第二幕第一場:行け、わが想いよ(第四編)
「痛くない? 痒いところがあったら、言ってね?」
あたしは今、ルチアと呼ばれていた猫娘の体を隅々まで洗っている。
彼女が背を向けたまま、恥ずかしそうにモジモジしているさまが、何とも初々しく、萌えに燃えるのだ。(ぬふふ
そして一晩借りたこの部屋の中には、あたしたち二人以外にも、お邪魔虫がいる。
そのお邪魔虫こと、役立たずの元素敵な騎士様は、ベットの上で横になっていた。
さっきからいびきが聞こえてくる様子から、既に独りで我先にと、夢の世界へ向かったようだ。
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「──ほら、サッパリしたでしょ? ほんと、綺麗な白毛ね……」
あたしはお湯に濡らした布で、彼女の体を頭てっぺんから、足の爪先までをキレイに拭った。
するとどうだろう。
薄汚れていた彼女の毛並みは、美しく艶やかな白毛に、生まれ変わったのだ。
それにしても、なんと美しい白猫ちゃんなのだろうか?
その細い眉と長いまつ毛。そして目尻の上がった目と細いあごが、シャープな輪郭と小顔を強調している。
ハッキリ言って申し訳ないけど、ご近所さんの白猫ミミちゃんよりも、可憐で愛らしい姿である。マジごめん。
「……はく。うちノ、ナマエハ……みはくにゃ」
うん、知ってる。
彼女の祖国の言葉で、『美しい白』を『みはく』と呼ぶのよね。
「分かったわ、ミハクちゃん。それにしても────」
前回のループで知っていたけど、改めてまじまじと見ると、彼女への虐待の傷あとがヒドイのだ。たくさんのまだ治りきっていないアザとひっかき傷。そして左腕には、火傷したような痕が無数にあった。
彼女の体を清潔に保つために、隅々までお湯で拭いたのは良い。でも傷の手当をするための軟膏が、あたしの手元には無いのである。
「ヒドイ傷跡ね……。傷薬とは言わないけど、何かあれば良かったのに」
あたしがそっと彼女の傷を手を当てると、「ゴメンナサイにゃ」と彼女はすまなそうに呟く。なんともいじらしい猫ちゃん。
すると後ろから、オイと声を掛けられ、あたしが振り返ると。
わ、わっ!?
紐で縛られた、少し大きめの貝殻が、あたしめがけて飛んできた。
慌てて咄嗟にそれを両手で受け取ると。
「戦傷用の軟膏だ。それでも塗っとけ」そう言って、眠れるベッドの上の騎士様は、また横になった。
その貝殻を開き、中身の匂いを嗅いでみると、確かに前に嗅いだ軟膏独特の香りがする。これは何という天からの恵みだろうか!
さながら『牢獄の中にも、神の恩寵あり』って事かしら?
出来る騎士様を旅のお供にできたあたしの美貌と魅力も、ここで併せて讃えたいものである。
それからあたしは、彼女の傷と言う傷全てを全身くまなくチェックしては、その都度軟膏を塗りこんでいった。その貝殻の軟膏入れが空になるまで。
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「──よし、これで全部かな。明日以降も、傷がちゃんと治るまでは、毎日あたしが塗ってあげるからね」
そして彼女の頭をそっと優しく撫でてあげた。
あたしもそうされる事が大好きだから、彼女にもそうするのだ。
「ナンデ……。ナンデ、ヤサシクスルにゃ……。うちニハナニモナイにゃ……」
すると彼女は肩を震わせながら、静かに泣き始めた。
そんな彼女を包み込むように抱きしめ、愛らしい猫耳にあたしはささやく。
「大丈夫よ、安心なさい。あたしはミハクちゃんに酷い事なんかしないわ。
だから一緒に来るのよ。今日からあなたはあたしの家族、二人目の妹ね」
あたしはふぇーんと泣き出した彼女の頭を優しく撫でる。そしてか細い彼女の体をギュッと抱きしめるのだった。ヾ(・ω・`)
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「さてと──。サッサとここから抜け出したいけど、その前に──」
ひとしきり泣き終え、目が赤いままの彼女の体を引き離すのには苦慮した。
主にあたしが。
それからあたしは彼女、ミハクちゃんから色々と話を聞きだした。
特に、この宿に囚われているという幼子の姉妹についてだ。
彼女の話によると────。
宿の地下貯蔵庫ある大きな木箱から、人の臭いがするとの事だ。
運び込まれたのも先週らしく、おそらくそこに姉妹二人が閉じ込められているのだろう。そしてその貯蔵庫に入るための扉は、宿の裏手にあるそうだ。
うん、あたしが前回知った情報と一致する。
そうなると、部屋の小窓から抜け出して、地下貯蔵庫に忍び込んで姉妹を助ける。そしてそのままココから逃げ出すのが一番かしら?
でも、問題があるのよね。それも致命的な。
「ねぇ、ちょっと! アンタもアイディアを出しなさいな」
相変わらずベッドで横になっている赤毛のノッポさんに声を掛ける。いびきは止まっているから、多分起きているはずだ。
「──なんだよ? 俺には楽な仕事だけにしてくれ、それまで休んでいるからよ」
「ここで休むのは別にいいけどね。あたしたちはココから出たら、姉妹を連れ出して逃げるわよ?
それでアンタは、どうすんのよ?」
「そうだな──。ひと眠りしてから、朝方にゆっくり正面から出ていくさ。扉は締まっているし、少なくとも俺のガタイじゃあ、そこの小窓からは出られねぇしな。ま、何かあったら起こしてくれ」
え……。そうなの?
あたしは念のために、部屋の扉を開けようと試みる。だけど扉は錠前が下りており、ガチャガチャと虚しく金属音がするだけだった。
「気付かなかったか? 部屋に入って直ぐに、扉の錠前が下ろされていたぞ。用心深い奴らだよな……」
「どーすんのよ、コレ? アンタは逃げられないじゃない!?」
「んー、そうだな。お嬢ちゃんが俺の馬で、子供たち三人を連れて逃げられるならば、それでも構わんが。お嬢ちゃんには、無理なんだろ?」
「うん、無理。あたしは乗馬の経験なんて無いわよ」
ちなみにミハクちゃんは辛うじて経験があるけど、三人も乗せて走るのは無理と言う。まぁ、当然よね。
あと彼女は十四歳らしく、もう子供じゃないと仰っていた。そっかそっか、もう大人なんだ~。(ふふっ
「俺は長距離走も得意だから、子供二人位なら背負っても走れるが──。それでも後ろから追手に来られちゃ叶わんぜ」
「じゃあ、どーすんのよ? 打つ手なしって聞こえるんだけど?」
「だから先に行けよ。他の宿にでも身を移して、朝になったら船で川を下り、王都に向かえば一番安全じゃねぇのか?
お嬢ちゃんも狙われているんだろ? 王都ならガルガーノの奴もいるし、俺の実家に保護を求めて貰ってもいいぜ」
確かに彼の言う事はもっともだ。でもあたしの頭には前回の記憶がよぎった。
もしこのまま彼に後を任せて行けば、たとえ自分たちは無事であっても、彼が命を落とすのではないのか、と。
「駄目、それは駄目よ。アンタもあたしたちと一緒に帰るの──」
「────ならどうする? 何か他に妙案でもあるのか?」
「アンタこそ、朝まで寝てどうするのよ? きっと捕まってヒドイ目に遭うわ」
おそらく彼は、死ぬかもしれない。何となく、あたしにはそんな気がした。
「俺が寝てる間に、悪辣な連れが金目のを盗んで逃げましたって体でいくさ。あとはしらばっくれて、村を出ていくだけだぜ。もし絡んできても、一発かましてから走って逃げるだけだろうよ」
「それだとアンタは、ものすごいマヌケ野郎になるわよ?」
「俺は『名より実』を取る、人間なんでな」
どうすればいいのだろう?
彼を死なせず、彼女や幼子の姉妹をここから救い出すには────。
あたしにも覚悟があれば、きっと。
「ねぇ、二人とも聞いて」
次回は、(第五編)です。次か、その次でこのエピソードは終わる予定です。




