第三幕:希望と魂(第五編)
正気に戻ったあたしは、ガルガーノのところへ駆け寄る。
そしてそのまま彼の胸元へと飛び込む。もちろん彼は優しく抱きとめてくれた。
それからあたしを守るためか、自身の背後に隠したのだ。
そんなあたしたちを見た兄公爵の顔は、見たこともない憤怒の表情であった。
「……だ。勝負だ……ガルガーノ! 今ここで、正々堂々と一対一の決闘をして、全ての決着をつけてやる!」
そこには、今までにない気迫に満ちた鬼の形相をした男がいた。
でも、何か変だ。
このやる気に満ちた男は、ガルガーノに勝てると思っているのだろうか?
今までのループで見た彼の実力は相当なものである。あの赤毛の騎士様の兄である、巨漢の騎士様も剣技では王国一と評したのに。
何か勝機があるのかしら?
むしろあたしには、とても正気とは思えないのよね。
すると何処からともなく、パチパチパチと大げさに拍手する音が聞こえてきた。
そしてこの庭先に、その姿を見せたのは……。
行方不明のため、契約不履行で訴訟待ったなしの下僕様。
赤毛の騎士、ヒイロであった。
「いやはや、大したもんだ。初めて聞く、テメーの立派な口上には、今まで軽蔑していたこの俺も、流石に感服したぜ」
「君よ……。来てくれたのか」
友の姿を見て、喜色を浮かべる彼と。それを見てニヤリと返す、赤毛の騎士様。
「だがよ、『正々堂々と一対一で』って言うんなら、コイツは必要ねぇよな?」
そして彼は懐から取り出した、いくつもの小瓶を、お手玉しながら見せてくれた。
「なぜだ……。なぜ、お前がこのようなところにいるのだ? それに、ソレは……」
「そこのヤブに潜んでいた痩せノッポは、さっき俺が片付けておいたぜ。──で、これは麻痺毒か、何かか? 昔と変わってねぇよな、テメーのセコさ加減は。俺が見届けてやるから、サッサとやれよ」
「………………」
目論見が外れたのか押し黙り、何かを考えているかのような様子の兄公爵。
「兄上……。望み通りに、私一人で相手をしよう」
ガルガーノはそう言って、腰に納めた細身の剣を抜き払う。
後ろからその顔をのぞくと、相変わらず顔面は蒼白だけど、既に覚悟は決めたらしい。ならばあたしも、二人の対決を邪魔するまいと、大人しく後ろに下がる事にした。
そして彼は、自身と同じ顔をしたもう一人の元へ、ゆっくりと歩み寄る。
すると彼のその様子に怯えた相手は、腰に下げた剣を構えることもなく、震えながら……。
「ま、待て。──待ってくれ。──マノン! 助けてくれ!!」と叫んだのだ。
その瞬間、あたしのすぐ横を何かが、ヒュンと空気を裂くように駆け抜けた。
そして剣を持つ騎士様の腕に、バシンと黒いヘビのようなものが絡みつく。
いえ、それはヘビではなく。……ムチ?
それからバチッバチッと言う音をともなった、眩しい紫の光が走る。稲妻らしきものが、その黒く細長いムチを伝い、彼に襲い掛かるのだ。
あぁ、きっとこれは魔法による雷。電撃の魔法にちがいない!?
その強烈な雷光をともなう痛烈な一撃には、さしもの彼もうめき声をあげ、苦しみ続けている。
しかし彼は、とっさに手に持った剣を地面へと突き刺す。それで次々と襲い掛かってくる雷撃を、足元の大地へと逃がしたのだ。
しばらくすると彼を襲う紫の光は、全て大地に散り去ったようである。
でも思わぬ奇襲攻撃がこたえたのか、彼は地に片膝を着き、突き刺した剣に寄りかかっていた。
一瞬、そんな姿の彼に駆け寄ろうと思った。けれども好奇心が勝ったあたしは、とっさに背後を振り返える。
今しがた、あたし背後へと戻っていった黒いヘビのようなもの。それを振るった人物が気になったからだ。
「……ミランダ」
あたしの背後に居たのは、艶めかしい黒い革のボンテージ姿に身を包むミランダであった。(わーお
そのピッタリと身体に張り付く煽情的な黒革の衣装は、彼女の健康的な小麦色の肌とグラマラスな肢体を。特に彼女のご神体を、より際だたせている。(ゴクリ
彼女のウェーブがかった黒髪は帯電しているのか、クジャクの羽のように大きく広がっている。またその手には、先ほどの黒いヘビの正体である鞭があった。
それからこちらに近づいてくると、彼女はあたしの手首を掴んだ。
そしてそのままグイッと捻り上げ──。
「──そこまでよ。こちらのお嬢様が大事なら、武器を捨てなさい。そちらの赤毛さんも、変な動きは止めてね?」
赤毛の騎士様は手に持つ何か、おそらくは魔石を、こちらに投げつけようとしていたのだろう。それを見逃すことなく、ニコリと笑顔で制する彼女だ。そしてあたしの首を黒いムチで、軽く締め上げる。
それを目にした彼は、舌打ちして、魔石も小瓶も、足元に落としてしまった。
一方、ガルガーノは肩で息をしながら、こちらを黙って見据えている。
「く、苦しいわ……。ミランダ、なんでなのよ?」
「ふふっ、ごめんなさいね。ジルダ様、こちらにも色々と事情があるのよ」
彼女の声で笑っているけれども、目は全くそうではない。初めて会った時に感じた、ヘビのような鋭い目つきそのものだった。
「マノン、よくやった。助かったぞ」と胸をなでおろし、安堵するゲス男。
「約束、ちゃんと守りなさいよ?」
「ああ、分かっている。もちろんだとも、アレクのことは……任せてくれ」
「ねぇ、ミランダ。マノンって、どういう事なの? それにアレクって……」
「ジルダ様、ミランダなんて最初からいないのよ。今まで散々お世話になっていてアレだけど、ワタクシにも大事なものがあるのだから、許してねっ」
彼女はそう言って、あたしの頬に軽くキスをしてくれた。おふぅ。
普段のあたしであれば、きっとこれには悶えて喜んだであろう。
でも今は、それどころではないのだ。(キリッ
「だから、そちらの素敵な騎士様も、その剣を捨てなさいな。このお嬢様が、どうなってもいいの?」
「………………」
ガルガーノは押し黙って何も答えない。もちろん剣を手放す気はないらしい。
「おい。そんな脅しで、この場を切り抜けられると思っているのか?」
サッサと両手を空にしてくれた、聞き分けの良い赤毛の騎士様。
アンタの言葉には、説得力がないわよ?
しかし彼はその場で軽く屈伸をし、こちらの様子をうかがっているようだった。
きっと徒手空拳を好む、身軽な彼であれば、ひとっ飛びで女頼みの公爵様を取り押さえる事ができると思う。そうなれば、確かに今の脅しも半ば無意味となるかもしれない──。
でも彼女は不穏な気配の二人を警戒して、淡々と冷静に対処するのであった。
あたしの手首を捻り上げたままで、ゲス男の方へとゆっくりと引っ張って行く。
その行く手を遮るように、片膝を着いたままの素敵な騎士様を、十分な距離を取って迂回するのだ。そして腰低く落とし、身構えている赤毛の騎士様からも、油断なく目を離さない。
結局、二人の騎士様は手を出せぬまま、彼女がゲス男の元に、たどり着くことを許してしまった。
「──で、要求はなんだよ? それともこのまま夜が明けるまで、四人で仲良くお話でもするってのか?」
「彼女を離せ。さもなくば……」
ミランダ、いえマノンにしてやられた騎士様二人は、各々で隙をうかがっている気する。しかし彼女は、最初から交渉などする気がないのか。
「あなた、逃げ出す元気はあって?」
「まだ大丈夫だ」
「なら、このお嬢様を少しの間、抑え込んでおいてちょうだい。でもワタクシから、離れないでね?」
根性なしのゲス男は黙ってうなづくと、あたしの両手を後ろ手にして掴む。それからあたしを地面へと押し付けるように、自身も横に並んで伏せる。(イーッだ
「テンペスタース!!(tempestas)」
彼女が古代語で”嵐”と叫ぶ。
すると突如、あたしたちの周りで激しい風が巻き起こる。
おそらく魔石を使ったのだろう。
そして彼女は荒れ狂う暴風の中心部で、何かの歌を詠い始めた。
「させるかよ!」
そう言って、こちらに駆け寄ろうとする赤毛の騎士様と。
「複合魔法か!? 駄目だ! 伏せろ!!」
何かに気づいて、それを制止する騎士様は既に両膝を着き、その身を伏せようとしていた。
流石にマズイ状況と感じたのか、赤毛の軽業師もその場で屈伸状態になる。そこから一瞬で、彼は後ろへと跳躍したのだ。
その瞬間、歌を終えた彼女を中心に、無数の雷光が走り出す。
そして暴風の中を、竜のような稲妻たちが上に下にと、踊り狂い始めていた。
次回は、(第六編)です。3/21までには更新をしたいと思っています。




