第三幕:希望と魂(第六編)
出先でも暇を見つけては、スマホでポチポチと執筆しています。
ですが打つのに手間取り、想像以上にサッパリ進みませんでした。
あたしは我が家の美しい庭を、とても気に入っている。手入れは大変だけどね。
そこは、春にはたくさんの草花が芽吹き、夏は青々と緑がおおいしげる。そして秋には見事な紅葉を色付かせる、そんな素敵な自然が豊かな庭園だったからだ。
昔はよくあたしがこの庭先で、ご近所の白猫ミミちゃんと揃って寝そべり、よく日向ぼっこをしたものである。
でも今は、かつての面影はなく、ただただ荒れ狂う暴風と無数の雷光が走る、危険極まりない場所となってしまった。
この時、あたしたちを中心に巻き起こっている雷の嵐は、その勢力圏にあるものを全て、平等に裁きのごとく打ちすえる。
幸いにも逃げ出すのが一瞬速かったのか、空中に身を置いた赤毛の騎士様は、そのまま宙でクルっと身をひねった。
そのおかげか、稲妻の牙が彼に直撃する寸前で、ギリギリ難を逃れたようだ。
しかしその場から動くことができなかった、哀れな騎士様は容赦なく雷嵐の洗礼にさらされている。
彼はその背中を散々、暴風に切り裂かれた挙句、雷光によって焼かれていた。
そして散々荒れ狂った暴風がおさまると。
「今よ、お行きなさい!」
「マノン、愛しているぞ。この礼は必ずや」
「今度こそは、約束を守りなさいよ。アレクを必ず……」
「もちろんだ。大事な”息子”だからな」
またな!と言って、卑劣な兄公爵は逃げ去った。あたしを放り出して。
赤毛の騎士は、先ほど暴風によって激しく地べたに叩きつけられたようだった。でも彼はすぐさま跳ね起き、逃げ去る卑劣漢を、追い駆け始める。
でもマノン、いえあたしにとってはミランダ。彼女がそれを許さなかったのだ。
その手にあるムチが黒い稲妻のように空を裂き、赤毛の彼に襲い掛かる。
だけど身軽な彼は、軽くステップを踏み、それを悠然と回避した。その後も、次々と連続で風を切る音が彼を襲い続ける。
しかし赤毛の軽業師は、それらを華麗かつ巧みにかわし続けた。
地面に伏せたり、飛び退いたり。側転、横転、前転に後転と、次々襲い掛かってくる黒い稲妻の化身を身体にかすめることなく避ける。
そうこうしているうちに、視界からゲス男の姿が消えてしまった……。すると。
「しつこい女は、男に逃げられるぞ!」
「逃げてばかりで、腰の定まらない男が何を言うのかしらね!」
「うるせぇっ!! 俺は妻一筋なんでな、お前なんぞに構ってられるか!」
はたから聞く分には、まるで二人は痴話喧嘩をしているようだ。
だけどその実は、危険な命のやり取りなのよね。
そしてミランダの距離を取る戦いに焦れたのか、赤毛の愛妻家さんは隙を見て短剣を一本、二本と彼女に投げつける。
でもその全ては、空中で彼女の操るムチによって跳ね飛ばされた。
そんなお熱い二人をよそに、あたしはガルガーノに駆け寄り、安否を確かめる。
彼の微かなうめき声が聞き取れた。
大丈夫、まだ息はある。
彼は死んでなどいない。でも深手を負い、かなり消耗しているようだ。
「ねぇ、しっかりして! こんなところで死んじゃダメよ!?」
「まだだ……。まだ……やれる」
まるで自身に言い聞かせるが如く、彼は独り言のようにつぶやいた。
それから両手で、すがりつく剣を頼りにしながら、ヨロヨロと立ち上がる。
でも今の彼は、かろうじて地をうがつ愛剣を杖のようにして、立っているだけのようだった。
とてもじゃないけど、戦いどころか、逃げるのもままならない──と思う。
「いい加減にしろっ! たとえ女でも、容赦しねぇぞ!」
イラついた声がした方を見ると、赤毛の軽業師はミランダに向かって駆け出していた。まるで一陣の風と化すように。
きっと他に手がないのかも。彼女にしても、貴重で高価な魔石を、二度三度と気軽に使えるものではない。それに距離があれば、彼女の魔法による雷撃を再び受けるかもしれない。
よって懐に飛び込んで、彼お得意の接近戦で決着をつける気だ。
そしてそれを迎え撃つため、ムチを構えるミランダ。
でもダッシュ中に、いきなり横転する彼。同時に舌打ちのような音が、聞こえたような気がする。
そしてあたしの目には、突如としてその背後から現れた、二本の青白く輝く細長いツララ状の飛翔体が映った。
「誰なの!?」
ミランダの操るムチが、それを空中でまとめてなぎ払う。
すると飛翔体たちは宙で砕け、キラキラと輝きながら霧散した。
「クソッ、まだ新手がいるのかよ!
おい、嬢ちゃん! そこのケガ人は動けそうか? 今すぐ逃げ出せるか!?」
地に伏せた味方の赤毛さんの声からは、今の状況がひっ迫している事が分かった。
でも彼の親友は、まともにこの場から動かせそうにもない。今も、やっと肩で息をしているほどなのだ。
「無理っ! もう立ってるだけで、彼は精一杯なのよ!!」
「なら引きづってでも、連れて行け! 今すぐにだ!!」
「分かったわ!」
そう言ったあたしは、息も絶え絶えなガルガーノに肩を貸そうと試みる。
でも彼は頑なに、首を横に振って拒むのだ。こんな時に、この虫の息の騎士様は、何を意固地になるというのだろうか。
「おや、まあ。これはまたまた……、懐かしい美女が居たもんだねえ」
「あなた……、あのマッダレーナなの?」
この場に現れた新手と思しき、その声の主は。あの憎たらしい癖のある赤毛の女主人だった。
そしてその後ろに立つのは、同じく癖のある赤毛をした隻眼の大男である。
なんでこんなにも悪い盤面上に、最悪の赤毛兄妹が現れるのよ!
まるで天変地異のさなかに、押しかけ悪魔に出会った気分だ。
「なんだ……。もう虫の息ではないか。これでは満足のいく復讐を、遂げる事もできんな……。つまらぬ」
ただ一人武器も構えず、腕を組みあたしたちを眺めている悪魔の兄と。
「マノン。あんたも公爵の旦那に、雇われた口かい?」
「……だとしたら、どうするのかしら?」
「昔は楽しい日々を送った、良い仲じゃないのさ。また一緒にどうだい?」
え、この悪魔の妹は、ミランダと旧知の間柄なの?
「お断りよ。ワタクシはもう昔に、戻る気はないのだから……」
「そうかい。じゃあさ、ここは一つ協力といこうじゃないのさ。アタシらは、その娘が手に入ればいいだけだからさ」
「そこのケガ人の首もだ」
「……いいわ。それで時間が稼げるなら、よろしくてよ」
ミランダの応えに、赤毛の悪魔たちはニンマリと笑う。
あぁ、絶体絶命の窮地に陥ってしまったのだ。あたしたち三人は。
「嬢ちゃん、俺が時間を稼ぐ! その間に、そこのケガ人を引きづってでも、何とか逃げろ!!」
我らが最後の希望である赤毛の騎士様は、そう言うと小声で歌を詠い始めた。
すると彼の全身が、薄っすらと白く光る、膜のようなものに覆われる。あれが彼の使う、身体強化の魔法なのだろうか。
「私も……、戦える……」
あたしを脇へと押しやり、その場で愛用の細身の剣を構えるガルガーノ。
でもその切っ先は、震えて安定していない。こんな状態で、本当に戦えるの?
「アハハハ! 兄さん、このくたばりぞこないは、まだヤル気みたいだよ。いいねえ、いいねえ。好きだよ、あんたみたいなのが大好物なんだよ。アタシは!!」
「マッダレーナ、これは男同士の戦いだ。手を出すな。
それよりも娘を逃すなよ。金にならねば、全てが無意味ぞ」
ボロボロのガルガーノを前に、何故か興奮気味な悪魔の妹。それをジロリと、唯一の眼で睨みつける悪魔の兄。
「わ、分かったよ。でも兄さん、援護も不要なのかい?」
「いらん。コイツだけで充分だ」
そう言うと、隻眼の大男は腰に差した幅広の長剣を片手で抜き放つ。
「公爵閣下は、ついでと言ったが。それがしには、貴様の首級こそ本命よ。
あの時の恨み。ココで晴らさせてもらうぞ!!」
そして剣を手にした赤毛の悪魔は、この月下で狂乱の咆哮をあげる。
次回は、(第七編)です。
戦いはココから本番となります。




