第三幕:希望と魂(第十編)
決まり手は、さしずめ『ジャンピング喉輪落とし』というところでしょうか。
「私を、投げろ!」
悪魔の兄妹にキツイ一発をくらわせた直後、満身創痍のガルガーノがおかしな言葉を言い放つ。
「おう! そら、よっと!!」
それに対して一切の疑問を持たないのか、友である騎士様は直ぐに応じたのだ。
足元を氷漬けにされている赤毛の彼は、両腕のちからだけで肩に担ぐ友をブン投げたのである──。隻眼の悪魔に向かって。
眼前の死にぞこない二人から予想外の攻撃を喰らい、片膝をついていた隻眼の大男が立ち上がる。
氷と泥が入り混じるグシャグシャの不安定な足場の中で、崩した態勢をやっと立て直したところだった。
そこへ覆いかぶさるように、ズタボロの男が──飛び掛かってきたのだ。
大男にとりついたガルガーノは、すぐさまその首元に腕を回し絡みつく。
それから彼は力いっぱい腕を、締め上げているようだった。
立て続けに受けたその不意打ちに、さしもの悪魔も面を喰らったのか、大剣を落としてしまう。
何とか全力でガルガーノを振りほどこうとするも、彼もそうはさせじと、両足も巻き付けて必死で抵抗している。
そして首を絞られ、じょじょに顔を真っ赤に染め上げつつある隻眼の悪魔。
もつれあう二人は、そのままグシャグシャの地面に倒れ込んだ。
その一方で、不意打ちで右肩に短剣を受けた赤毛の鬼女は、その場に崩れ落ちていた。
肩の痛みをこらえながら、やっと刺さった短剣を抜き取ることができたようだ。
それから彼女は、目の前に立つ動けない赤毛の騎士様を、恨みがましい顔つきで見上げている。
肩を抑えながら立ち上がった鬼女は、忌々しいカカシの顔に向かって、ツバを吐きかけ……た。
でもカカシからも、逆にカウンターツバを顔面に受けたのだ。
きゃあー!カカシさん、すてきよー!
「おい、どうした? その程度か? ほら、かかって来いよ?」
さらに追撃で、目の前の鬼女に対して挑発をするカカシさんが居た。
うん、確かにその場から動けない彼には、それしか手がないのかもしれない。
もし彼女が怒りに任せて突っかかってくれば、逆に願ったり叶ったりなのだ。
しかしながら、自分の顔からツバを取り除いた彼女は、いかにもイライラした目つきでこう言った。
「あんたは後でゆっくりと、切り刻んでやるさね。向こうの色男さんの悲鳴を聞きながら、ここで待ってなよ!」
「おらぁ! だったら今やってみろよ! この"行き遅れの売女 "が!!」
どうやら彼の友を引き合いに出されて、一瞬で怒り心頭となったらしい。
なんでアンタが、逆に挑発されてんのよ……。
行き遅れと呼ばれた鬼女は、自身の挑発が思いのほか効果があったと理解し、とてもご満悦の様子である。
そして手にした短剣を彼に見せつけるように挑発しながら、あたしから見て向こう正面側を迂回していた。
流石に彼女も警戒して、十分な距離を取っているようだ。
あぁ、これでは挑発されたカカシさんには、絶対に近づいてくれないだろう。
(……石よ)
え、なに?
(……投げて、彼に……)
なんでよ? もしそんなことをしたら──、彼が危ないじゃないのよ。
でも、これはひょっとして──。
あたしは目をつぶり、フランマ(flamma)と唱えて、彼に向かって投げたのだ。
もう一人の"わたし"の言葉を信じて。
その赤い魔石は、ボルゲットの宿で彼から受け取ったモノの最後の一粒だった。
二粒の魔石の内、一つはあたしが既に使い、もう一粒はミハクちゃんが大事に持っていたものだ。
それを少し前に再会した時に彼女から受け取り、今の今まで使いどころがなく、温存していたのである。
あたしが投げた魔石は、タイミング良く彼の頭上で炸裂してくれた。
そして炎の雨が彼を中心に、あたり一帯へと降り注ぐ。
その直後に一気に燃え上がった。まるで全てを焼き尽くす、地獄の業火のごとく。
すると魔法の炎の影響か、その場から立ち上がる、大量の水蒸気。
きっと地面の氷が溶けたのだろう。
そして蒸気の中から、炎に包まれた一つの影が飛び出す。
それから驚愕の顔をしている鬼女に向かって疾駆したのだ。
彼女はとっさに氷の礫を放つも、彼の身を焼く魔法の炎に全て打ち消される。
引きつった表情の鬼女に迫った、無手の元カカシ様は一瞬の迷いもなく振るう。
そう、徒手空拳を好む彼の武器である手刀を。
しかしその鋭い一撃は、スカッと空を切るだけだった……。
それに怯まず、彼が立て続けに素早く手刀を振るうも、その全てが当たらない。
確かに彼女を捉えているはずなのに、彼の攻撃がかすめる気配も無かったのだ。
そう、彼女を包む霧のカーテンが、手刀による攻撃を全て遮っているようである。
その代わりか、攻撃をする度に彼の身を焼く炎が弱まり、やがて消えてしまった。
どうやら水属性の魔法の霧が、魔法の炎を打ち消してくれたようだ。
しかしながら彼が躍起になって手刀を振るっている間に、じょじょに魔法の霧が広がっていく。
さきほどから彼女がゆっくりと移動しながら、静かに魔法歌を詠い続けたせいらしい。
それから短剣を手にした悪魔の妹は、その霧に紛れて彼に近づき……。
「ぐあっ!?」
霧に囲まれた彼が、突如うめき声をあげた。きっと彼女の短剣に刺されたのだろう。
魔法の霧のせいでよく見えなけれど、彼女はゆっくりと彼の周囲を回っているようだった。
そして何度か短剣を振るい、その度に霧の中で手刀を振るい続ける彼がうめき声をあげる。
「どうやら……あんたの方が先に、あの世に行くみたいだねえ」
彼女の楽しそうなその声から、余裕しゃくしゃくな様子がうかがえる。
"わたし"の機転のおかげで、チャンス到来と思ったけど、現実は甘くないみたいだ。
でも彼は諦めが悪く、最後まであがき続けるタイプらしい。
「──なら、コイツはどうだ!」
そう言うと彼は彼は懐から取り出した何かを、頭上に掲げて周囲へと振りまいたのだ。
その中身は液状のモノだったらしく、振りまかれた液体があたりに飛散する。
「ぎゃあああああぁぁぁっ!」
鬼女の絶叫があたりに響き渡る。不幸にも、その液体を浴びてしまったようだった。
「そこだぁ!!」
彼は霧の中で、猛然と片腕を振るう。
そして手ごたえがあったのか、次の瞬間にはハッ!っと気を吐き、彼はその場から跳び上がったのだ。
すると霧の中から宙へ浮かび上がったのは、彼と鬼女の二人であった。
その彼の右手は、女の喉元に食い込んでいる。
そのまま右手を突き上げ、それから全体重をそこに乗せて落下するのだ。
激しく地面に叩きつけられた時、グシャっと言う、とても嫌な音が聞こえてきた。
そして魔法の霧が晴れると……。
大きな石に頭を打ちつけられ、絶命している赤毛の鬼女が見えてしまう。
これにはあたしもドン引きである。
あ、でも。
どうやら術者が死んだことにより、あたしを束縛する魔法の氷も解けたようだ。
「よくも……。よくも、マッダレーナを!!」
それを見た赤毛の鬼女の兄、隻眼の悪魔は激怒していた。
そしてガルガーノと組み合い、泥まみれになりながらも、歌を詠い始める。
その魔法歌が完成した瞬間、悪魔の全身が突如として炎に包まれたのだ。
それから悪魔の周囲にあるモノ全てを焼き始める。その怒りの炎によって。
もちろん、この隻眼の悪魔と組み合っていたガルガーノは、真っ先に焼かれてしまった。
彼もたまらず、転がって悪魔から離れる。
そして束縛するモノがなくなり、自由を得た炎の悪魔は立ち上がり、近くに落ちていた大剣を拾った。
すると魔法の炎は、その剣も一瞬で包み込み、燃え立つ剣へと変えたのだ。
「があああああぁぁぁぁっ!!」
燃え盛る大剣を振り回しながら、炎に包まれた隻眼の悪魔が咆哮をあげている。
その気炎を吐くさまは、まるで地獄から来た紅蓮の悪魔か、神々の滅亡をもたらす炎の巨人であった……。
次回は、(第十一編)です。
予定通り本幕は二話で終わりそうな気がします。




