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第32話「教団の刺客2」

 日が沈み薄暗い広大な砂漠の中心、金属同士のぶつかり合う音がキンキンと響き渡る。

 押され気味のスコーピオは経津主(ふつぬし)の刃を受け流し、彼の喉元へナイフを投げるも目前で弾かれ、更に彼の斬撃の風圧がマントを切り裂き二の腕に傷を負った。



「さっきまでの威勢はどうしたよ!ああ!?毒虫ィ!!」


「オンナノコになんてことするのかしら。本当最悪!」



 経津主の避けた斬撃をオレが槍に乗せて跳ね返し、風刃でそのままヤツを吹き飛ばす。

 身軽なせいでまともに受ければ風に乗って遠くへ飛び、距離を稼げる上にバランスも崩させやすい。

 スコーピオは体に付着した砂を払い除け、血の付いたマントを脱いで捨てた。



「こうなったらもう仕方ないわね。脚が傷付くなんて知ったこっちゃないわ」



 そう言うと、ヤツは何やら両手のナイフの柄を繋ぎ合わせ、太ももに携えたもう一つの刃抜いた。

 いずれも妖艶(ようえん)な赤紫に輝く刀身持つが、こちらは片手剣ほどの大きさだ。

 なんて禍々しいオーラ、あれもまた毒の剣か?

 だが、案ずることは無い。

 経津主のおかげで立ち回りがしやすいし、何よりスコーピオが彼に警戒を寄せているのでオレの攻撃が入りやすい。

 正直言って今は少し優勢だ。

 オレはチラッと後方を振り返る。

 砂の上にそびえる氷のドームは光を反射し、内部の様子を全く見せない。

 結界はまだ平気だ。

 けど、このまま優勢を保つだけじゃ何の解決にもならない。


 スコーピオは左手のナイフを手裏剣のように投げた。

 身を逸らして避けるが、すぐに同じ色の剣が目の前から斬るかかる。

 槍で弾くもヤツは弾かれた勢いに乗せて連続で斬撃を放ってきた。

 さっきよりもスピードが増している。

 しなやかに動く刃がヤツの剣捌きで右左に揺れてなんとも捉えずらいのに加えて、先ほどヤツの投げたナイフがブーメランのように背後から帰って来た。

 ナイフの方は経津主が弾いてくれたが、オレは全て捌ききれずに斬撃の何発かを喰らった。

 また体に毒が入ってしまった。

 最初に喰らってから10分ほど経っただろうか、体の痺れは継続、更には視界が(ゆが)みだし息も少し苦しくなってきた。



「無理するなよ」


「ハァ…ああ」



 何か、打開の策を考えなければ。



「ウフフ。そろそろキツくなってきたんじゃないの眷属くん?」


「まさか。お前こそ2人も相手にして疲れたろ、ずっと動きっぱなしでさ」


「ご心配ありがとう。でも十二公を舐めてもらっちゃ困るわ」



 スコーピオは剣を顔の前で横向け、刀身と同じ赤紫の瞳でこちらを見据える。



「聖帝様の御命令が無ければ、貴方たちなんてとっくに(さそり)ちゃんたちのエサになってたんですから」



 そう言うスコーピオの表情は仮面で隠されているものの、声色から不気味に微笑んでいるであろうことがわかる。

 聖帝…経津主からはギベオン教団の頭と聴いたが、やっぱりサウザーみたいに渋い感じなんだろうか。


 そんなことを考えている間にも、スコーピオは再びこちらへ攻撃を仕掛けてくる。

 振りかざされる剣の軌道をよんで避け、投げられたナイフを槍で弾く。

 脇腹を狙った突きを間一髪で避けたオレだが、すぐさま繰り出されたハイキックが頬を襲い、そのまま後ろへ吹き飛ばされた。

 オレが体勢を立て直す間に経津主がヤツへ斬りかかる。

 互角の素早さで互いが互いを斬りつけ合うため、両者ピッタリに刃を防いでいる。



「随分無理してんじゃねぇの?老けて見えるぜ!」


「あら、私の方が傷は少ないのだけれど!」



 正直、あの2人の斬り合う間には入っていけない。

 パワーは勝るとも劣らず、ヤツと対等に戦える程度には持っている。

 けど、オレじゃスピードが足りない。

 1発の軌道を読んで避けることができても、連続的に放たれる斬撃を完全に捌ききることができないせいでこのザマ。

 傷だらけの体が表すのは俊敏性と動体視力の不足、オレの大きな課題だ。


 その時、突然地面が大きくぐらりと揺れた。

 まるで波の上にでも立っているようなあまりに大きな揺れにオレは体勢を保てず、オレはその場へ膝を着く。

 何だ、何が起きた?

 経津主は至って普通、まるで何事も無かったかのようにスコーピオと剣を交えている。

 違う、コレはオレの目眩だ。

 視界が歪み、激しい頭痛と吐き気がする。

 体が熱を帯びて呼吸もしずらい。



「!どうした!」



 経津主がそう問うが、呼吸で精一杯なせいで返答ができない。

 オレは耐えられず遂にその場へ倒れ込んだ。



「ケンゴ!」



 倒れたオレの元へ経津主が駆け寄るが、目を逸らしたその一瞬をスコーピオは決して見逃さなかった。

 ここだ、とヤツの振りかざした赤紫の刃が、経津主の脇腹を切り裂く。



「ぐっ」



 黄色い砂の上に溢れる大量の赤黒い鮮血と共にその場へ膝を着く経津主。

 その様子を見たスコーピオは、剣についた血を払って高笑いをする。

 経津主は何とか立ち上がり体勢を整えようとするも、立った瞬間目眩と頭痛に襲われ再び膝をついた。



「無理よ大きい傷ですもの。毒はいっぺんに入ると効くのが早いのよ、特に運動後の体にはね」



 そう言うとスコーピオは戦闘中に弾かれたナイフを拾って剣をしまった。

 その後ヤツは経津主の胸元を蹴って押し倒し、彼の頬を分解したナイフの片方で撫でる。



「死にはしないわ、2日もすれば熱が引いて3日で頭痛もとれる。なにせ貴方たちは生け取りだから」



 目元の穴から垣間見(かいまみ)えるヤツの瞳は妖艶な赤紫の光を放ち、ニヤついたように歪んでいる。

 経津主…!

 もはや色でしか物を判別できないほどにオレの視界は歪んでいた。

 立ちあがろうにも高熱と痺れで動くことすらできず、ただうつ伏せで前方の景色を眺めるのみ。

 非常にまずい。

 今すぐ逃げるようにジュリアーノたちへ言わないと。

 クソ、動けこの野郎!

 スコーピオは氷の結界へゆっくりと歩みを進める。



「中級魔術なら問題無いわね」



 そう言いながら出した黒い小さな小瓶を、ヤツは結界に向けて投げた。

 結界へぶつかった瞬間に小瓶は砕け散り、中の液体が側面に飛散する。

 すると結界は液体のかかった場所から徐々にに腐食し、小さな穴が空いた。

 穴はゆっくりと広がり、内部の様子をみるみるうちにあらわにしてゆく。



「な!結界が!」



 中で結界を保っていたジュリアーノは慌てて魔力を高めるも、腐食が回り脆くなった結界は無惨にも崩れてゆく。

 結界の保持は無理と悟り、ガイアを抱き寄せて杖を向けるジュリアーノを見て嘲笑を浮かべるスコーピオ。



「無駄な足掻きね、そんな壊れかけの杖で何ができるって言うのかしら」



 スコーピオの言葉に惑わされることはなく、ジュリアーノは水弾(アクアショット)を撃つ。

 しかし壊れかけに杖から放たれる水弾(アクアショット)がスコーピオに通用するはずも無く、易々と手で払い除けてしまった。



「大人しく渡しなさい。貴方のことはどうだっていいんだから、見逃してあげても良いのよ」


「信じられるか!お前たちなんかには渡さない…!」



 その言葉を聞くとスコーピオは大きくため息を吐き、ナイフを振りかざす。



「なら、仕方ないわね」


「ガイ…ア…」



 途切れ途切れの意識の中、オレは精一杯に手を伸ばすが、身長の何倍も空いた距離で届くはずも無く、ただただ虚空をかき混ぜるだけ。

 振り上げられたナイフからガイアだけでも守ろうと、ジュリアーノが抱きながら覆い被さる。

 彼は痛みに耐えるため、グッと力を込めて目をつむった。

 ……がしかし、いつまで経っても刃は落ちてこない。

 恐る恐る目を開くジュリアーノ。

 仮面越しに伺えるスコーピオの瞳には、困惑の表情が張り付いていた。



「おかしい…3人よ、3人いたはずよ」



 そう、結界の名から出てきたのはガイアとジュリアーノの2人だけ。

 ベルの姿だけがどこにも見当たらないのだ。



「もう1人いたでしょう金髪の子が。あの女の子はどこ!」



ドォッ


 凄まじい揺れと共に突如ジュリアーノの頭上から降り注ぐ巨大な影。

 スコーピオも経津主も一体何が起きたのかを理解できず、驚いた表情のままうろたえる。

 轟音と共に立った砂煙は、夜の風に吹かれて来訪者の姿を徐々にあらわにしていった。



「んなっ…骨!?」



 スコーピオの目に飛び込んできたのは、巨大な手型の骨に(すく)い取るように包まれたジュリアーノとガイアの姿。

 しかしスコーピオは怯むことなく刃を突き立てようとした。

 だが再びナイフを振り上げた瞬間、ヤツは背中からの強い衝撃でバランスを崩した。



「ベル!」



 突然姿を現したベルが、スコーピオへタックルを仕掛けたのだ。

 ヤツの腰あたりに抱きついたまま、ベルは砂の上をコロコロと転がっていく。

 するとまたもや頭上から手型の骨が降ってきて、今度はスコーピオ自身を鷲掴みにして日が沈み立ての夜空の月へ天高く掲げた。



「まさか…がしゃどくろか!?」



 そう、そのまさかである。

 黄金の砂の上に一歩ずつ形成されていく2本の長方形。

 砂漠のPTOのそぐわない和装に、下駄姿のがしゃどくろ本人がそこにはいた。



「よくも儂の客人に手を出してくれたのう小娘」


「は…がしゃどくろ?んな、鎧銭(よろいぜに)の大妖怪じゃない!何でこんなとこにいんのよ!」


「貴様には関係のないことじゃ」



 突然姿を現したがしゃどくろに経津主は困惑の表情を浮かべる。



(いきなり何だ、何故来た?いや、それよりも、何故俺様たちの危険がわかった…?)



 彼は脇腹の出血を手で押さえつけながら考えを巡らせる。



(そうか、氷の結界!中が見えねぇのを良いことにベルだけを抜け出させたのか。透明化は高度な無属性魔術、だがベルの瞬足なら数秒の間に見つからない場所まで移動できる。足に防音魔術もかけたな)



 ジュリアーノはガイアを抱き抱えながら、ゆっくりと骨の間を抜けて賢吾と経津主の元へ駆け寄った。



「経津主!ケンゴ!」



 慌てた表情で駆け寄る2人に経津主はフッと笑って見せた。



「抜け目のないヤツだぜ…全く…」


「それ褒め言葉?」


「一応な…」



 砂の上に横たわる経津主はぐったりとしていて、意識も薄れ始めている。

 毒に加えて地面を埋め尽くすほどの大量出血、無理もないことだ。

 ジュリアーノは彼の傷口へ杖をかざし、詠唱を唱えて治療を始めた…が、しかし



「賢吾ー!賢吾ー目ぇ覚ましてよー!死んじゃヤダー!うわあああ!!」



 泣き叫ぶガイアの声が砂漠中に響いた。

 あまりに大きな声だったので驚いたジュリアーノは杖から手を離し、経津主の脇腹へ落としてしまった。



「い“っ!?」


「あ、ご、ごめん経津主!」



 胸へ顔面を押し付けてなおも泣き叫ぶガイアに、経津主は痛みに耐えなだら呆れてようにため息を吐いた。



「死なねぇよ、手前ェの眷族だろうが。気絶してるだけだボケナス」


「賢吾ぉおお起きてぇえええ!!わあああ!!」


「聞こえてねぇ……」


「はは…」



 そんな彼らを尻目に、がしゃどくろは鷲掴みにされたスコーピオへ詰め寄る。



「その仮面、十二公のスコーピオじゃな。貴様こそこんな辺境の地へ何の用事じゃ」


「貴方には関係ないでしょ、さっさと離しなさいよ」



 スコーピオは体を動かして何とか抜け出そうとするが一向に敵わず、(むし)ろ締め付けが強くなるばかりだった。

 しばらく抵抗したスコーピオだったがどうやら観念したようで、大きくため息を吐いて項垂れた。



「諦めたようじゃな、良い判断じゃ」


「摩擦を与えちゃお肌に悪いんですもの」


「安心せい。己が毒で次期に(ただ)れ落ちるわ」



 そう言ってスコーピオを嘲笑するがしゃどくろ。

 彼女の背中から生える4本の骨の腕はうち2本がスコーピオを鷲掴みにし、もう2本は脅すようにヤツの首元へ鋭い指先を向ける。



「動機が分からんの。何故あの子らを狙う」


「あら、あの子の正体を知らないのかしら。てっきり貴方も狙ってるんだと思ってたわ」


「正体じゃと?」


「まあ、どっちにしろ貴方には関係のないことね」



 その時。

 スコーピオの言葉が終わると同時に、2人の間に突如として巨大な砂埃が巻き起こった。



「何じゃ!」



 茶色の煙が風で晴れる頃、うっすらと浮かび上がるのは紛れもないヒトのシルエット。

 なんと、2人の間に来訪者が割って入って来たのだ。

 赤い仮面の来訪者は巨大な深紅の大剣をがしゃどくろの出す骨達へ振り上げる。

 骨は大剣が振り下ろされると同時に大きくひび割れ、次の瞬間轟音を立てて粉々に砕け散った。

 赤い仮面の来訪者は空中でスコーピオをキャッチし、砂埃を起こしながら着地する。



「ナイスタイミング!タウラスちゃんカッコいいわー!」


「うるさい」



 タウラスと呼ばれたその来訪者はスコーピオを地面に下ろすと、こちらを向いた。



「がしゃどくろって言ったか。ウチのが世話をかけたね」



 しかしその語りかけは意外にの丁寧なのもで、がしゃどくろは少しだけ驚いた様子だった。



「教育がなっとらんのう十二公というのは、儂に断りも無く客人を襲うとはの。何故にこの子らを狙う」



 タウラスはスコーピオ同様に仮面で表情が見えない。

 だがヤツよりも遥かに冷静であることは、赤い仮面越しでもジュリアーノには十分感じられた。



「聖帝様からの命令なんだ。そこの生命神と経津主神、倒れてる茶髪の少年の保護命令が出ている」


「生命神じゃと?ここにはそのような者はおらんぞ」


「そのぬいぐるみだよ」


「ナニ?」



 がしゃどくろはゆっくりガイアの方を見た。

 当のガイアは目が合った瞬間に「あちゃ〜バレたか〜」と少し気まずそうに顔を逸らす。

 その様子を見てがしゃどくろは「ハァ〜」と大きなため息を吐き、再びタウラスの方へ向き直った。



「アンタに危害を加えるつもりは無い。ただその子達を引き渡してくれないか」


「意外じゃの、お主随分と腰が低いのじゃな」


「そりゃわかってるからね、アタシ達じゃ敵いっこないって」



 威嚇するようにがしゃどくろを睨むスコーピオとは正反対に、タウラスは至って冷静であり礼儀も(わきま)えていた。

 しかしながらがしゃどくろがその申し出に応じることは無かった。



「断る。此奴らは儂の客人じゃ、依頼も受けておる。注文の品が完成するまでこの者等にいなくなってはもらっては困るのじゃ、儂の職人魂が許さん」



 断固として譲らないがしゃどくろに対しタウラスも諦めたのか、ため息を吐いて大剣をザクッと地面へ突き刺す。

 すると地面へ突き立てられた大剣は一瞬で手のひらサイズまで縮み、その光景を見たジュリアーノは目を丸くした。



「なら仕方ない、帰るよ」


「ハァ?冗談でしょう?タウラスちゃんったらまさかビビっているかしら」


「アンタそれでも歳上か?プライドを優先して犬死にするのはよせって言ってるんだよ」



 タウラスに正論をぶつけられ、むくり返るスコーピオ。



(そんな、あの十二公がこんな反応をするだなんて、彼女はいったい…)


「ほ〜ん、まあ話が通じて良かったわい。そこの大供とは大違いじゃ」



 豆鉄砲を喰らったハトのように目をて点にして固まるジュリアーノ。

 先ほどまで自分たちが成す術なく蹂躙(じゅうりん)されていたあの十二公が、今はたった1人の武器職人の前で大人しく対話をしているのだ。

 様々な感情で握り締めた拳が白く濁る。

 スコーピオは納得がいかない様子だったが、タウラスに無理矢理引き寄せられて仕方なく従っている。



「豊穣を運びし颯爽たる天空の使徒よ、我が命に応えたまえ」



 タウラスがそう唱えた瞬間、突如発生した巨大な竜巻が周りの空気を巻き込んで2人を包み込み、天高く砂の巨塔を形成した。

 引き寄せられぬよう必死に踏ん張るジュリアーノとベルを、骨の腕が包み込んで保護する。

 凄まじい風がやっと治った頃、2人の姿は消えていた。

 薄暗い夜の砂漠にやっと訪れた静寂。

 止血された脇腹を抑えて横たわる経津主、砂の上に座り込むベルと半目を向いて気絶する賢吾に、彼を起こそうと必死に頬を引っ叩くガイア。

 これだけ酷い目にあって、誰も死なずに済んだ。

 脅威が過ぎ去ったのだ。

 その事実を実感した瞬間にジュリアーノは糸が切れたかのように膝から崩れ落ちた。

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異世界転移
― 新着の感想 ―
[良い点] とても読みやすく面白くかったです。 最初ガイアの姿に驚きましたが、読み進めるうちに愛着がわいてきました。 賢吾がガイアの為にぬいぐるみを改造してあげたところがいい奴だなと思いました。 神…
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