第二幕第一場:行け、わが想いよ(第三編)
丁度いいところで切りました。
「流石に寒かったな……。ここは体があったまるやつを飲むか」
流石どころではない。危うくあたしが氷漬けの美 女になるくらい寒かった。
夜の川沿いの道を行けば、川からくる冷気とそれを運ぶ風が寒気をもたらす。
それが想像以上に、あたしたちの体に震えを呼び込んだのだ。
そしてあたしたちは夜遅く、目的地の酒場兼宿に到着したのである。
丁度今、夜十二時を知らせる村の教会の鐘が鳴り始める。
この酒場にあたしたち以外の客は、他に酔い潰れた老人一人だけだった。
今晩は客が少なかったのだろうか?
以前のループの時のように、酒場のテーブルや床が汚れていないからだ。
でも建物自体に染み付いたタバコの臭いが、妙にあたしの鼻につく。それがとても嫌になる。
「そうね。ミルクを二つ。──温めなくてもいいから、そのまま出して。
あとはブルスケッタと生ハムに、チーズも二人前でお願いね」
そう言って、あたしは壁際の黒板に書かれているメニューも見ずに注文した。
当然である。目の前にある愛らしいメイド服姿の猫娘に、あたしの視線は釘付けなのだから。
あぁ、大きなメイドキャップで彼女の猫耳が隠されているのが、ひっじょうに残念だ。
一方で対面に座る赤毛の下僕さんは、そんなあたしをジト目で見てくる。
「俺はだな──。ワインはあるか?」
「駄目よ。酔っぱらったら、後でどーすんのよ?
ワイン無しでいいから。それよりアレも、――四本お願いね」
あたしは目の前の彼女にウィンクをしながら、向こうのカウンターの上に見える串焼きっぽいものを指差して言う。
「おい、おい。そりゃねーだろ? せめて一杯くらい「だぁ~め、絶対にダメよ! 注文は今ので、オ・ワ・リ」」
「──オジョウサマ。ミルク、ブルスケッタ、ナマハム、チーズヲ、ゼンブ2ニンマエ。──アト、ブタノクシヤキ、4ホンカにゃ?」
言い争うあたしたちの様子にオロオロする猫娘ちゃん。でも注文内容をちゃんと確認してくれた。
彼女のスカートの裾からユラユラと揺れて、見え隠れするその白い尻尾が、何とも可愛らしいではないか。(ぐふふ
この子は相変わらずだった。
だからこそ必ずや助け出し、明日から一緒に暮らそうと思う。
「それでお願い。別に慌てなくてもいいからね」
あたしは笑顔で、彼女に念を押しておいた。
ここは不用意に急がせて、それで彼女が怪我をしたりせぬようにである。
彼女もコクコクと頷く。愛い、愛いのぅ。早く持って帰りたいと、あたしの気が急いてしまう。(にちゃり
「ひでぇ、話だぜ……」
赤毛の下僕様は、何やらボヤいている。
事情を知らぬ下僕は、大人しく黙ってなさいな。
・
・
・
「────で、どうするんだよ?」と対面に座る下僕が、小声で問うてくる。
どうするとは、何をだろうか? (もぐもぐ
既に部屋を取ったので、今晩はここの宿に泊まる。 (もぐもぐ
あとは深夜に地下に囚われていると思しき幼子の姉妹を助けて。 (もぐもぐ
そして猫娘のミハクちゃんを連れて、逃げ去るだけなのだ。 (もぐもぐ
一体、何に迷うというのだ? この男は。 (もぐもぐ
ほんと、この生ハムは美味しいわー。ほんのりと甘味があっていいのよね。 (もぐもぐ
「そのあらすじは分かった。で、具体的な手はずは、どうなんだって話だ」
またしても、あたしの口から洩れていたのか、彼も生ハムをつまみ始める。
彼が美味しさに気付く前に、少しばかり多めに食べようと試みていた時にだ。
これには色んな意味で、失敗した気がするわ。
致し方無しとばかりに、あたしは皿の上のブルスケッタを手に取る。
それはスライスした黒パンにトマト、チーズ、バジルをのせており、その上からオリーブオイルをふんだんに垂らしたものだ。
前回も食べた気がするけれども、今回も思わずリピートした絶品だった。
他にもチーズの盛り合わせと豚肉の串焼き、あと生温いミルクがテーブルの上に置かれていた。
どれも作り置きの品なので、注文すると直ぐに提供されたのだ。
欠食児童さながらの二人には、ありがたい話である。
そして夜更けのため、他に新しい客が訪れる気配も無いので、女主人たちは片づけを始めている。
猫耳の彼女は、他のテーブルを順番に吹いて回っていた。
ちなみに酔い潰れていた老人は、店の奥から出てきた赤毛で隻眼の大男によって、店の外へ担がれていった。
たとえ酔い潰れていても、お金さえあれば送迎完備の酒場なのかしら?
「そうね──。とりあえず彼女を説得して、協力して貰うのが一番かしら」
「ほう? 何か手はあるんだな。いいぜ、任せる。俺には楽な仕事を回してくれ」
!?
あたしが、テーブルを拭く彼女の後ろ姿に、見とれていた時。
この男は三本目の串焼きを手に取り、食べ始めたのである。おの~れ~っ!
そ・れ・は、あたしの分でしょうが!?
「もちろん食べた分は、それ相応に働いてもらうわよ?」
あたしはジト目で、豚の脂まみれの口を拭っている目の前の男に確認する。
「──なら、もう少し欲しいな。おい、女将。その串焼きを全部くれるか?」
こ、この男は。それらの支払いは全て、あたしなんですけどぉ!?
勿論、それを聞いた女主人は、愛想よくご機嫌な笑顔で応じてくれたようだ。
先ほど片づけをしながら、今日は売り上げが少ないとボヤいていたから、当然でしょうね。
だから注文すると直ぐに用意、といっても串焼きの乗った皿ごと出してくれた。
「ハイ、全部ここに置いとくよ。それとこれはアタシからのサービス」
そう言いながら、片手で串焼きがのった大皿ごとテーブルに置く。
そしてもう片方の手にあった小さな木のコップを差し出した。あたしの対面に座る、彼女と同じく色白で赤毛の色男さんだけに。
ぐぬぬ。
ん、この香りは……?
「お、ホットワインか? これで冷えた腹が暖まるってもんだ。助かるぜ」
簡単に篭絡されたあたしの元下僕は、ご機嫌でコップの中身を一気に飲み干す。
「こいつは、旨いぜ。蜂蜜入りなのが、また────良いな」
「こっちにはまだまだあるからね。今夜だけ特別に安くしとくよ?」
「お、そいつはご機嫌だな。いくらだ?」
自身も既にご機嫌な元下僕は、ノリノリで尋ねかえす。
ひょっとしなくても……。この男、まだまだ飲む気でいるの!?
「銀貨1枚さね。いつもの半分だから、お値打だよ」
「──なら、あるだけ全部くれよ。これで、足りるか?」
!???
この男にはビックリだ。いきなり大富豪のような、気前の良い事を言い出した。
そして勝手に大盤振る舞いの注文をした男は、自身の懐から小袋を摘まみながら取り出す。
それ受け取った女主人は、小袋な中を見て目を剥いていた。
「これ、砂金じゃないのさ! この重さだと────、金貨10枚分はあるんじゃないの!?」
「宿代も含めて、支払いは全てそれでいいか?
で、お代わりだ。女将も遠慮なく飲んでくれよ」
おぉー!?
この男は何処の貴族の御曹司か、ボンボン息子なのか? 無論、あたしは知っているけれども。
でも今夜は遠慮なく、ご馳走になるとしましょうか!
この剛毅で素敵な騎士さんに、乾杯しよう!!
あたしの評価は時価査定なので、即時反映である。
いつだって手の平は、くるっくると回わるのだ。(ひらひら~
もちろんこの金払いの良い上客には、女主人もニッコニコだ。私と同様に。
「嬉しい事を言ってくれるじゃないか。旦那は良い客だよ。ありがたいねえ。
ルチア! ホットワインを直ぐ用意しな!」
女主人に命じられた彼女は、「ハイにゃっ」と言うと、小走りにカウンターの中に入る。
そして暫くすると、大きな酒差しを両手に抱えて戻ってきた。
これだけ離れていても、良い香りが漂ってくる。こ、これは、罠としか──。
まぁ、一杯だけならいいかしら?
それから彼女がオズオズとあたしにホットワインを注いでくれた。うーん、これはこれでアリでしょ!
そしていつの間にか女主人が、あたし専属(?)であるはずの騎士様の隣に座り、彼のために酒の酌をしている。
しかもだ。その豊満な胸元を彼に押し付けるように腕を絡めているのだ。
げ、解せぬ。
「ところで気前のいいお兄さん。あの砂金の量だと、まだまだ注文できるけどさ──。アタシのルチアなんてどうだい? 今夜一晩を買ってくれたら、店の売り上げ的にも助かるだけどねえ」
な、な、なっ。なんですとぉぉぉぉっ!?
当然、渡りに船とばかりに、即快諾したのである。このあたしが。
次回は、(第四編)です。




