第34話「神獣クサリク」
団欒の夕食の翌日、オレたちは再び砂漠へ訪れた。
前回命懸けで持ち帰った飲魂晶石は魔力量を節約するためのもので、杖に取り付けても毒性は特に無いのだそうな。
あれはヴァリトラの体液に含まれる特殊な物質が結晶化したもので、毒は結晶化の際に弾かれて地面へ沈むらしい。
まあ触っても大丈夫だったから予想はしていた。
特に血液からできたものは良質で効果も大きいらしいが、その血液はヤツのゲロに混じって出てきたもの。
いい感じはあまりしないよな…。
ジュリアーノの杖を完成させるために調達が必要な希少材料は、氷、水属性強化の素材と柄を作るための素材。
氷属性強化の素材はアスガルド、水属性強化の素材は凱藍という隣国でしか採集ができず、砂嵐の発生しているこの時期に直接調達することは不可能。
なので、その代わりにミフターフで取れる別の希少素材で物物交換ということになった。
今回は柄の部分の素材である、ある生き物のツノを手に入れるために、汚染地帯から少し離れたオアシスまで来ている。
ここにくるまで丸3日。
砂漠のど真ん中に鎮座する巨大なオアシスは、まるでどこかから切り取って来て無理矢理に縫い付けたかのよう。
「ここがクサリクのオアシス」
「もう森林だよなコレ…」
アウローラの森ほど暗くはないが、日の光はなんとなく届きにくい。
少し乾いた地面の至る所に生える背の低い雑草。
茂みの近くを踏んだ時、5cmほどの黒いサソリが草陰に隠れた。
水源自体は小さいらしいけれど、地下水脈が浅く広いために周りに生える木々が他とは比べ物にならないほどによく育っている。
動物や魔物の隠れ家となる役割を担っているこのオアシスであるが、ここにはある神獣が住んでいる。
その名は“神獣クサリク”。
「クサリクはミフターフに古くから存在るす神獣で、文献によれば胴が人間で頭と下半身が牡牛の姿をしているらしい。頭に巨大な角を持っていて、50年に一度生え変わるんだ」
「半世紀に一度、しかも世界に1匹しかいない神獣の体の一部。魔物が強いとか道のりが過酷だとかじゃなく、単純に手に入るチャンスが50年に一度しかないから入手が困難だってことか」
「そうだね、そんでもってその生え変わりの時期がちょうど今ってコト」
まさかまた神獣に会うことになるだなんて思わなんだ。
前はヴァリトラに殺されかけたけれど、今回のクサリクはがしゃどくろいわく意思疎通が可能かつ気丈な神獣なので、殺される心配はまず無いとのこと。
「確か試練があるんだっけ、クサリクと戦うとかだったらどうしよう。僕は上級魔術が使えないし、今日は経津主がいないし…」
スコーピオとの戦いで脇腹を大きく負傷した経津主は、傷が完全に癒えていないため今日は欠席。
最初は休んでいろと言っても「俺様も行く」と聞かなかったのだが、がしゃどくろに布団と麻紐で拘束され、最後は不服そうに見送ってくれた。
ちょっと可哀想だが、彼は最近無理をしすぎる傾向にあるので、個人的には妥当な判断だと思っている。
彼いわく
「転んだアイツを担ぎ上げたとき、周りをよく見てりゃ折れた杖の先っぽぐらい拾えていたはずだ。そうすりゃあの杖は問題なく治せて、また使えるようになったかも知れねぇ」
とのこと。
どうやら自分のミスで杖が治せなくなってしまったことに、相当罪悪感を感じているらしい。
当のジュリアーノがそれを気にしている様子などはちっとも見えないけれど、本人は義理がどうのとかヤクザみたいなことを言って、少々思い詰めているようだ。
今までこんな頑なに義理を通そうとしてくることなんて無かったのに、コレも一種の友情の深まり?
「心配ないってジュリアーノ、賢吾やベルがついているんだしね」
「ああ。それに、必ずしもダメージを与えないといけないわけじゃない。魔術でちょっとした目眩しなんかを作ってくれれば、オレも相手の隙を突きやすくなる」
「さぽーと、たすかる」
「そっか…そうだね、よし!」
オレたちの言葉に、キリッとした表情でガッツポーズをして見せるジュリアーノ。
良かった、どうやら元気が出たみたいだ。
木々の間をぬって小さな道を進んでいけば、カラカラだった辺りの空気が少しずつ湿り気を帯びてくる。
「なんだかミフターフじゃないみたいだね」
「本当」
なだらかな下り坂だが、結構小石が転がっているし油断して転んだら危ない。
木々の上を見てみると、茶色い羽毛の鳥が2羽、不思議そうな顔でこちらをじっと見つめている。
オレは彼らへなんとなく手を振った。
その時
「うおおおおっ!!」
突如として森林の中に響き渡る太い咆哮。
驚いた鳥たちはバサバサとその場から飛び立ち、ガイアとジュリアーノはオレの後ろへ隠れる。
「な、なになに!?」
低木をガサガサ揺らす得体の知れない何者かに、オレとベルは身構えた。
何者かは草木を薙ぎ倒して、ついに姿を現す。
「うわっ!」
草の中からでんぐり返しで現れたのは、1人の男。
金髪に緑色のターバンを巻いたその男は、勢いのまま俺たちを横切って向かいの木の幹へ激突した。
「いっっっっったぁ〜〜!」
男は強打した後頭部をさすりながらヨロヨロと立ち上がった。
体の砂をはたき落とし、腰に携えた剣の位置を調整している。
一瞬原住民かと思ったけどコイツ、格好からして冒険者か?
男は顔を上げると、目の前に続く一本の道にを見てガッツポーズをした。
「ハッハー!ほら見ろ道だ!僕が言った通りじゃないか!やっぱり信じるべきは経験者の直感と……ってうおっ!?人!?」
振り返ってオレと目が合った瞬間、男は驚いて勢いよく後ろへ飛び上がった。
ええ…今頃…?
すると彼が現れた草むら奥から、もう2つの人影がこちらへやってくる。
「ちょっと!とんでもない勢いで転がってったけど、大丈夫なわけ?」
「平気だろう。ああ見えてもサイファルの体は丈夫だ」
薄い紫のツインテールの少女と、剣を背負ったガタイの良い大男。
ターバンの男とは違い、2人は茂みから出るや否やオレたちの存在にすぐ気づいて、互いに会釈をした。
気持ちを落ち着かせてから一度状況を整理する。
話を聞くところによると、茂みの中からいきなり現れたこの3人組はどうやら冒険者で間違いないようだ。
ターバンを巻いているのがリーダーのサイファルで、ツインテールの少女がウルファ、剣を背負ったガタイの良いのがアサドというらしい。
アサドが律儀にまとめて紹介してくれたので、オレたちも簡単に自己紹介をした。
「なんだ、あんたたちも冒険者だったの。てっきり身の程をわきまえない賊が付けてきたのかと思ったわ」
「そういうことは滅多にいうもんじゃないぞウルファ。相手に失礼だろ」
「まあ、こんなとこで人に会ったらびっくりするもんな…」
同業者とはいえ、都市からこんなにも遠く離れた地に足を踏み入れるものはそうそういない。
オレたちががしゃどくろへ会いに訪れてから、人を見なくなったのが何よりの証拠。
となれば。
「もしかして、君らもクサリクの角を狙いに?」
「もちろんさ。しかしその反応、もしやギルドの告知を聴いていないのか?」
「告知?」
「ああ。神獣クサリクの角を求める、国王直々の依頼の告知だ」
「ええ!?国王の!?」
国王って、あの国王だな。
この国の名称はミフターフ王国、つまり国王はそのトップオブトップというわけだ。
そんな大物から直々の依頼とは…。
「全く知らなかったな…」
「ギルド嬢から聴いてないわけ?あんたたちランクいくつなのよ」
「D」
「ハァ?」
その場にいた3人ともが驚いた表情を浮かべ、うちウルファは呆れたようにため息を吐いた。
「どうりで言われないわけだ。よく聞け君たち、クサリクの角は冒険者ギルドに所属するCランク以上の冒険者たちに課せられた依頼だ。つまり君たちには無理だということ。今すぐここを出ないと巻き込まれてえらい目に会うかもしれないぞ?」
サイファルがやれやれといったような調子言う。
妥当な物言いではあるが、こう上から目線で言われるとカチンとくるものがあるよな。
「オレたちはギルドじゃなくて個人から依頼を受けているんだ。心配してくれるのはありがたいけど、このまま行かせてもらうよ」
「そうそう。それにこー見えてボクら、最上級魔物を倒したことがあるんだからね!」
ガイアが一歩前へ前進し、フンと胸を張って言った。
しかしそんなことを初対面の彼らが信じるはずもなく、サイファルとウルファは嘲笑する。
「まさか。DランクのペーペーがBランク相当の魔物を討ち取っただなんて、この18年生きてきて一度だって聞いたことがないな」
「チッチッチ、人を資格だけでで判断しちゃあイケないなぁお兄さん。ボクらの実力にかかればクサリクの角なんてチョチョイのチョイでゲットさ!」
「ほーん、ならその実力とやらを見せてもらおうじゃないか」
ガイアとサイファルは互いの額をぶつけ合い、目線の間にバチバチと火花を散らせる。
なんか勝手にアツくなってるんだが…。
賛同するウルファとは裏腹に、「全く…」と小声で呟いて呆れ返るアサド。
こちらもジュリアーノは苦笑いを浮かべ、ベルは状況がよく理解できていない様子だった。
サイファルたちと共にオアシスを進むと、数分歩いたところで開けた場所に出た。
お堀のように広い池で覆われた直径200mほどの小島には茶色い地面が露出し、向こう側にはツタで覆われた大きな洞窟。
周りには30人程の冒険者と思しき人々が立っており、皆武器を片手にその時を待つ。
「あそこに見える洞窟がクサリクの巣だ。おっとそれ以上近づくんじゃないぜ、見かけによらずこの池は深いんだ」
池の水面を除くと、ヴァリトラの池のように深い紺碧が見える。
「クサリクの角を手に入れるにはヤツの試練を突破する必要がある。その試練は形容し難いほどに厳しく、毎年たった1人しか生き残らないと言う」
「たった1人?」
「ああ。ギルドの連中が言うには、鎧銭風の服を纏った細身の女が毎回単独で勝ち上がるそうだ。50年に一度しかないというのに」
神妙な面持ちでそう呟くアサド。
鎧銭風の細身の女…。
「多分ドクロさんのことだよね」
「だな…」
あのヒトの実力なら疑う余地もないことだが、問題はそこではない。
毎年がしゃどくろしか生き残っていないということ、つまり、彼女ほどの実力がなければクサリクの角は手に入らないということなのだ。
となると、クサリクの試練を突破するには少なくともCランク相当の実力が必要になってくるということ。
「まずったなぁ…」
ヴァリトラで死にかけたオレたちが、はたして同じ神獣のクサリクに敵うのだろうか。
……いや、滅多なことを考えちゃいけない。
ジュリアーノの杖を作ってもらうんだ、それに意思疎通ができる分ヴァリトラよりも脅威じゃない。
「みんな、やるぞ!」
「もちろん!」
「がんばる!」
オレの言葉にジュリアーノとベルが意気込んだ。
その時、突如としてズシンズシンという重い音が辺りに響き渡る。
足音と共に黒洞洞の中から現れる巨大な影は、洞窟の中から徐々にその姿を露わにしていった。
雄牛の頭が乗り、黄金の装飾をまとったたくましい肉体の下半身は牛で、両耳の上から生えるのは、彼の威厳を表すように光り輝く金の角。
「あれが神獣クサリク…」
まさにジュリアーノの言った通りの見た目だ。
自身の姿にざわつく群衆を見て、クサリクはその大きな鼻から汽笛のような息を吐く。
「我が黄金の角を求めし勇気ある者たちよ、今年もよくぞ集まった。まずは人里からこのオアシスまで少なくとも5日以上、灼熱に打たれながら乾いた辺境の地を越えたことを労おう」
地鳴りのするような低い声が辺りに響くと共に、背中に緊張が走る。
旅の苦労を労ってくれるところ、思っていたよりも人格がしっかりしていそうだ。
ヴァリトラがイレギュラーなだけで、元来神獣とはこういうものなのかもしれない。
「しかしかといってこの黄金の角、容易く渡すわけにはいかん!我が試練を乗り越えた者だけが手にする資格を得るのだッ!」
クサリクの言葉に、祭り事のように群衆は大いに盛り上がる。
来たな試練、内容はなんだ?
「試練は実に単純明快ッ!」
そう言うとクサリクは勢いよく飛び上がり、透き通った水面に隔たれた孤島の上にドシンと着地した。
「この地上の孤島より私を追い出すことだッ!」
彼の言葉が終わると同時に広い池の中から巨大な亀が何匹も現れ、大地と孤島を繋ぐ5つの橋を形成する。
「これより試練を開始とするッ!!さあ来い若人たちよ!この私の肉体を、深甚なる決意で突き落として見せよッ!!」
クサリクの怒号と共に、冒険者たちは一気にカメの上を通って孤島へ乗り込む。
最初に孤島へ渡ったのは浅黒い巨体で、頭に黒い布を被った冒険者。
おそらく体力が自慢であろう彼は背負った棍棒を抜いて振りかざし、さらに巨躯のクサリクへ殴りかかる。
しかしヤツの頭突きに呆気なく吹き飛ばされ、池へ勢いよく落下した。
「甘いッ!正面から打ち倒されるほど惰弱ではないわ!!」
次に攻撃を仕掛けたのは、長身で顔の整った青年。
鎧をまとい銀色の剣を携えた彼は、素早い動きでクサリクの腹の下へ入り込む。
そのまま股下をくぐり抜けて後ろへ回ると、剣を振りかざしてヤツの背中へ強力な斬撃を放った。
が、しかし彼も呆気なく蹴り飛ばされて先ほどの冒険者と同様に池へ落下してしまった。
「言い忘れていたが、池へ落下すれば場外とみなし、即刻失格となるッ!」
地鳴りのするような怒号でそう言いながら、なおも襲いかかる冒険者たちを吹き飛ばしていくクサリク。
地面へ打ち付けられる者、岸のぎりぎりで耐える者、耐えられず池へ落下して失格となる者。
30人ほどいた冒険者は、一気に20人まで数を減らしてしまった。
「なんてパワーだ、さすがは神獣…」
クサリクの勢いに圧倒され、額に汗を垂らす。
オレは震える手足に力を込め、キリッとした表情でクサリクを見た。
「オレたちも行くぞ!」
「!」
「うん!行こう!」
走り出したオレの後にジュリアーノとベルが続き、亀の上を跳んで勢いよくクサリクの元へ走っていく姿を、後ろからガイアが見送る。
島へ上陸し、近づけばわかる、ヤツのとんでもない巨躯に圧倒さされつつも、オレは地面を踏み締めて突進して行った。




