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第44話「建国祭初日2」

「聞こえなかった?早く彼を離すんだ」


「はいはい、わかってるわよ」



 ジュリアーノに言われ、スコーピオはオレの首元からゆっくりと刃を離し、背中を強く押してオレをジュリアーノの方へ突き飛ばした。

 案外すんなり受け入れるんだなと、内心驚くオレ。

 しかしやはりあのスコーピオがそう簡単に諦めるはずもなく、オレが敵の手から逃れた一瞬、なんと背後から一直線にナイフを投げてきたのだ。

 それに気付いたジュリアーノは咄嗟にオレの腕を引っ張って退()け、既に充填 済みであった水弾で弾き飛ばした。

 きっさきを跳ねた水の玉は一瞬のうちに紫色へ染まり、バシャリと飛沫を立てて地面に落下。

 だがこれだけでは終わらない。

 ヤツは続け様にスカートを跳ね上げると、足に巻きつけられた帯から2本のナイフを引く抜き、地面を蹴ってジュリアーノに斬りかかった。

 ジュリアーノは後ろに跳びつつ素早く詠唱をし、生成した氷柱でそれを受け止める。



「卑怯なっ!」


「戦略っていうのよ」



 武器、何か武器はないか!

 オレは壁に強打した背中の痛みに耐えながら辺りを見回し、地面に落ちた物干し竿らしき棒切れを見つけると、それを手に取ってスコーピオの肩めがけて振るった。

 しかしヤツは何の迷いもなく体をそっていとも簡単に避け、そのまま今度はこちらへナイフを突き立てようとする。

 1発目は後ろへ跳んでなんとかかわしたが、襲い来る紫の閃光は止まることを知らず、オレの喉元を掻っ斬る勢いでヒュンヒュンと空を割く。

 ジュリアーノが背後から打ち出した凍砲をスコーピオは軽々避け、右手のナイフを彼めがけて投げた。

 ジュリアーノは避けようと身を引いたが、めくれた煉瓦タイルに運悪く踵を引っ掛けて転んでしまった。

 それを見たスコーピオはブーメランのように帰ってきたナイフをキャッチすると、そのまま突進を試みる。

 させるか!!

 オレはヤツの後頭部へ思いっきり棒を投げ飛ばす。

 ヤツはまたも簡単に避けたが、視線はしっかりとこっちに向いた。

 棒を投げた姿勢のまま足を踏み出し、ヤツの背中に飛び蹴りをかます。

 先行する足に急ブレーキをかけて振り返ったからか、ヤツがほんの一瞬体勢を崩したおかげで今度は二の腕に攻撃が入った。

 スコーピオは勢いで壁にぶつかり、オレはそのままジュリアーノを立たせながら前方に落ちていた棒を拾い、体勢を整えてヤツに向けた。



「成長してるじゃない。生意気な蹴りだこと」



 落ちたナイフを拾い、ジリジリと歩み寄るスコーピオ。

 オレは武器を構え、ジュリアーノと共に応戦の態勢をとる。

 後ろは入り組んだ裏路地、前方は屋台の広がる大通り。

 どうにかあっち側に行ければ全速力で逃げおおせるが、横幅畳2枚分ほどしかないこの狭い路地の中であのすばしっこいスコーピオを相手には骨が折れる。

 後ろの細道から行くという案もあるが、行き止まりであった場合反対に不利になるし、もし仲間に合流されればたちまち袋のネズミだ。



「平気か?」


「大丈夫。それより、どうやって抜け出そう」


「オレがけしかけるから、目線が逸れた隙にヤツ足元を凍らせて足止めしてくれ。できるか?」


「もちろん」



 力強く頷くジュリアーノに、オレも「よし」と(うなず)き返す。

 紫色の仮面に隠されたスコーピオの口角は、(なまめ)かしくそして不気味に上がっていた。

 オレにその表情を読み取ることはできなかったが、ヤツの立ち振る舞いから何か不思議な禍々(まがまが)しい雰囲気は感じ取れる。

 前回会った時は緊迫しすぎて気が付かなかった。

 ヤツからは不気味さや禍々しさの他に何か違うものを感じる。

 なんとなく馴染みがあるような無いような、以前にも一度会った気がするような、言えばデジャヴの感覚に近いだ。

 ……いや、今はそんなことどうだって良い。

 まずはこの状況を脱しなければならない。

 考えるのはあとだってかまわないだろう。


 先陣を切って棒を振るうオレに、スコーピオは2本のナイフを構えて応戦する。

 オレはヤツの刃を柄で受け止めながらヤツの体に何度も突きをお見舞いし、右によけた体が一瞬ぐらついたところで、左から強烈な蹴りを入れた。

 入った!!

 目で追うのがやっとだったヤツの動きが、今ではハッキリ着いていけるまでになっている上に、ついに攻撃がしっかりと入ったのだ。

 経津主(ふつぬし)との特訓のおかげか。

 少し前まで足元にも及ばないほど強大な敵だったのに、いつのまにかすぐに追いつけそうな勢いで成長できている。


 斬撃の重みでナイフが棒にめり込む。

 オレは棒の先っぽを蹴り上げて退けるが、スコーピオは続け様にナイフを振り上げる。

 打ち合いの末に追い込まれた壁際で、ヤツの毒牙から逃れる道はもはや無くなった。

 オレは棒を握りしめていた右手の力を抜いてスコーピオの瞳をまっすぐ見つめる。

 コンマ1秒の出来事であったが、仮面の穴から覗く赤紫色の瞳は噛み付くような勢いでオレを睨み、歪んでいた。

 勝ち誇っている。

 だがこの勝負、オレたちの勝ちだ!!



「ジュリアーノ!!」



 突然そう名を叫んだオレに気付きスコーピオは「まずい」と右を見たが、もう遅い。

 ヤツの目線の先、そこにはもう誰もいない。

 なぜなら彼は、すでにスコーピオの足元へ潜り込んでいたからだ。

 極限まで姿勢を低くした状態でチーターのように思いっきり地面を蹴り、ヤツの足首にしがみつく。

 その途端、彼の手のひらから突然氷塊が出現し、なんとヤツの両足を結晶の中へ閉じ込めてしまったのだ。



「!?!?」



 驚きで声も出ないスコーピオ。

 だがそれはオレも同じだった。

 詠唱が無い?

 ちょっと待て、まさかコイツ無詠唱魔術を習得したのか!?

 しかし今はそんなことを考えている時じゃない。

 絶好にチャンスにヤツと壁との間をすり抜け、オレはジュリアーノと全速力で走った。



「待ちなさい!!このっ!!」



 氷塊から抜け出そうと必死に踏ん張るスコーピオだが、フラワーロックの土台のようにヤツがいくらもがこうともびくともしない。

 痺れを切らしたヤツは、逃げるオレたちの背中目掛けて2本のナイフを投げた。

 正確極まりない狙いで放たれたナイフたちは一直線に迫るが、いち早く気づいたオレが棒で2本とも弾いた。



「クソっ!待てお前ら!!」



 少し前までの落ち着きようはどこへやら、ドスの効いた言葉遣いでそう(わめ)くスコーピオだが、オレたちはそんな声を一切無視して走った。

 …と、その時。

 


「!!危ない!!」



 突然、ジュリアーノがオレに飛びつくと同時に突き飛ばした。

 唐突な出来事にオレは戸惑い、ロクに受け身も取れずまたもや壁に激突する。



「なんっ……」


ゴォンッ!!


 突如オレの声を遮って鳴る轟音と割れる地面。

 舞い飛ぶ土煙の中を斬り裂きながら、分厚い鋼鉄の板が鋭い刃先をこちらに向けて迫る。

 オレはジュリアーノの肩を鷲掴み、できるだけに身を屈めて地面を蹴った。

 またも鳴り響く轟音と共に、先ほどまでオレたちが背をつけていた民家の土壁が崩壊する。

 大胆な登場、殺気マシマシなオレたちへの斬撃、あの巨大な剣。

 土煙の中にいるのは、おそらくスコーピオの仲間だ。

 徐々におさまっていく茶色いモヤの中から姿を現したのは、牛を模した仮面をつけた長身の女。

 


「タウラス!?」



 ジュリアーノが驚き叫ぶ。

 タウラスと呼ばれたその女は無言のまま大剣を握る手に力を込めると、目にも止まらぬ速度でこちらへ突進してきた。

 早すぎるあまりオレもジュリアーノも反応することすらできず、気づいた時にはヤツの赤い仮面が目の前にあった。

 死を悟り、スローモーションになる視界。

 何もできないまま、オレとジュリアーノは目をギュッと(つむ)った。


 ___しかし、どれだけ待っても痛みが来ない。

 それどころか、体を刃が抜けていく感覚すらもない。

 何だ?どうなった?

 強張る瞳を恐る恐る開いてみる……が、目の前には誰もいなかった。

 


「ちょっと何やってんの!?早く捕まえなさいよ!!」



 そう叫ぶスコーピオの声が聞こえ、振り返る。

 見ると、地面に座り込んだヤツの脚のそばでタウラスが何かをしていた。



「たたでさえ冷え性なのに、早く温めないとアンタ凍傷になるよ」


「どうだって良いわよそんなの!すぐ治るんだから!それよりアイツら捕まえるのが優先よ!そもそも、何でこんなに遅いのよ!下っぱちゃんもぜんっぜん来ないし!」


「アンタが早く来すぎなんだよ、自分で1時半って言ったろ」



 ギャーギャーと喚くスコーピオに、「うるさい」と言いつつ凍りついたヤツの脚を魔術で温めるタウラス。

 不思議かつ意外な光景にオレは呆然としていた。

 タウラスはスコーピオの仲間じゃないのか?

 様子からして同胞であることに間違いはないだろうが、彼女からはスコーピオほどの敵意を感じられない。

 「タウラス」って黄道十二星座の牡牛座にあたる名前だし、順当に考えればアイツも十二公なはずだ。



「何してるのケンゴ!今のうちだよ!行こう!」



 ぼーっと突っ立っていたオレの手をジュリアーノが焦った形相で引っ張る。

 我に返ったオレは慌ててその場から立ち上がり、彼と2人で走り出した。

 路地裏を抜けて出店の間を駆け、広場の近くまで全速力で走る。

 途中噴水近くで呑気にケバブを食べていたガイアとベルを拾い、とにかく図書館へと急いだ。

 ベルは何が何だかわからずただ手を引かれてついてくるが、ガイアは食事を中断されたのが不服だったようで、むくれかえって苦言を呈す。

 

 15分ほど走って、やっと図書館に着いた。

 肩で息をしながら仮眠室の扉を開くと火事場の馬鹿力の反動が急に襲い来て、オレは床へ膝をついた。

 


「ええ!?十二公がアルビダイアに!?」



 大声をあげて驚くガイア。

 オレがうんと頷くと、手を口で押さえて何やらブツブツと呟きながら辺りを歩き回る。

 ベルはスコーピオについて心配しながらも、逃げる途中に落としたケバブのことを思い出してションボリしていた。



「なんで居場所がバレたんだろう……ヤツらを軽んじて隠そうとしていなかった僕らも甘かったけど、あの雑多の中でどうやって…」


「わからない。けどもしヤツらがこちらの居場所を把握できるような手段を持っているのだとしたら、これ以上ミフターフを歩き回るのは危険だ」


「うん。残念だけど、建国祭も行かない方がいいよね」



 残念そうに口をとんがらせながらも何も言わず頷くガイアの頭を優しく撫でる。

 そんな彼女を心配して、ベルも寄りそう形で隣に座った。

 誰より楽しみにしてたもんな、可哀想だけど仕方がない。

 鎧銭(よろいぜに)へ行くまであと6日あまり、ひとまずはこの安全地帯で静かに過ごすのが最善策かもしれないな。




 夕食の後、オレは今日起こった出来事について1人リビングに座って色々と考えていたので、時計の針が午前0時を回ってもなかなか寝付けないでいた。

 本当に、刃を当てられるまで気が付かなかった。

 ナイフを隠すための布を用意して、なおかつ仮面をつけて、偶然見つかっただけじゃ説明がつかない。

 一応トトにオレたち全員の体を鑑定してもらったが、何か魔術を施された形跡はない。

 図書館から付けられていた?

 いや、だとすればなぜガイアと一緒にいた時を襲わずわざわざオレ1人だけを狙ったかがわからない。

 街に仲間がいた?

 なら何故路地裏へすぐに合流しなかったのか……。

 うう、そろそろ頭が痛くなってきたぞ。


 そもそも、なんでアイツらはガイアを狙うんだ。

 アイツの体を移植してパワーアップでもしたいのだろうか。

 一信仰宗教団体が?

 評判の悪いヤツらだとは聞いたし、アクエリアスみたいなやつのことを考えればまあ納得がいく。

 だったらなんでオレを狙うんだ?

 神を相手に中途半端な知識で挑むほど間の抜けているわけでもない、オレの使い道なんてせいぜい人質くらいだろ。

 だったら別にジュリアーノでもベルでも構わないわけだし、なんだったらみんなとっ捕まえてしまえばいいものを、ヤツは前回も今回もオレだけを狙ってきた。

 一体何の違いがあるっていうんだ、眷族契約だって神側であるガイアに一方的な解除権限あるってのに。

 ……まさか、自分自身も知らないような力がオレにあるのか?

 他の全員を無視してまで優先するような何かが、オレの中にあるのかもしれない。

 なら、もしそうなら……


 ___オレが捕まってしまえば、ガイアはもう狙われずに済むんじゃないか?


 と、その時。

 ガチャリという音がして、右手の扉が開いた。



「なんだ、まだ起きていたのか」



 現れたのは、本を片手に持ったトトだった。

 服装はいつも通りであるが、風呂上がりなのかコートを着ていない上に髪も少し湿っている。



「ああ。ちょっとな」



 トトは右手に持つ読みかけの本をパタリと閉じ、オレの向かい側に座った。



「翌日の仕事がなくなったとはいえ、寝不足は体に悪いぞ」


「トトだって。いつもこんな時間まで起きてるのか?」


「健康に必要な睡眠時間は人によって差がある。君の場合は6、7時間は取るべきだが、私はせいぜい3時間程度寝られれば良い。それに、神であるからな」


「神だって病気にくらいはなるだろ」


「免疫が少し下がる程度だがな」



 トトの物言いには基本的に抑揚が少ない。

 要所要所を強調することはあれど感情の起伏が言葉の中から読み取りづらいため、まるで性能の良い合成音声と話しているようだ。

 それでも言葉選びが優しくてバカのオレでも分かりやすいし、たまに顔を(しか)めたり笑ったりすることもあるから、こんな冷たそうな雰囲気を放っていても凄く親しみやすいんだ。



「結局、アサーラ姫は来る予定のままなのか?」


「ああ、経津主に事情を話して連れてきてもらうことになったよ。あれだけ喜んでくれたのに、直前で断っちゃ可哀想だろ」


「そうだな」



 そう応えたトトの表情はやはり暗かった。

 ここ最近はいつものことなのだが、本人が「なんともない」といえどさすがに心配になる。



「やっぱり何かあるんじゃないのか?君、最近暗いぞ」


「いいやいいんだ、本当に心配はいらない。ただ、何千年も生きていると昔のことを詳しく思い出すのは少々骨が折れてな」


「そっか…」



 何を聞いてもこんな調子だ。

 やっぱり無闇に触れない方がいいことなのだろうか。

 理性を持つ生き物である限り、誰にも知られず1人で抱えたい悩みもあるだろう。

 神も人間と同じってことだな。

 トトは聞こえないほど小さなんため息を吐いたのち、自分の表情を隠すようにズレたメガネの位置を直す。



「そういう君はどうなんだ。こんな夜更けまで1人で考え込んで、事件が起きたのはもう半日近く前のことなのだろう?」


「わかるんだ、そういうの」



 「ああ」とトトは言ってみせる。

 綺麗に話を逸らされたが、まあいいだろう。



「なあトト、神の眷族になると得られるモノって何だ?」


「それは具体的なものか?なら、不老と自然治癒能力の向上、あとは神の力を一部使える点だな」


「神の力?」


「ああ。例えば私に眷族がいれば、その者はこの図書館においての多くの権限を得ることになる。炎を司る神であればその眷族は特別な火属性魔術を訓練無く使えるようになるし、刀剣の神であれば経津主神のように体内で刀を生成できるようになったりと、とにかく神特有の権能の一部を無条件に受け取ることができるのだ」


「加護の上位互換的な?」


「簡単に言ってしまえばそうだ。君においては不死身にあたるか」



 なるほど。

 不老はデフォルトなのか。

 けど、不死身だけじゃオレが特別狙われる理由にはならない。



「オレって…特別?」


「それは君の体についてか?それとも関係の話か?」


「オレの体について」



 オレがそう言うとトトはオレの体を隅々まで見て、腕を組みながら考え込んだ。

 しばらく見つめていたが結局特別な箇所は見つからなかったようで、「いいや」と首を横に振った。



「強いて言えば異世界人であるところと、契約者が原初神であるところか」


「それって見かけでわかる?」


「いいや」


「鑑定とかでは?」


「能力から契約者を予想することはできるが、異世界人であることは言動以外から判断する手段は無い」


「異世界人って、何かこっちの世界の住人に無い能力ってある?」


「卓越した知識があれば別だが、基本的には無いな」



 落ち着いた声色で、ただ淡々と質問に答えるトト。

 けれど、やはりこれだけではオレが狙われる理由にはならない。

 やはりただの人質なのだろうか。

 確かに、自身の眷族ともなれば他の者よりも神自身が助けに来る確率は上がるだろう。

 けど、やっぱり他に何かがあるはずだ。



「やけに知りたがるじゃないか。合間合間に考え込んで、何をそんなに悩んでいる」


「いや、まあちょっと……ギベオン教団がさ、なんでジュリアーノやベルじゃなくてオレを狙うのかなって」


「なるほど」


「オレばかり狙われるのは、何か特別な理由があるからだと思うんだ。けどその理由がわからなくて、ずっと考えてたんだけど現実的な答えはまだ出せてない」



 オレの話を聞くと、トトは「ウム」と言って口元を押さえ考える姿勢をとる。

 そんな彼の様子に目を向けることもなく、オレは言葉を続けた。



「でもさ、思ったんだよね。もし本当にオレに特別な何かがあったら」



 並々ならぬ予感にトトが視線をこちらへ戻した。



「このまま捕まってしまえば、もう他のみんなに危害が加わることは無いんじゃないかなって」



 その時のオレは、それが一番手取り早くて今も後もややこしいことにならないシンプルな答えだと思っていた。

 だから簡単に言葉にできてしまったし、ある程度の肯定ももらえると思っていた。

 けれど、トトの反応はオレが予想するものとは全く違かった。



「随分と、独りよがりだな」



 意外にも初っ端から飛んできた否定的な意見に、オレは少し驚いてトトの顔を見た。

 いつも通り喜怒哀楽の薄い顔。

 けれど、普段よりもずっと真剣な表情である。



「決定的な理由が見つかっていない現状で……いや、今後その予測が正しかったとしてもそれは間違った考えだ」



 オレが何かを言う間も無く、トトは更に言葉を続けた。



「君は彼らに対して誤解している節がある。もしガイアやジュリアーノが敵の手中に落ちたとしたら、助けに行かないつもりか?」


「なに言ってんだ!助けるに決まってるだろ!それに誤解って何だよ……」



 少々ムキになって言うオレに「それだ」と、トトは指を指す。



「もし君がそんな状況に陥ったとしても、彼らは必ず同じ行動をとる。仲間となれば誰だってそうさ、私もそうする」


「そんな、オレみたいなヤツ……」



 竜頭蛇尾で更に消え入るようなオレの言葉を聞き、トトは低いため息を吐いて(うつむ)き目元を押さえた。

 普段のトトが滅多に取らない行動にオレ戸惑い、調子が悪いのかと一瞬心配になって声をかける。



「いくらなんでも自分を卑下しすぎだ。今までただ謙虚と思っていたが、どう考えたって域を超えている」



 その言葉を聞いた時、オレは初めてトトの行動が自身への(あき)れからきたものだと理解した。



「ジュリアーノの話ていた過去の君の行動の理由が今理解できた。君のそれは過度な自己犠牲だ」



 自己犠牲か……自分の心理に名前をつけたことはなかったけど、最もな響きかもしれない。

 けど、それだけのことをしなきゃオレの罪は消えないんだ。

 でもこれを言えばトトの気分を害しかねないし……。

 どう返したらいいかがわからず黙り込むオレに、トトは眉をひそめて質問を投げかける。



「何故そこまで自分を無碍(むげ)にする」


「えっと……」


「言いたくないことなのか」


「いや。でも、気分が悪くなると思うよ」


「君が良いなら構わない」



 そう言うトトの瞳はいつもと変わらない、湖面に1羽で(たたず)むトキのように座っていた。

 そんな彼の表情に安心したのか、オレの口はポツリポツリとことを話し始める___。

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異世界転移
― 新着の感想 ―
[良い点] 十二公も動き出していたとは……新たな波乱が起こりそうですね。
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