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第27話「書物の神様」

「怪我は無いか」


「はい…すみません、ご迷惑を……」


「構わない。仕事中だとしても周りには常に気をかけるように。今回のようなことがまた起こりかねん」


「はい、今度から気を付けます」



 トトは抱えていた少女を床へ下ろす。

 まさか彼が神だったとは。

 やたら見かけるとは思っていたけれど、瞬間移動でもしていたのだろうか。

 うっすらパーマのかかった浅緑色の短い髪に金色の丸メガネをかけていて、健康とは言い難い(くす)んだ肌色だがどことなく高潔かつ知的な印象を受ける。

 トトは少女の服についた埃をパパッとはたき落とし、こちらへ振り返った。



「君たちも、怪我は無いか」



 歩くたびヒラヒラとなびく長い赤のローブ。

 メガネから垂れ下がった細い金色のチェーンが照明を反射してキラキラと小さく輝く。



「いえ、俺たちは大丈夫です」


「そうか」



 そう言うと男はクルリと(きびす)を返し、また本の森へと消えて行った。

 相変わらず行動が早いな。



「あの…」



 例の少女が声をかけてきた。



「助けてくれた人ですよね、露店のところで…」


「覚えていてくれたんだね、オレもそれで声をかけたんだ。最近はどう?また意地悪されたりしてないか?」



 オレの質問に少女は戸惑うような表情を見せた。

 キョロキョロと斜め下を泳ぐ紫色の大きな瞳。



「意地悪はされていないと思います…多分……。それより、その、上着…」


「上着?」



 少女は「付いてきてください」と前方を指差す。

 なんだろう。

 助けてくれたお礼にというものだろうか。

 オレたちは言われるがまま少女の後を追った。

 突き当たりへ差し掛かった時、少女は壁をコンコンと叩く。

 すると一瞬にして壁に亀裂が入り、そのまま引くような動作をすると扉ほどの穴がポッカリ出現した。

 コレも魔術か。

 「お邪魔します」と中へ入れば、そこは落ち着いた談話室。

 書庫内ほどではないが大きな本棚が数個立ち並び、暖炉のそばにはテーブルを挟んで深緑のソファが2つ。



「そこにかけて待っていてください」



 そう言って部屋の奥へと去っていく彼女を目で追いながら、オレたちはソファへ腰をかけた。

 暖炉の炎はパチパチと音を立てて徐々に薪を黒く染め上げてゆく。

 こんな砂漠のど真ん中で暖炉…しかし全く暑苦しくない。

 むしろ心地よい眠りを誘うようにリラックスできる。



「不思議なもんだなぁ」


「どうかした?」


「いやな、砂漠地帯で冬でもないのに暖炉なんて珍しいなと思って」


「あー、まあ亜空間だからね」


「亜空間?」



 亜空間ってなんだ?

 ワームホール的な?



「魔素でできた一部の物理法則が通用しない作り物の空間のことだよ。魔具でもあるでしょう?こーんな小さいのに馬車が入るポーチとか。建物の中にに凝縮した亜空間が詰まっていて、その中に書庫を作っているんだろうね。本来のとはまた別の空間だから外気に干渉されないんだよ」


「へぇ。便利なんだな」



 馬車が入るポーチの話は初耳だが、なるほど。

 4次元ポケットみたいなもんだよなきっと。

 そんな会話をしていると、奥からお盆を持った少女が帰ってきた。

 「どうぞ」とお盆に乗った紅茶と菓子をテーブルに置くと、脇に挟んでいた紙袋を横に置いて反対のソファに座った。



「あ、あの…これ、ありがとうございました…」



 そう言って差し出された紙袋を開けると、中に入っていたのは見覚えのある服。

 取り出してみると、それはオレがあの時少女へ渡した上着だった。



「ああ…」



 血のシミがこびりつき、更には背中部分に大きな穴が空いているだいぶボロボロの上着。

 我ながらよくこんなもの渡したな…。

 しかしなんだか前よりも血痕が薄い気がする。



「まさか、洗ってくれたのか?」


「はい…綺麗にしようとしたんですけど、裁縫は下手くそだしあまり擦ったら色落ちしちゃうしで…」


「そんな、ずいぶん綺麗になってるよ。ありがとうな」



 オレの「ありがとう」という言葉に少女は少し嬉しそうにはにかんだ。

 その様子を聞いていたガイアはソファから浮き上がり、フヨフヨと浮遊しながら少女の近くへと寄って行く。



「ねーね、キミの名前はなんていうのー?」


「え、ええっと……シェファっていいます…」


「へえ、良い名前だね。オレは賢吾。で、こっちはガイアだ」


「よろしくネー!」


「よ、よろしく…」



 まあ、何はともあれ元気そうでよかった。

 ティーカップを口元へ運ぶと、香ばしい茶葉の匂いと共にフルーティーな香りが鼻を突き抜ける。

 うん、美味しい。

 3分の1ほど飲み干したカップをテーブルへ置いた拍子、ガチャリという音と共に暖炉近くの扉が開いた。

 入って来たのはトト。

 あれ、さっきまで書庫にいたはずじゃ…。

 片手で本を読みながらもう片方の手で扉を閉めた彼は、こちらへ眼差しを向けるや否や目を丸くして一瞬静止した。



「君は…ああ、先ほどの少年達か」


「どうも」


「お邪魔してまーっす」



 しおりを挟んでからパタンと本を閉じ、シェファの隣に座った。



「あ、トト様。以前お話しした方々です」


「成る程、礼を言うために招き入れたという訳か」



 間近でよく見れば確かに感じる神の威厳。

 細く座った瞳に一切揺るがぬ口角、そこから(にじ)み出るのは冷たい高潔さ。



「私からも礼を言う。有難う」



 話してみるとなんだか意外と接しやすいかも。

 圧倒的な種類の豊富さもあるだろうが、図書館を利用する人が多いのはこれも理由の内だろう。

 良い神様じゃないか。



「ああ、そうだシェファ。第八書庫の扉の修理はしてくれたか?」



 トトがそう問うとシェファは一瞬キョトンとしてから何かを思い出したかのようにハッとし、



「あ、やりまし…ってない…!やってないです!」



 と言ってバッと立ち上がった。

 そしてそのまま慌ただしくタンスから工具箱と思しき赤い箱を取り出し、部屋から出て行ってしまった。

 言葉を訂正したな。

 テンパると噛んでしまう癖でもあるのだろうか。

 彼女が出て行った後3人きりになってしまった談話室の中、おもむろにトトが口を開いた。



「お互い自己紹介は済んだのだろうか。良ければ私にも君たちの名前を教えてもらいたいのだが」


笠井賢吾( かさい けんご )と言います。こっちはガイア」



 本日2回目の自己紹介。

 まあ別に支障があるわけではないが。



「なるほど、ありがとう。私の名前はトト、書物を司る神をやらせてもらっている。見たところ冒険者のようだな、ミフターフへは出稼ぎに?」


「いえ、旅をしています。でも色々あって砂嵐に閉じ込められちゃって」


「そうか、それは大変だったな。図書館に定休日は無い、何かわからないことがあれば何時(いつ)でも調べに来るといい」


「はい、でももう1ヶ月以上は経つのでだいぶ慣れましたよ。料理もいくつか覚えましたし」


「賢吾の料理はねー、味がしっかりしてて美味しいんだよー」


「ほう、それは是非とも食べてみたいものだ」



 あ、ちょっと笑った。

 なんというか、微笑(ほほえ)みが絵になる人だ。

 世界最大の図書館を運営している神、さぞ(くらい)が高いに違いない。

 しかしながらその内装やこの談話室、ましてや当の本人でさえも(つつ)ましい。

 観光名所だけに力を入れているのだろうか、いや、この図書館だって観光名所のはずだ。



「どうかしたか」


「あ、いえ……」



 あ、そうだ。

 書物の神トト、その名を聞いた時から温め続けた質問がある。



「あの、トト神はその…」


「ん、なんだ」


「予言とかって…できますか?」



 一瞬にしてその場を包む静寂。

 ぐ、愚問だっただろうか。

 いやしかし、これだけはやっぱり訊きたかった。

 ()頓狂(とんきょう)な質問にポカンとした彼から帰ってきたのは、至ってカラリとした返答。



「……いや、できない」



 だよなー。

 よく考えれば本と予言なんてそこまで親密な関係にある訳じゃないし…。

 期待するだけ無駄だったてことだ。



「期待していたのか? 残念だが変装を得意とした兄もいないぞ」


「あー、やっぱそう……へ?」



 え?あ?え?

 知ってる?

 なんで?



「え…なんで…??」


「エジプト9栄神の兄弟のことだろう、違うのか」


「い、いや、そうじゃなくて!なんで知ってるんですか!?」



 ありえない。

 ここは異世界、断片的な記憶の弊害(へいがい)で現世と似たような作品が生まれてしまうことは知っている。

 だけど、ここまでハッキリと“別世界”のものを知っているなんてことはありえないはず。

 まさか、まさか彼はオレと同じ…。



「あなた、もしかして、ち、違う世界から来たんですか…?」


「いいや」


「じゃあ…なんで…」



 納得いかない様子で詰め寄るオレに、トトは至って冷静に答える。



「書庫で読んだのだ」


「え”ぇっ!?読んだってそんな、ジ⚪︎ジ⚪︎があるんですかァ!?!?」


「あるぞ」



 なんてことだ…。

 この世界に……この世界にジ⚪︎ジ⚪︎が存在しているッ!!



「賢吾…いつに無く気迫がすごいよ…」



 ガイアが若干引いているようだがそんなのは今関係ない。

 前世の漫画がこの世界に存在しているだなんて!

 まさに天国じゃあないか!!

 思いがけない繋がりに感動を隠せないオレは、今にも拍手喝采を始めそうな勢いで目を輝かせる。



「だが一般公開はしていない。それらの本は地下の書庫で厳重に保管されている」


「そ、その中に入ることは…!?」


「一般人は立ち入り禁止だ」


「ですよね……」



 まるで空気が抜けたかのように一瞬でしぼむオレの肩。

 そうだよな…何のために厳重保管されてるんだって話だ。

 オレを伝って現代の技術が流出する危険性だってあるし、(いさぎよ)く諦めるしかない…。

 トトはテーブルに置いてあった花形のクッキーを一つ頬張る。



「しかしまあ、君ならば構わんだろう」


「そうですよね…ってえ!!良いんですか!?」



 予想外の回答に前のめりになるオレ。

 トトは距離を保ったままのけ反り、食べかけのクッキーを全て口へと入れて噛み砕いた。



「ああ、君は異世界の作品を知っている、つまりここの住人ではないわけだ。そういった者や信用できる神々には閲覧を許している」


「そうなんだ…じゃあ、入って良いんですか!」


「ああ、構わんぞ。ただし厳重な秘密につき他言無用だ、身内であろうとなかろうと絶対にこのことを話してはならない。それが約束できるか?」


「はい!!できますっ!!」


「ならいい。私に着いてきなさい」


「やったー!!」



 思わず拳を天へと掲げるオレ。

 その様子を「良かったねぇ」とでも言うような様子で見守るガイア。

 なんて運がいいんだオレは、こんなチャンス2度とないぞ!


 トトに案内され、地下にあるという立ち入り禁止の書庫へと向かう。

 2つの階段と3つの扉を潜れば見えるは、ギッシリと 本が詰め込まれ無数に並んだ黒い本棚。

 天に広がる満天の星空には照明が一切存在しない。

 まるで山奥の展望台のような夜空の下は不思議と明るく、強い光源が無いのにもかかわらず本のタイトルがハッキリと見える。



「不思議だな……あ!」



 棚の一つに見覚えのあるタイトルロゴを見つけ、そばへ駆け寄った。



「なんか良いのあった?」


「うん、前の世界で追ってたんだ。……ああ!うっそだろ完結してる!!」



 ハァ〜最終回の作家さんたちのコメント、読みたかったな〜。

 そんなことを考えながら隣に目をやると、そこにも見覚えのある文字が。



「へぇ、こんなのもあるんだなぁ」


「知ってるの?」


「原作を読んだことはないけど、カラオケで父さんがよく歌ってた」



 オレが手に取ったのは、当時連載雑誌の黄金期を支えた伝説的なスポーツ漫画。

 オレ自身世代ではないがタイトルと大まかなあらすじくらいは知っている。

 またその隣には多くの漫画家が影響を受けたと言うこれまた伝説的ダークファンタジーの金字塔。



「5巻しかないんだ」


「それに目をつけたか」



 ペラペラとページをめくっていると、トトが手元を覗き込んできた。



「悪魔たちのデザインや人間の恐ろしさの描写が秀逸でなかなかに面白いが、読み終えた際の絶望感はダテじゃないぞ」


「や、ヤバいですか…」


「覚悟は必要だな」



 そんな調子で書庫を回っていれば時間はあっという間に過ぎていく。

 特に片手で漫画を開きながらするトト神との会話は実に楽しかった。

 ミーム的な漫画のセリフやポーズなんかを全て理解して返してくれるし、何よりそういった会話が久々でとても新鮮に感じられる。

 この世界では絶対に体験し得ないだろうと思っていたものだから、どの漫画が好きだとかキャラが1番強いかだとか、そういう話をできることがとにかく嬉しかった。



「で、オレはハーヴェストが最強だと思うんですよ!使い手がアインシュタインとかだったらもうラスボスクラスでしょ!」


「なるほど…まあ一理あるが、数で物を言わせても正体を暴こうものならワンダー・オブ・Uの厄災でいくらでも蹴散らせる」


「そ、そこはアインシュタインがどうにか考えて…」


「君には考えつかないようだな」


「うう…」



 やっぱり論争じゃ勝てないなぁ。

 知識量が違うんだ、仕方ないさ。



「そういえば、図書館の職員?はどれくらいやられてるんですか?」


「司書ということか。そうだな、正式にはミフターフが建国されてからだ」


「そんなに長く…」


「そうでもないさ。ミフターフは比較的新しい国だ。4500年の昔に伝令の神メルクリウスが建国し、今から約500年前に彼の死と共にその権威が現王族へと渡った」


「いやいやいや、4500年って十分長いですよ!」



 現世で4500年だなんて、船旅の時代から月まで到達してるよ。

 その間ずっとこの図書館を管理し続けていたって、オレだったら気が狂いそうになる。



「そうでもないよ。アウローラなんて建国されてからもう1万年くらい経ってるからね。1番古いとこは2万年くらい経ってるんじゃないかな」


「そ、そんなに!?」



 2万年なんてもはや古代文明の域じゃないか。



「大変じゃないんですか、職員も少ないなかこの広い図書館を…」


「そこは分身を使っているので問題ない」


「分身?分身できるんですか!?」


「できるぞ」



 そういうとトトは懐から緑色の羽を一枚取り出してフッと息をかける。

 宙に舞った羽はその場に小さな竜巻を発生させてみるみるうちに人型へと変形していき、最後には完璧と言えるようなもう1人のトトがそこへ出現した。



「はぇ〜。見分けがつかん…」


「わあ、すごい。魔力までトトにソックリだ」


「ヒーリングと同じだ。初歩的な魔術だが構築法や魔力量を調節すればこのように高度な分身も作れる」



 どうりでどの書庫へ行ってもトトが見つかるわけだ。

 第二書庫でオレと会ったことを知っていたってことは、記憶も共有されているってことだよな。

 さすがは神、魔術も卓越して素晴らしい。

 利用者としてはいつでも1番詳しい人に訊けるのはすごくありがたいよな。

 今まで話をしてみたところ、雑学や史学にも詳しそうだ。

 この世界には色々と分からないことが多いし、彼に訊いてみればある程度明確な答えが得られるかもしれない。



「あの、話戻るんですけど、何万年も時代がある割には…その、言っちゃ悪いかもしれないけど科学の発展が遅いというか、薬やら蒸気機関は見かけるけど電子機器は全然無いし、みんな中世みたいな暮らしぶりですよね。いや、魔法世界に科学を持ち込むのはあんま良く無いかもしれないけど、やっぱそれだけ長いこと人が暮らしてればデジカメの一つでもあって良いんじゃないかって思って」


「あー、なるほどねぇ」



 この世界の人々の暮らしぶりはやたらと古めかしい。

 魔術における技術の発展は目を見張るほどに素晴らしいが、アウローラなら街を行き交うドレスやタキシードに兵士の装備や、未だに馬車を用いている点、ミフターフなら中世アラビアのような宮殿や泥で造られたと思しき家の外壁など、科学技術があればずっと便利になるようなことはほぼ全て現代に劣っている。

 国が建国されている時点で数万年前には既に一定の文明水準をクリアしているはず。

 ならば何故…?



「おそらく、魔術や神の存在が関係しているだろう」



 トトが手に持った本を棚へと戻し言った。



「君たちの世界は人が食物連鎖の頂点であり、星で最強の生物。しかしこの世界においてはそうではない。直立二足歩行である程度の知能と教養を(たずさ)えた生物を人とするのであれば、その上には常に神の存在がある。つまりこの世界では食物連鎖の中に神が含まれている、それがまず大きな違いだ」



 オレたちが通路沿いの椅子へ腰をかけると、トトもその隣に座って話した。



「そしてもう一つの違いというのは神が人へ友好的な点だ。この世界に存在する大国の殆どが原初は神により建国された国であり、現在進行で統治しているところも少なくはない」


「神国のことだね」


「そうだ。一国を統治し、祭事には人々と接することもある。これがどういうことが分かるか」


「ええっと、神が身近?」


「そうだ」



 なるほど。

 確かに神様って神聖で神秘的なイメージだったけど、ガイアや経津主(ふつぬし)と接していくうちにその感覚がだいぶ薄れていた。

 本来は御社(おやしろ)とかに(まつ)られてる見えちゃいけないものだもんな。



「身近で友好的な神々は人々の願いや助けによく耳を傾ける。つまり人々は神による助け舟を認識しやすいのだ。するとどうなるか」


「神に頼る人が増える…?」


「そう。天変地異や異常気象があっても神が助けてくれる上、恐ろしい魔物が現れても神が解決してくれる。何故なら彼らは同じ土地で共に暮らしている、自衛と共に人々も救済しているのだ。するとわざわざ科学の技術を発展させて対策を取る必要も無い」


「なるほど…魔法もありますもんね」


「そうだ。現在燃料として用いられている割合が最も多いのは石炭と魔力、中でも魔晶石から抽出される魔力は特に身近だ。わざわざ機械を作って電気を起こすよりも、自然の魔素から絶え間なく生成される魔晶石を使う方がずっと手っ取り早い」



 オレたちの世界とは環境がまず違うということか。

 そうすると『神頼み』の重さもずいぶん違ってくるだろう。

 大変だなぁ神って。



「でも、やっぱり不便なこととかあるんじゃないですか?遠くにいても声を聴きたいとか、昔の思い出を動く状態で記録したいとか、計算を早くしたいとか」


「そこは魔術でどうにかなる。例え使えなくても魔具がある」


「ああ〜…」



 魔術チートすぎ…。

 脳みそすり減らして化学技術を進歩させるよりも、ハナから自然の中に存在する物質とそれらを操る手段を上達させる。

 まあ確かに、こんな環境の中ならそれが妥当なのかもしれないな。

 科学の発展は自然破壊にもつながってしまうわけだし、溶けて魔素に戻る魔晶石の方がエコロジーってもんだよな。



「おや、もうこんな時間か。随分と話が長くなってしまったな」



 トトが腰もとから取り出した懐中時計は時刻にして午後5時近くを刺している。

 もうすぐ閉館時間だ。



「ボクらもそろそろ帰ろっか」


「そうだな、ジュリアーノたちも帰ってるだろうし」



 立ち入り禁止の地下書庫を出て談話室へと戻ると、シェファが暖炉の前のソファに腰掛けていた。



「あ、トト様。扉の修繕終わりました」


「ああ、ご苦労だった。あとは私がやるからゆっくりしていなさい」


「はい。………ケンゴさん!」



 談話室から出ようとした時、シェファがオレを呼び止めた。



「…き、気をつけて…ください…」



 後半につれて彼女の声は小さくなっていったので、何をいったかをキチンと聞き取ることができなかった。

 きっと見送りの言葉だろう。



「ああ、ありがとう。それじゃあね」



 それだけ言って、オレは扉から談話室を後にした。


 閉館前の図書館入り口は帰る人々が押し寄せて混み合っている。

 これだけの空間があっても入り口はあの一つだけもんな。



「今日はありがとうございました。漫画の話とか色々できて、なんか少しの間地元に帰れたみたいでとても楽しかったです」


「何話してるかはよくわかんなかったけどー、賢吾が楽しそうでボクも嬉しかった!」


「そうか、喜んでもらえたのなら私も本望だ」



 トトは自身の胸に手を当てて少し微笑んだ。

 今回の交流で彼への印象は120°くらいは変わっただろうか。

 冷徹そうな雰囲気だったけど、意外とオタクだし少年心もわかってくれて、なんだかクラスで1人浮いているガリ勉がとんでもない漫画好きだったみたいな、そんな感じだ。



「そうだ賢吾、私と友達になってはくれないだろうか」


「ああ、はい別に……はぁ!?え、今なんて言いました……」


「友達になって欲しいと言った。それに今後は私に対して敬語は使わなくて良い。名もトトと呼んでくれ」


「えっ!?」



 オレは突然の申し出に戸惑い、あたふたと行き場のない両手を振る。

 と、ととと友達!?

 友達って、友達だよな……友達…??

 それに敬語を使うなって、そんな……



「そ、そんな、ダメですよ神様を呼び捨てだなんて!不敬ですよ…」


「ボクや経津主(ふつぬし)にはタメ口呼び捨てなのに〜?」


「立場の問題だっ!」



 この神、突拍子もないことを言い出す。

 いや別に不都合があるわけではないが、多くの国民に信用され、このような素晴らしい図書館を4500年もの間守り続ける神に対してタメ口なんて……正直申し訳ない。



「良いのだ。向こうの世界の書物は君や私含め、限られた者のみしか知り得えない。だから今回、君と色々なことを話せて私自身も相当楽しませてもらった。それに、」



 トトぬいぐるみに身を包んだガイアを静かに見やる。



「原初神の眷族ともあらば、末永く様々なことを語り尽くせる期待が持てる」


「えっ…原初神って…」


「やっぱり、気付いてたんだね」


「ああ、君たちがこの図書館へ訪れた時から」



 魔力でわかったのだろうか。

 信用できそうだし隠す気は毛頭無かったが、こうしてバレてしまうとたちまち襲ってくる罪悪感。

 末永く趣味について語り尽くせる期待か…。

 今の所ガイアの後を継ぐ気は無いんだが…まあ、パーツを全て見つけるまでは不老不死なわけだ。

 オレも漫画の話をできるのは嬉しい。



「ええっと…じゃあ、トトって呼べば良いのか…」


「ああ」



 トトは小さく微笑み、左手をオレの前へ出した。



「よろしくな。賢吾」


「こちらこそ」



 互いに握手を交わした瞬間、その場に生まれる新たな友情。

 まさか神と友達になってしまうとは、しかも多くの民から(した)われるほどに(くらい)の高い。

 これも運命というやつだろうか。

 いやいや、深く考えるな。

 きっと彼はオレのことをただのオタク仲間としか思っていない。

 正直オレもそんなもんだ。

 重たく考えすぎず、気楽に行こう。

 実は漫画好きだったガリ勉と仲良くなった。

 たったそれだけだ。

トト神

挿絵(By みてみん)

縦書きではイラストが表示されませんので、ぜひサイトの方でご覧ください。

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異世界転移
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