第二幕第二場:愛のために、生きることができますか?(第二編)
反省しています。
一人称視点で主人公が身動きを取れないと、ものすご~く物語を進めづらいのです。
サッサと素敵な騎士様にでも、助けてほしいところですね。
────ハッ!?
いつの間にか、あたしは意識を失っていたらしい。
まず視界に飛び込んできたのは、あたしの部屋よりもずっと豪華で広く、高い天井であった。
手足にはまだ感覚が無いけれども、辛うじて首と目を動かすことができたので、何とか自分の置かれている状況は理解できた。
あたしは手足を縛り付けられ、ベッドの上で仰向けに寝かされていたのだ。
口元は自由な状態ではあったけれども、手足だけでなく、舌までもマヒしたように全く感覚が無い。それ故に、言葉を発しようとしても、あたしはただウーウーと唸る事しかできなかった。
「おや、まあ? もう気が付いたのかい?」
そう言いながら、逆さまの状態で顔を覗き込んで切るのは、あの宿の女主人であった。そしてあたしが寝かされたベッドの縁に両腕を乗せながら、上機嫌で銀の酒杯をあおっている。
「あんた、本当に良いところのお嬢さんなんだね? お蔭でアタシらも、大金を貰えることになったよ。アハハハ」
どうやらあたしの引き取り手は、この部屋の様子からよほどのお金持ちらしい。
つまり──あたしにご執心だった、マントヴァの公爵閣下あたりかしら?
「確かにあんたは、綺麗な髪と肌をしているようだけど……。よくもまぁ、こんな行き遅れの生娘に、金貨3000枚も支払う気になるもんだねえ?
こっちは商品の代金とルチアの分を差し引いても、大儲かりで笑いが止まらないさね。 あんたがもし男なら、キスの一つでもしてあげたいよ!」
上機嫌で嫌味な女が、あたしに酒臭い息を吹きかけてくる。
あぁ、嫌だ、嫌だ。
それに対し、何か言い返そうとするも、あたしはウーウーと唸るだけだった。
「ハッ、どうしたんだい? そんなにヨダレを垂らしながら、ウーウー言ってさ? ああ、これが欲しいのかい?」
そう言うと、意地悪な女はその手の酒盃を傾けて、あたしの鼻と口に酒臭い赤い液体を落としてくる。
それにはあたしも堪らずゲホゲホと吐き、顔を左右に振って逃れようとするのが精一杯だった。
そんなあたしの姿が面白いのか、性格の悪い女は高笑いを続けるだけだった。
なんて面白味もない、単調な嫌がらせをするのか。ただただ悔しい。
こんな酔っぱらいのくだらない女に翻弄されるなんて……。
「マッダレーナ、そこまでにしておけ。まだ代金は貰っていないからな」
この酔っぱらい女に、兄さんと呼ばれていた男の制止する声が、あたしの視界の外から聞こえてきた。
今まで気づかなかったけれど、この部屋の片隅にでも居たのだろうか?
すると、チッと舌打ちをした後に、事もあろうに女はあたしの顔にツバを吐きかけてきた。
そしてそのくだらない下品な女は、フンっと言ってあたしの視界から姿を消したのだ。ほんと、ムカツクー!!
・
・
・
しばらくすると、この部屋の外で何やら騒がしそうな物音があった。
それからドタバタ音がした後に、部屋の扉が派手な音を立てて開かれたようだ。
「スパラフチーレ! スパラフチーレは、おるか!?」
かつて聞いた事のある、耳障りの嫌な声があたしの耳に入ってきた。
この癪にさわるダミ声から察するに、きっとあの四角い顔の老人。マントヴァ公爵とガルガーノの叔父、イグナチオ枢機卿ご本人だろう。
「猊下、一体どうなされた?」
「おお、スパラフチーレ。ここにおったか。
少し前に差し向けた我輩の配下が、返り討ちにあったのじゃよ。逃げ延びてきおった一人を除いて、残りは始末されたようじゃが……」
「ふむ。確か──、猊下が手の者からの知らせでは、屋敷には老婆と子供二人に、獣の娘だけだったのでは?」
「旦那、兄さんの言う通りさ。いくらあのルチア、獣娘が邪魔をしたとしても、流石にあの四人組がやられるとは思えないねえ」
話の内容から察するに、どうやらミハクちゃんと幼子の姉妹は無事に、あたしの家まで逃れる事ができたらしい。
そしてそこへ例の四人組の人さらいを送り込んだ末に、返り討ちにあって失敗したようだ。
でもその話に、赤毛の騎士様が出てこないのは、何故だろうか?
「じゃが配下の話では、仮面の男一人によって不意を打たれ、一方的に討ち取られたと聞いておるぞ?」
「うーむ。奇襲とは言え、一方的に──か。猊下、その生き残りから話を聞きたいのだが」
するとダミ声の主が、ノッポはおるか?と大声で叫ぶ。
しばらく後に、ドタッドタッという大股歩きのような、歩幅のある足音が聞こえてきた。
その足音の間隔から察するに、足音の主は相当の足長さんなのだろう。
「ダンナ。キタっす」
あぁ、その声と独特の喋りで分かったわ。
あの四人組の中で、一番背の高い痩せノッポだ。その背丈だけなら、赤毛の騎士様の兄である巨躯の騎士様と同じくらいだったと思う。
確か──アンチョビって、呼ばれていたような?
「おう、貴様か。それで、仮面の男はどのような奴だった?」
それから隻眼の大男は、矢継ぎ早にノッポから事情聴取をして、詳しい情報を聞き出している。
その仮面の背格好と武器、そして魔法か何か妙な技を使ったのかなどなど。
あたしもその話を横で聞き、ある結論に至ったのだ。
そう、彼だ。従妹のマリーを助けて、王都に向かったはずのガルガーノその人である。
きっと彼は、あたしの言葉を強がりとでも考え。再びこの街に、単身で戻ってきたのだろう。つくづく無鉄砲で、バカで、素敵な男である。
でも今は、とても……嬉しかった。
彼のおかげで、あたしの家に居た皆が無事なのだから。
それにしても──、腑に落ちない。あの契約したはずの下僕様は、一体何処に姿を消したのだろう?
このままでは、契約不履行で提訴する事も、ままならないではないか!
「ワアハッハッ! そうか、あの男が現れたか。ならばもう一波乱ありそうだな」
突如、隻眼の大男が嬉しそうに、大笑いを始めた。
あたしとは別の意味で、彼、ガルガーノに恋い焦がれている様子だ。
でも彼がアンタの前に姿を見せた時は、アンタの方が彼に”けちょんけちょん”にされるんだからね!
「猊下、その仮面の男は凄腕の剣士だと見受けた。それがしの腕を、今少し買わぬか?」
「おお、それは助かる話じゃわい。良かろう、この通り報酬は弾もうぞ。まずはコレでどうじゃ」
すると、わあ!?という喜色満面そうな女の声に、うーむ、と唸る男の声が聞こえてきた。
「に、兄さん。この宝石の数だと──金貨で数千枚分は、あるんじゃないのさ?」
「良かろう、確かに引き受けた。猊下を護衛しておれば、仮面の男は近い内に現れるだろう。その時は必ずや、血祭りにあげてくれようぞ。フハハハハ」
隻眼の男が嬉しそうに笑い声をあげる。それに続いて、性悪の妹も高笑いをあげる。
ふん。喜んでいられるのは、きっと今のうちだけよ。
「おお、流石はかつて『紅蓮の悪魔』と呼ばれた男じゃな。頼りにしておるぞ!」
「そうよ。兄さんは昔から凄腕の傭兵として、名は通っていたからねえ。
旦那! アタシの働きぶりも見たら、もう少し代金をはずんで貰えるかい?」
「良いぞ、良いぞ。全ては結果次第じゃ。その折は、必ず弾もうぞ」
そのようにあたしの視界外で、楽しそうな会話が弾む、憎々しい三人がいた。
(でも悲しい人たちだなとも思える。このわたしには、どうする事もできない人々だから)
・
・
それから後、あたしは手足を縛られたまま、痩せノッポに担ぎ運ばれた。
彼らの会話から察するに、この屋敷で敵に襲われては危ういと、可愛い甥っ子の公爵の城へ身を移す気らしい。
そうなると流石に状況としては、とても困ったことになりそうな気がした。
何故ならば、もし彼があたしを助けに来たとしても、相手は枢機卿の護衛を請け負った兄妹と手下の痩せノッポだけでなくなるのだ。
あの城にいるはずの多くの兵士までもが、彼の行く手に立ち塞がるはずである。
言うなれば、そう。悪党たちが待ち受ける恐るべき城と、そこに囚われの美しい姫君。そして姫君を助けるために騎士様が立ち向かう物語だ。
でもこの現実は、よくあるおとぎ話のように、無事ハッピーエンドを迎えられるのだろうか?
次回は、(第三編)となります。あと2回で、この話も締めたいと考えています。




