第39話「ただいまアルビダイア」
がしゃどくろの家を後にして砂漠を歩き続け丸一日。
相変わらず厳しい日差しと暑さの中で黄金の大地をひたすら歩いて行くが、休憩できるようなオアシスはまだ見当たらない。
いつもならやる気と元気が枯渇しきって各々が文句を言い出す頃だが、今回はそれと異なり、皆生き生きとした瞳で一歩一歩軽快な調子で砂漠を進んで行く。
何故ならば、ジュリアーノが薄い冷気のバリアを常に張ってくれているからだ。
がしゃどくろの元で新しくなった彼の杖は術の効率を6倍にするというとんでもない代物で、そのおかげもあってか今オレたちは実家のような快適な空間で旅を続けることができている。
まあジュリアーノ自体の魔力が向上しているというのもあるのだが、やはり1000万の杖の力は絶大だ。
そんなこんなで歩いて再び数時間の頃、真っ黄色に前方に緑色の塊を見つけた。
近付いて見てみれば、それはやはり池を含んだ巨大なオアシス。
「よし、ここら辺で一旦休憩するか」
池へ歩み寄り、近くの枝で水をじっと見つめてみる。
「周りの植物や小動物も生き生きしているし、もうオアシスの水を飲んでも大丈夫そうだな。みんな、ここで水をくもう。ジュリアーノ、ポーチを」
「あ、うん」
オレの呼びかけに応えて腰にかけてある巾着袋を手渡すジュリアーノ。
見た目にそぐわぬ大口のそれからオレは木製に樽を取り出し、水筒と同様に池の水を汲んだ。
ふう、重い……けど、この水がみんなの生死を選ぶんだ。
ジュリアーノの魔術に頼るという手もあるが、冷気のバリアに加えて水分補給まで彼1人の任せてしまうのはさすがに負担が過ぎるので、そこの管理は各々水筒を持って対応することになっている。
汚染地帯を抜けるまでは彼に頼りっぱなしだったしな。
空を見上げれば真上に昇る太陽。
オレたちは池の辺りで焚き火を起こし、そのまま昼食をとった。
がしゃどくろから受け取った魚などの食材を簡単に調理して食す。
「ちょっとずつ鉄看板が見え始めてきたよね、もう4分の3くらいは歩いたかな」
「ああ、魔物もだいぶ少なくなってきたし、あと少しってところだな」
焼きたての魚を熱そうに頬張るジュリアーノの横で、1匹目の魚を食べ終え、早速2匹目に手をかける経津主。
砂の上に投げられた骨を見ると、内臓すら残さず標本かと疑うほど綺麗に食べきっている、
はっや!
コイツ食器を使うとめっちゃ丁寧に食べるくせに、手掴みだとバキュームみたいに早いんだよな。
まあでも別に食い方が汚らしいわけじゃないし、いっか。
そんなことを考えながら自分の食べ物に向き直り、背肉にかぶりついたその時。
「おい、アレ」
声の方を振り返ると、大きくかじり跡のついた魚を片手に持ったまま天を仰ぎ凝視する経津主。
何だと思い彼の視線の先に一同目を向けてみる。
するとそこには快晴の青空を悠々自適に飛行する緑色の物体があった。
「なんだろ、鳥かな」
「え、でもなんか人間っぽくない?」
「お前ら何言ってんだよ、どこからどう見たってありゃトト神だろうが」
「ええ!?」
トト!?アレが!?
ってかなんでわかるんだよ、あんな遙か上空にいるのに……。
試しに大きく手を振って名前を呼んでみると、緑の物体はクルリと青空を旋回してゆっくりこちらへ滑空してきた。
徐々に近づくと色や輪郭が鮮明になり、羽織っている赤いローブもチェーンの付いた金縁の丸メガネもハッキリと目に映る。
確かにトトだ。
「2ヶ月ぶりだな、皆元気そうで良かった。がしゃどくろには会えたか?……というか、その様子じゃあ杖の件は落着がついたのだろう」
「はい、こんなに立派な杖を作っていただいて。本当に、ご紹介していただき感謝いたします」
がしゃどくろには何も言うなと言われたが、彼女のことを教えてくれたのはトトだしな。
「君は……ガイアか。遠目からじゃ気が付かなかったよ。大層良い義肢をもらったようだな」
「そうなのー!カッコいいでしょ〜。トトは何してたの?外で会うのなんて珍しいよね」
「ああ、私は先程まで冥府にいた」
「え!?冥府って、あの世ってこと!?」
衝撃的な答えに驚く一同。
め、冥府って、あの冥府だよな。
そもそも存在していること自体初耳だし、いくら神だからって冥府って生身で行けるとこなのか?
というかなんのために。
「砂漠を迷える死者の魂を黄泉比良坂まで導いていたのだ。通常は倶生神の管轄であるのだが、何かしらの原因で結界などに閉じ込められてしまうと彼らでは手出しができず、放置された魂はそのまま現世へ留まってしまう。そういった者達を救い出し、まとめて冥府まで送り届けていた。本来は伝令神メルクリウスの役割であったが、500年前に彼が死去した際この私が受け継いだ」
メルクリウス、ギリシャ神話における旅と伝令の神ヘルメスのローマ神話での呼び方と同じだ。
オレの知識がこの世界でも通用するなら、アウローラ公国で話を聞いたミネルヴァやこの槍を作ったというヘパイストスと同じ、ディーコンセンテス十二神に所属しているハズ。
名前だけなら前にもトトから聞いたことがあったよな。
4500年前にこのミフターフを建国した神だそうだが、今の所トトの口以外からその名を耳にしたことはない。
原初の王なら有名な伝説の一つや二つくらいあってもいいと思うんだけど……。
「そうだ、帰宅ついでに砂嵐の様子を見てきたのだが、先週に比べだいぶ勢いが衰えてきている」
「え!?それ本当!?」
「ああ。個人的な推測ではあるが、私が思うに後2、3週間もすれば完全に消えるだろう」
オレは思わぬ朗報にガッツポーズを決め、他の面々も喜ぶ姿を見せた。
「やったね賢吾!」
「ああ、これで鎧銭を目指せるよ!」
「やっとか…」
経津主はそういえば呟くと、雲ひとつない澄んだ青空を見上げてため息をついた。
任務の最中で遭遇したアクエリアスから逃れるためミフターフを訪れてはや6ヶ月。
行き当たりばったりな旅路の中、初めは慣れない文化と過酷な環境に戸惑い日銭を稼ぐことで手一杯だったが、冒険者ランクは上がったしジュリアーノも新しく強力な杖を手に入れることができた。
それにトトやシェファ、がしゃどくろやサイファルたちなど新しい仲間にもたくさん巡り合うことができた、結果的に良い寄り道だったと言えるだろう。
別れるのは名残惜しいけど、オレの寿命は長い。
またいつでも会えるさ。
「なるほど、鎧銭まで行くとなると少し長旅になりそうだな。砂嵐のことはまだ民達には伝わっていない、早いうちに船のツテへ報告しておけば出発時の混雑をある程度避け、スムーズな航海が望めるだろう」
「船……そういえば、どうやっていくかとかちゃんと計画立ててなかったな」
「そうだね。鎧銭は島国だし、ただ漠然と『船を使う』ってことしか考えてなかった」
「何だって?」
まりにも能天気な回答にトトは自身の耳を疑う。
しかし彼の喜怒哀楽の乏しい声色だけでは、オレたちに彼の感情を完全に理解することはできなかった。
「何って、どうかした?」
「いや、随分とのんびりしているなと思ってな。ミフターフの港は砂嵐の影響でどこも半年ぶりの開港になる。輸出、出稼ぎ、旅行等出入国に関する何もかもが繁忙期になって、例年通常の6倍以上の混み具合にまで至るんだ。特に今年は少し期間が長かった影響で、更に訪れる人が増える可能性が高い」
「ま、マジか……」
「マジだ」
「それだけ混みあうと、僕らがミフターフを出られるのは……」
「更に1ヶ月先といったところだろう」
「はあ!?ふっざけんな、こちとらもう2年以上待たされてんだよ!」
「そう言われてもな」
マジで何も考えていなかった、というか、なんで気づけなかったんだ。
今まで滞っていた人の流れや物流が回復へ向け一気に動き出す、そうなりゃ混雑することなんて簡単に予測ができたはずなのに。
「まずいじゃん!早く帰って船取らないと!」
「だな!それじゃあ、オレたち先急ぐから!」
「ああ、気を付けて」
岩の上で優雅に手を振るトトには目もくれず、オレたちは砂漠を全速力で走った。
すでに4分の1ほどの距離を超えていたため行きほどの時間はかからなかったが、その分体力が大幅に削られてアルビダイアまで着く頃にはもうヘトヘト。
とりあえず広場のベンチへみんなで腰掛け、そこで話し合うことにした。
「アルビダイアまでは来れたけど、どうやって船を取ればいいか……」
「船の依頼なら航海者ギルドへ行くのがいいと思う。あそこなら色々な船のオーナーが登録しているから、きっと空いてる船が見つかるよ。確かこの近くにあったはず」
「なるほど。時間もかけてられないし、すぐ行こう」
……と、いうことでやってきた航海者ギルド。
内装は冒険者ギルドとあまり大差ないが、碇や巨大な魚の骨格など、いかにも“海”といった感じの凝った装飾がなされていた。
何より大きな違いというのは、圧倒的に人が少ないこと。
何十人という冒険者がわいのわいのとロビーへ集まり常時賑わいを見せている冒険者ギルドとは打って変わって、航海者ギルドの中にいるのはほんの数名のみ。
実に寂しい光景だが、これが示すのはまだ砂嵐の情報が知れ渡るに至っていないということ。
とりあえずは助かったと言えるだろう。
「ようこそ航海者ギルドへ。ご依頼ですか?」
「あの、すみません。鎧銭まで客船を予約したいんですけど」
「承知いたしました。ではこちらからご希望の船をご選択ください」
嬢が差し出した1枚の羊皮紙には客船の所有者と運行日程、1人あたりの料金に予約状況やそれぞれが出港する時間などが詳しく記されていた。
船は百人以上乗れるものから定員十数名のものまで幅広く、値段も高低差が恐ろしく激しい。
この100人乗りのクルーズ船、1人200万ルベルとかとんでもないな。
「どうする?」
「そこまで高い船じゃなくても良いよね」
「まあ単なる移動手段でしかねェからな。贅沢する必要は無ェ」
経津主の言うとおり、今回の航海は目的地へ向かうための一手段に過ぎない。
だがらといって安すぎる船では少々不安が拭えないしな。
基本的に全部定員はガラガラでどれを選んでも5人全員確実に乗れるだろうが、ほとんどが目が飛び出るほどに高いクルーズ船で、その他はこれまた目が飛び出るほどに安い渡し船。
一応冒険者ギルドのようにランク付けされているのでそこを基準に選べば問題はないだろう。
妥協も必要だけど外国に行く船で1人2000ルベルは流石に怖いな……あ!
名を順番に指でなぞっていくとDランク船の欄に3週間後の日付に鎧銭行き、1人あたり10万ルベル部屋付きの表記を見つけた。
「ねえ、これとかどう?」
「Dランク定員6人で1人10万ルベル……日付も3週間後だし、丁度いいかも!」
「海外渡航でこの値段なら結構いいんじゃない?」
「だよね。じゃあ、この船でお願いします」
「承知しました、タイブラ号ですね。ではこちらの書類へ代表者様のお名前と日時、乗船人数のご記入をお願いします」
そう言い嬢が差し出した用紙に羽ペンで情報を記入していく。
日時に乗船人数、その他諸々を書き終えて最後に指を切って指印を押せば、これで契約は完了。
「はい、ありがとうございました。ではこの書類はこちらでお預かりします。出航の1週間前以降に料金をお支払いいただければその場でチケットをお渡しいたしますが、支払わず出航前々日の午後6時を過ぎてしまいますと契約は無効となりますのでご注意ください。また現在砂嵐の影響で港が封鎖されていますため、出航の1週間前までに天候の回復見込みがなければ、大変申し訳ありませんがその場合でも契約は無効となりますので、ご了承のほどよろしくお願い申し上げます」
嬢が書類をカウンターの引き出しへしまったその時、入り口の扉がバーンととんでもない音を立てて開き1人の男がゼエゼエ肩で息をしながら入ってきた。
男は急いでカウンターへ駆け寄ると、オレを無理矢理に押し除けて「3週間後、アスガルド行きの貨物船はまだあるか!!」と切羽詰まったような声で嬢へ詰め寄った。
「え、ええ、はい。ございますよ。し、少々お待ちください」
「ハァ、ハァ、良かった……」
嬢は何かを察すると急いでカウンター裏の扉を開け、奥の休憩室にいた同僚たちへ呼びかけ始めた。
何が起こったか、なぜあの男があれほどに急いでいたのか、理由はおおかた予想できる。
すると開けっぱなしの扉から今度は数えきれないほど多くの人々が続け様に押し寄せ、先ほどまで嬢以外には人っこ1人いなかったロビーが一瞬のうちに人の波で埋まってしまった。
「うわ、一気に混んだな」
「急いで良かったね……」
航海者ギルドを後にしたオレたちは広場のベンチに腰掛けて今後のことを色々と話し合った。
船の料金と生活費をどうやって稼ぎ入れるかを軸に、鎧銭へ着いてからのことなどとにかく色々。
「1人10万ルベルだから、5人で50万か。結構するなぁ……宿屋代もあるし、2週間のうちにどうやって稼ぐか……。やっぱりもうちょと安いの選んだ方が良かったのかな」
「いい選択だったと思うよ。急いで来たおかげで選び放題だったし、定員6人なんてあの人の多さじゃすぐに埋まっちゃってたよ」
「トト神に感謝だな」
「本当にねぇ。もう図書館に帰ったのかな」
時計を見てみると、短針は3と4の間を示している。
本来なら今頃ついているはずだったのか、そう思うとずいぶんとハイペースで砂漠を超えてきたんだなオレたち。
早くついたおかげで色々なことに余裕を持てた、これも彼のおかげか。
「まだ時間あるし、図書館までお礼しに行って帰りに屋台でも寄ってくか?」
「あー!それいい!」
「そういやあったんだっけか、そんな場所」
「いいね、2ヶ月間のご褒美って感じかな」
「……やたい?」
「屋台」という言葉の意味を理解できなかったベルは、不思議そうな様子で首をかしげる。
なので「前にケバブとか買って食べたところだよ」と教えると、彼女は瞳をキラキラと輝かせて「いく!いきたい!」とよだれを垂らしながらオレへ詰め寄ってきた。
「じ、じゃあ早速行こうか……」
ここは中心部の広場だからそんなにかからないはず、30分もかからないはず。
一旦地図を眺めてから図書館へ向け歩き出すオレたちだったが、そんな姿を物陰から伺う怪しい一つの人影。
気配を感じ取った経津主が振り返り睨みつけるが、まるで元から誰もいなかったかのような静寂が残っているだけだった。
ということでオレたちはフォウスサピエンティア図書館までやってきた。
中へ入ってみたが、いつもよりも客足が少ないような気がする。
まあバカみたいに広いとこだし数百人の客が本を読んでいたってガラガラに見えるだろうけど。
それだけ広い図書館であれば通常特定の人物を探し出すのは困難を極めるハズなのだが、そうはいかないのがトトという者。
チョロっと周りを見渡せば、ほらいた。
いつものように2メートル近い脚立に登り、手に持ったホウキで本棚をパタパタと叩いている。
「鎧銭まで直行で部屋付き10万ルベルか、Dランクの海外渡船にしては随分と良いものを取ったじゃないか」
「だろ?でもトトのおかげだよ。あの時教えてくれなかったらオレたち絶対間に合わなかったから」
「いや、私は会話の流れに沿って話をしたまでだ。それに砂嵐についてミフターフ内の民へ情報を伝令するのは私の役目でもある。あの時私へ声をかけアルビダイアへ急ぐという選択をとった君たちの判断をこそ褒めるべきだろう」
知り合いだからと贔屓せず平等に人々へ情報を分け与える、相変わらず人が良い。
やっぱり人々の上に立つ神ってのは責任感が強いというか、ちゃんとした使命感を持って動いてるんだな、あの宮殿の中で王として君臨していないのが不思議なくらいだ。
いや、このヒトに豪華絢爛は似合わないな。
棚のそばに足を組んで片手に本を開いている方がずっと彼らしい。
「そういえば今日はシェファのはいないのか?」
「ああ、彼女なら私の分身2人と共に買い出しへ行ってもらっている。君たちの来る丁度10分前に出て行った」
あー、じゃあすれ違いになっちゃったんだな。
挨拶して行こうと思ったけれどいないのならば仕方ない、閉館時間を過ぎて居座っても失礼だからな。
けどトトの分身2人とお使いか。
「2人も連れて行くなんて、随分大きな買い物らしいじゃねぇか」
「祭りで使う出張図書館を修理するための材料が必要でな、流石に彼女1人に大量の木材を持たせるのは人道的でないと見て分身を付かせた。私自身も力がある方ではないが、成人男性が2人も付いていれば心配はいらないだろう」
「あ〜なるほど……って、祭り?」
「ああ、2週間後にあるミフターフの建国を祝う国内一大規模な祭りだ。町中が飾られて出店が増え、劇場や広場では演劇やショーが執り行われる。私は毎年広場で小さな出張図書館を開いて読み聞かせをしていた。今年もその予定だ」
「へぇ〜」
ミフターフにもそんな祭りがあるのか。
確かアウローラにも建国祭があったよな。
あの日は町中が大騒ぎでシャボン玉や紙吹雪がずっと飛び回っていて、ガイアに腕を引っ張られながら買い食いし回った覚えがある。
ジュリアーノもゴーグル姿のお忍びで参加して、疲労回復ポーションと間違えて買った媚薬を危うくロレンツォに飲ませるところだったんだよな。
2回目はきちんと学習して間違えなかったけど、今度はダンスにはしゃぎすぎたせいで瓶を割ってしまったんだっけ。
あれももう一年近く前か、そう思うとなんだか感慨深いものがある。
「例年は国内外から多くの観光客が押し寄せるのだが、今年は雨季が長引いているために砂嵐が未だ治らないのでそこまで混むこともないだろう。船が出るまでは期間がある、1つ肩の荷を下ろして楽しんでみたらどうだろうか」
「賢吾!ボクお祭り行きたい!」
「建国祭か……兄さんの付き添いでミフターフへは何回か来たことがあったけど、祭りに参加したことはなかったな」
「良いんじゃねぇの?旅の余興に」
「ごはんのやたい、ある?」
「ああ、当日はいつもの倍以上出る予定だ」
建国祭か……楽しみたい気持ちはオレも同じ、だが……。
「参加したいのは山々なんだけど、オレたちは船代を稼がないと……」
「うわ、そうじゃん!」
「船代50万ルベルに加えて宿代84000ルベルを少なくとも15日の間に稼ぎきらにゃいけねぇからな。正直言って祭りなんぞにうつつを抜かしてるヒマはねぇ」
「ええ〜、じゃあお祭り回れないのぉ?事故とはいえ、せっかくミフターフまで来たのにぃ〜!!」
「仕方ないだろ、もう船取っちゃったんだから。って言っても早めにランクが上がれば一回の依頼料も増えるだろうし、絶対に行けないってわけじゃないぜ」
「それでも確率は低いから期待しない方が良いってことだね」
「ええ〜、そんなぁ」
ガックリと肩を落として項垂れるガイアとベル。
ショックだろうが、仕方ないものは仕方ない。
そりゃオレだって祭りを楽しみたいよ、単純に食べ歩いたりショーを見たりしてミフターフのみんなとの思い出を作りたい。
だけど今の状況じゃそんな暇は無いんだ。
ガイア周りの空気が一気に重苦しくなってしまったのを察したトトは、顎に手を当てて何かを考える。
「……もし不都合がなければ、ここで寝泊まりをするのはどうだろうか」
「ね、寝泊まり?」
「ああ。この図書館にはいくつかの仮眠室があるんだ。仮眠室という名前ではあるが短期間であれば宿泊も可能、実際に受験生や学者がよく利用している。朝食などは出ないが有料の共同シャワーもある、宿泊施設としては申し分ないだろう」
図書館の仮眠室に泊まってはどうかということか。
確かにそれなら宿代は浮いてもう願ってもないことだ。
だが、
「いや、そんな……のは、もう嬉しい限りなんだけど、良いのか?オレたち1ヶ月くらいいることになるし、そもそも勉強のために泊まるわけじゃないから図書館を利用することも少ないと思うけど……」
親切にしてくれるのは嬉しい、だが数の限られているであろう仮眠室を図書館と大した関係も無い、ロクに利用すらしない輩を1ヶ月も滞在させて良いのか?
決して迷惑なわけではないが、それじゃあ真面目に勉強しに来ている人たちに失礼にならないだろうか。
「良いんだ。君達にはシェファの件で世話になったからな。受けた恩義にむくいるのは当然のこと、私はそれを実行しようとしているだけ。それと……」
トトは一泊の沈黙を挟み、再び口を開く。
「私の身勝手な私情だ」
「私情……」
トトが私情を口にするなんて珍しい。
彼は基本的に親しいか否かで人への態度を決める人物ではない。
初対面こそ冷たい印象を受ける話し方であるが、よくよく聞いてみれば言葉の端緒に感じられるのは大きな愛情。
個人的にはミフターフについてを話している時にそれらをよく実感する。
きっとトトはミフターフという国を、国民を心から愛し、そして彼自身も深く愛されているのだろう。
しかしオレたちのような余所者へ接する時にはそれが無いのかというと、そういうわけじゃない。
ミフターフの民ほどの愛情を感じられはしないものの、彼の言葉には深い思いやりが潜んでいる。
なので一見すればそれはいつも通り、通常となんら変わりない対応の仕方であって全く問題はない。
しかしだからこそ、ここで彼が私情を持ち出した理由がわからないのだ。
友達だからってことかな。
友達……。
トトは優しいから、オレが彼との距離を詰めやすいように言ってくれただけで、他にも沢山の人に言っているものだとばかり思っていた。
けど、もしかしたら
オレにだけなのかもしれない。
「有料なのはシャワーのみであとは好きに使って良い。今は受験期でないから空き部屋もたくさんある」
「ねぇケンゴ、これだけ勧めてくれてるんだから、断ったらそれはそれで失礼じゃないかな」
確かにジュリアーノの言う通りだな。
切羽詰まったこの状況、余計なことを考えるのは時間の無駄だろう。
「じゃあ、お言葉に甘えようかな」
オレがそう言った時、トトの口角が少しだけ上がった。
「そうか、なら着いて来い。部屋へ案内しよう」
これで良かったのか。
彼も皆んなも満足そうだし、きっと良かったのだろう。
案内された部屋は6畳ほどの部屋。
仮眠室……だよな、それにしちゃ机やらスタンドライトやらずいぶんと物が揃ってる。
「おお〜ベッドフカフカ!結構良い部屋じゃない」
「な。ってか、なんでお前ここ来たんだよ。お前の部屋は隣だろ」
「ええ〜なんでぇ?いーじゃん別に、いつも通りだよ」
「良いわけないだろ、せっかくトトが人数分の部屋用意してくれたのに」
「ウソ、じゃあもうボクと一緒に寝てくんないの!?」
「当たり前だろうが!!」
「ヤダー!!」と喚き、どさくさ紛れに抱きつこうとするガイアを両の腕で突っぱねる。
このほとんど人間と大差ない姿、前のグロい見た目ならまだまだ許容されるが、今のコイツと添い寝するのはさすがに良心が痛むと言うかなんというか。
いや前の姿が目に焼き付いているせいで興奮は全くしないけど、それでもやっぱりダメだ。
「1人だって寝られるだろ、子供じゃあるまいし」
「そんなのカンケーないじゃん!」
「あるわ!!お前何千年生きてんだよ!」
「ボクは賢吾と寝たいの!!」
しばらく言い争いをしていたところ、左側の壁からドンッと鈍い音が鳴った。
隣は経津主の部屋、「うるせぇ」という意味だろう。
オレの説得と経津主の壁ドンで諦めがついたのか、ガイアはションボリと項垂れながら渋々自室へ退散していった。
悲哀溢れる背中を見るとなんとも可哀想だが、仕方ない。
アイツにもそろそろ独り立ちしてもらわないと、いつまでもくっついていて、いざオレがいなくなったらどうするのか。
……って、なに親みたいなことを考えているんだオレは。
原初神、世界が始まったその日からこの星に存在していた神。
それだけの時を過ごしていれば長い長い1人の時間なんてとっくに経験しているはず、オレがとやかく言えることじゃない。
けど、だけどどうしても気になってしまう。
もしオレがいなくなったとして、ガイアは1人で生きていけるのだろうか。
よくよく考えてみれば原初神たる彼女には愚問であるとすぐわかることなのだが、わかっていてもついつい頭をよぎるのだ。
2年過ごして情が湧いたというわけではなく、出会った時からずっと。
恋心とはまた違う、友情でもない、なんというかこれは……
家族愛……かな?




