第37話「正体」
「ウーム、相変わらず実に美しい。あのムサ苦しい剛毛の牡牛から生まれるとは到底思えん代物じゃ」
日本家屋の玄関先で一際輝かしいオーラを放つクサリクの角を、がしゃどくろは満面の笑みで撫で回す。
「労いの言葉はないのか」と言ってやりたかったが、枯れた砂漠で丸5日かけて角を運び、やっとの思いで帰ってきたオレにはそんなことを訴えるような気力は残っていなかった。
「帰って早々バタンキューかよ。根気がねぇなお前ら」
「お前なぁ…重いんだぞ…これ…」
縦は約2メートル、最大直径約30センチで、しかも思っていた3倍は重い。
こんな物を3人がかりで砂漠を引きずってきたんだ、疲れるに決まってるだろうが。
がしゃどくろは石畳の上へ崩れたままのオレたちを見て大きくため息を吐き、足でゲシゲシと蹴る。
「全く、惰弱な。まだ仕事が残っておるのだぞ。さっさと倉庫まで運ぶのじゃ」
「「「ええぇ〜!」」」
「もうやだぁ〜!動きたくないよぉ〜!!」
「もう…脚が…無理です…」
「つか…れた…」
寝転がったまま弱音を吐きまくる4人に対し、がしゃどくろは不機嫌な様子でオレの頬を引っ張る。
「しっかりせんかい!給料減らすぞ軟弱者共!」
もはや言い返す気力もない。
全身が筋肉痛……当分はまともに動けそうにないなぁ…。
しかしながら、それは全くの杞憂だった。
アレだけ苦しめられた筋肉痛が、1日寝ただけで跡形も無く消え去ってしまったのだ。
ジュリアーノやベルは2日経っても痛いと言っていたのに、オレだけ。
筋肉痛って壊れた筋繊維を修復する痛みだし、やっぱり不死身だから治りが早いのだろうか。
そんなことでいち早く体が全回したオレは、経津主とちょっとした修行に励んでいた。
ヴァリトラの洞窟での一件や思わぬ十二公の襲来と、最近命に関わるような事件が多発している。
しかしオレは戦闘要員として仲間を守るべきであるにも関わらず、不死身を言い訳に身を投げ出してやっと勝てた程度の実力しかない。
足手まといにはなっていないものの、正直言って実力不足だ。
また、先日がしゃどくろに「武器の使い方が成っていない」との指摘を受けた。
オレが使っているのは、師匠であるアイテールから弟子としての卒業祝いでもらった恢故の碧槍という槍。
彼いはく鍛神ヘパイストスの作った値の付けられない代物とのことで、その謳い文句に恥じぬほど威力は絶大。
見た目にそぐわぬ軽さで扱いやすさは一級品であり、魔術の使えないこのオレでも魔力の流れ具合を調節(と言っても未だによくわかっていないので、とりあえず力を込めてるだけだけど)することでアイオロスの加護によって風を操り、やり方によっては相手へダメージを喰らわせることができる。
遠距離からの攻撃ができるから実践では重宝してるけど、威力の調節がまだまだ難しいんだよな…。
その他のオプションとしては攻撃力の上昇や俊敏性、脚力の強化が見られ、槍術を始めて2年のオレでも比較的上手く扱うことができている。
と、思っていたのだが……がしゃどくろいわく、未熟も未熟とのこと。
基本的なことはできているが、技に練度がないとの指摘を受けてしまった。
……まあ確かに、圧倒的に経験不足なのは否めない。
「意識下で技を繰り出すせいで動作が遅れるんだ。頭で考えるのは次に相手がどう仕掛けてくるかだけ。……いや、それすらも無意識の中で判断することが重要だ」
経津主は自身のこめかみあたりに木刀の先をトントンと当て、そう説明する。
「コツとかないのか?何かこう、呼吸を整えるとか」
「そうだな……これと言ったモンはないが、俺様は相手の瞳をよく見るようにしている。生き物に脳みそが付いてる限り、何かをしようとしたらその“前触れ”が何処かに現れるのは当たり前。それが1番出やすいのが、瞳の動きってこった」
なるほど、目は口ほどに物を言うってことか。
バトル漫画じゃありきたりだが、それだけ戦いにおいて重要な事柄というだろう。
「ま、それすらも無意識にできて一流ってとこか」
「できるかなぁ…」
「ま、やってみるっきゃねぇだろ。体で覚えんのが手っ取り早い」
静かに木刀を向ける経津主に応え、オレも槍を構える。
彼が地面を踏みしめたと同時に撃ち合いが始まった。
経津主の剣撃を見切れる、反応速度は悪くない。
オレは木刀を弾き、続けて彼の脇腹付近に1発を入れるが、軽々避けられてそのまま顔面に反撃を喰らう。
「お前今、着いてけてるとか思ったろ。甘ェんだよ!」
経津主は木刀で首筋、脇腹、太ももを続けざまに打ち抜き、最後に腹部へ強烈な蹴りを入れた。
オレは耐え切れずに吹き飛び、竹藪に激突する。
「いっててて……手加減とか……」
「するわけねぇだろ。ホラ、次だ次」
「ハハ…きちぃ〜……」
そのようにして毎日毎日、日が落ちるまで経津主との修行は続いた。
打ち込みだけではなく、基礎体力を上げるための持久走や筋トレ、視覚トレーニング、魔具操作の基本など、とにかく朝から晩までの10時間をみっちりしごき倒される毎日。
自分から志願したとはいえ、さすがにキツすぎる!
アイテールが恋しいよ、あのヒトの修行はここまで厳しくはなかった。
「オラオラ情けねぇぞ!それでも神の弟子かァ!?」
アザの上からまた大きなアザを作られ、身体中が青タンだらけ。
経津主の動きは徐々に素早くなっていき、後半は着いていくどころか目で追うのが精一杯だ。
風神を飛ばそうにも、木刀の起こす風圧でほとんどかき消される始末。
「下手くそが!出鱈目に魔力を込めてンじゃねェ!ココって一点に集中させンだよタコ!!」
ンで木刀一本であんな突風が起こせんだよ!
ドッヂボールのように一方通行な罵詈雑言を浴びながら、ひたすらに打ち込みを繰り返す。
経津主のデタラメな剣撃にただの木刀が耐えられるはずもなく、振り回され一本また一本と折れた木刀の残骸が小さな山を形成していった。
「よし、これで最後だな」
足元に生える少し大きめの雑草を引き抜き、カゴに入れる。
クサリクの試練を終えてから数週の間に、オレたちは杖の材料の残り2つを全て集めきった。
…と言っても、その2つは砂嵐に閉ざされたこの時期のミフターフでは採集することが不可能なので、同等の価値を持つ別の素材を採集し、がしゃどくろとの物々交換という形で手に入れたのだが。
100メートル以上の深さを持つ谷の底へ1週間泊まりがげで希少な鉱石を採掘しに行ったり、触れると皮膚が石灰化する湖に住む魔物のウロコを採集したり、正直死ぬかと思った。
…まあ死なないんだけど。
しかし、そんな苦労も悪いことばかりではない。
試練で最上級魔術を使ったがために再び杖を失ってしまったジュリアーノ。
杖は元々魔力を節約したり術の威力を底上げしたり、構築や集中などを補助するサポート道具的な役割なので、一応無くとも魔術を使うことはできるのだが、やはり魔力量の乏しいジュリアーノが杖のサポート無しで危険な依頼に挑むのはあまりよろしくないということで、彼には家で待っててもらうように頼んでいたのだが…。
「僕の杖のための材料採集だろ?ちゃんと僕本人が行かないと!」と言って、彼は一向に首を縦に振らなかった。
しかし、いざ連れて来るとアラびっくり、まるでハンドガンを撃つかのように魔術をバコバコ出すではありませんか。
その上魔力を消耗し少々バテる姿を見せるも、素材の採集が完了するまでその魔力を持ち切らせたのだ。
正直、少し前までとのギャップが激しすぎて目が点になった。
本人いはく、「過酷な環境に立たされ続けて、魔力の器が鍛えられたのかもしれない」とのこと。
ジュリアーノの著しい成長速度に驚きを隠せないオレだが、同時に彼の成長に密かに感無量してしまった自分がいて、その時ばかりは子を見守る親の気持ちがわかった気がした。
そんなこんなで素材集めをクリアしたオレたちは特にやることも無かったので、残る借金返済のため雑用に精を出している最中である。
「お疲れケンゴ」
「ああ、そっちもお疲れ」
集めた草を腐葉土場へ捨てにいくと、ジュリアーノたちが丸太の上に腰掛けて休んでいた。
太陽も真上まで登り、その陽光に照らされた川の水は、まるで絹の糸束のようにキラキラと輝かしく流れる。
丁度お昼時だったので、事前に作っておいたおにぎりを家から取ってきて昼食をとった。
比較的畑に近い土の剥き出した木陰にござをを敷いたので、尻の湿り気がちょっとだけ気になる。
「お、今日は肉味噌か。手が込んでるな」
「生姜焼きの肉が余ったんでな。て言っても結構簡単だぞ。刻んで炒めて調味料絡めて」
「でも賢吾、土間に片栗粉撒き散らせてドクロさんに怒られてたよね」
「そ、それは言わなくて良いだろ! 」
雲ひとつない真昼の空に3つの笑い声が響く。
クソ〜、くしゃみさえしなければ…。
すると、誰よりも早く2つのおにぎりをたいらげたベルがオレの元へ寄ってきて、「おかわり、ちょうだい」と言って両手のひらを差し出してきた。
オレは竹製の大きな弁当箱から2つ取り出し、彼女へ与える。
しかし、本当によく食べるよなぁ。
ほっぺたを膨らませながら美味しそうにおにぎりを頬張るベル。
そんな彼女を眺めていた時、オレはふと、あることを思い出した。
クサリクとの戦いで彼女が見せた、あの黒いモヤのようなもの。
ベルが人間ではないというのは薄々思っていたが、アレでほぼ確定したと言って良いだろう。
ベルは早速おにぎり1つを食べ切り、手のひらについたご飯粒をなめとっている。
みんな集まって良い機会だし、あの真相を今ここで突き止めてみるのも悪くない。
「なあベル」
「ん?」
「いきなりこんなこと聞いて悪いんだけどさ、君ってその…人間じゃなかったり…する?」
「…」
ベルは両手におにぎりを持ったまま、キョトンとし顔で口の内容物を飲み込む。
そして
「うん」
とひとことだけ言って頷き、間髪入れずまたおにぎりにかぶりつく。
あまりにもすんなり肯定されてしまったために、オレの脳は理解するのに1秒弱の時間を要した。
「え、ええ…そ、そんなあっさり…?」
多分だけど、その時のオレは豆鉄砲を喰らったハトみたいに間の抜けた顔をしていたと思う。
同じく面食らった様子で聞いていたジュリアーノが隣で質問を投げかける。
「えっと…因みに種族は?」
「まぞく」
「えっ!?魔族!?今魔族って言ったか!?」
魔族という言葉を聞いた途端、勢いよく立ち上がりベルへ詰め寄るオレに、若干引き気味顔で身を逸らす経津主とジュリアーノ。
「んでそんなに興奮してんだよ、キメェぞケンゴ」
「だっておまっ!魔族だぞ!」
そう、魔族といえば異世界ラノベのレギュラー種族。
そのほとんどが上位の存在として描かれ、多くの作品で強大な敵組織として採用される、まさにカッコイイの化身!
「魔族って言ったら最強種族の定番じゃんか!オーガにフェンリル、エルフにハーピー!ロマンの巣窟でしょうがぁ!!……」
オレの言葉が終わると同時、途端に辺りを包み込む静寂。
ま、まずい。
興奮してついオタクモードでアツくなってしまった…。
拳を握り締めたまま静止するオレに集まる、非常に冷めた視線。
「大体合ってるけどよォ…ロマン…か…?」
なんてこった、経津主に気を遣われている。
完全に自分の世界に入ってしまっていた…穴があったら入りたいってのは、きっとこういうことに違いない。
「ええっと…、ベルは人間じゃなくて魔族なんだね。見たところエルフじゃなさそうだし、珍しいね」
ジュリアーノォォオオ!!
この状況ですぐに話を戻してくれる!
なんてできた子なんだ!!
「そういえば初めて会ったの東の砂漠だよね。あそこって確か魔界と隣り合わせになってるんじゃなかったっけ?」
「あ、そっか!じゃあもしかして、ベルは魔界から来たの?」
「いや、俺様たちがいた頃にゃ砂嵐が発生して既に1ヶ月経ってたぞ。アッチはオアシスがほとんど無ぇらいしいし、魔族とはいえ水魔術も使えねぇコイツが一月も生きてられるとは思えんがな」
確かに、水の無い中1ヶ月生き延びるなんてどう考えても現実的じゃない。
となると何だ…?
良さげな寝衣を着ていたから良家の娘であることは想像ができるのだが。
うーん、送迎中に誤って馬車から落ちた…とか?
いやでも、さすがに寝衣で移動はしないよな…。
「どうやってミフターフまで来たか覚えてるか?」
オレの質問に対し、俯いて沈黙するベル。
あ…コレ、地雷踏んだかもしれないな…。
「む、無理に話さなくても良いからな。嫌なら別に…」
しかし、ベルはふるふると首を左右に振る。
そして左手のおにぎりを全て食べ切ると、落ち着いた声でポツポツと話し始めた。
「おにごっこしてた。でも、きづいたらみんないなくて、すなとかかぜとかすごくて、おなかもへって」
「砂と風?砂嵐か?」
「えっ、じゃあもしかして、ベルは砂嵐を直接超えてきたの!?」
彼女の応えに一同が驚嘆する。
そりゃそうだ。
ミフターフを囲う砂嵐は天高く登る暴風で形成されているため、どんな手練でも直接通行することはほぼ不可能。
しかも含まれている魔素は魔力を吸収する性質を持っているので、長時間あの中にいればいずれ魔力が切れて術が使えなくなり、身動きが取れなくなってしまう。
華奢な少女が生身一つで突破できるような甘い障壁ではないのだ。
「魔族って他の種族よりもずっと魔力と生命力の関係が深いらしいし、あんまり魔力を消費しすぎちゃうと最悪死んでしまうこともあるって聞いたけど…」
「マジでぇ…?よく生きてたな…」
砂嵐を越えてなお生き続けられる生命力。
彼女が魔族であるならば、それだけ強大な魔力を保有していたということだ。
そう考えると、ベルはかなり上級の魔族であることがうかがえる。
「それに関しちゃ少しは説明ができそうだな」
腕を組みながらしかめっ面で話しを聞いていた経津主が、ここに来て口を開く。
「ずっと観察してわかったことだが、コイツは飯を食う度に少量ずつ体内の魔力が増していた。特に魔物肉を食っている時は顕著だったな」
そういえば、前に経津主が魔力の増え方がオカシイって言ってたな。
食べるたびに増え続ける魔力…か。
「そこから推測すると、コイツは食べたものの栄養を魔力に変換するワケじゃなく、食べたものが持つ魔力そのものを直接吸収して回復するつーことになる。限度は知らんが、少なくとも中級魔物と同等以上はあると見た」
中級の魔物と同等以上、だいたいBランクパーティーの魔導士くらいってことか。
人間の場合は摂取したエネルギーを分解変換し、生成された魔力を体内に溜め込む。
溜め込める器の大きさは先天的に個人差があるが、ある程度の修行を積めば拡張可能であり、魔導士や魔術師を目指す者が最初に行う修練でもある。
それをするまでもなく中級魔物クラスの魔力を持っているというのは、人間基準で言えばめちゃめちゃ天才扱いされるほどに凄いことなのだ。
まあ、魔族の基準じゃ普通だったりするのかもしれないけど…。
「確かに魔力量としては常人離れしてるけど、それであの砂嵐が越えられるのかな…」
初対面で痩せ細っていたことを考えれば、砂嵐の魔素に魔力を吸い取られていたのは明確だろう。
しかしそれだけで砂嵐を突破してきたというのは、なかなか現実味が無さすぎる。
「つってもただの憶測だ。中級魔物クラスって言ったのもあくまで見立だし、正直コイツのことはまだまだ底が知れねぇ」
依頼の合間に言葉を教えたりしていたけど、ベルの喋りはまだまだカタコトだし。
せめてもう少し言葉が流暢になってくれれば良んだけどなぁ。
まあそこは待つ他ないだろう。
「魔界に行ってみれば何かわかるかな」
「馬鹿言え、魔界の大気は人の身体にゃ毒なんだぞ」
「え、そうなの?」
「うん、人間界とは比べ物にならないくらいの魔素が充満してるから、生身で行くと中毒になっちゃうんだ。一応魔素を防いでくれる防具は売ってるけど、凄く高価なんだよね」
「なるほどな」
簡単に行ける場所じゃないってことか。
ギルドへ届け出たは良いものの、今のところは音沙汰無し。
砂嵐が回復すれば情報の流れもスムーズになるだろうが、それでもダメならやっぱり直接魔界へ行くしか…。
オレ不死身だし、ワンチャンどうにかなる…かな。
昼食を食べ終えれば、今度は家の掃除だ。
がしゃどくろの家は3棟に分けられ、そのうちの一つ、正面の母屋がオレたちの生活圏。
ほか2つは倉庫と作業場で、それらは勝手な出入りが禁止されている。
掃除のたびに前を通るけど、この作業場やたら綺麗なんだよな。
倉庫の外観は日本古来の蔵のようで、漆喰で塗り固められた外壁の下にコケが点々と生えている。
「ここのコケ、掃除したいなぁ。外だけでもやっちゃダメかな」
「良いじゃんか、これもこれで味があって」
「お、こんなとこにあったのか」
壁面のコケを爪でカリカリと剥がしながら、ため息を吐くジュリアーノ。
その後ろを洗濯かごを持った経津主が、横目で見ながら通りかかる。
「そっか、経津主こっち来るの初めてだもんね」
「随分デケぇな、母屋と同じくらいか?」
「背が高いし、総面積はこっちの方が多いんじゃないか?」
大きな木製の扉は縁に黒い鉄で縁取られ、ところどころサビて塗装がはげている。
コツコツとノックしてみるとわかるその重厚さからは、長年にわたり貴重な品々を守ってきたこの蔵の威厳がうかがえる。
建造されておそらく何十年、いや、何百年。
そう考えれば、よくここまで綺麗に保てるよなぁ。
「なあ、少し中見てみようぜ」
悪ガキのようにニヤリと笑って蔵の扉を指差す経津主。
コイツ…。
普段はカタブツのクセに、たまーに見せるこの子供感は何なんだ。
神は寿命が無いから見た目じゃ一概には判断できないけど、経津主は意外と外観の年相応というか…。
「お前なぁ、初っ端に入るなって言われたろ」
「大丈夫だよ。ドクロさん作業に集中するとどんなに大声出しても気づかないし、ちょっとだけならバレないって」
なんてこった、ジュリアーノまでノリだした…。
この2人の意見が合致すると、後は無理矢理押し通されるだけなんだよな…。
……まあ、少しくらいならバレないか。
「はぁ…ったく、ちょっとだけだかんな」
ギギギギという鈍い音と共に開く蔵の扉。
案の定中は洞窟のように真っ暗で、倉庫内の様子は全く見えない。
「天照す慈愛の恒神よ、我が命に応えたまえ。“照光”」
ジュリアーノの手のひらから溢れ出す光が、倉庫内を明るく照らす。
内装は至って普通で、亜空間が仕込まれているような形跡も無く見た目のままの広さだが、様々な物が置かれているせいで空間を圧迫し、少々狭く見える。
扉のすぐ奥にギラリと光る巨大なツノを発見し、駆け寄るジュリアーノ。
「このツノ…」
「ああ、クサリクのやつか。ちょっと懐かしいな」
「ね。サイファルたち元気にしてるかな」
一階はどうやら素材庫のようで、巨大な骨や流木、見たことのない輝きを放つ宝石などがゴロゴロ置いてあった。
一見木箱や布で無造作に保管されているようだが、被っている埃は多少で、丁寧に管理されている様子がわかる。
ドクロさん、結構几帳面でこだわりの強い人だからな。
感心しながら倉庫内を見回すオレの隣で、経津主が「チッ」っと小さく舌を鳴らす。
「どうした?」
「いや、ちぃとばかし脚がむず痒くてな。クソが、この蔵蚊がいやがるんじゃねぇか?」
そうぼやきながら経津主は右脚を掻きむしる。
蚊か、オレは全く刺されないけどなぁ。
さらに奥へ進むと、上の階へ続く階段を見つけた。
踏んだ瞬間にギィと鳴き声をあげそうな、おばあちゃんの家とかによくあるハシゴみたいな急階段。
「こんな奥に階段があんのか」
「行ってみる?」
「だな!」
ここまで来るとオレももうすっかり楽しくなってしまい、勢いのまま階段へ脚をかける。
案の定鈍く鳴く階段。
扉についた金具を外し、2階の床からひょっこり顔を出す。
やっぱり暗いな、何か踏まないようにしないと。
するとその瞬間、ボッという音と共に電気をつけたかのように部屋の中が明るくなった。
「ビックリしたぁ…」
「どうした!」
「いや、いきなり火がついたもんで。……!」
天井からいくつも吊り下がった銀皿の上で燃え盛る炎。
それらに照らされて浮かび上がった2階の全貌は、まさに驚くべき光景だった。
両側壁一面にズラリと並べられた剣や杖など、様々な武器の数々。
磨きに磨かれた光輝燦然たる刃はタマムシのような煌めきを放ち、遠目から見てもオレの双眸がハッキリわかるほどの鮮明度。
武器は全て大小様々で、銀河の星々にも劣らない輝きの巨大な宝石がついたもの、緑の精がそのまま形を成したと錯覚するほど鮮やかな新緑が散りばめられたものなど、とにかく千差万別でどれも美しい。
「よっと…うわ!何これすっご!」
「うおっ!こりゃすげぇや…武器庫か?」
後から入って来たジュリアーノと経津主もそろって驚愕の声をあげた。
2人は上がって来るやいなや、興味津々な様子で周りを見渡す。
「この杖、柄がナチュラルブラスだ!こっちは…アトランティカチタン!?」
「なんて精巧な…とても人間業とは思えねぇぜ」
指紋や埃は一切付いていないし、どれだけ目を凝らしても傷1つ見られず、恐ろしく状態が良い。
これ全部ドクロさんの作品か?
いや、コレクションという可能性も………。
ふと前方へ目をやると、武器庫の際奥に1つの箱を発見した。
50センチ四方の立方体に近い形で、それを完全に覆い隠すように真っ赤な布がかけられている。
「何だこれ…」
「この様子じゃ神器でも入ってるかも知れねぇな」
「ねぇ、ちょっと開けてみようよ!」
「うん…」
ジュリアーノの勢いに押されて布を取ってみると、現れたのは立派な木製の物入れ。
年季が入り如何にも頑丈そうな見た目をしているが、鍵のようなものは一切付いていない。
何が入ってるんだろう。
こんな際奥のど真ん中に置いてあるっということは、さぞかし大切もしくは貴重なものに違いない。
恐る恐る蓋を持ち上げる…と、その時。
「!!」
蓋を外した瞬間、突如として鼻を貫く異臭。
「うわっ!生グサ!!」
解放した瞬間とてつもない生臭さが一瞬にして当たりへ広がり、驚いたオレは咄嗟に箱の蓋を落としてしまった。
すると、現れたのは真っ赤な布。
しかしそれは箱に“入っている”というよりかは、内容物に“被せている”と言った感じだ。
蓋を落とした衝撃でピチャリと波立つそれの正体。
信じたくはなかったが、生き物開いたような生臭さにくわえ、赤黒い光沢。
紛れもない、これは……
「……血?」
謎の箱の中身はなんと、大量の血液だった。
しかもたった今傷口から絞り出したかのような、サラサラとした真っ赤な鮮血。
「な、何でこんなところに血が…それもこんなに…」
ジュリアーノは震え声でそう呟き、ワナワナと後退りをする。
明確な理由はわからない、しかしこの異質すぎる状況が無理矢理に想像力を掻き立て、オレの中であらぬ妄想を膨らませる。
一応ここ倉庫だし、武器の材料とか?
で、でもこんなに奥へしまっておく必要なんて…もしかしてそれだけ貴重な!?
だとしたら何の……ま、まさか、借金を返しきれなかった今までの依頼主の……!?!?
「なあ、この膨らみ何だと思う」
経津主がそう言い、箱の中を指差す。
ゆっくりと指先の延長線上を見てみると、赤い光沢の中で、確かに存在する謎の盛り上がり。
よく見なければわからないくらいの広くて浅いもので、正直言われなければ気が付かなかった。
「ケンゴ、布取ってみろよ」
「んな!?い、いやだよ!お前がやれば良いだろ!」
「嫌だぜ気持ち悪りぃ」
「はぁ!?じゃあ人にやらせんじゃねぇ!」
経津主は怪訝そうな顔をしながらも、渋々布を指で摘んでゆっくりと剥がした。
ぴちゃぴちゃと滴る鮮血。
真っ赤に染まった布が全て剥がれて謎の膨らみの全貌が明らかとなるに連れ、オレたちの表情はまるで糸で貼ったかのように徐々に引きつっていった。
「こ、これって……」
鮮やかな紅色の中に浮かぶ、白い物体。
一瞬見ただけではそれが何なのか理解できないが、一度でも目を凝らせるとその既視感に否が応でも気付いてしまう。
心の底から押し寄せる後悔の念。
ことわざに好奇心は猫をも殺すというものがあるが、こんなことなら開けなければ良かった。
箱の中で血に浸かっていたもの、それは
「人の…体…?」




