第二幕第一場:行け、わが想いよ(第二編)
一旦ここで切ります。
「うぅ~、寒いわ……」
身震いしていたあたしは、比較的自由に動かせる左手で外套のフードを降ろす。そしてそれを深く頭に被った。これでやっと一息つくことができる。
先ほどまでの顔を突くような風の冷たさには、とても耐えきられるものでは無かったのだ。
そして馬上で横座りをしているあたしの目の前を、穏やかな流れの水鏡が月光を照り返している。このあたりの川沿いにある街道は良く整備されていた。そして十分な月明かりもあるので、夜とはいえ馬を走らせるには問題ないだろう。
それからあたしは彼の腰に回している右腕に力を込めて、彼の背中に自身を押し付ける。そして背中越しに彼へ声を掛けた。
「ねぇ! もっと飛ばせないの?
このままだと夜が明けるんじゃない!?」
あたしは体だけでなく、声も飛ばされぬよう意識しながら、叫ぶように問うた。
「これでいいんだよ。最悪、逃げかえる時の為に馬の足を温存しておきたい」
このスローペースの走りも、どうやら彼なりに考えがあってらしい。
そうであれば、ここは任せるしかない。
あたしたちは今、夜の街道をチェレステ川沿いに、下流方面の東へ向かって馬を走らせていた。公都マントヴァの近郊にある川辺の村ボルゲットに向かうためだ。
その村はずれの宿には、人身売買組織にさらわれた幼い姉妹が囚われている。そしてまた可愛らしい猫娘の少女も奴隷同然の扱いをされいるのだ。
あたしはその不幸な三人をいち早く救い出すためにと、馬を操る赤毛の騎士様を説得した。その結果、今こうして馬上で身を合わせているという事だ。
「ねぇ、さっきの話なんだけど────」
「なんだ?」
「さっきの手紙の話よ!」
「ああ、それがどうした?」
「あれって──、確かな話なの?」
「──、情報源としてか? それなら間違いないはずだ。おそらくは五年前の時点で、あの同志とやらから、正確な情報を受け取っていたみたいだからな」
あたしはもう一度、手紙の内容を思い浮かべてみる。
あの手紙は礼拝の時に偶然、赤毛の騎士様が人違いで受け取ってしまったモノらしい。本来、その手紙を受け取るべき相手は、『親愛なるG』、つまりガルガーノであったと思われた。
そうなってしまったのは、おそらく手紙の渡し主が色違いの騎士服を見て、彼と赤毛さんを勘違いしたためだろう。
と言うのも、その慣れない身のこなしと外套の間から見えた濃い黄緑色の騎士服から、相手が参謀本部付きの新米騎士だったからだ。そのため思わぬミスをして、結果、彼の友人の手に渡ったという訳だ。
ちなみに今、彼が身に着けている紺色の騎士服は巡検騎士のモノである。その巡検の役は王国内をつぶさに見て回り、それを国に報告する騎士身分らしい。
そしてガルガーノが着ていた白い騎士服は、近衛隊か元近衛の人間が着るものとか。それ故に、良家の貴族のご子息ご子女様が、一時的に近衛に身を置き、経歴に箔を付けたりする事があるらしい。つまりガルガーノもかつては、近衛隊に所属していたという事なのだろうか。
また濃い黄緑色は、王国軍の参謀本部を身分を示す騎士服だとか。その一部の者が日々、王国内の各地を巡っては測量し、それらの情報を元に国内の地形図を作成しているらしい。
とても大変なお仕事だと思うわ。ほんと、お疲れ様です。
それから────『モンテローネ伯の子女が行方不明』は、あたしもよく知っている事実である。その肝心かなめのマリーは、無事にガルガーノの手によって救い出され、今は二人で王都へ向かった事を赤毛の騎士に伝えておいた。
その上で、『件の幼子~』の下りとあたしの主張が合致するので、いよいよ彼も手紙の内容を信じる気になったらしい。
おそらくこの同志Cというのは、参謀本部の上級将校か、または貴族的にも男爵より上位の立場にある者ではないか、という推測が立った。
そして彼に心当たりのある人物が一人だけ居たらしい。
それは彼の弟、近衛隊に所属するジュリオ子爵の同期である、王国軍の参謀本部所属するカルロ(Carlo)子爵らしい。
その男は五年ほど前から参謀本部で務めており、丁度手紙にもあったガルダ会戦の時は表向き戦後処理のみに携わったらしい。しかしその五年前にあった反乱鎮圧の際、影ながらガルガーノに情報を流して支援をしていた形跡があるとの事だ。
少なくとも現時点では、同志Cの情報を頼りにしても良いだろうというのが、彼の見解だそうだ。
あたし自身は、前回のループである程度の事情を知っていたので、一応は納得できる話である。
それよりも気になるのは────。
「ところで、そのカルロ子爵の姉の事なんだけど────」
「ああ、カルメンか。ガルガーノと俺の同期だな。
まあな、昔は────色々あったが」
「そう、それよ、それ。その む・か・し の部分を、もうすこ~し掘り下げて、教えてくれないかしら?」
そこから漂うあたしの大好きな恋話の香り。
そんな美味しそうなモノを、このあたしがみすみす見逃すはずないのである!
彼の若かりし頃の話、それこそ青春真っ盛りである十代最後の三年間らしい。
その王立軍学院時代の話を、あたしは耳をダンボ状態にしてワクワクしながら聞き始めた。
彼曰く────。
彼女は社交界である意味、有名であったガルガーノの双子の兄と付き合いがあったとか。そして花のような十代の半ばを散々弄ばれた挙句、捨てられたらしい。その後、軍学院時代に初めてガルガーノと出会った当初は、彼女の対応は随分とトゲトゲしかったようだ。
しかしその後、同じく兄の乱行の犠牲者である、彼の憐情を持って接する誠実な姿に惹かれたのか。彼女の態度もいつしか軟化し、いつの間にか親しく付き合うようになったいたとの事。
それから色々あって二人は別れてしまい、今日に至るという。
以上が、自称”親友”という赤毛の騎士様からの情報だ。
「ねぇ。その色々って所を、もうちょっと聞きたいんだけど?」
かいつまんだ程度の話では、あたしのダンボ耳はしないのである。
もっと、もっとよ!
「そう言ってもな────。俺はカルメンからは嫌われていたし。
アイツが話してくれた範囲でしか、俺も知らねぇから──、あ」
「あ? 何よ?」
「いや──。そーいや学院を卒業の直前になんだが。確か、見たな」
おお? ひょっとして二人の密会とか?
はたまた──お色気な現場とか?
「ちげーよ! アイツの下宿先で荷物整理をしていた時に、肖像画を見たんだよ。手のひらサイズのやつをな」
あふん。漏れてましたか、失礼しましたっ! (てへぺろ
「ふーん、それって相手の女の人が描かれていたモノ?」
「いーや、違うな。二人が揃って描かれたやつだったな。
そうか。あれは多分────、対で描いたモノだ」
「ねぇ、そもそも二人は恋人同士だったの?」
あたしは素朴な疑問をぶん投げてみた。
「うう、確かにな。アイツは付き合っているなんて一言も、言っていなかった気がするぜ──」
「そもそも彼って、────他人に親切で、情け深い人でしょ?
ある意味、博愛主義的な彼の優しさに触れてしまって──。
それに彼女が勘違いしたケースもあり得なくない?」
病んでいるところを優しくされ、それを好意と誤って受けてしまう事は若い時分にはよくある事。その結果、執着してもしょうがないと思う。似た経験を持つ身としては、そんな彼女に同情してしまいそうになる。
「そうかもしれねーな。大体、学生時代はほぼ毎日俺とつるんでいたしよ。そんな時間も、ねーよな……」
「お前かーっ!?」(バシッ、バシッ、バシッ
思わずあたしの左拳が、目の前の朴念仁の後頭部を執拗に襲う。
きっと彼女の怨念が宿ってしまったのだろう。これはもう止む無しである。
でも幸いにも右拳では無かったので、大したダメージは無さそうだ。
次回は、(第三編)となります。




