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第四部:乾杯の歌(前編)

このシーンは何度か書き直した末に、このような結末になりました。

3/29:タイトルを変更しました

 

 コツン、コツンと足音を立てながら、あたしは石造りの螺旋(らせん)階段をのぼっていた。もちろん左右も石の壁で出来ている。何せここは塔の中のだから。


 結構な段数をのぼったと思う。しかも急こう配なので、右手を壁につけたままでいないと不安になる。そのせいか、大きな手提げカゴを持つ左手がもう疲れてきたようだ。

 それからもう少しの間、あたしは終着点に向かって黙々と階段を登る。


 やっと階段を上りきった先には、頑丈そうな分厚い鉄扉が一つだけあった。

 あたしはその扉の前に立つと、少し背伸びをしてみる。扉の上部にある鉄格子のハマった小窓に手をかけるためだ。

 そして鉄格子の間から、あたしはが部屋の中の様子をうかがうと──。


 中は想像以上に狭く、殺風景で粗末な部屋の作りになっていた。

 パッと目についたのは、簡易寝台と大きな木箱に水瓶。他にはテーブルと椅子とランタンがあるくらいだ。


 あとは男が一人だけかしら?

 そう、部屋の中心付近で主と思しき男が、うつむき加減で椅子に座っていた。


 元箱入り娘(ひきニート)としては、こんな部屋でお姫様(ヒロイン)を幽閉するのは不適切だと思う。

 でも部屋の主は、まんざらでもないような様子だった。

 その彼は今、頭上の天窓から差し込む光を頼りに、熱心に何かを読んでいる。


「何を読んでいるの?」と声を掛けてみた。


「アルベルト・アンジェラ著作の『古代帝国における貨幣の旅路』だね」


 その男の髪は肩まで伸びており。同じように不精髭も伸び放題である。

 どちらもシルバーグレイの色をしていた。

 声の感じから察するに、ずっと元気そうだ。良かったわ。


「また変わったものを手に入れたものね。ちょっとアナタらしくないタイトルに思えるけど?」

「差し入れに書物を頼むと、これが届けられたのさ。私が欲しかったものとは少し違うけど、これはこれで面白いものだよ。古代の生活様式を知る上で、なかなか有意義な専門書かな」


 あぁ、なるほど。あたしは一瞬でその差し入れの主の顔が思い浮かんだ。

 まず間違いなく、彼の親友である赤毛の騎士様(ヒイロ)に違いない。

 彼の好みを完全に無視した、センスのない適当な書物のチョイスから、それがうかがえた。


「あなたの甘い物友だち(ヒイロ)って、芸術面での理解が皆無なの?」

「ああ、彼は実利主義者だからね。甘い物だって、取っ掛かりは軍用食に有用かどうかで、考えているフシがあるからね」

「言われてみれば、確かにそんな感じよね。それにしても、アナタはもう大丈夫なの?」

「まあまあ、かな。君こそ怪我は、もう大丈夫かい?」


 そう言って彼がこちらに近づいてくる。

 よく見ると、彼の顔や首元には若干の火傷の痕が残っていた。あの時のモノだ。

 あたしの方は彼に比べれば比較的に軽かったので、左手以外の痕はほぼ目立たないくらいで済んだのだ。


「あたしも同じようなものよ。あ、コレ差し入れだから受け取って!」


 そう言ってあたしは、鉄格子越しに差し入れを渡す。

 固いけど日持ちにする黒パン、チーズに干し肉。それにこういう場所では貴重な甘みとして、干し果物と革袋に入った蜂蜜入りワインである。


「ありがとう、助かるよ。それにしても君には、随分と世話になったね。それなのに礼を言う間もなくて、本当に申し訳ない」

「ううん、しょうがないわよ。あの後、アナタが気を失ってから、色々とドタバタしていたもの」


 あの時、あたしたち二人は見事に剣の一突きで、炎の巨人を葬った。

 その直後に、彼は意識を失ってしまい、あれよあれよという間に会話する機会を失ったのである。


「詳しい話は聞けていないけど、様々な人が手を貸してくれたおかげで、こうして生き長らえることができたと思っている。だからまず、君にこそ礼を言いたかったよ。たくさん……ありがとう」


 彼はあたしに向かって、扉越しで深く頭を下げた。


「気にしないでいいわ。今思えば、全部アナタの人徳があってこそのようなものだしね。でも大変だったのよ。あの後は」


 そうなのだ。確かに恐るべき災厄は二人で討ち取ることができた。

 でも巨人の死により魔法の炎が消えても、庭に飛び火したモノまでは消えてくれなかったのだ。

 あの時は、意識を失った彼も含めて四人全員が火傷を負い、全身ススだらけで疲労困憊(ひろうこんぱい)の状態だった。


 それでもなんとか三人で、燃え始めた庭を必死で消し止めようとしていた時。

 予期せぬ来訪者たちが屋敷に姿を見せたのである。

 始めはてっきり公爵の手の者かと焦ったけど、目ざとい赤毛の騎士様のおかげで、そうでないことに気づけたのだ。


 その連中は、皆が皆、苔のような濃い黄緑(モスグリーン)色の騎士服を身にまとっており。

 彼曰く、『安心しろ、コイツらはガルガーノの協力者だ』との事。


「あなたの軍学院時代の先輩という、セルジョ男爵が助けてくれてね──」

「あの人か。あの時からずっと、何かにつけて助けられていたが……」


 その細めで七三分けした髪型の男爵のおかげで、無事に燃える庭を鎮火することができたのだ。加えて、彼らによって四人全員の王宮手当までしてくれて、本当に助かったのである。


 何よりも、あたしが諸手をあげて喜んだのは、お父様と伯爵(オジ)様が彼らによって偶然にも助けられていたからだった。


 そのあとでお父様に再会した時に聞いた話によると──。


 二人が城壁上で追い詰められた時に、他にも場内で大暴れした者(ガルガーノ)がいたらしく。そのおかげで辛くも、城から逃げ出すことができたようだ。

 そして城から逃げる際、冷たい夜のチェレステ川に飛び込んだために、結果的に下流で男爵たちに助けられる羽目になったということらしい。


 年寄りの冷や水と言いたいけど、本当に二人が無事で良かったわ……。


 それから夜明けと共にあたしたちは、避難していた婆やと姉妹に合流した上で、川船を利用して王都へ避難したのだった。

 その後、重度の火傷を負い命が危うかったガルガーノについて、王都でひと悶着があったのだ。


 それは彼の治療のために教会を巡り、高位の治癒魔法を求めて掛け合ったもの、全て門前払いとなったからである。どうやら何処からかの圧力があったらしいというのが、赤毛の騎士様の話であった。

 そして途方に暮れていた時、滞在していた 伯爵 (モンテローネ)家に一人の男が訪ねてきたのだ。


 その男はカルロ子爵と言い。赤毛の騎士様の実家であるヴェローナ公爵家の政敵たる、パルマノーヴァ家の御曹司様だった。

 その子爵様が持参してくれた貴重で超高価(お城が一つ買える!?)な治癒用の魔石のおかげで、ガルガーノは一命を取り留める事ができたのである。


「『尊敬するグリュー辺境伯には、よろしくお伝えください』だそうよ。何かあれば便宜をはかるとも言ってくれたわ」

「やはり同志と言うのは、パルマノーヴァ家のカルロ君だったのか。懐かしいな」


 彼の目はどこか遠くを見ていた。きっと昔、色々とあったのでしょうね……。


「──それにしても結構広い部屋なのね。もしもっと素敵な部屋だったらあたしも引きこもって、日がな一日を趣味に費やしたいわ~」

「そうだね。取り調べの時以外は、ただ待つだけの身だから、改めて思索にふけることもできるよ」


 ここは政治犯が収監される施設の一角にある、いわゆる貴人専用の塔なのだ。

 だから牢獄とは違って、そこそこ快適で安全な生活が保障されているようである。唯一の敵は、暇で時間を持て余す事だろうか。

 もっとも彼にとっては、それほど苦では無いらしい。


 でも彼の微妙な立場としては、まだ当分はこの生活を続けなければならないのである。と言うのも、王都に到着後、ただちに彼の兄公爵や叔父の枢機卿も含め、人身売買に関わる親族全てを告発したからだ。


 一応、告発自体は無事に受理はされ、あとは取り調べと審議の上で、裁判となる運びらしい。

 それも全て、司法長官である伯父のモンテローネ伯爵様の協力と、国軍をまとめる大将軍のヴェローナ公爵様の支援があったおかげであった。


 ただ(くだん)の人身売買を行う犯罪組織は予想外に大規模で、内々で摘発も進んでいるという話もチラリと聞いた。主に赤毛の騎士様から。


 ちなみに彼の叔父であるイグナチオ枢機卿は、証拠多数のため既に投獄されており、形式的な裁判の後に刑が執行されるとの話だ。もちろんこれも赤毛さん情報。

 また彼の兄のマントヴァ公爵は、全て双子のガルガーノ辺境伯の陰謀だと主張しており、証拠固めも含めてまだまだ法廷で争うことになるようである。


 そして恩人の子爵様の実家であるパルマノーヴァ家も、この件で大荒れに荒れていた。

 現当主の公爵様と、子爵様の姉君カルメン卿の二人が、人身売買に大きく関与しているとして、現在厳しい取り調べが行われているらしい。いずれ裁判を経て、正義の鉄槌が下されるべきだと、子爵様はハッキリと言っていた。


 つまり彼らもこの施設の何処かで幽閉されているということだ。

 何にせよ、まだまだ裁判には時間がかかりそうなのである。


「──そうそう、()()があったんだわ」


 そう言ってあたしは、木綿の布に包まれたモノを彼に手渡した。鉄格子越しに。


「これは……『貴婦人のキス』じゃないか。もしかして、君が作ったのか?」

「ハズレ~、あたしは料理なんてしないもの。誰が作ったと思う?」

「──まさか、マリーがこれを?」

「ふふっ、そのまさかよ。アナタのために一生懸命作っていたわ」


 彼の赤毛の友が焚き付けられ、彼女は生まれて初めてのお菓子作りに挑戦したのである。もちろんどれも不揃いで不出来な形をしている。

 けれどもそこには、彼女の愛情がいっぱい詰まっているはずだ。


「そうか、彼女が……」


 彼はその手にした歪な形のそれを口に頬張り、そしてゆっくり味わっていた。


「マリーはあなたの身を案じ、ずっと待っているわ。だから最後まで、ちゃんと責任を取りなさいよね?」


 彼は黙ってうなづいた。その両頬には滴が流れ落ちている。


「そして何年掛かるか分からないけれど、また会えたら皆で歌を歌いましょう。あたしの好きな『乾杯の歌』をアナタたちに教えてあげるわ……」



 鉄格子越しに、黙って見つめ合うあたしたち。



「ありがとう……。全てアナタのおかげよ」



 そしてあたしは彼と口づけを交わした。


 最初で最後のキスを。




いよいよ次回の『第四幕:乾杯の歌(後編)』で終幕となります。

こうして今までお付き合い下さり、誠にありがとうございました。

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