第二幕第二場:愛のために、生きることができますか?(第一編)
若干タイトルが変わりました。
さっくりとこのシーンを終わらせて、第三幕の前に三人称視点で本話を補完したいと考えています。
気が付くとあたしは、両手両足を縛られ、目隠しと猿ぐつわを咥えさせられているヒドイ状態にあった。
目を見開いても光を感じる事ができない。
真っ暗闇の中に転がされているらしい。
顔に当たる冷たい土の感じ。
おそらく地下の貯蔵庫あたりに、閉じ込められているのだろう。
そしてお腹が空いたなぁと思った瞬間、グゥ~っとお知らせが聞こえてきた。
この空き具合からきっと────、もう正午を回っているのだと思う。
もしココが宿の地下貯蔵庫であるのであれば、何か食べ物があるはずだと。
あたしは後ろ手に縛られながらも、芋虫の如く地面をもぞもぞと這ってみる。
これであたしの周囲に何かないかと探る事ができれば──。
………………駄目だった。
自分の顔と肩と膝をただ擦っただけで、何も分からなかった。
お腹が空いている以上に、喉がとても渇く。
口に咥えさせられた汚い布のせいで、口の中が何やら苦くて不味いのだ。
あぁ、なんてヒドイ状況だろうか。
それでも辛うじて生きているだけでも、あたしはラッキーなのかもしれない。
でも何故あたしは、こうして生かされているのだろうか?
人質にするつもり?
それとも幼子の姉妹の代わりに、あたしを売り払う気なのかしら?
何にせよ、この状況と状態では、あたしに出来る事はないのかもしれない。
────疲れた、な。
そして再び、あたしの意識は遠のいていった。
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「起きな! まだ死んじゃいないのならさ!」
突如襲い掛かってきた罵倒の言葉に、あたしの意識は強制的に覚醒された。
そしてあたしは髪を乱暴に掴み上げられ、頭を無理に引き起こされる。
しかし地面に突っ伏したままのあたしには、成されるがまま弱々しくうめき声をあげる事しかできなかった。
「ねぇ、泥棒猫のお嬢ちゃん。アタシのルチアと木箱に入っていた商品を、一体何処にやったんだい? アレは大事な金づるなのさね。大人しく素直に、返してくれないかねえ?」
前半は猫なで声、後半は恨みがましいドスの利いた声で問うてきた。
もしごく普通の小娘や、箱入り娘のお嬢ちゃんであれば、この脅しで心が砕かれたと思う。
でもそこは数々の修羅場と死を味わったあたしである。怖い目や辛い目、苦しい事や悲しい事を幾度も、繰り返し体験した娘には通じないのだ。
お・断・り・よ! あの子を奴隷同然に扱う人に、返す訳がないでしょ!?
しかも、幼い子供までモノのように売り買いするなんて──。
よくもそんな最低最悪の、恥知らずな真似ができるわね!?
しかしながらあたしの愛らしい口は、猿ぐつわをされて封じられている。
故に、あたしの言葉も、気持ちも伝わらない。単にモゴモゴと何かを、わめいている風にしかならなかったのだ。
「ハッ、まだまだ生きが良いじゃないのさ。ならしばらくは、飲まず食わずでも、大丈夫だろうさねえ」
アー、ハッハッハッ!と、あたしの頭上で女主人が高笑いをする。
ホント、頭にくるわね……。
「マッダレーナ、水くらいは与えておけ。その娘に死なれては、あの三人分の損失を埋め合わせするのも、ままならんぞ」
野太い男の声がする。きっと女主人の兄である隻眼の大男だろう。
それにしても──。
赤毛の騎士様が負ったヒドイ火傷は、この男の手によるものなのかしら?
あの手紙にも注意しろとあったし、思ってた以上に危険な男なのかもしれない。
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ワッ!? 冷たっ!!
何の前ぶりもなく、いきなり顔にかけられた水に驚いて、あたしは思わず飛び起きそうになった。
でもあたしは拘束されたまま地面に転がっているので、ゲホゲホと咳をしながら、体をビクンビクン震わせるだけである。
そう、これは決して、不本意に感じて悔しがっているのではなく。
次々と口元をめがけて落ちてくる水で息苦しいからだ。きっとわざわざ狙っての所業だろう。あの女が。
「ハハハッ、いい気味だねえ。そうそう、もっとアタシを楽しませなよ?」
女が執拗に水を口元に掛けてくるので、あたしはたまらずうつ伏せの態勢になろうと試みる。でも……。
「そうはさせないさね! ほら、ほら、ほらぁ!」
興奮気味の女があたしの腹を踏みつけ、そうはさせてくれなかった。
あたしはむせ返りながらも、必死に顔を左右に振って、しつこい水攻めから逃れようとする。
「そこまでにしろ、マッダレーナ。金にならん事は止めておけ、たとえそれが気晴らしでもな」
「フン、分かったよ。でも兄さん、こいつをどうすんのさ?」
あたしの頭のそばで、金属製と思しき水差しが、地面に投げ出された音がした。
不貞腐れた声の女が打ち捨てたのだろう。
なんにせよ、息の詰まる水攻めが終わって、良かったわ……。
でも最後に軽く横腹を蹴られたのが、すっごくムカつくんですけどぉ!?
「────そうだな。雇い主のところへ持って行く。
この娘の身体は少々貧相だが、中々の顔立ちの上に、育ちが良さそうだ。それなりの金には、なるやもしれん」
「ハッ、この歳のいった小娘がかい? こんな貧相な体の娘が、あの三人分の埋め合わせになるのかねえ?」
「上級貴族様には、これくらい気が強く、生きの良い娘を好む者も多いと聞く。それにかえって貧相な方が良いという、好事家もいるようだぞ?」
「フーン。こんな貧相な身体が、お貴族様には良いのかねえ?」
さっきからあたしの身体を、『貧相』と連呼され、なじられているのには納得がいかない。
あたしは別にM属性なんか持っていないし、貧相な身体もしていない!と思う。若干、胸は控えめではあるけれども……。
!???
女が貧相と称するあたしの胸を、いきなり揉みしだいたのだ。
度胸と威勢と食欲だけは良い、と自負するあたしもビックリである。
それには流石のあたしも、思わず反応してのけぞり、身体を左右に振って、その魔の手から逃れようとする。
「ヘェー? 兄さん、こいつはひょっとすると生娘かもしれないよ? その歳で未だって事は──、よっぽど大事に育てられた、お嬢さんなんだねえ!」
ふん、当然よ。
あたしはお父様がここまで大事に、大事に育てた箱入り娘なのよ?
もし許されるのであれば、生涯を生娘で全うする気概のある大人物だから!!
「そうか、ならばなおさらだ。傷物にはするなよ。安く買い叩かれては敵わん」
女の舌打ちが聞こえてきたけれど、お金に執着がある男のおかげで、これ以上のヒドイ目は逃れられそうだった。
「じゃあとりあえず、こいつを木箱に詰めて、旦那のところへ運ぶとするかねえ」
「そうだな。今から準備して街に向かえば、夜には屋敷に運び込めるだろう。急ぐぞ、麻袋を持って来い」
男がそう言い次の瞬間、突如あたしの平衡感覚が喪失した。
どうやら男の肩に担がれているらしい。そしてそのままあたしは、何処かへと運び出されて行く。
街とは一体何処なのだろうか?
今現在が昼過ぎだとしたら、おそらく公都マントヴァに向かうのかもしれない。
だとすれば、あたしにはまだチャンスがあるかもしれない。生きて逃げ出す機会がきっと──。
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それからあたしは縛られたままで、大きな麻袋に押し込まれた。その上で、木箱らしきモノに入れられたようだ。
そして木箱を閉める音がした時、あの女が「念のためだよ」と言って、いきなり歌を詠い始めた。おそらく魔法歌だろう。
女が三度同じ歌を詠うと、あたしの全身から感覚と言う感覚が、全て消え去っていったのだ。
何も感じない、感じることができない──────。
あたしには唯一できる事は、『思考する』、ただそれだけであった。
(そうよ。母はわたしに言ったわ。『最後まで諦めずに、自分が正しいと思ったように行きなさい』と)
おぼえてなさいよ……。
あたしはすっご~く、しつこいんだからね!
次回は、(第二編)となります。




