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第三幕:希望と魂(第二編)

 長い長い夢の旅を終え、この現実に戻ってきた時。

 あたしは一瞬、ドキリとしてしまったのだ。


 その原因なるものは、あたしをジッと見つめている、暗闇に輝く双眸であった。

 艶やかな白い毛に、ひときわ大きくつぶらな瞳と愛らしい小顔。そして頭の上に、ちょこんとのった猫耳。

 そう、彼女は猫娘のミハクちゃんだ。今では私の可愛い、妹分である。


 目覚めたあたしは、自然と無意識に彼女を頭を撫でていた。そして。


「ただいま……、ミハクちゃん」

「ジルにゃん、ダイジョウブにゃ?」


 心配そうにあたしを見つめるこの子は、相変わらず愛らしかった。

 でも撫でられて気持ちが良いのか、彼女は半目になりながちである。


「ふふっ。もう大丈夫よ。あたしを助けてくれて、ありがとうね……」


 あたしは頭を撫で続けながら、反対の手で彼女の頬と首筋も撫でる。


 すると彼女は両眼を閉じて、ノドをゴロゴロと鳴らし始めた。

 きっと気持ち良いのだろう。ホント、たまらなく可愛い子だ。


 そしてあたしは上半身を起こし、改めてあたりを見回してみる。ここは慣れ親しんだ、我が家の一階玄関広間のようだ。そこの長椅子にあたしは寝かされていたらしい。

 そして今いる薄暗い部屋の中には、もう一人の人物がいたのだ。


 窓際にたたずみ、月明かりが差し込んでくる窓の外を見据えているのは、シルバーグレイの髪をした彼であった。

 彼、ガルガーノの凛々しい顔は、なぜか血の気を失ったように蒼白だ。

 そして彼の純白の騎士服には全身至る所、切り裂かれたような傷跡がある。

 よくよく見ると、その跡は血が固まったのか、黒ずんでいた。。


 どうやら彼は激しい戦いに、身を投じていたらしい。

 そして、この場にいるなんて……。

 彼も彼で。相変わらずの、素敵な騎士様らしかった。


「……………………」


 ……おや?


 今まで窓辺に立つ、絵になる素敵な騎士様を眺めていたのに。

 なぜか、あたしの目の前には今、愛らしい猫娘の顔があるのだ。


 あたしが顔をちょっと右に傾けて、目的の被写体を覗き見ようと試みると。

 それに合わせて視線を遮るように、あたしを見つめる双眸も、同じように傾く。

 今度は反対の左に顔を傾けてみると、彼女もキッチリそれに合わせてくるのだ。


 あれかしら?

 ネコちゃん特有の、『構って攻撃』みたいな?

 なんてこの子は……。


「この愛いヤツめぇ~」


 あたしはガバッと襲い掛かる様に、目の前にある猫耳のついた頭を抱き寄せた。そして彼女の頭から背中を辿り、果ては小ぶりのお尻までを。

 ひたすら撫でて、頬ずりをして、舐めまわして、甘噛みをして差し上げたのだ。(ぬフフ


 この激しいあたしの愛撫攻撃には、さしもの構って猫ちゃんも降参するだろう。

 すると彼女は、またゴロゴロと嬉しそうな音をたて始めた。

 そして今回はしっぽをピンと立てている。よしよし、作戦は成功よ。

(可愛い子ね。ウフッ)


 それからやっと、窓辺の彼の方を向くと……。


 あらやだわ。とても素敵な殿方と目が合っちゃった。


 このような大好物な場面(シチュエーション)には、当然のようにあたしの胸がドキドキと高鳴り、顔はポーっと火照ってしまう。

 これはきっと、恋の予感に違いないわ! 

 いやいや、いやいやいや。そんなことを考えている場合ではないわ。

 ここは冷静になるのよ、あたし!


「お嬢さん、もう大丈夫か?」


 おふぅ。あたしがまだ深呼吸をして、心の準備体操をしているところに、彼のほうから話しかけてきた。


「え、あ? うん。その……、まぁまぁかしら?」


 別段初めてではないのに、妙に意識して緊張してしまう。なぜだろう?


 確かに時間的には、昨日か一昨日には顔合わせをしたはずだし?

 ループ的にであれば、それこそ何度も何度も彼と話をしている。

 それに一番古い記憶的には、なんと六年前に出会っているのだ。


「ありがとう。あなたも……、あたしを助けてくれたのよね?」

「いいや、そちらの娘さんがお嬢さんを見つけてくれたのだ。私は大して役に立ってないさ」

「そうなんだ? この屋敷を襲わせたアイツらは、仮面の男に邪魔をされた言っていたけど、それはあなたなの?」


 念のためにと、確認してみる。


「マリー、……マリアンナに頼まれて、お嬢さんを助けにきたのだ。そこに丁度、不逞(ふてい)な輩が──」



 彼から聞いた話では──。

 偶然あたしと出会ったあの日の夜には、王都に無事マリーを届けたらしい。

 そして彼女の願いを聞き、昨夜にはこの街に舞い戻ったところ。

 彼女の危惧通りに、この屋敷は人さらいの四人組に襲われていたらしく、一人で彼らを撃退してくれたようだ。

 それから屋敷にいたミハクちゃんから、あたしが前日の夜には、ボルゲットで虜囚となったことを聞いた彼だった。


 その後、あたしを救い出したいと言うミハクちゃんの頼みを受け、一人逃した人さらいたちの主であるイグナチオ枢機卿の屋敷を逆襲したらしい。

 そもそもマリー誘拐の件も、偶然とは言えあたしを捕らえた件も、枢機卿たちが企む計画の一環だと、彼は事前に情報を得ていたとか。

 しかしまたしても後手となった結果は、やはり枢機卿には逃げられた後で空振りだったということだ。

 それでも諦めずに二人は、次の行き先と思しき公爵の城へと踏み込もうとしていたらしい。


 三度目の正直か、二人が城の正面門に忍び寄った時、場内は騒然としていたらしく、見張りの門番も一人しかいなかったようだ。

 二人はそこで分かれ、公爵の双子の弟であるガルガーノは、陽動のために素顔で堂々と正面から城へ乗り込んだとか。そしてミハクちゃんは、あたしを探すために城の裏手、南側の崖から回り込んで見たところで見つけたらしい。一人で城から逃げ出すあたしを。


 それから彼は城内を散々混乱させた上で、あたしが逃げたと分かると上手く逃げおおせたらしい。もっとも少なからずの手傷を負ったようだけど、どうやら今回は命に別状は無いらしい。

 本当によかったわ、無傷ではないけれど、彼が無事で。


 そしてその後は、あたしの立ち寄りそうな川辺の教会を経て、屋敷に戻った時、丁度出会ったようだ。意識を失っているあたしを、抱いて運ぶミハクちゃんを。


「うーん……、大体の話は理解できたわ。

 でも彼はどうしたのかしら? あなたの親友を自称する赤毛の騎士様は」

「赤毛の彼、ヒイロの件は──、そちらの娘さんからある程度は聞いている。

 お嬢さんと──「ジルダよ。あたしはジルダと呼んでよ。全く知らない仲でもないでしょ?」」

「君は……、憶えていたのか? 私の事を……」


 どうやら彼の方はちゃんと覚えていたらしい。

 何だか妙に心が躍るほど、とても嬉しい話だった。


「思い出したのは、マリーとあなたに偶然会ったあとよ。

 確か六年前はあなた──、髪が長かったでしょ? それに顔に怪我なんて無かったわ」

「これか、これはその後に色々とやらかしてしまってね……」

「ん? また何処かにでも、殴り込みをかけて負傷したの?」

「フッ、そうだな。ちょっとした大きな祭りのような騒動があってね。その時に負ったものだ」

「ふーん。何にせよ、あまり無茶ばかりをしていると、ホントに死ぬわよ。

 ()()()・は」

「全くもってその通りだよ。我ながら、耳が痛くなる話だ……」

「まぁいいわ。もし次やったら、マリーに言いつけるからね。無謀な騎士様っ」


 この言葉には、流石に彼も苦笑いするしかなかったようだ。


 その後、彼がミハクちゃんから聞き出していた話を聞いた。


 ミハクちゃん曰く──。

 彼女と一緒にこの屋敷に戻った後、朝帰りをして行方不明のあたしを心配していたお父様に全ての事情を包み隠さずに話したらしい。

 あたしの身に起こった事を聞いたお父様は、当然のように激怒し、それから心当たりがあると言葉を残して、一人で屋敷を出たとか。

 その後、ミハクちゃんと幼子の姉妹を婆やに任せた赤毛の騎士様もまた、あたしを助けに行くと言って一人姿を消したようだ。


「そっか、愚かなあたしのために……皆に苦労をかけちゃったのね。ごめんね、二人とも」


そう言ってあたしは膝の上で甘える猫ちゃんを可愛がりながら、目の前の彼に微笑んだ。

(こうして生きていて、良かったわね)


「ジルにゃん……ナイテルにゃ?」


 あたしを見上げる愛らしい猫ちゃんが不思議そうに訊ねてくる。

 あぁ、安心したら急に、眼が潤んでしまったのね……。

 

 本当にありがとう。あたしは嬉しいわ。


次回は、(第三編)です。


仕事が年度末進行となってしまったので、毎日更新ができないかもしれません。

その場合は二日に一投稿となると思います。

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