第三幕:希望と魂(第八編)
それはガルガーノが金床、その親友のヒイロが鉄槌と言う、それぞれの役割を果たす事で実現した連携攻撃。
いわゆる”挟み撃ち”という単純な戦法である。それだけにハマれば、一撃で敵を粉砕できるだろう。
その舞い降る必殺の一撃を目にした時、あたしは惜しみない賞賛を二人に送りたかった。あぁ、これで勝てるのだと確信したからだ。
でも悲しいことに現実というものは、非常だったのである。
「テンペスタース!!(tempestas)」
なんとミランダの口から、再び古代語で”嵐”を指す言葉が飛び出したのだ。
そして瞬時に巻き起こる荒れ狂う暴風。それに続く幾多の氷のつぶては、赤毛の女の手から生じていた。
魔法によって生み出された氷と風。それらが合わさることで、突如目の前に現れたのが氷の嵐である。
その爆発的な破壊力は、凍てつく暴風の進路上にあった男たちを、容赦なくまとめて打ち据えた。
あと一歩というところで、乾坤一擲の連携攻撃は不発となったのだ。
彼女たちの絶妙な氷と風の複合魔法の力、『氷嵐』によって。
そして宙にあった赤毛の軽業師は、一瞬にして吹き飛ばされてしまった。
彼は結構な距離を飛ばされ、離れところにあるの木々にぶつかる。
それから落下して、派手な音をたてて地面に激しく打ちつけられたのだ。
少し前までの元気な彼であれば、すぐさま飛び起きていたはず。
でも今は倒れたままで、ピクリとも動かない……。それに彼の身体から発していた魔法の輝きも、今は消えている。
それから見る見る間に、泥濘と化していた地面は凍り始めていく。
そんな泥濘の中で、先ほどま愛し合う者たちが抱き合うように、泥の上で組み合っていた二人は。
ガルガーノは泥の中に半ば埋まった状態で、その表面を薄い氷に覆われ、自力では動けない状態のようだ。
彼の口元がわずかに動いている様子から、辛うじてまだ息はあるのだと思う。
そして彼の上にいた隻眼の悪魔は、全身を真っ白い霜に覆われていた。
自身の身体を覆っている氷の膜を自力で破壊しながら、なんとか彼から離れようとしている。
「兄さん! 無事かい!?」
「……よくやった。マッダレーナ……」
ヨタヨタと動く兄を心配して、そばに駆け寄る悪魔の妹と。
転がるようにして彼、ガルガーノから離れる隻眼の悪魔。
先ほどの『氷嵐』をまともに受けて疲労が著しいのか、珍しく肩で息をして、まともに動けないようだった。
悪魔のような兄妹でも情愛があるのか、彼女は甲斐甲斐しく兄を介抱している。
でもそれ以上に、泥に埋まる騎士様と倒れて動かない騎士様の二人は、動けないほど酷い状況なのだ。
「娘だ……。娘を逃すな……」
「もちろん、分かってるよ。
マノン! その小娘を捕らえな!」
マノンと呼ばれた、ミランダは黙ってうなづくと、あたしに向かって来る。
この最悪の状況下に遭遇したあたしは、思わず逃げるべきかと逡巡した。
でも虫の息とは言え、あたしを守るために戦ってくれた彼ら二人を見捨てることはできない。
そう、決してこれは……、小走りで駆け寄ってくる彼女のユッサユッサと揺れる、ボンテージの胸 元に惹かれたのではない。
もしこれが平時であればあたしは自ら進んで、彼女のお胸様に飛び込んでいったと確信している。しかしながら今は、非常時なのだ。
──などと考えているうちに、あたしはあっさりと捕まってしまった。
彼女の放ったムチに、細いとは言い難いあたしの胴を巻き取られ、引き寄せられたのだ。
「あら? ミランダ、お元気?」
「ええ。ジルダ様、おひさしぶりですわ」
あたしはいつの間にか、彼女の胸元に背中から抱き寄せられていた……。しかも決して離すまいとする彼女の腕のお陰で、ガッチリと豊満な胸の谷間に納まっている。
──うん。でもこれはこれで、意外に悪くないかも?
いやいやいやいや、そんな場合ではないのだ。あたしの置かれた立場は。
それよりもこの状況で今動けるのは、あたしだけである。せめて彼女だけでも、何とかしなければ──。
「ねぇ。聞いて、ミランダ。これは東方で伝わる昔話なんだけど──」
あたしは以前のループで、赤毛の騎士様から聞いた話をミランダに語って聞かせた。
他人の赤子をさらっては喰らう、ハーリーティーという悲しい女の話だ。
「──でね。あたしたちがさらわれた子供たちを助け出したから、こうしてアイツらに命を脅かされているのよ」
「………………」
彼女は黙って、あたしの話を聞いてくれている。
「あたしはミランダの過去に何があったか知らないし、今さら追及もしないわ。でもね、よく考えてみて。アナタの息子さんだって、アイツらにさらわれる危険があるのよ?」
ハーリーティーのように、我が子を見失ってから気づいても遅いのだ。
何故ならばこの世には、件の人身売買を行う犯罪組織から守ってくれる親切な神様は存在しない。
そして唯一、その人さらいの犯罪組織と何年にも渡って、戦い続けているのが彼、ガルガーノなのだから。
「本当にアナタは、あのクズ公爵が約束を守ると思っているの?」
「でもあの人は、承諾してくれたわ。今度こそ、約束を……」
「信じていいの? ミランダにとって大事な子供でも、あのクズはどうなのよ?」
「………………」
あたしの問いかけに、彼女は押し黙ってしまった。きっと心当たりが、数え切れないほどあるのだろう。
そして若干緩まった気がする。あたしを捕まえている彼女の腕の力が。
「あたしはね。別にアナタをどうのこうのする気はないのよ? ただ単に、アナタの一人息子の行く末が心配なだけなの」
おぼろげな記憶のひとつであるけれども、あたしは彼女の一人息子を見たことがある。彼女が初めて我が家を訪れた時、大事そうに抱いていた愛らしい赤ん坊を。
「ワタクシの……アレク」
「そうよ! 大事な愛らしい一人息子を、あんなクズに託しても大丈夫なの!?」
「…………………………」
あたしは無言の彼女から解放された。
そんな彼女の顔を正面から見ると、一筋の涙が頬を伝って流れている。
「ミランダ……、今すぐ行くのよ。アナタの大事な人を守るために」
すると彼女は、涙も拭わずに駆けだした。
きっと大事な一人息子を、自身の手で守るためにだ。
「さようなら、ミランダ。元気でね……」
これがあたしたち二人の、今生の別れとなった。
そんな彼女の姿に、抜け目なく気づいたのが、赤毛の悪魔の片割れである。
「マノン! どういうつもりだい!?」
その言葉を無視して、彼女は後ろを振り返らず一目散に走り去った。
どうもこうもない。彼女は愛する一人息子のために、自分の意志でこの場を去ったのだ。
かつての仲間に見捨てられた、赤毛の女が激しく舌打ちすると──。
「マッダレーナ……、少々傷つけても構わん。娘だけは逃すな……金にならん」
「ああ、そうだったね。ここで待ってなよ。兄さん」
なるほど。疲労困ぱいの悪魔さんは、徹頭徹尾お金にこだわるという人生哲学を持っているしい。そんな拝金主義の兄の指示を受けた、意地の悪そうな妹は、ゾッとするような笑みを浮かべていた。
今まであたしが彼女から受けた仕打ちを思い起こせば、平手打ち一発程度で済ませてくれる訳がない。
そんな悪魔のような赤毛の女が、あたしに向かってゆっくりと近づいてくる。
この状況下で、今のあたしにできることは──。
あたしはとっさに、足元の地面から小石を拾い、両手で彼女に投げつけた。
右、左と上手で石を投げるも、全て明後日の方向へ飛んでいくばかりだ。
「アハハハ! 何やってんのさ、逃げなくてもいいのかい?」
ぐぬぬぬぬ。だったらこうよ!
これでも昔は子供たちを相手に、あたしは本気で遊んでいたガチ勢である。
特に子供遊びの”水切り”に関しては大得意なのだ。
その要領で玄関先に落ちていた、平べったいい小石を水平に持って、下手から投げつけると……。
やった! 見事に命中よ!
悪魔の女は小石が膝小僧に当たったのか、その場でうずくまった。(*・ᴗ・*)و
次回は、(第九編)です。




