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第二幕第三場:わたしは愛のために、生まれてきたのですか?(第三編)

これで第二幕は終わります。

 

 わたしはお父さんに手を引かれて、豪華な内装の建物から抜け出しました。


 それから逃げ場を求めて、石造りの回廊を隠れるように進みます。

 そんなわたしたちの行く手を阻む者がいれば、その全てをお父さんの口から紡がれる言葉、歌の力で退けたのです。


 たとえば先ほどの動けなくなった衛兵たちは、お父さんの突き出した手からあふれ出る、黒いモヤのようなものに顔を覆いつくされていました。


 そして今また、要所要所を守る衛兵たちは、歌で皆まとめて倒れるように眠りに落ちたようです。


「よし、ジルダや。行こうか」


 そう言って差し出すお父さんの手を取り、わたしは足元に倒れて眠る衛兵たちを避けながら進もうとしました。


 しかし彼らは、足の踏み場が無いほど密集した状態で、倒れているのです。

 ある兵士が脇に抱えたままの槍の穂先が、空中の半ばで止まっているので、それがとても危なく思えます。


 でもこれではしょうがないと、わたしは意を決して、注意しながら飛び越えようとしました、が。


「キャッ!?」


 わたしの体を覆い隠してくれていたシーツの端が、その穂先に捕まりました。


 そのためにバランスを崩し、その場に倒れこみそうになるあたし。

 しかしそこはすかさず、お父さんが抱き留めてくれたので大丈夫でした。そう、あたしの()だけは。


 残念な事に、シーツは物の見事に裂かれてしまいました。

 どうやらもう、わたしの体を隠してはくれません。ああ、この心許ない状態では、風邪を引いてしまいそうです。


「おお、怪我はないかい? ジルダや、……これを着なさい」


 お父さんはそう言って自身のコートを脱ぎ、わたしに手渡してくれました。


「ありがとう、お父さん。これで風邪を引かなくて済みそうですわ」


 心配そうに見つめてくるお父さんを、わたしは微笑みで返しました。


 そしてわたしがコートを身にまとったのを確認すると、再びわたしの手を取り、急かすように進み始めました。


 ・

 ・

 ・

 

 その後、気が付けばわたしたちは、屋外の高い所に出ていました。

 薄明るい月夜の元、肌寒い風が吹きつけてきます。


「なんと、城壁の上に出てしまったのか?」


 お父さんは焦っているのか、周囲を見回しています。

 確かに、わたしがこの両手を伸ばせば、ギリギリ届かない幅の石造りの通路。そしてその両側は、わたしの胸の高さ程度の上部が凸凹の壁が前後にずっと続いているようです。

 これが城壁と言うモノなのでしょうか?


 そしてわたしたちの足元にある階段の階下からは、「こっちに逃げたぞ」と言う声が聞こえてきます。

 それを聞いたお父さんはすぐにあたしの手を引き、この城壁と言う屋外の狭い通路を先に進み始めました。


 ・

 ・


 気が付けばわたしたちは、その城壁の角のような場所に追い込まれました。

 今来た通路も、角の先の通路からも、灯りを持った衛兵たちが現れたのです。


 そしてわたしたちの前後を取り囲む衛兵たちを押しのけて、一人の大男が姿を見せます。その男はカールした癖のある赤毛に、他者を威圧する凄みのある隻眼の大柄な男でした。


「そこまでだ。大人しく娘を渡せ。ならば貴様は見逃してやろう。

 公爵閣下は、その娘を無傷で手に入れよ、とご所望でな」


 隻眼の大男は一人だけ武器も抜かず、自信ありげに話しかけてきました。


「冗談ではない、断る! 

 そうやって油断させておいて、騙し討ちするきだろう!?」


 既に息が上がっているお父さんは、肩で息をしながら言い返しています。


「騙し討ち? それがしは、金にならぬ殺しなぞせぬ主義よ。何もかも奪いたがる妹とは違うわ。ほれほれ、早くせねば妹が来るぞ? そうなっては交渉も何もなくなるが、それでも良いのか?」


 そう言うと、隻眼の大男はチラチラと左の方を、わたしたちの右手にある通路の先を見ています。


「お父さん、どうか生きてください。わたしは公爵様の元に、行きますわ……」

「いかん、いかんぞ。もう二度とお前を、わしの宝を手放すものか」


 わたしたちは互いの手を取り、見つめ合っていました。

 すると、そこに。


「ええい、そこを退け! ワシの邪魔立てをするものは、容赦はせぬぞ!」


 それに続くように、男たちの悲鳴と何かが落下する音、ぶつかる金属音が聞こえてきました。


 しばらくすると、城壁上の通路の先から衛兵たちを次々となぎ倒し、伯爵様が姿を現しました

 相変わらず背筋の真っすぐ伸びた、凛々しい初老の殿方です。

 でもその立派なお召し物は、ところどころが引き裂かれ、血が滲んでいます。もちろんお父さんと同じく、既に息が上がっている様子でした。


「リゴレット! まだ生きておったようだな」

「おお! お前さんこそ生きておったか、ジャコモよ」


 そして伯爵様は意気揚々とわたしたちの元まで歩いて来ました。ただその右手だけは、真っすぐ隻眼の大男に向けています。


「やれやれ。どいつもこいつも、まるで頼りにならぬ。これでは最後まで生き残るのは、それがしだけかもしれぬな。あの時の戦のように……」


 隻眼の大男は既に倒れて動けない衛兵たちにいちべつすると、呆れたように語ります。


「──で。相も変わらず、その娘を渡す気は無いか?」

「くどい! わしの命に代えても宝は、娘は絶対に譲れん!!」


 そんなお父さんの姿に触発されて、わたしの心にも熱い何かがこみ上げてきました。でも……。


「そうかい、そうかい……。だったら何もかも全て、アタシが奪ってやるよ!」


 そう言いながらいきり立つ、跳ね癖のある赤毛の女が通路の先から現れた。


「マッダレーナ、遅かったな。だが娘は傷をつけるなよ。公爵閣下の機嫌を損ねては、報酬に関わるからな」

「フン、たかだか老いぼれが二人じゃないのさ。サッサと始末するよ、兄さん」

「やれやれ。ここに至っては交渉もあったものではないな。残念だが、もう貴様らも終わりだ」


 肩をすくめた隻眼の大男は、その腰にある佩剣(はいけん)を抜き放ちます。

 それは幅広で刀身の長い、見るからに重厚な大剣でした。


 そして赤毛の女は二本の細長い先のとがった棒状、よく毛糸の編み物に使う”かぎ針”のようなモノを両手に構えています。

 それから赤毛の二人は、あたしたちに向かってにじり寄ってくるのです。


「リゴレットよ。時間を稼げるか? 少しだけでよい。さすればワシがジルダ嬢を逃がしてみせよう」

「よし、分かった。見ておれよ……」


 小声で示し合わせる伯爵様とお父さんでした。


「兄さん、いつものやつで行くよ! もう袋のネズミだからねえ。(のが)しゃあしないさね」

「うむ、承知した」


 二人はその場で足を止め、何かを……。


 そこへお父さんが朗々と、歌を詠い始めたのです。


『ちのものよきたれ ゆるぎなきちからよ たてとなれ

 わがともよきたれ あらぶるたましいよ かべとなれ

 われらにがいあるものは ここにとどめ

 われらにあだなすものは ここではてよ 』


 その歌が二度響き渡ると、突如としてわたしたちのいる場所、城壁がグラグラと揺れ始めたのです。

 そしてお父さんの足元付近を中心に、次々と城壁を形作る石を打ち壊しながら、何本もの先の尖った土くれの柱が飛び出してきました。


 それにすぐ反応した赤毛の兄妹二人は、凸凹状の上に飛び乗り、それらを避けています。でもそれ以外の衛兵たちは、土の柱に吹き飛ばされました。その次の瞬間には、悲鳴を上げながら宙に舞い、暗闇の中に消えていきました。

 その少し後に、グシャッと言う音だけが嫌に響いてくるのです。


 そしてわたしもまた伯爵様に両脇を持ち上げられ、城壁の上から宙に放たれていたのです。


 なぜなの!?


 月下の夜空に、薄っすら緑がかった風が吹き、それがわたしの体を包み込みます。それから優しく暖かい春の風のようなものに包まれたわたしは、ゆっくりと城壁の外側を舞い降りていくのです。


 これはきっと直前に伯爵様が(ささや)いていた言葉、歌にまつわるものでしょう。

 わたしは父と伯爵様の歌の力で、その場から逃れることができたのです。


 でもわたしが見上げると、二人は……。




次回からは、『第三幕:希望と魂』(第一編)となります。

おそらく三幕でクライマックス、四幕でエンディングとなる予定です。

最大であと14話くらいでしょうか。最後までお付き合いくださいますよう、宜しくお願いします。

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