第23話「初心にかえって」
アルビダイアに着いてから一夜が開けた。
ギルドの食堂でテーブルを囲んで朝食を取りながらオレたちは今、作戦会議をしている。
「とりあえず、僕らはまたEランクで依頼を受けなきゃならないんだよね」
オレたちの会ったギベルティが偽物だった以上飛び級の話は実質無しということになる。
つまりはまたEランクから地道に依頼を受け、チビチビとランクを上げていかなくちゃあならないということ。
「低級魔物の討伐依頼1回の相場がだいたい5000ルベル。1日の宿代が14000ルベルで今の残金が手持ちと合わせて36000ルベル。時間的に1日に受けられる依頼の数は2回までが限界だ、そうすると」
「9日もすれば一文無しだぜ」
「戦利品を売るにしても1日に4000ルベルを埋めるのは厳しいよね…」
ガイアはぬいぐるみのフリで誤魔化せるとはいえ、やはり宿代が痛い。
かといって野宿をするのも、街を一歩出れば魔物がうじゃうじゃとはびこるような環境で安眠できるわけがない。
だがしかし、解決策は昨日の時点で考えてある。
「パーティーを分けてそれぞれで依頼を受けよう。両方が2回ずつ受ければ1日20000ルベル稼げる」
「分けるったってどうするんだよ、冒険者は俺様入れて3人しかいないんだぜ」
「そこは大丈夫だ。ベルが冒険者になってくれるそうだから」
昨夜2人で話し合った。
依頼に出向いている間彼女を宿に放っておくわけにもいかないし、共に行動する以上危険が伴うことは否めない。
それにこの子には戦いの才能がある。
遭難中に食料を得るために動物や魔物を共に狩ったが、彼女は足手まといどころか俊敏な動きで見事な囮役を演じた。
ギルドにおいて新人冒険者は一律Fランクからの始動だが、確かFからEまでは推薦でそのまま昇級できたはず。
「マジかよ…まあ、常人よか使い物にはなるだろうが……良いのかお前は」
「ご、ごはん、もらってる、から」
「おう…意外と律儀なんだな」
話し合いの結果オレたち5人はそれぞれAチームとBチームに分かれた。
・Aチーム
賢吾、ガイア、ベル
・Bチーム
ジュリアーノ、経津主
ベルは回復役であるジュリアーノと一緒にさせたかったが、彼女の実力はまだまだ未知数であるし、魔導士かつ遠距離専門のジュリアーノが1人で群れの魔物を相手にするというのはあまり好ましくない。
なのでベルはオレとガイアのチームと行動させることにした。
自分で言うのもなんだが、オレは近距離遠距離共にそこそこ戦いをこなせる。
遭難中に多くの魔物や動物たちと戦ったことで、槍の魔力操作もだいぶコツが掴めた。
応急処置の薬液やら包帯やらは元々持っているし、まあ低級ならば問題はないだろう。
オレたちが受けたのは砂漠に潜む魔物デザートフロッグの群れの討伐だ。
遭難中に何度か遭遇したのでいくつか狩って焼いた肉を食べたが、正直肉がパサパサしているし臭みが強くて食えたもんじゃない。
しかしそんなデザートフロッグの肉をこのベルはとても気に入ったらしく、1人で2匹分の肉をたいらげてしまった。
ギルドのカウンターでその名前を聞いた時も、すごく瞳を輝かせてたよな。
やってきたのはアルビダイアより少し離れた砂漠の道。
黄金の上に金属製の立て看板が点々と並び、別の街へ向かう旅人の道案内をしている。
「こんなのがあったんだね。ボクらの来た方にもいくつか設置してくれれば良いのに」
「難しいんだろ。アッチは魔物がうじゃうじゃいるし」
ギルドで聞いたが、オレたちの飛ばされた場所は特に魔物が多く、危険地帯に指定されている区域らしい。
今回の依頼も立て看板近くに巣喰った魔物の駆除と立て直しだし、きっと設置してもすぐに壊されてしまうのだろう。
しかし…。
「おっっもいなコレ……」
嬢に手渡された新しい立て看板は長さ約1.8mと意外と大きい。
しかも全てが鉄製であり、長さの大半を太い軸が占めているがためにとても重い。
かれこれ20分ほど背負っているが、もうすでに肩が痛い。
「賢吾大丈夫?」
「も、も、もつ?」
「…大丈夫だ。もう少しで着くしな」
そういえば、依頼に出向く前にベルに新しい服を買い与えた。
いささかお金が無いので最低限でしかないが、あのボロ着のまま過ごさせるのは可哀想だし本人も気に入ってくれたようだった。
まあ、必要な出費だよな。うん。
しばらく歩くと目的の立て看板を見つけた。
殴られたロッカーのようにベコベコになった鉄製の看板は、ところどころが紫と緑が混ざったような毒々しい色に変色している。
看板を埋める黄色い山のような集合が、オレたちの足跡を察知してギョロリとした目玉を一斉に開いた。
「いたぞ、デザートフロッグ」
「毒を持ってます」と言わんばかりに黄色い体に紫の斑点模様という毒々しい見た目に、飛び出た大きな二つの瞳。
30cmほどの胴に付いた短い足と長い尻尾が成長途中のオタマジャクシを彷彿とさせる。
看板を置き、槍を取り出して構える。
「ベル、危なかったら無理しなくて良いからな」
「だ、だいじょぶ」
経津主から受け取った小刀を腰から抜いて、刃をデザートフロッグに向ける。
ヤツらはこちらを敵と認識したようで、山を崩して一斉に襲いかかってきた。
短い足に似合わない跳躍力で飛びかかってくるデザートフロッグは、大きく口を開いたかと思うと喉の奥から紫色の液体を吹き出した。
オレは素早く地面を蹴り、それらをかわした後に槍で叩き落とす。
危ない危ない。
ヤツらの吐き出す液体には金属を腐食させる作用があり、立て看板を変色させたのはおそらくあの液体だろう。
とはいってもデザートフロッグ自体は低級魔物なので、触れたとしてもヤケドのように赤く腫れ上がるだけだ。
ベルの方を見ると、彼女は素早い動きでデザートフロッグを圧倒していた。
「ベルー!がんばれー!見えないけどー!」
ガイアがフワフワと飛び回りながらベルへ声援を送る。
ベルの動きはさながら獲物を狩る肉食動物。
攻撃をかわしながらヤツらの胴体へ小刀を深く突き刺していく。
ボトリボトリと次々に地面へ落下するデザートフロッグは、砂へ打ちつけられた瞬間にぴくりとも動かなくなっている。
即死…?
まさか、もう急所を把握しているのか?
ヤツらとは数回出会しただけ、しかもベルが直接戦ったのはコレが初めてのはず。
見た感じ、技術があるというよりかは本能のままに動いてるって感じだよな。
程なくして十数匹いたデザートフロッグたちは全滅。
古い看板を引き抜いて新しいものを設置した後、遺骸を4匹ほど風呂敷に包んで持ち帰った。
道中で幸運にもサンドクラブの巣を見つけたので、そこでも3匹を食料として捕獲した。
トゲトゲした橙色の外骨格に覆われた、尻尾も入れて体長1mほどのサソリっぽいカニ。
この太い足と胴の中のミソが美味いんだ。
「大量だねぇ〜」
「た、たいりょ」
「晩飯はちゃんと料理して食べような」
サンドクラブは胴と足を紐でしばって背負い、デザートフロッグはベルが持ちたいと言うので彼女に持たせた。
デザートフロッグの体液はギルドでそれなりの価格で引き取ってもらえる。
2匹を売って1匹をベルが食べるとして、残りはジュリアーノの作った冷蔵庫にしまっておこう。
その後もオレたち3人は別の魔物の討伐依頼を難無くこなした。
まあ、低級相手だから当たり前ではあるが。
しかし、驚くべきはベルの身体能力だ。
今回の魔物も全く苦戦していなかったし、依頼の途中で一度流砂に巻き込まれたのだが、彼女はオレが助けるまでもなく自ら易々と抜け出してしまった。
首を振り回して砂を落とす姿はやはり獣を彷彿とさせる。
良いとこの娘だと思っていたけれど捜索願いみたいなのも今のところ見つかっていないし、もしかして意外と山育ちだったりするのか?
「ベルは山とか森とかに住んでたりしたのか?」
「す、すんで、ない」
「そっか、じゃあ何か習っていたりしたのか?狩りの仕方とか」
「な、な、ない。」
「そうか…」
まさか本当に本能?
今の時代の人間に狩猟本能とかマジで残ってるのか?
そんなことを考えていると、背後からオレの名を呼ぶ声がした。
「ケンゴー!」
どうやらジュリアーノたちが依頼から帰ったようだ。
元気に手を振りながらこちらへ歩いてくる彼の後ろには、大きな荷物を背負った経津主の姿。
「お疲れ様。遅かったな」
「食料探して色々回ってたからね」
「そうだぜ、見ろよコレを」
そう言って経津主の風呂敷の中には山のよう果物や鳥やカニがあった。
広げた瞬間にこぼれ落ちた果物を「おっと」とジュリアーノがキャッチする。
「赤砂の果実にサンドクラブ、砂漠オオキジに小石芋、大収穫だぜ」
「こんなに摂ってきたのかよ…!」
まだ生きているらしいサンドクラブの足が動いている。
甲羅にヒビが入って割れているし砂漠オオキジも半目で泡を吹いている、コイツ峰打ちでシメたな。
「一応止めたんだけど、まあ保存はできるしね」
「大丈夫大丈夫、朝の分もあるし5人もいれば食べきれるでしょ!」
「にく!」
ベルが瞳を輝かせて身を乗り出す。
オレはやれやれとため息を吐きながらもそれらをまとめた。
さて、ここからはオレの仕事だ。
これらの食材を調理して今夜の晩飯を用意する。
料理なんてできるのかと思うかもしれないが、そこは問題無い。
何故ならば、アイテールの下僕時代に散々やらされたからだ。
早朝からしごきにしごかれたヘトヘトの昼飯時に何故かヤツの昼飯を作らされた。
しかも味が悪いとその後の修行がとんでもなく厳しくなるので、メイドさんに手取り足取り指導してもらいながらやっとの思いで毎日作っていた。
その時は何のためにやらされてるのか、嫌がらせなのかと思いながら渋々やっていたが、今となってはちょっと感謝している。
「もう少し塩を足すか…」
ギルドの食堂の台所はギルドパスポートがあれば200ルベルで貸し出してくれるので、出費をなるべく抑えたいこちらとしてはとてもありがたい。
調味料や調理器具まで自由に使えるだなんて、なんたる至れり尽くせりだろうか。
「お待たせー」
完成した料理を持って部屋の扉を開けると、皆は談笑の途中だったよう。
ベルはオレの声と料理の匂いに気付いた瞬間、瞳を輝かせて駆け寄って来た。
「わー、良いにおい〜!!」
「お前ら手洗ったんだろうな」
「おうよ。早く食おうぜ」
オレは料理を乗せた皿をテーブルの上に置いた。
今回作ったのは『サンドクラブのガーリック風味』と『砂漠オオキジと小石芋のスープ』、『デザートフロッグの蒸し焼き』。
凝ったものは作れなかったが、材料の量と質が一級品なのでそれなりの食べ応えと満足感は得られると見た。
「いただきます」と手を合わせ、皆で料理を頬張る。
「あーん、ん!おいひぃ〜」
「あぁ…アウローラの味だ……」
ピョンピョンと跳ね回るガイアとは裏腹に瞳を濡らすジュリアーノ。
経津主は箸がないので渋々にフォークを使っていたが、一口食べるとそんなことはお構い無しに笑顔で頬張っていた。
「まさか、賢吾にこんな才能があったとはなぁ」
「なかなかに美味いだろ?」
「見直したぜ」
喜んでもらえたようで何よりだ。
どれ、オレも……うん、美味い!
サンドクラブの火の入り具合が丁度いいな。
ニンニクが少なかったかと心配していたけれど、サンドクラブ自体の香りと混ざって案外良い感じだ。
ベルの方を見て見ると、彼女は瞳を輝かせながら黙々とデザートフロッグの肉にかじり付いていた。
あんまり夢中で食べているものだから、口元がだいぶソースで汚れてしまっている。
「そんなにガッつかなくたって、飯は逃げないぞ」
そう言ってオレはベルの口に付いたソースをハンカチで拭った。
「ん、お、おいし、い!おいし!」
「お、おおう、そりゃあよかった…」
キラキラの瞳をしながら興奮気味に話すベル。
丸焼きにしたデザートフロッグを部位ごとに切ってソースと和えただけだが、まさかこんなに喜んでもらえるだなんて思いもしなかったな。
食べることを再開したベルの口元にはまた大量のソースが付着していた。
さっき拭いたばっかなのに…。
「賢吾〜!次!次!スープ!」
「あー、はいはい」
オレは手に持っていたハンカチを置き、スープをすくってガイアの口へと運んだ。
「おいひぃ〜」と言いながら満面の笑みで芋を咀嚼するガイア。
はあ、ガイアと言いベルといい、何だか手のかかる妹が1人増えたような感じだ。
ジュリアーノが食べようと狙っていたハサミを経津主に取られて、頬を膨らませている。
ベルは相変わらず夢中で肉を頬張り、ガイアは今度はカニが食べたいとオレを催促する。
5人。
仲間も増えたもんだな。
最初はオレとガイアの2人きり、ジュリアーノとパーティー組んで、経津主に出会って酷い目にあって、そしてこのミフターフでベルに出会った。
こちらの世界へ来て、もう2年の時が流れた。
最初はどうなるかと思ったけれど、こんなに素晴らしい仲間にめぐり逢えて、美味い飯も食べられて。
和気藹々と食べ物を頬張る仲間を眺めながら、そんな気持ちに浸っていた。
…きっと、これからの出会いも素晴らしいことが待ち受けているに違いない。
そんなことを考えながら、オレはカニの殻を割って口へ運んだ。
ー???ー
カツ、カツ、カツ…。
満天の星空の下、淡いコバルトブルーの光が照らす大理石の床をゆっくりと踏み締める音が響く。
まるで星空の海に浮いたかのようなその空間はどこか古代ギリシャの神殿にようで、立ち並ぶエンタシスの上で輝く銀色のレリーフには、それぞれ星座を模したような彫刻が施されている。
その下で水色の髪を揺らしながら歩くのは、ギベオン教団十二公が1人、アクエリアス。
「仮面はどうした」
前から来た男が、すれ違いざまに彼へ話しかけた。
両手両足に銀と青の甲冑を纏い仮面をつけた男は、長い髪を揺らしながら振り返り、仮面越しに彼を睨みつけた。
「別に」
アクエリアスはゆらりと真顔で振り返り、興味がないと言わんばかりの低い声でそう言った。
「以前にも注意をしたはずだ。たった5日前にも」
後半へ行くにつれて低くなっていく男の声に、「めんどくせー」とため息を吐きつつ腰を逸らし、さらに生意気な態度をとってみせるアクエリアス。
「仕方ねーだろ邪魔だったんだから。あそこは寒過ぎて吐息が凍るんだよ」
「十二公の正装とも言うべき聖帝様から賜った仮面を邪魔呼ばわりとは。アクエリアス、貴様どういうつもりだ」
顔が見えずとも男から伝わるイラつきに、流石のアクエリアスも冷や汗をかいた。
だが、負けず嫌いが彼の性格。
なおも生意気な表情で彼へと近づき、顔を近づけてニヒルな笑みで睨み返してみせる。
「ジェミニよお、お前はカタブツが過ぎるんだ。これだから爺さんは脳みそが岩みてーにカチンコチンで困る。運動した方が脳が活性化するらしいぜ。ワープばっかり使ってねぇで自分の足で歩いたらどうだよオジイチャン」
「言葉には気をつけろ」
ジェミニと呼ばれたその男は、静かにとても低い声でそう言い放った。
そして突如、彼の体から湧き出す膨大な量の魔力。
それは星空を覆い隠し、2人と半径10m程を軽く包み込んでなおも広がっていく。
魔力感知の能力を持たないアクエリアスですらたじろぐ程、その魔力は絶大かつ重厚であった。
(はは、流石は十二公最強の男。放つ魔力からしてヤバいヤツだぜ)
「何をしている」
渦巻く魔力を斬り裂くように突如として現れたのは、長い黒髪に仮面を着けた和装の男。
腰に短長2本の刀を携え、腕に残った無数の傷跡が袖口から見え隠れする。
「ピスケスか。丁度良いぜ、この偏屈ジジイをどうにかしてくれよ」
ピスケスは仮面越しに2人を見やり、ある程度状況を把握すると小さくため息をついた。
「またお主かアクエリアスよ。何故こうも問題を起こしたがるのだ。数日前にも聖帝様からお叱りいただいたばかりなのだろう。」
彼の口から漏れ出たのは説教の言葉であった。
2人に増えた敵に対し、「やっぱこうなるよなー」とギリギリと奥歯を鳴らすアクエリアス。
「我ら十二公は聖帝様へ永遠の忠義を約束し、何千と存在する信者から選び抜かれた直属の精鋭。せめてこの館内では正装を我が身に施すが最低限の礼儀であろう」
2人の大男が放つ険悪と呆れのムードに、通路を通る女中たちはたちまち後退りしていった。
だがアクエリアスは大きなため息を1つ吐くと、再びニヤニヤとしながら話し始めた。
「ま、俺はお前らよりよっぽど役立ってると思うがな」
「何だと?」
彼は得意げな顔でフフンと笑って見せると、再び腕を組んで2人へ挑発的な眼差しを向けた。
「命の神の眷族を見つけた」
「「!!」」
仮面越しからも分かる2人の驚愕の表情に、アクエリアスは得意げな顔で話を進めていく。
「ベラツィーニ宮殿に忍ばせてる奴から情報が入った。奴等は今ミフターフにいるらしいぜ、しかも経津主神も一緒にな」
(驚いてんな。ざまあみやがれ)
「これから聖帝様にお伝えにいくところだぜ。なんて褒められるんだろうなぁ、で、お前らはいったい何をしてんだ?あれだけの事言っててよぉ、勿論情報の1つや2つ掴んでるんだよなぁ?」
「まさか…」
困惑と意外が混ざり、複雑な感情でたじろぐジェミニ。
しかしピスケスは至って冷静であり、自分たちを見下すように喋るアクエリアスに対し落ち着いた姿勢で接した。
「確かか」
「確証は無ぇ。だが言葉に出したのは経津主神だ、揶揄うとしても奴がデマカセを言うとは思えん」
「成程…」
アクエリアスは2人に嘲笑を溢すと、踵を返して再び歩き出した。
数歩歩いた後、何かを思い出したかのように一度止まると、
「奴等、鎧銭に行くらしいぜ。もしミフターフで捕まえられなきゃ、ソッチまで行くことになるかもな」
そう言って長い廊下の奥、扉の先へと消えて行った。
取り残されたジェミニとピスケス、あたりはたちまち静寂に包まれ、女中が大理石を踏む音だけが響く。
ジェミニは腕を組み、複雑そうな顔で考え込む。
「あの問題児、欲が脳を埋めてばかりだと思っていたが…」
身勝手な行動が目立つアクエリアスの評判はあまり良いとは言えない。
過度に自尊心が強く保身と利益の為にばかり動く彼が聖帝の命令に従い、そして自分たちよりも大きな成果を上げつついることがジェミニは少々納得がいかなかった。
「彼なりの努力だろう。今回ばかりは認めようじゃないか」
「良い予感はしないがな」
ジェミニはため息混じりに踵を返し、彼もまた廊下の奥へ消えていった。
ジェミニを見送った後、ピスケスもその場を去る。
透けた天井から降り注ぐ星達の光が白い石造りの廊下を照らす。
ここの星は下界の事情など構わずに、年中同じ光で同じ並びで瞬き続ける。
まるで本当の夜空の様に星座を描きながら。




