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第35話「クサリクの試練1」

 とてつもない轟音の地鳴りと共に前方にいた魔導士が吹き飛ばされ、そのまま池へ落下した。



「あっぶな…!」



 紙一重で交わしたが、もう少しで道連れになるところだった。

 血管が浮くほど筋肉モリモリの腕をブンブンと振り回し、自分に襲いかかる冒険者たちを次々なぎ払っていくクサリク。


 ベルは混戦の中で耳をつんざく叫び声に顔をしかめつつも、クサリクの太い二の腕をキック。

 目の前の男性陣に気を取られていたクサリクは、ベルに不意を突かれたことでバランスを崩して転倒しかける。

 しかし踏み出した片足で傾いた重心を支えると、ヤツはもう片方の足で着地したてのベルを蹴り飛ばした。

 彼女の一直線に吹き飛んだ先には、先ほど猛烈な膝蹴りを喰らって体勢を整え直している最中のアサド。

 クサリクに投げられて地面に頭からつき刺さり、佐清(すけきよ)の死に様のような姿になっているサイファルに気を取られていたので、彼は直前までベルの背中が自身の顔面に迫っていることに気付けなかった。



「うおっ!?」



 ドスッという音と共に激突した2人は、勢いのままに孤島の岸まで転がっていく。

 しかし、そこはやはりBランク冒険者。

 土管のように太い足と腕で地面を抉りながら踏ん張り、なんとか池へ落ちずに耐え抜いた。

 安心したアサドはフウとため息を吐いたが、丸まるの形で彼の懐に収まっていたベルは、どうやら助けてもらったと思ったようで、「ありがとう」とひとこと言ってまたクサリクの元へ走って行った。



「助けたわけじゃないんだよなぁ…」



凍砲(フリーズバレット)!!」



 ジュリアーノの杖から放たれた吹雪がクサリクの右脚に命中し、地面と同時に凍結してヤツの動きを封じ込めた。

 オレはすかさず反対方向から走り込み、跳び上がってヤツの方へ斬撃を入れる。



「はぁ!?硬っ!!」



 大きな手応えはあったものの、確かに刃を突き立てたはずの場所には傷一つついていない。

 クサリクはジュリアーノの生成した氷を粉砕し、振り返る勢いに乗せて肘打ちでオレを吹き飛ばした。

 まずい!落ちる!

 オレは中を飛びながらも体を曲げ、進行方向へ向かって槍で風刃を放つ。

 咄嗟だったので操作はでたらめ、しかしそのおかげでオレの体は跳ね返され、ギリギリ場外にならず孤島へ留まった。



「ふう、ぎりセーフか」



 武器に関して言及していなかったことからなんとなく察してはいたが、やはりこいつ、刃物が通じない。

 防具などは一切装備していないはずなのに、体を覆う皮膚自体がとんでもなく硬いのだ。

 やはり神獣、一筋縄ではいかないと言うことか。



「ケンゴ、平気?」


「なんとかな」



 ジュリアーノに肩をかされて立ち上がる。



「人、ずいぶん減っちゃったね」


「ああ、あんなにいたのにな…」



 周りを見渡せば二十数人いたはずの冒険者たちは、すでに大幅に数を減らしていた。

 オレ、ジュリアーノ、ベル、サイファル、アサドの5人だけが孤島の上に立っている。

 それぞれが息を切らし膠着(こうちゃく)状態に陥ったフィールドを、外から不安そうに見守るガイア。



「もう5人になっちゃった…でも、賢吾達なら勝てるよね!」


「無理ね」



 ガイアの言葉に返答したのは、木陰に腰掛けて同じく戦況を見守るウルファ。

 指揮棒ほどの小さな杖を布で磨きながら無気力そうに言う彼女に、ガイアはムスッとした表情で反応する。



「なんでそんなこと言うのさ!無理かどうかなんて終わるまでわかんないでしょ?」


「わかるわよ。あんた知らないの?」


「何が!」



 頬を子供のように膨らませ、顔を近付けてくるガイアにため息を吐きつつも、ウルファは答えた。



「クサリクの試練をクリアするのは毎年同じ人物でその人たったの1人。巨大な骨を操る着物姿の若い女よ」


「着物姿の…若い女……骨…」



 先ほど賢吾たちも耳にした特徴の人物。

 ガイアは外見の特徴からその女の正体ががしゃどくろであることを瞬時に理解し、彼女ならやりかねないと納得した。



「でもそれってそのヒトが強すぎてみんなが敵わなかったんでしょ?飛び抜けたのがいなくなれば必然的に難易度は下がるハズだよ」


「そうよ。そうだけど、少し違うわ」



 ガイアは理解できない様子で首を(かし)げる。

 ウルファは孤島に(たたず)むクサリクを見ると、真剣な面持ちで話し始めた。



「そいつはいつも孤島に降りたらいつも何もしないの。血眼でクサリクを孤島の外へ出そうする挑戦者を眺めながら、自分は骨に揺られて優雅に過ごす。当然時間が経てば人数は減ってくるわ。そして」



「最後の1人が池へ落ちた瞬間に、そいつが動くの」



 言葉と同時に、杖を磨く彼女の手が止まった。



「動くって……?」



 ただならぬ空気にガイアは戸惑う。



「今まで観戦の姿勢だったそいつは立ち上がり、そこで初めてクサリクに挑むのよ。当然神獣相手だし苦戦はするけど、それでも最後は必ず勝って、あんなに大きな黄金の角を1人で持ち帰ってしまうの」



 ウルファの話を聞き、ガイアはさらに戸惑った。

 戦闘不能に(おちい)るほど追い詰められた十二公のスコーピオを、軽々圧倒していたがしゃどくろ。

 その彼女が苦戦を強いられた末に勝利し勝ち取る角、このニ文だけでわかってしまう試練の厳しさ。

 何万年も生きてきた神に並ぶほど強大な獣との対峙は、原初神の元で修行したとはいえ、歴たった2年の若造に成せるものではないのだ。

 死屍累々でないずっとマシと言えよう。



(勝利なんて絶望的だ、島に残っているだけでも奇跡と言っていい……だけど)


「彼らならできるよ、きっと」


「なんて?」



 イラついた声色のウルファとは対照的に、悟ったような表情で正面を見つめるガイア。

 その目線の先には、孤島の上で奮闘する賢吾達の姿があった。

 攻撃が当たってもクサリクの巨体はびくともせず、反撃を喰らって吹き飛ばされる。

 魔術の氷で拘束しようとするも、あっけなく砕かれる。

 急所を探して駆け回り攻撃しようとするも防がれ、同様に反撃を喰らう。

 しかしそれだけ失敗重ねようとも、皆「もう一度」と立ち上がる。

 何故ならば、まだ負けていないからだ。

 そんな彼らの姿を見て、ガイアは柔らかく微笑む。



「ボクはみんなを信じてるから」




 試練開始から小1時間が経った。

 しかし戦況は悪化するばかりで、特出した進展は無い。

 くそ、コイツマジでバケモンじゃんか。

 20何対1で最終的に5対1まで減らしても全く疲れてる様子を見せない。

 攻撃しまくって体力を削ろうと思ったけど、先にこっちがダウンしそうだ。



「もう5人しか残っていないのか…なんという(てい)たらく、貴様らそれでも戦士かァ!!」



 雷音のような怒号が耳を貫き、キーンと耳鳴りがする。

 木漏れ日が照らすオアシスの中心、失格となった冒険者達は池から上がり、孤島に残る5人を見守る。

 オレの目前、自身の何倍と巨躯なクサリクへ果敢に立ち向かう2人の男。

 あれは、サイファルとアサド?

 まさかあの2人がここまで残るとは…なかなかやるじゃないか。



「どうするケンゴ?やっぱり僕らじゃ圧倒的にパワー不足だし、何か作戦を練らないと」


「そうだな。ベル、ちょっとこっちへ」



 クサリクが彼らへ気をやっている隙に、オレたちは密かな会議をした。

 あの巨体をパワーゴリ押しで池に落とすのは流石に無理なので、やはりここは頭を使った戦略的な作戦を練るべきだ。

 他の冒険者たちは地面を凍らせたり濡らしたりして、ヤツを滑らせ落とそうと策略していたが失敗。

 魔術や鎖で拘束したり、足をかけて転ばせようとするものもいたが、いずれもクサリクのパワーの前では粉々に砕けて失敗。

 素早い動きで足元を駆け回り、足をもつれさせようとするもまた失敗。

 その他にも各々(おのおの)が多様な武器や魔術を駆使してヤツを落とそうとしたが、どれも失敗に終わってしまっていた。

 50年に一度といえど、この試練は過去幾度となく行われているもの。

 その分歴代冒険者たちの仕掛ける作戦だって、想像がつかないほどのバリエーションがあるはずだ。

 つまりオレたちは彼らの実行の技量を超える、もしくは新たな作戦を考えなければならないということ。



「やっぱり転ばせるのが良いのか?あれじゃ起き上がるのだって一苦労だろうし」


「でもすごい体幹だよ?バランスを崩してもすぐに体勢を整え直しちゃうし、何か一つ出し抜かないと難しいんじゃないかな」


「そうなんだよなぁ。戦いながら色々考えてたけど、すぐ思いつくもんはみんなもうやって失敗してるし」


「おいけにごはんおよいで、ちかくいったら、どーんって」


「ごはんを作ってる余裕がないんだよなぁ……」



 ベルの言葉にオレとジュリアーノが苦笑いをしたその時、突如として頭上から巨大な影が降ってきた。

 一瞬早く気付いたベルが、オレたちの腰へ抱きついてその場から押し出す。

 ドオッというものすごい音と共に、先ほどまで俺たちのいた地面を削っていった。



「いったた…」



 影の正体はクサリクに吹き飛ばされたアサド。

 地面を抉るほどの勢いで飛ばされたにも関わらず池へ落下せずに済んだのは、彼の強靭な筋肉の重みによるもの。

 サイファルが「アサドー!」叫びながら駆け寄り、後ろからはクサリクがズンズンと重い足音を立てながらゆっくりと歩いてくる。



「ありがとうベル。呑気に作戦会議はできないみたいだな」



 やはり戦いながら考えるしかないのか。

 よほど激しい戦闘を繰り広げたのか、舞い上がった砂埃を肩で切り裂き、ゆっくりゆっくりとその歩みを進めていくクサリク。

 サイファルに肩をかされて立ち上がるアサドの腹部には、青紫色の大きなアザがくっきりと浮かび上がっている。

 肩で息をする彼に傷の痛みを想像してしまい、えっぐぅ…と思っていたところ、横にいたサイファルと目が合ってしまった。

 彼はそのままオレの瞳をまっすぐ見つめ、口を開く。



「君たち、一つ頼みがある」


「頼み?」


「ああ。僕らと協力してほしいんだ」



 深刻な表情で語りかけるサイファル。

 オレは一瞬驚き、「えっ」と声が出てしまった。



「見ればわかる通りにヤツは体力をほとんど消耗していないにも関わらず、こちらは追い詰められている。押されに押されて残り5人のこの状況、ハッキリ言って好ましくない。正直、僕ら2人でヤツを倒すのは不可能だ」



 確かにそうだ。

 あれだけの冒険者たちが一気に襲いかかっても、関係なしに全てを吹き飛ばす神獣という名の化け物。

 それをたった3人ぽっちで相手するなんてたかが知れてる。

 悪い話じゃないどころか、こちらとしてもありがたいと言って良いだろう。



「ツノは2本ある。依頼に明確な本数を求める記載は無かったから、僕たちは1本手に入ればそれで良いんだ」


「…俺からも頼む」



 真剣な表情で頼み込むサイファルとアサド。

率直に言うと、まさかサイファルがこんなことを言ってくるだなんて思っても見なかったので、少し驚いている。

 初めて会った時はオレたちがBランク冒険者でないことを理由に、上から目線で舐め腐ってきた彼。

 初見の印象は悪いものだったが、今の彼の姿は篤実な剣士のそれだ。

 もしかしたらあの上から目線も、オレたちを心配してくれてのことだったのかもな。

 オレがジュリアーノとベルを見ると、2人は無言のまま頷いた。



「わかった、協力しよう。何をすれば良い?」



 そう言うオレにサイファルは安堵したようで、口角が少し上がった。

 彼は自身の作戦を皆に口頭で伝える。



「僕は少しだけだが岩属性の魔法が使える。そこで……」



 身振り手振りで話すサイファルの姿を、腕を組んで遠くから見つめるクサリク。



(それで良い。弱きものたちが肩を組み、互いに協力の心を宿した時、そこに真なる強さが生まれるのだ)




「……ということなんだが、どうだろうか」


「なかなか良いけど、ありきたりだな。今までも仕掛けられたことはあるだろうし、力量がないと難しいんじゃないか…?」


「ああ、だからプラスアルファでジュリアーノ、君の力が必要なんだ」


「僕の?」



 サイファルの考える作戦は実に単純なものであるが、クサリクの巨体とパワーゆえに成し遂げるのは非常に困難だ。

 何よりジュリアーノにかかる負担が大きい。



「すまない、こんなことを頼んで。…いけそうか?」


「わからない……でも、めいっぱい頑張ってみる」



 そう言ったジュリアーノの顔には、決意のみなぎる表情があった。

 「大丈夫なのか」と尋ねてみると、彼は「うん」と一言力強く頷く。



「話は終わったようだな」



 背後から聞こえたクサリクの声に、一同が振り返る。



「お待ち頂き感謝します、クサリク様」


「フン、不意打ちは(しょう)に合わんだけだ」



 丁寧に一礼するサイファルに、そっぽを向いたまま応えるクサリク。

 ツンデレかよ……律儀に待っててくれるわ殺さないよう手加減してくれるわ、意外と優しいなこの神獣。

 クサリクは組んだ腕を戻すと、拳を握りしめて蒸気のような鼻息を噴き出す。



「どんな策を練ったことやら、庸劣(ようれつ)と落胆させてくれるでないぞ」


「保証はできません。しかし必ずあなたを打ち倒して見せると宣言しましょう!」



 力強く啖呵を切るサイファル。

 彼がクサリクへ剣を向けると同時に、他もそれぞれ武器を持ち体勢を作る。

 オレも槍を握る手に力を込めて構えた。

 ヤツは血管が浮き出るほどに強く握った拳を胸の前で叩き合わせる。

 それにより起こった衝撃波はパツパツに張ったヤツの胸筋を揺らし、オレたちには瞬間の突風となって伝わった。

 クサリクは黄色い瞳を大きく見開き、言う。



「ならば来るが良い。この私が全て受け止めて見せよう!!」

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異世界転移
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