それでも、彼はオレの方に顔を向けて離さない。
「君は、オレがオレだってわかっているのか?」
呼吸のたびに胸部が大きく上下し、胴から血が吹き出す。
次の瞬間、トトは雄叫びをあげてオレめがけて突進してきた。
槍で受け流してそのまま後ろへ下がり、着地と共に槍を下ろす。
戦意など湧かない。
湧くわけがない。
ただ虚しい、悲しい、悔しいの感情が入り乱れて、彼の姿を見ると心臓を握り締められるような痛みが胸に走る。
けど、このまま私情だけで放置したって、トトもオレたちも苦しいだけ。
相手がトトじゃ、みんな力は有り余っても、意気消沈して武器を構えることすらままならない。
そりゃそうだ、トトは本当に優しいヒトだったからな。
どんな身分の者にも分け隔てなく知識を与え、助けの手を差し伸べ、優しさを振り撒き、その冷たい表情からは想像もできないほどの聖人だった。
出会って半年そこらのオレがこうなんだ、ミフターフの住人なら尚更だろう。
サイファルたちミフターフ人は彼への情が勝ってできない。
ジュリアーノの魔術では一息で殺すには至らない。
経津主は負傷で刀を握れない。
「……オレが、やらなきゃ」
槍を持つ右手に力を込める。
大丈夫、トトは弱い。
その気になれば、神の創造した槍を持つオレが彼を一息でころすだなんて、造作もないこと。
そう、造作もない。
造作もないことなんだ。
「オレが……やらなきゃ……」
槍を構え、トトに刃を向ける。
彼は首を小刻みに震わせながら傾げてゆっくりとこちらへ歩みを進め、オレもそれの答えるように一歩一歩地面を踏み締め近づく。
「オレが……!やらなきゃ……っ!!」
トトの足が石畳ヒシと踏み締めた瞬間、オレは駆けた。
一息でやる、確実に。
それ以外は許さない。
オレが駆け出したと同時に、トトも捻れた脚を振り回し走る。
彼が真正面まで来て頭突きをしようと首を振った瞬間、地面を蹴って翼に飛び乗った。
どんなに無茶なやり方だっていい、どうせオレは死なないんだ。
血液で足を滑らせながら彼の胴体まで登る。
トトはオレを振り払おうと暴れ回るが、羽を掴んでなんとか耐え、槍を離さないように強く握りしめながら急いだ。
肩付近に着くとそのまま首をよじ登ったが、頭の近くまで来た時、首を振る勢いに耐えられず天高く吹っ飛ばされてしまった。
「「ケンゴ!!」」
サイファルとジュリアーノがオレの名を呼んでいる。
心配しているのだろうか、だが真上に高く跳び上がったおかげで勢いがついた。
オレは真下で翼を大きく広げこちらを向くトトに刃を向け、そのまま落下してゆく。
槍を握る力を強め、魔力を刃先に集中させる。
そして
「ごめん、ありがとう」
空気をも斬り裂く風刃の一閃、トトの首を切り落とした。
重力に預けられ、首が鈍い音を立てて地面へ落ちたと同時に、自由落下状態のオレの身体は彼が広げた大きな翼に包まれた。
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温かい。
全身を包まれたはずの羽のサラサラとした感触は無く、慈愛に満ちた優しい温もりを感じる。
恐る恐る目を開けてみる。
すると、壊滅的な広場は一面純白の何も無い空間に変わっており、ジュリアーノも経津主も、サイファルもアサドもシャジェイアも兵士たちも、皆姿を消していた。
いや、厳密に言えば純白にうっすら淡い緑色が混ざった、実に穏やかで安らぎを感じられる空間であった。
アイテールと組み手をしたときのように、また気絶して夢を見ているのだろうか。
「賢吾」
「!!」
その声を聞いた瞬間、今まで我慢していた涙が一気に溢れ出した。
すぐに振り返ったが、大量に目に溜まったの涙のせいで視界がボヤけてしっかりと視認できない。
拭いても拭いても溢れ出す涙。
半分過呼吸のような状態で涙を流すオレに、声の主はゆっくりと歩み寄り、浅緑色の柔らかい羽でオレの涙を拭った。
すると滝のように流れていた涙が少し治まり、その時やっと、オレは彼の姿をちゃんと目にすることができた。
「っ!……トト!!」




