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第二幕第一場:行け、わが想いよ(第一編)

長くなる前に一旦切ります。この二人が揃うと長くなりますね……。


ちなみにこのサブタイトルは、ヴェルディの名オペラ『ナブッコ』の名アリア『原題:Va, pensiero』よりです。

イタリアサッカーが好きな人は聞いたことがあるメロディだと思います。


 

「なんで……、()()()()食べないのよ!?」


 あたしは声を荒げ、目の前の顔を真っ赤にした赤毛の下僕きし様に文句を言う。


「それよりも……、この栗は……ひっく、うぃ~……絶品だぜ」


 そう言いながら酔っ払いがワイングラスを片手に、婆やが作った栗の砂糖漬けをまた一つ掴み、自らの口へと放り込む。


 何という事か!?


 あたしが密かに楽しみにしていた婆やお手製の甘菓子が、この不埒もの(よいどれ)の騎士によって、次々と異次元へと消え去っていくのだ。

 しかもあろうことか、あたしが苦心して作ったシナモンアップルパイは、まだ一つしか食べていないのである。


 しかしながら、あたしには何よりもまず栗の砂糖漬けの残りが気になった。

 直ぐにテーブルの上の壺を手に取り、中身を確認するも──。



 案の定……。なんと……残りは、たった()()()()、だったのだ。(涙目



 そしてその場で、壺を抱えたままへたり込むあたしが居た。(もぐもぐ


 バラの花びらを一杯に満たした、お風呂で溺れかけた挙句。思ったよりもそれ時間をかけ過ぎたので、急ぎ夕食のためにと、厨房まで来てみれば。な、なんと言う仕打ちなのだろうか。(もぐもぐ


 これはどう考えても、断固抗議すべき案件だろう! (もぐもぐ


「ちょっとアンタ! これは酷いんじゃないの!?」


 あたしは勢いよく立ち上がると、空になった壺の中を見せながら猛然と抗議をした。その栗泥棒の犯人に。


「ひっく。お嬢ちゃんこそ……、ひでぇ言いがかりだな。

 それに今……、残りの三つ全てをしゃがみこんだ時に……食べたんだろう?」


 ぎくぎくぅーっ!? 

 ひょっとしなくても、全部バレバレですかー?


「──たりめぇーだ。ひっく……。全部、お見通しだっつーの」


 おふぅ、またまた言葉となって出ていたらしい。



 それにしても──。


 やはりというか、あのバラの香りのお陰で、あたしのおぼろげだった記憶も鮮明となったのだ。そして忘れていた事もたくさん思い出せた。


 そう。彼、ガルガーノとは随分昔、六年ほど前に出会っていたのである。


 前回のループで見たあの犬、ヴェントは、きっとあたしの事を、憶えていてくれたのかもしれない。

 そして彼は、六年ぶりに再会したあたしを、憶えてくれていたのだろうか?


 あぁ、何もかもが懐かしくある。同時に、あの楽しい日々と大切な思い出を、忘れ去っていた自分をひどく恨んでしまいそうになる。


 しかしながら────今恨むべきは、この目の前の男ではないのかしら?


 あたしがちょっとバラ風呂を堪能している間に、一足先に我が家の夕食をどうぞ、と進めておいたにも関わらずだ。

 きっと赤毛の騎士様は夕食を食べ終え、あたしの作ったとっておきの焼き菓子に、舌鼓を打っている事だろう。


 などと思っていたら、このざまなのである。この赤ら顔の騎士様は。

 全くもって酷い話だ。(ぷんぷん


「お嬢ちゃん……。リスが餌を頬張るように、ふくらませてどうしたんだ? 

 ひっく……、また何か食っているのか?


 これは愛らしい小動物(ハムちゃん)の物マネでも無ければ、決して新たにつまみ食いをしている訳ではないのだ。そう今は。


 (○・3・○)(ぷー)

 あたしはより一層、頬をふくらませて、彼に抗議する。


「それはそうと……。こっちの婆さんは大丈夫か? もう世話はいいから……、休んで貰っちまえよ」


 う、確かに彼の言う通りだ。

 あたしが一人お風呂に入っている間に、婆やに夕食の世話を、任せっきりにしていたのであった。ごめんね、婆や。


 そういう訳で、椅子に座ったままコクリコクリと、舟をこいでいた婆やには、自室で先に夢の世界へ旅立ってもらう事にした。


 ・

 ・

 ・


「―────で、これからどうするんだ? モンテローネ伯の姪御さんよ」


 赤毛の下僕(きし)様は、ゴクゴクと喉を鳴らせながら、ジョッキ一杯の水を飲んでいる。

 自覚があるのか、酔いを覚ますためらしい。


「え? 姪御さんって誰? ひょっとして婆やの事?」


 あたしも自覚があったので、すっとボケてみせる。


「……フゥ。さっき婆さんに聞いたぞ。お嬢ちゃんは、マリー嬢ちゃんの従姉なんだってな。ひっく……」


 水を全て飲み干し、口を拭いながら問い詰めてくる彼は、未だに酔いどれ状態のようだ。


「あらぁ? そうでしたっけ~? アナタの聞き間違い、じゃないの~? うふふ」


 ここは頑なに、それでもすっとボケ続けるあたしである。


「なわけあるかよ。

 マリー嬢ちゃんのお袋さんは、昔は王都で有名な美女姉妹だったんだぞ? 

 だったら、美人の従姉がいて当然だろうが。ひっく……」

「へぇ~。酔っていても、あたしの事が、美人さんに見えるんだ?」

「────そうだな。()()()()()()、絶世の美女()()な?」

「──何でよ! 

 その『黙っていれば』という前置きと、『かもな?』という疑問形は!?」


 これには温厚なジルダさんも、猛抗議をして当然でしょう。と文句をつける。


「わりぃ、わりぃ。まだ酔いが収まらねぇから、美人に見えちまったようだ。ひっく……お嬢ちゃんがよ」

「謝るところが、そっちぃぃぃ~っ!? ちっがうでしょーがっ!?」

「ああ、そうだな。お嬢ちゃんは美人じゃないよな。ひっく……」

 (# ゜3゜) =3(ぶうぶうー)



 それからあたしたは、今後について真面目な話をする事にした――――。

 二人して良い感じに冷めた、七切れのパイをつまみながらである。(もぐもぐ

 ──あらやだぁ、コレって意外に美味じゃない?

 シナモンの風味が良い感じだし、あたしが一人で全部、頂きたいくらいだわ。


「しっかし、今すぐってのは、随分と急な話じゃないか。せめて人手を集めるなり――、下調べをしておきたいんだがな」


 あたしが彼に話したのは、マントヴァ近郊にあるボルゲットという川辺の村。そしてそこにある宿の一つに囚われている少女と、年端もいかぬ姉妹を助け出したいという件だ。それも今晩中に。


 ただあたしには話せない、説明できない込み入った部分があり、そこについては端折っておいたので彼としては判断に悩むのかもしれない。

 でもあたしとしては、なんとしてでも今晩中に猫娘のあの子と、囚われている幼い姉妹を助けたいのである。そこは()()()()()譲れなかった。


「うーむ、こいつは困ったな。()()()()場合、思い切りがいいのが()()()なんだが、どうしたもんだか――――」


 彼は両腕を組んで、そのまま考え込んでしまった。

 あぁ、じれったいわ! 

 こういうのは、『伸るか、反るか』でしょうが!?


 あたしは前回のループで、様々な裏事情を知る事ができたので、おおよそは理解できている。

 この想像を絶する巨大な組織に対して、確かに今の時点ではなす術がないのだ。精々、組織の末端に先んじて動き、可愛そうな三人を救うだけである。

 それでも王都に向かったはずの彼、ガルガーノが無事であれば、後日なんとかできるかもしれないと考えている。


 それにたとえ公権力に助力を求めても、味方をしてくれるか不明だし、教会関係者や役人にも、犯罪組織の協力者がいると聞いている。

 だからこそ、今のあたしが頼りにできるのは、この赤毛の騎士くらいしか、居ないのである……。


「分かったわ。あとはあたし一人で何とかするから、アンタはここで朝まで飲んでなさい!」


 そう息巻くあたしは、憤慨を露わにしたまま席を立って、そのまま厨房から出て行こうとするが。


「まあ、待て。お嬢ちゃん一人ではどうにも何ねーぞ。俺の持っている情報が確かなら、()()の用心棒がいるみたいだしな」


 そう言って椅子から立ち上がり、あたしを制止しようとする。


「ふん、そんな事は分かっているわよ。きっとガルガーノであれば、その凄腕っぽい男も倒せるでしょうけど、アンタには無理でしょうね! イーッだ!」


 あたしは怒りを爆発させ、何も考え無しに厨房を出た。

 そして足早に玄関へと向かう。


 それから玄関広間にたどり着き、玄関扉のノブに手を伸ばす直前に、あたしは肩をグイっと乱暴に掴まれた。


「おい、待てって! 頭を冷やせ、こいつは切った張ったの命のやり取りだぞ。お嬢ちゃん一人じゃ、良くても捕まって慰み者になるのが、オチだぜ」

「………………」


 彼の言いたいことは十二分理解できている。()()()()、なのである。


「分かった、分かった。手を貸してやるから、まずはこれを見ろ──」


 止む無しとばかりに、彼は懐から何かを取り出し、あたしに差し出してきた。

 それは握りつぶされたように、くしゃくしゃの紙だった。これは──手紙?

 あたしは昼間の窓から差し込んでくる月光を頼りに、そこに書かれている文章を読んでみる。


 『親愛なるGへ

 公都マントヴァに滞在中のモンテローネ伯の子女が行方不明との事。

 詳細については確認中。

 必要とあらば、公都近郊で測量調査中の男爵まで。 


 また(くだん)の幼子については、公都マントヴァ近隣のボルゲットなる

 川辺の村のとある宿に移送された模様。

 可能な限り当方の配下で対処するが、最悪の場合は君に助力を求む。

 なお宿の用心棒らしき隻眼の男は、ガルダ会戦時の生き残り傭兵と思われる。

 もし相まみえた時は、注意されたし。

 同志Cより 』



次回は、(第二編)となります。

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