第二幕第一場:行け、わが想いよ(第五編)
第二幕第一場はこれで終わります。
「あっちゃ~。カギが掛かってるわ。コレ」
結局、あの後。
何よりもまずは囚われの姫君ならぬ、姉妹を助けると言う事に決めたのだ。
そしてあたしとミハクちゃんだけで、部屋の小窓から外に飛び降り、目的の地下貯蔵庫へ向かった。ところが地下への扉を前にして、案の定このざまである。
確かに大事な商品を保管する以上は、これくらいは当然の措置だと思う。(´・ω・`
という訳で、事前に彼から借りていた小道具を取り出し、あたしは素人ながら錠前を外そうと試みてみた。
……………………んー、ダメだ。
自分の手先は器用な方だと思っていたけれど、何度トライしても上手くいかない。鍵の構造自体がよく分からないため、ちゃんと出来ているのかもサッパリなのである。
こう言う時に役立つ便利な魔法があれば、チョチョイのチョイで錠前を外すこともきっと可能だろう。そう、ずっと以前にあたしのお父様が見せてくれた素晴らしい魔法の技のように。
でも残念な事に、あたしは全く魔法が使えず。彼女もまた同様である。
ちなみに今頃、二階の部屋のベットで休んでいる赤毛の騎士様については、自身の身体強化する魔法のみしか使えないとの事である。
その代わり、念のためにと鍵開け用の小道具を貸してくれたのである。
確かに念のための布石が見事に当たってくれた。
しかしながらド素人のあたしには、土台無理な事であった。
さてどうしたものか……。
「うちニ、マカセルにゃ」
あたしの後ろから覗き込むように観察していた彼女が自ら申し出てきた。
この際だ。いかにもあたしより器用そうな猫娘の彼女に託そう。
「うん、任せるわ」
あたしは彼女に小道具を手渡して、その場所も譲った。
しばらくの間、カチャカチャという小さな音が続き。
そして……カチッ、っという音とともに錠前が外れたのだ。やった、流石だわ!
あたしは思わず、彼女を後ろから抱きしめ、その頭と猫耳と頬っぺたにキスの雨を降らせた。
こ、これは決して、下心云々ではなく。純粋に喜ばしかったので、感謝の気持ちを素直に示した結果なのである。(でゅふふ
何はともあれ、地下への扉は開いたのだ。
そこからは夜目が利く彼女を先頭にして進むことにした。
あたしたちはゆっくりと、古そうな石造りの階段を降りていく……。
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地下の貯蔵庫は思っていた以上に広かった。
その天井部分の所々は木造なので、若干上から板の隙間を縫って、かすかに光が漏れてきている。何とか薄暗がりの中でも目が慣れてきたのか、うっすら中の様子が把握できそうであった。
もちろん夜目の利く彼女には、あたしのような苦労は無いのであろう。
なるほど、なるほど。貯蔵庫のそこかしこには、大きな麻袋や木箱、酒樽などがたくさん見られる。そして奥の棚という棚には、チーズなど保存のきく食料品が所狭しと置かれていた。
「コッチにゃ」
目的の木箱を知る彼女には、ちゃんと行くべき場所が分かっているらしい。
ホント助かるわー。
奥にある棚と棚の間に、大きな酒樽が三つ積まれていた。
彼女の小柄で華奢な身体つきは、その見た目とは裏腹にかなりの力持ちのようである。大人の男が一人でやっと動かせそうな酒樽を、あっという間に三つも動かしてみせたのだ。
そんな彼女のお陰で、棚と棚の間に姿を現した石造りの細い通路を先に進むことができる。
よくよく目を凝らすと、通路の先は小さな石作りの部屋になっており、暗闇の中にそのシルエットが浮かぶ。
そこには大きな木箱らしきものが放置されているようだ。
その木箱の大きさは、大の大人が楽に入れそうなくらいだろうか。
今のあたしには暗くて、足元さえもおぼつかない。
だからここは全て、彼女に任せる事にした。
それから木箱をギシギシとこじ開ける音がする。
しばらくすると、すえたような臭いがあたしに近づいてきた。
彼女が左右の脇に何かを抱えて戻ってきたのだ。それは震えて、今にも泣きだしそうな小さな子供二人だった。
あたしは自分の衣服が汚れるのも気にせず、小さな姉妹を両手で抱きしめる。
そして「もう大丈夫よ、あたしとおうちにかえりましょう」と彼女たちにそっとささやいた……。
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その後、あたしたちは村の中央にある、教会近くの年老いた老夫婦が経営する宿に退避したのだ。
夜明けまでにはまだ時間がある。とりあえず幼子姉妹のために、食事と体をキレイにするために清潔な布とお湯を頂いた。
彼女たちは最小限の食事しか与えられていなかったらしく、とても衰弱してる様子だった。無事に街へ戻ったら姉妹二人の心も体もしっかりとケアしたいと思う。
それからミハクちゃんに頼んで、まだ例の宿でゆっくりしているお寝坊さんに声を掛けてもらう事にしたのだ。
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そして少しすると、ミハクちゃんが彼の馬に乗って戻ってきた。
彼女の話では、村の外れで待ていてくれと言伝があったとの事。
彼の方は上手くいきそうなのかしら?
それから彼女に馬を引いてもらい、馬上ではあたしが姉妹を抱えてまたがる。
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「キタにゃ。デモ……」
村はずれまで移動したところで、彼女が唐突に言葉を発した。
彼女が見つめる方向には──。
月下の元、村の中にある溜め池沿いの小道を走ってくる人影があった。
そのシルエットから彼に間違いない。
でも……、何やら左腕を押さえているようだ。
彼は走りながら叫んでいる。先に行け!と。
馬の手綱を持つ彼女がチラチラとあたしを見てきたので、行きましょうとうなづいた。駄句足で先に馬を進ませるくらいであれば、問題無いだろうと思ってだ。
彼があと少しと言う所で、遥か後方から馬が駆けてくる音が聞こえてきた。
あたしが振り返ると、馬にまたがる大男と女の姿が見てとれる。
「追手が来たわ。急ぎましょ」
「ちいっ! ──やるしかねぇか。ここは俺に任せて、先に行け!」
なんという事でしょう。赤毛の騎士様は聞くからに明らかな、死亡フラグを立ててしまった。全くもって冗談では無い。
そうならないために、あたしは苦慮をしていると言うのに……。
あたしは手綱を引くミハクちゃんに一声をかけてから、馬上から飛び降りる。
そして代わりに彼女を馬上の鞍に押し上げ、姉妹と手綱を任せる事にした。
それから彼から小道具と一緒に渡されていた、指先ほどの大きさの魔石を一つ取り出す。合言葉の魔法語は聞いている。
彼からは、危なくなったら躊躇せずに使え、と言われていたのだ。
「石を使うわ!」とあたしは彼に声を投げかける。
そしてあたしは、ネブラ(nebula)と言葉を発す。
すると手の中にある魔石は、ぼうっと淡い水色のような輝きを放ち始めたのだ。
あたしはそれを向かってくる馬上の二人に向かって、思いっきり投げつけた。
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それは空中でより強い光を放ち、次の瞬間にはあたり一面に霧が発生していた。
まるでべっとりと肌に張り付くような水っぽい霧ではないか。
そしてすぐ目の前にいた彼の姿も、今は微かにそれらしきシルエットで判別できるくらいだ。
「ええい、何だこれは!? 一体どうなっている!」
「兄さん、気を付けな。これは魔法の霧だよ。このままだと──」
少し遠くで追手の男女二人の声が聞こえてくる。
「良くやった。行くぞ!」
腕を押さえたままの彼が姿を見せ、あたしを急かす。でもあたしは彼の腕を見て、ギョッとしていた。
その腕はまるで火事に巻き込まれたように、黒く焼け焦げているのだ。また所々の皮膚は炭化したのか、その下から赤く焼けた肉が見えている。
「それって――」
あたしは動揺して、上手く言葉を紡ぎだせない。
それでも何とか彼に続いて走る。
ミハクちゃんの任せた馬の足音は、随分先から聞こえてきていた。彼女たちは大丈夫なようだ。
「追手の男の魔法にやられただけだ。急ぐぞ」
「分かったわ」
素直に彼の背中を追って、あたしも霧の中を走り続ける。
でも。
何やら背中をチクリと刺すものがあった。
そして次の瞬間には、手足が突如として動かなくなる。そのまま勢いよく地面に倒れるあたし。その時は痛みすら感じなかった。
瞬く間に全身が硬直していくのを感じ取れたのだ。
「……げて、み……な」
必死で言葉をひねり出そうとする喉も止まってしまった。
視界もボヤッとしており、音も徐々に遠のいていく……。
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目の前を走っていたはずの彼の声が、微かに聞こえた気がする。
ヒドイ火傷を負っていた彼は、大丈夫なのだろうか?
そしてミハクちゃんと幼子の姉妹は、無事に逃げおおせたのだろうか?
とても心配だ。
せめて……あたしの想いだけでも、通じていれば嬉しい。
無事生きていて欲しい。ただそれだけ……。
次回は、『第二幕第二場:愛のために、生きることができるの?』です。




